第2話:メカニックの端くれとして

 基地の入り口で、警備員に自分の学生証を渡し、ラッセル・マテリアを呼び出してくれと伝える。するとしばらくして、その警備員が通行許可証のカードを渡してくる。

「第三格納庫で担当技師が待っています」

「ありがとうございます」

 ゲートを今もらった通行許可証で通って、だだっ広い基地内の第三格納庫を目指す。基地は、滑走路だの、宇宙艦のドックだのと、かなりの広さがあるため、移動するにも一苦労である。そこで、基地内の巡行バスに乗り込む。ここら辺は、もう何度もこの基地に呼ばれて来ているため、迷うことはない。

 しかし、いつもの第一格納庫(MW専用の格納庫)ではなく、第三格納庫(MAS専用の格納庫)だとは一体、どういうことだろうか。普段の作業用MWの整備ではなく、MASの整備だとでも言うのだろうか。

 しかし、俺は今までMASに触れたことは一度もない。どこをどのように弄ればいいのかすらも知らないし、そもそもMWと部品の規格からして違う。

 では一体、なんの用があって第三格納庫に呼び出されたのだろうか。

『次は第三格納庫。第三格納庫。ご降車の方は、お知らせください』

 今時珍しい、人間の運転手のアナウンスで現実に帰る。そうだ、次で降りなければ。そう思って、近くのボタンを押した。

『次、停まります』

 そのアナウンスの五分後、バスは第三格納庫の裏手に停まる。バスから降りると、キツい陽射しが眩しかった。

 確か、今の時期は人口陽光ではなくて、近くの恒星の自然光のはずだ。すると当然ながらも、調節された光ではないために、時々このように光量が強すぎたりして眩しいことがある。不便この上ない。しかし、プラントの予備電力とかの問題で、一定の期間はこうやって人口陽光は止められるのであった。

 人口陽光についてはともあれ、裏手のドアから第三格納庫の中へと入る。するとそこには、ズラッと整列した十五メートル強の、アイギス合金製の巨人達がいた。

 青一色に染められたその巨人達は、地国連軍第二四三機甲隊所属の地国連製MAS『コスモブラスト』である。スラスターの燃費、出力に優れ、速度に関してはCRAのどの機体も追随を許さないらしい。

 壮観だ。雑誌やテレビの奥でしか見ることのなかったMASがこうやって何機も並んでいる。正直言って、かなり燃え上がる。男子ならば、この光景を見て胸を踊らさないわけにはいかないだろう。

「レイ、早くこっちに来てくれー」

 しばらく初めてのMASに見入っていると、格納庫の奥から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、ごめん。今行くよ!」

 声のした方へと走って行く。そこには、ニックを初めとする機工科第三班の面々と、ラッセル・マテリアが居た。ラッセル先生は、機工科の教師兼監督者であり、軍ともコネを持っているように幾つか謎がある男性教師だった。

「で、今日はなんなんですか、先生。こんな所に呼び出されましたけど」

 すると、ラッセル先生は手元のタブレットから目を離し、こちらを向く。

「いや、なに。この機体の右腕部第一マッスルプレートの調子がおかしいらしいっていうことでな」

 また右腕の二の腕か。最近多いな。と思いつつ、ラッセル先生に問う。

「でも、そんなの俺らが出る問題じゃないでしょう? 俺だって、MASはサッパリですし」

「そう謙遜するな。この班で一番の実力を持っているのは、レイ。お前なんだ。だから、白羽の矢が立ったってワケ」

 昼にエレナから謙遜出来るのも凄いことだと言われたが、どっちが正しいのだろうか。

「でも、それでも素人ですよ。ここにはプロが沢山居るはずじゃないんですか?」

「プロたちは今まとめて新機体の整備に躍起になっているんだ。人手が足りないんだよ」

 やっぱり、というよりかは予想してはいたが、実際に聞かされるとため息の一つや二つぐらい漏れてしまう。

「そうがっかりするなよ。あこがれのMAS、しかも最新鋭主力機をいじれる上にMAS整備の実地講習だ。こんなにお得なバーゲンは無いだろう?」

「ですけど……」

 あまりの益体なさにやる気が消え失せ、軍の人手不足というか新機体の開発の人事の頭の悪さに文句の一つや二つ、言ってやろうかと思ったその折。背後から鼻にかけたような男の声が聞こえた。

