第1話:始まり
──宇宙新暦1037年。
人類が旧西暦3104年に国際連合火星総合研究居住区設立を記念して、イエスキリスト誕生から続いてきた暦を捨てて、新たな時代を歩みだしてから九百年あまり。国際連合は地球国家連合と名を変え、人類は一等宇宙艦で構成された銀河系間の調査船団を様々な銀河系へと派遣し、その中継港として宇宙各地にプラントを建造していった。
それから百年少しが経った今。
元々プラントと地球本星が遠い距離に位置することもあり、プラントの統制、支配は実質そのプラントの管理区長に一任されていた。彼らに与えられた権限は実に多様かつ広範囲のものであった。
プラント内部の首相としての政治的権限、プラント間及び惑星間での通商に関する権限、軍隊を組織する権限、軍隊を行動させる権限。ありとあらゆる権限がプラント管区長に委ねられていた。
その一つに、『戦争を行う権限』も含まれていた。
三十年ほど前、プラント『パルテノン』の管区長ジュダス・ウォルターが周辺のプラントと軍事、経済、政治あらゆる分野についての同盟を締結し、総合的互助関係を目的とした連合『CRA』を設立した。彼らは当初こそ設立目的通りに経済、政治等々の助け合いを主にした活動を行い、地国連もそれを支援していた。
だが、それも二年ほどが経ってから様子がおかしくなって来た。繰り返し行われる大規模の軍事演習、PA爆弾──核兵器に取って変わった原子の対消滅を用いた爆弾──の実験、他プラント及び地国連軍調査船団への挑発行動、明らかに他プラントを意識した軍事行動。その他にも公表されていないものを含めると枚挙に暇が無い。実際に、衝突もあった。
そして、CRA発足五年後。ついに、決裂の時がやってきた。
CRAの連合相互防衛軍による地国連直轄プラント『ノア』の破壊。としてのちにまで語り継がれるこの日を境に、CRAと地国連は本格的武力衝突、その後に戦争状態に陥った。
当初、国力、軍事力で遥かに優っていると思われていた地国連が、CRAに対して二十五年間もの長期間の戦争に持ち込まれた原因はただ一つ。
CRAが投入してきた新型人型ロボット兵器『MAS』、機甲兵の登場であった。MASの圧倒的な機動力と、状況によって兵装を変えることができる汎用性の高さの前に、地国連軍艦隊は翻弄され続けた。
× × ×
目を覚ますと、カーテンから差し込む陽光が揺らめいていた。夜のうちに剥がれてしまったシーツを手繰り寄せて身を包む。
ふと、枕元の時計が目に入る。寝る前に数字表示にしておいたそれのモニタには、08:02と表示されていた。それを見て、俺はガバッと猛烈な勢いで体を起こす。
そして、リビングに直行し、冷蔵庫から栄養ドリンクとチョコレート味のフレーバーを取り出して口に突っ込む。そのまま制服に着替え、残りの栄養ドリンクでフレーバーを飲み込む。次に台所へと向かい、歯磨きと顔洗いを手早く済ませる。
鞄をひっつかんで慌しく玄関を出た時点で、08:09であった。全力ダッシュをすれば間に合わなくは無い時間ではある。
ガララと教室の扉を開けた時点で、時は08:14:54秒であった。ギリギリの時間である。
と、その瞬間。キーンコーンカーンコーンというチャイムが鳴る。
「レイ・アマギ。遅刻……と」
「先生、一応、間に合い、ましたよ……」
息も絶え絶えに抗議を行う。が、教卓にいる担任はそんなものどこ吹く風といった感じで返してきた。
「さっきチャイムがなった時点で、お前の足は教室に入ってなかった」
そう言って、俺の足元を指す。見ると、俺の両足は教室にはギリギリ入っておらず、廊下にあった。
「そ、そんな……横暴だ……」
「問答無用。今日はレイ、お前を集中して当てるからな」
もう何を言ってもしょうがないと諦めて、自分の席へと向かう。
「よっ。お前、また徹夜か?」
カイ・ヘリオス。俺の学友であり、小学校以来の付き合いだ。
「昨日は右膝の関節部が傷んでいたから、取り替えていただけだよ」
「それで夜更かししてこのザマだと?」
「仕方ないだろ。これも学業なんだから」
少し口を尖らせて、むっとするように言う。
「でも、遅刻判定取っちまったんだろ? いやぁ、今日は厄日だね。精々、寝ないことだよ」