「少佐、あいつらとんでもないヘッポコだよ。ロクに戦闘機のことを知ってない。これじゃ、俺の愛しいクズノハちゃんがもっとヒドイことになっちまう」

 肩章を見ると、どうやらその男は大尉であるということがわかった。

「少佐……って?」

 なぜ、ラッセル先生が目の前の軍人の男から『少佐』と呼ばれたのか理解できず問い返したら、男が意外そうな顔をした。

「あれ、知らないのかい?ラッセル・マテリア少佐。地国連の装備開発局の第二三MAS開発班長、目の前のコスモブラストの設計主任だよ」

 まさかの新事実発覚に、機工科第三班の面々は揃って間抜けたように目を丸くする。そういえば、受付で担当技師が待っていると言われたが、ラッセル先生のことだったとは。

「は、初耳です……先生」

 当の本人は、頭をがしがしと掻きながら、しまった、とでも言うかの様な苦々しい顔をする。

「いや、なに。お前らにはもうとっくの昔に行ったと思っていたんだがなぁ」

「し、知りませんでした!ラッセル少佐!」

「いや、お前らからは少佐って言われたくはないな」

 整備中のコスモブラストから飛び降りて、直立不動の姿勢で敬礼したニックからラッセル先生が軽く目をそらす。その様子を見ていた男がプッと吹き出した。

「いや、面白いね。少佐んとこの子たちは」

「あんまりからかわないでくれよ、アストレア大尉」

 どこか、そわそわしたような様子でラッセル先生が困ったように言うと、目の前のアストレアと呼ばれた男が急に真面目な顔に戻る。

「それはそうと、少佐には俺のクズノハちゃんの看病にまわってほしいな」

「二班の連中がなんか起こしたか?」

 アストレア大尉の機体の方には機工科第二班──機工科内成績二位のチーム──が出向いているらしい。だが、アストレア大尉にはそれが納得いかないらしく、やれやれと肩をすくめている。

「いや、メカニックの指示を聞きながらやっているんだけど、どうも危なっかしくてね」

 アストレア大尉が言うには、第二班の連中の作業の様子は、いつ機体が爆発四散してしまうか不安になるほどのものだったらしい。しかし、所詮はMASだ。いつも弄っているMWと簡単な構造はそう大して変わらない。普通にやれば、そこまで危なっかしいこともないと思うのだが。

「だから、少佐が来てくれないかな?」

「俺はこいつらの監視がある。そこのレイを連れて行け」

「えっ、俺ですか?」

 いきなりのご指名に戸惑う。アストレア大尉も、こんな子供を?と言いながら俺をジロジロと見てくる。抗議と訳が分からないといった意味を込めて、ラッセル先生に救いを求める。

「言っただろ、お前はこの班で最も成績がいい。お前なら、現場で技師の指示を聞きながらでも十分な成果を出せるだろうさ」

「でも、これはどうするんですか?」

 そう言って、ニックがまた登って作業をしている機体を指差す。

「こいつらだけでも十分だ。それに、この設計主任は俺だ。アストレアの機は専門外だ。全くわからん」

「そ、そんなぁ……」

 あまりの横暴さに、ガックリと肩を落とす。一方のアストレア大尉は、仕方がないか、と言って肩をすくめている。その様子を見て、更にゲンナリとしてしまう。

「じゃ、そこのボウズ。ちょっと来てくれ」

「ボウズじゃないですよ、レイ・アマギです……」

 項垂れながらも、トボトボとアストレア大尉の後をついて行く。その時、ラッセル先生がハッとしたように言った。

「あ、そうだレイ。三号バースのほうだからな。間違えるなよ」

 三号バースということは、戦艦の港ということだ。なぜ、格納庫のほうではなく、港なのだろうか。

「俺はさっきリリウムに着いたばかりでね。クズノハちゃんも艦から降りたばっかりで基地の方にはまだ運んでないんだ」

 なぜ、機材の豊富な基地の方に運ばないのかというと、そこまでの人がいないからだそうだ。もう、バイト雇えよ。ここで働いている軍人さんたちの労働環境が気になります。でも、確か軍人はストライキ起こせなかった気がする。うわ、なんてブラック企業だこれ。

 それはともかく、戦闘でいくらかの損傷を負い、操縦桿の反応速度に不満があるそうだ。アストレア大尉曰く、これは即急に対処すべき大問題らしい。

 道すがら、アストレア大尉は色々なことを頼んでもいないのに聞かせてくれた。現在の情勢のこと、CRAが新型機を投入してきたこと、プラントがまた一つ破壊されたこと、地国連軍の財政事情、地球本星の軍司令本部の権力闘争、戦場での数々の英雄伝等々、そして、

「俺はね、今特務に着いていてね。それで、補給のためにここに寄ったんだ。この特務っていうのは、新型MASの護送でね……あ、これは秘密だぜ」

「元々、聞きもしていないのに話したんじゃないですか」

「あれ、そうだったのかい。まずいなぁ、話しちゃいけいない情報も混じってたんだけど」

「もう、いい加減にしてくださいよ」

 呆れながら言うと、その様子を見ていたアストレア大尉は、心底可笑しそうに笑う。

「ハハハ、冗談だよ冗談。本当にヤバイやつは言ってないよ」

 そう笑いながら言われても、信用ならない。俺はもしかしたらいつの間にか、地国連の重要機密を知ってしまい、ヒットマンに命を狙われはしないだろうかと本気で不安になってきた。

「あ、でも一応今言ったこと全部秘密にしておいてくれるかい?」

 ほら、やっぱり。


 × × ×


「コラ、そこ、余所見しない。ナット弾け飛ぶわよ!」

 三号バースの脇のコンテナがたくさん積まれた区画に着いた俺たちを待っていたのは、鋭い女性の怒号と、頬をかすめた一つのナットだった。

「マリエ、厳しくしごいているね」

「ケーリー大尉、マテリア少佐は?」

 マリエと呼ばれたその女性(階級は少尉だった)は、俺を無遠慮に眺めまわす。すると、アストレア大尉が肩をすくめながら言う。

「いや、忙しいって断られちゃってね。このボウズが代わりだとよ」

「この子が?」

 マリエ少尉のバカにしたような言い草がカチンとくる。それが顔に出ていたようで、アストレア大尉が補足をする。

「なに、少佐の話ではこいつが最も優秀なんだとよ」

「そう、少佐の推薦ならそうなんでしょう。だけど、私が満足しなかったら少佐のところに突き返すわよ。いいわね?」

 マリエは、不機嫌そうな様子で言った。どうやら、ただのガキが来たことに腹を立てているようである。なら、整備の一人や二人、強引に引き止めておけば良いものを。

「だってよ、どうする?レイ・アマギ」

「そうですね──」

 自分がただの高校生であり、本物の整備士とかには遠く及ばないことは自覚している。だが、それでも。目の前のマリエとかいう女にここまで散々に言われてしまうと、腹からくるものがある。

「良いですよ。やってやりますよ」

「おっ、少しは良い目になったじゃないか」

 アストレア大尉を置いておいて、マリエ少尉の元へと歩いていく。マリエ少尉は、こちらに振り向くと、はぁ、と深くため息を吐く。その仕草の一つ一つが、俺の火に油をジャブジャブと注いで行った。

「工具は、どこですか?」

「やるつもり?構いはしないけど──」

「どこですか?」

 言葉の穂を切られて、マリエ少尉が不快そうな顔をする。そして、背後を右親指で指差して言う。

「あのカートの中に一式あるわよ」

「ありがとうございます」

 言うが早いが、俺はそこに停めてあった電動カートに向かう。カートに積まれていた赤い工具箱を運び出していると、後ろからマリエ少尉が話しかけてきた。

「やるなら、構いはしないわ。だけどね、こっちには命がかかってんの。あなたたちお気楽な高校生とは世界が違うのよ。だから──」

「あなたがた世界の一部分しか見れない大人にも満足いただけるだけの仕事はしますよ」

「……、へえ、そこまで言うなら見てあげるわよ。せめて、及第点が出るように頑張りなさい」

 メカニックの意地と意地のぶつかり合い。どちらが言い出したのか、悪いのかが問題なのではなく、ただ単純にカチンときた。ただそれだけである。だが、それだけに生まれた炎は熱い。