今、教壇で朝のホームルームを取っているキース先生は代数の教員で、授業中に生徒たちをよく当てることで悪名高かった。しかもタチが悪いのが、遅刻、忘れ物をした者は問答無用で集中的に指名するという方式を取っており、下手すれば息つく間もないほどのペースで当ててくる。だから毎日気をつけていたのだが、ここの所の多忙が祟ってしまった。
「じゃあ、これでホームルームは終わりだ。日直、号令」
「きりぃーつ! 礼ッ!」
× × ×
「今日は、厄日だ……最悪だ……」
昼休み、カフェテラスの机に突っ伏して、今日半日で受けた不幸を呪う。
「身から出た錆ってところね。観念しなさい」
向かいに座る少女が、紅茶の入ったカップを置きながら涼しげな顔で言う。
「それは分かってるけど、ミリー……」
ミリー・マックス。同級生である。
「分かってないな、ミリー。男には、夜に大人の目を盗んでしたいコトがあるんだよ」
カイが妙に悟ったような顔で言っているが、全くもって違う。
「何言っているのよ、変態」
ミリーはバッサリとこれを切り捨て、こっちに顔を向ける。
「で、ホントのところ、どうなの?」
「ん? MWの調節してたんだよ」
MW、機工労働者とも呼ばれるそれは、MASで培われた技術を応用した人型の重機である。
「それって、機工科の?」
「そ、家に帰ってきたのが昨日の夜二時だったからね」
そう言うと、ミリーが心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫、レイ? 不規則な生活は体に障るよ?」
「いいよ、大丈夫。自分の健康管理は自分でするよ」
「でも……」
まだ何か言いたげなミリーを、携帯タブレットの着信音が遮る。俺は、そんなミリーを無視してその電話に出た。
『あ、レイかい?』
「どうしたの、ニック。また故障?」
着信元は、ニック・ニクセン。同じ機工科の班員である。
『今度は油圧ジャッキがイカれちゃって……』
「あー、それはもう取り替えるしかないね。どうせ油漏れだろ?」
『うん、右腕一番ジャッキがもう油まみれでベトベトでもう最悪』
右腕の人間で言うところの二の腕の油圧ジャッキの内の一本が、どうやらオイル漏れになってしまったらしい。こうなったらもう交換するしかないだろう。電話の向こうで油まみれになった機体と汚れたガレージ、そしてその前で泣きべそをかきそうなニックの顔を想像してゲンナリとする。
「俺が行くから、待ってて」
ロクに寝てすらいない上に、キース先生の授業もあったせいで、これからガレージを掃除して油圧ジャッキを取り替えるとなると、粘っこいヘドロのような倦怠感が湧き上がってくる。
『助かるよ、レイ』
そう言って、電話を切る。ふと見ると、ミリーがそっぽを向いていた。
「どうしたのさ、ミリー」
「いや、べつにぃ」
何か含むような言い方だったのが気になったが、今はそれよりも緊急の事態が起きている。かまけている暇は無い。
「あ、そう……ならいいけど」
言うと同時に、広げていた機械工学の教科書を鞄の中に突っ込む。
「それじゃ、俺は行くから」
「あ、ちょっと!」
ミリーの制止も聞かずに、走り出す。
「行っちゃった……」
「いやぁ〜、辛いねぇ。こうもロボットばかりにかまけていると」
「うるさい!」
× × ×
「どう? ニック」
「いい感じ。今の所、問題は無いよ」
機工科第三班の整備室に駆け込んだ後、予備の油圧ジャッキに取り替えて、今は試験稼働中である。
「レイ、今度はパンチやってみて」
「ああ、わかったよ」
言われて、コックピット(と言っても露天の重機に近い操縦席である)脇のレバーを押し込む。すると、動作に連動して機体の右腕がブン、と前につっぱった。
「どう? ニック」
「問題無い、大丈夫そう」
「わかった、じゃあ終わりでいいね」
機体の電源を切ってから軽く飛び降りて、外部電源のコードを抜く。すると、鈍い稼働音を立てていたMW『バッファロー』の特別仕様マークエレナが静かになる。
「お疲れさん、エレナ」
「なあ、ニック。それ、気持ち悪いから止めないか?」
本人にこのことがバレないうちに止めておくべきだと忠告しておこうとしたら、ニックがその幼い顔をムッとめる。
「何言っているんだ、レイ! いいか、これはな、スクールカースト最上位のエレナに近づくことすらできない、最底辺の我々が、唯一! 彼女とを繋ぐことのできる希望なんだぞ! もはや、これしか光はない! そうすることで、我々は常に彼女といることができるというのに……それを、貴様は、貴様はッ!そこに直れ、私が根性を叩き直してやる!」