 工具箱を持って立ち上がると、頭一個上にマリエ少尉の顔があった。真上から、居丈上な表情を作る彼女に、キッと睨み返す。バチバチと空気が震え、火花が飛び交う。そして、両者ともに完璧なタイミングでフンッとそっぽを向く。

 一人、その様子を一歩離れたところから見ていたアストレア大尉が困ったように頭をガシガシと掻く。

「一応、俺の機体なんだけどなぁ……」


「これが、ケーリー大尉の機体よ」

 そう言って、指差した先にあったのは、合金製の装甲板を取り外されて骨組みが剥き出しになった一機の戦闘機だった。

「せ、戦闘機⁉︎聞いてなっ──」

「あら、今更無理って言い出すの?」

「……やりますよ」

 今まで、触ったことも見たこともない戦闘機だったため、危うく無理だと言い出しそうになってしまった。それでは、マリエ少尉の思う壺である。それは、俺の矜持が許さない。

「部品の点検は済ませてあるわ。あなたの仕事は、交換が必要な右燃料庫と左ウェポンベイ開閉装置、右バルカン砲の交換。そして、そこにまとめてある機器と火器類の積み込み、装甲板の貼り付けよ」

「…………。」

「ま、精々頑張りなさい」

 マリエ少尉の、見下したような声を無視して、油圧ジャッキで持ち上げられたその戦闘機の下腹部へとスパナを持って潜り込む。そして、黙々と右ウェポンベイ開閉装置の取り換えに取り掛かった。


 MASの整備と言っても、ただ右腕部の一番マッスルプレートの通常交換だけであり、これといって大変な作業があるわけでもなく、すぐに終わった。その後は、機工科第三班の面々と地国連軍MASコスモブラストの足下に座り込んで雑談に花を咲かせていた。

「そういえば、ラッセル先生はなんで向こうの増援にレイを選んだんですか?」

 先ほど、第二班の働きに不満を言いに来た、アストレア大尉の機体整備の増援に、第三班主席生徒であるレイ・アマギがラッセル・マテリア先生もとい少佐直々の推薦により行った。

 しかし、第三班の他の面々からしてみれば、なぜラッセル・マテリア自身ではなく、レイ・アマギなのかという疑問があった。

 その当事者であるラッセル・マテリアは気まずそうに頭をガシガシと掻きながら言った。

「いや、なんと言えばいいのか……まあ、ただ単に俺の専門外だったからだ」

「え……」

 つまり、ラッセル・マテリアの専門外、面倒ごとを彼はレイ・アマギに押し付けたということだ。

 じゃあ、当のレイは今どういう状況にあるのだろうか。ラッセル・マテリアの専門分野、つまりMASではないということだ。彼に教えを乞う者、必然的に専門はMWやMASに偏ってくる。それはつまり、

「レイも、それは専門外なのでは……?」

 そう言うと、ラッセル先生は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに元の飄々とした雰囲気に戻った。

「ま、あいつならなんとかやれるだろ。マリエ・フロイライトもいることだし、まあ、問題ないと思う」

 つまり、ラッセル・マテリアは一高校生であるレイ・アマギに全てを丸投げした。


 その頃、当のレイ・アマギはといえば、ただ黙々と作業をこなし、マリエ・フロイライトに散々に嫌味を言われながらも、無事に全部品の交換と取り付けを終えていた。

「中々やるじゃない。でも、次は難関よ。装甲板を取り付けるときに、ナットを単に強く締め付ければいいというわけでもないし、ゆるくつけすぎてもいけないわ」

「そんなの、学校で何回もやっていますよ」

 そう言って、近くのビニールシートに並べてあった五ミリメートルの厚さの金属板を一つひっつかんで設計書をよく見ながら機体に貼り付け、ボルトとナットで締めていく。

 しばらく、同じような作業が繰り返し行われるだけであった。その場には、俺が移動する時の衣擦れの音と、金属と金属が擦れ合う音が響いていた。マリエ少尉とアストレア大尉は、俺の作業を黙って見つめているだけで、双方ともに息をしていないのではないかと疑うほどに、静かだった。

 その静寂の中、俺は最後のボルトをナットで締め付ける。最後に、その金属板を軽く叩いて、確認を取った。そして、一つふぅっ、と深く息をついて、伸びをしながら立ち上がる。

「終わりましたよ。これで満足ですか? アストレア大尉」

 アストレア大尉の顔を見やり、その次にマリエ少尉の方に視線を向ける。すると、彼女は戦闘機を注意深く観察する。時には機体の下に潜り込んだり、装甲板をスパナでコンコンと叩いたりすること五分ほど。

「まあ、合格ってところね」

 上から目線に言った。とりあえず、俺はマリエ少尉から及第点を取れたことにほっと一段落した。なにせ、今まで全く触ったことも直に見たこともない戦闘機の整備だ、ああやって啖呵を切っても内心、上手くいくか不安だった。

 ふと、整備をしていて思ったことがあった。

「そういえばこれ、可変戦闘機なんですね。珍しいですね、今はパーツも製造されていないでしょう?」

 すると、アストレア大尉とマリエ少尉がそろって目を丸くする。

「よく気付いたね、わからないかと思っていたのに」

「弄っていたら、嫌でも分かりますよ。操縦桿とか、真ん中の可変機構とか」

 機器をいじっていた時に気付いたのだが、この機体の操縦桿の周りに九つのレバーと、機体中央に可変機構があった。レバーは、機体後方の上部下部それぞれ四つ。サブスラスターとメインのスラスターの向きを調節するものだろう。恐らく、これらの機構は上手く使えばマニューバの旋回などを大幅に省略できるのだと思う。飛行中に一八〇度その場で回頭するという芸当は、造作もない。

「そ、こいつはTF-12ナインテイルズ。三十年も前の骨董品だね」

 三十年前の兵器が、今現在も現役で動いているということに少し感動した。よほど、メカニックの腕が良かったのだろう。

「よく、そんなもの使いますね」

 何気なく聞くと、アストレア大尉はまたかとでも言いたげな顔をする。

「いや、俺はMASはさっぱりだから、こっちの方が性に合ってんだよ。もっとも、皆気が狂っているって言うけど」

「でも、よく三十年前の兵器が動きますね」

 俺は、素直に言った。

「それは、うちの優秀なメカニックのお陰だね」

 そう言って、アストレア大尉はマリエ少尉を指差しす。

「マリエ・フロイライト少尉、俺とクズノハちゃんの専属整備士だよ」

 俺は、驚きで目を見開く。が、すぐにああと納得する。少し考えれば分かる事だ。俺たちが来た時に、彼女は機工科第二班の面々に対して檄を飛ばしていた。マリエ・フロイライト少尉はこの機体の専属整備士であったとは、最初に気付くべきだったのだ。

「ふん、親父が古くせえ機体が好きだったから、それに付き合わされていただけだよ」

 当の本人は、恥ずかしがってそっぽを向く。だが、俺もメカニック見習いの身だ。その見地から言わせてもらうと、彼女の持つ可変戦闘機という、謂わば一種のロストテクノロジーの情報というのは、まさに未知との遭遇といったものである。だから、正直に言うと、この時の俺は彼女の持つ知識、技能といった様々な情報に関して大いに好奇心をそそられていた。目を輝かせてもいたのではないのだろうか。

「あと、クズノハっていうのいい加減やめろ。女みたいで気持ち悪いんだよ」

「でも、クズノハって、実際女性だよ?」

 クズノハ、ナインテイルズ……そこまで考えたところで、あっ、と声を出す。

「それって、セイメイ・アベの母親の?」

「お、ボウズ、よく知っているね。ニホンについて興味があるのかい?」

「いえ、前にちょっと本で読んだことがあったので……」

 葛の葉。地球のニホンという国の、ヘイアン時代という大昔に、陰陽師という魔術師がキョウというところに居たらしい。その中の一人が阿倍晴明で、何でもシキガミという使い魔を連れて居たらしいのだが、その母親の葛の葉という女性が、実は白狐だったというのだ。ナインテイルズとは、キュウビ、つまり妖狐のことであり、女好き(恐らく)であるアストレア大尉ならいかにも付けそうなニックネームだ。