「ニック、さすがに卑屈だと思わない……?」
だがしかし、ニックはそんなこと御構い無しでまくし立て続ける。すると、開かれたシャッターの方から、あどけなさを残した女の子の声がした。
「機工科第三班って、ここでいいの……?」
少し控えめで、上品な声。容姿端麗、控え目な性格から、学園で男子から厚い人気を誇る、エレナ・テスタロッサがそこにいた。
「エレナ……」
「──って、エレナ?」
ニックは、正気に戻ってエレナを真正面から見据える。すると、顔を赤らめて奥へと駆け込んで行ってしまった。
「エ、エレナ。どうしてここに?」
「ラッセル先生から、頼まれ物。 はい、これ」
渡されたのは、今時風流な、風呂敷で包まれた弁当箱であった。男五人(班員の人数)でつつけるようにとの配慮なのか、かなり大きい。重箱と言って差し支えなさそうだ。
「それと伝言。まともにご飯食べないと体壊すよ、だって」
「あ、そ、そう……」
エレナが来て、自分と髪の先が触れそうなくらいに近い距離で、一対一で会話している。そんな状況で、うまく思考がまとまらず、思わず目をそらしてしまう。だから、何か会話を繋ぐことができなかった。
「これって、アマギ君たちが作ってるロボット?」
「作ってるっていうよりも、元からある物の改造だけどね」
なんとか場が持ったことに安堵しつつ、アマギ君と呼ばれたことに対して一抹の寂しさを覚える。
「ふーん、よく分かんないけど。凄いんだね」
「そんなものじゃないよ。MWなんて、初歩中の初歩だし、世の中にはもっと凄い人も沢山いる」
そう言うと、エレナは俺を見てクスッと笑う。
「そう、謙遜出来るのも凄いよ」
「そ、そうなのか……?」
「それじゃあね」
「あ、ああ……」
エレナの言葉の意味がわからず、首を傾げていると、ニックが裏から出てきた。
「おい、レイ・アマギ!なぜ貴様はエレナと親しげに話せるんだ!」
「そりゃ、お前が裏に引っ込んじまったからだろ」
「うるさい!お前なんか……お?」
俺に言いがかりをつけようとしていたニックの言葉が尻すぼみになり、目線が一点に釘ずけになる。そこには、さっき手渡された小包があった。
「そ、それは一体?」
「ラッセル先生から差し入れだってよ」
「エレナの手料理……」
「いや、違うってば」
そう言うも、ニックは全く聞いていなかった。仕方がない。このままにしておいたほうが幸せだろう。
× × ×
漆黒に包まれた宇宙空間で、紫色の宇宙迷彩色の戦闘服と、MASパイロットのヘルメットに身を包んだ十六人の集団が、プラント『リリウム』の外壁で密やかに作業をしていた。
『おい、これがポイントAだ』
「了解、C4を設置する。どいてろ」
鉄壁の前から退いた隊員を押し退けて壁へと張り付く。腰から一握りのプラスチック爆弾を取り出してて壁に貼り付け、信管をねじ込む。
「準備ができた。全員退避しろ」
即座に全員が近場の遮蔽物にまで退避する。自分もそれについていき、サッと隠れる。それから、リモコンを取り出す。
「5、4、3、2、1……起爆ッ!」
ボタンを押し込んでから直ぐに、ズンという衝撃が──宇宙空間は真空のために音は伝わらない──背もたれにした金属越しに伝わってきた。遮蔽物から身を乗り出し、プラント外壁に空いた大穴に向かう。
『うわっ⁉︎』
隊員の一人が、内部から噴出する大気に押されて宇宙へと投げ出されそうになるのを、腕をひっつかんで阻止する。
「気をつけろ」
『す、すまない』
見ると、自分よりも年上のようだ。だが、記憶している限りではこの小隊に自分よりも位が上の者はいないはずだ。ヘルメット越しの彼の緩んだ顔は、彼との年の差を考えると複雑な気分にさせた。
(いけない。隊の長がそんな調子でどうする)
「俺が先に行く。後に続け」
腰あたりにあるレバーを押し込み、背中の個人携帯用ブースターを点火させて内部へと侵入する。残りの隊員がブースターをふかして、それに続いた。
× × ×
「はぁ……ようやく終わった。地獄だった……」
授業が全て終わり、学校から出た道を肩を落としながら歩く。
「お疲れさん、確か機工科だと代数は必修だったっけ?」
「まぁ、ね……」
そう言って、俺は肩を落とす。今日は本当に厄日だった。今朝の寝坊、MWの故障、それに加えて、歩いていたら見知らぬ生徒がコーヒーをこぼした拍子に制服に盛大にかかった。
「いやぁ、本当に厄日だったな、今日は」
「もうこれ以上は勘弁してもらいたいよ……」
「でも、これから軍の施設に行くんでしょ?なんか、事故にあったりしない?」
この学園はリリウム管理府からの助成金を受けて立っている公立校である。そのため、機工科の優秀な班は軍に、その他の科でも優秀者は公的機関からの指名が時たまに入ったりもする。
なぜ、ただの高校生が呼ばれるのかというと、ただ単純に人手不足だからだ。
この後も、地国連軍の駐屯地からMASの修理に関する依頼が入っていた。しかし、これはバイトと似たような感じで、ちゃんと労働に見合う対価を支払ってくれる上に、自分の得意な分野ということで、皆苦もなく請け負っている。
「ロボットの修理してたら、訓練で外れた弾が飛んできたりしてな!」
カイの茶化しに対して反応する気力もなく、ただガックリと項垂れる。
「でも、凄いよねぇ。軍から呼ばれるなんて。軍隊って、『お前はダニ以下の最低のウジ虫野郎だ!』とか、『どの人種も全て等しく価値がない!』とか言って訓練してるんでしょ?そんな厳しいところがレイみたいなただの高校生を呼ぶなんて」
「それは、かなり曲折した理解だと思うけど……」
身近に、二千年以上前の映画が好きなもの好きでもいたのだろうか。ベトナム戦争なんて、今や地球歴史クラブとかぐらいのマニアックな部類の人間しか知らないような知識だった。
「それに、俺が凄いってわけじゃないよ。ただ単に軍の方がただの高校生の力も借りたいってほど、人手不足なだけだよ」
「なんだか、益体ないわね」
「それが真実ってもんだよ」
そこで、傍のタクシー乗り場に停めてあった無人タクシーに乗り込む。
「じゃ、また明日学校で」
「おう、じゃあな」
「体、大事にしてね」
二人と別れの挨拶を交わして、ドアを閉める。
「地国連軍エリア57まで」
AIが応対し、スッと車が動き出すと、カイとミリーの姿が後方に遠ざかって、みるみる内に小さくなっていった。
× × ×
地球国際連合軍プラントリリウム駐屯地エリア57。プラントリリウムの大形艦船専用港を管理し、またその設備の大多数を使用している、地国連軍の数多ある基地のうちの一つである。
その基地の中の航宙戦闘艦の港の一つに、一隻の艦艇が入港していた。全長三四〇メートル、全幅六〇メートル、全高三五メートルもの巨大艦の名は、強襲揚陸戦闘艦『エリミネーター』。この艦に搭載されたシステム、火器、装甲、そしてMAS。その全てが未だ試験段階の最新技術によって作られたものであった。
「あれが例の新造戦艦か。やっぱ、いつ見てもデカイねー」
港のガラス越しにその巨大艦を見つめる、地国連軍第五機動艦隊所属の大尉、アストレア・ケーリー。今時珍しく、可変戦闘機を駆る風変わりな男。または、蒼炎の九尾という名で地国連軍では知られている。
その名の通り、彼の駆る可変戦闘機『ナインテイルズ』は、九つのスラスターを任意に操作し、九尾の尾のように広げることで、急制動や急旋回など、非常にトリッキーな動きが可能なことが特徴である。
「さすが、プロトの為だけに建造されたってだけはあるっ、てことか」
「ええ、凄いです。あの機体に、ここまで期待がかかっているだなんて」
隣にいるのは同じく地国連軍第五機動艦隊所属、ジャック・カトラス軍曹。目の前のエリミネーターと共に、極秘裏に五年の月日を掛けて開発された試作MAS『XM─107』通称プロトの専属パイロットである。
「それだけ、君にも期待がかかるってことさ。重圧に感じるかもしれないけど、人類のためだ。頑張ってくれよ」
「はっ、精一杯任務に当たらせていただきます!」
ジャックが畏まって敬礼をすると、アストレアはやれやれといった様子で首を振る。
「そう、固く接してくれるなよ。苦手なんだ、そういうの」
「は、はぁ……ですが、しかし」
「いいかい、今度からはもう少しラフでいいから。それじゃ」
そう言い残して、アストレア・ケーリーはどこかへ行ってしまう。ジャック・カトラスはそれを見送ってから、新造戦艦へと目を戻す。
地国連が、この機体の開発の成否を固唾を飲んで見守っている。その事実が一層、彼の肩にのしかかって来た。
(なんとしても、この輸送作戦。成功させねば)
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