「へぇ、珍しい本を読むんだね。もしかして、俺と趣味があったりする? シゲル・ミズキって知ってる?」

「いえ、そこまでは、ちょっと……知りません」

「あら、残念」

 アストレア大尉ががっくりと肩を落とすと、マリエ少尉が脇から割って入って俺とアストレア大尉を押し出し始める。

「ま、どうでもいいんだけどさ。あれ、運び出すから早く出てってくんない?」

 そう言われて、俺たちは三号バースから追い出されてしまった。

「やれやれ、これは困った事になったね」

「どうかしたんですか?」

 その言葉の真意を問うと、アストレア大尉は困ったように肩をすくめる。

「いや、何。俺はヒマになっちまったってことさ」

「いや、手伝えよ仕事。人足りないんだろ?」

 ついつい敬語を忘れてしまったが、アストレア大尉はそんなことは気にせず、この後の予定についてブツブツと独り言を言い始めた。

 その独り言の中に、街で遊ぶという選択肢が無かったのを不思議に思い、問うてみると、例の特務のせいで行動が制限されているのだという。しかし、そんなことを易々と民間人である俺に教えていいのだろうか。主に、俺の身の安全が心配だ。

「そうだ、ボウズ、MAS好きだろ」

「え、ええ、まあ、それなりには……」

 いきなりだったのもあるが、高校生になって好きな事にはしゃぐのもみっともないような気がしてしまい、曖昧な返事をしてしまう。が、アストレア大尉は俄然ノリノリになって肩に手を回して耳元で内緒話をするように口を近づけた。気色悪いから逃れようと試みるが、腕はかなり強く力が入れられており、そう簡単に抜け出すことはできなかった。なにより、アストレア大尉のヤンチャな悪ガキのような目が有無を言わさせなかった。

「なあ、地国連の最新機密MASっていうの、知りたくないか?」

「別に、知りたくありませんよ」

「そう言うなよ、なあ」

 なんだか、嫌な予感がする。これは悪い流れだ。早く逃げ出さなければ今度こそ身が危うい。そう本能が告げている。が、やはりその屈強な腕からは逃れられなかった。万事休す、完全に詰んでしまった。もう、運命を受け入れることしかできないのか。

 いやだ、自分や父親がしでかしたことならまだしも、見ず知らずのオッサンから災難を押し付けられるのは、絶対にごめんだ。

 しかし、その意志の強さも虚しく、成人男性軍人の屈強な腕力の下には敵わなかった。くそ、力で押し付けるから余計な災厄が起きるんだ!

「今から、その新型MASを俺たちで動かしてみようぜ。なぁに、整備連中は俺が誤魔化してやるよ。稼働試験だって言ってな。大丈夫、死にはしないさ」

「その時は、ですよね?絶対にその後消されないかまでは言ってないですよね⁉︎」

「だけど、気にならないのかい?最新型、公式には発表されていない機体だぜ?」

「うっ……それは……」

 正直言って、それは魅力的な誘いではあった。MASが好きなら、誰しもが憧れるだろう。だが、そこで踏みとどまらなければならない。自分の命と未発表MASのどちらが大事か。答えはもちろん、自分の命だ。

 だが、そんな逡巡など目の前の男が分かるはずもなく、ニヤニヤと笑いながら言う。

「いいだろう、男は度胸だ。こんくらいみんなやってるって」

「は、はぁ……?」

「んじゃ、行くぞ。まずは宇宙服をちょろまかしてこないとな」

「ちょ、ちょっと!」

 俺の叫びもむなしく、俺はアストレア大尉に連行される。

「もう、やだこの人。滅茶苦茶だ……」

 最後に俺はそう言い残し、がっくりと項垂れてその後の人生を悟った。

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