AngelEngage

若宮いずも

僥倖

 キャンバスに黒の絵の具が入ったバケツをひっくり返したかのような宇宙の中を、一つのプラントが揺蕩う。

『こちらハーピーリーダーより全隊。目標物を捕捉した』

『こちらエリミネーター、ハーピー隊各員へ。先行し、攻撃目標を指示せよ。送れ』

『駄目だ、目標の移動速度が想定よりも速すぎる。 このままじゃ追いつけない!』

『こちらエリミネーターコントロール、カマエルスリーへ。出撃せよ』

「もう一度、言ってください」

『繰り返す、出撃せよ!』

「カマエルスリー、了解……」

 前方のハッチがゆっくりと開かれ、隙間から漏れ出る光に目を細める。

『コース良し、退避良し、発進準備良し!』

『ファイブカウント! スリー、ツー、ランチ・ナウ!』

「────ッ!」

 瞬間、超電磁カタパルトの衝撃がコックピットシートを通じて、伝わってくる。

『こちらエリミネーターコントロール、カマエルスリー。目標へ急速接近、直接座標を指示せよ』

「もう一度お願いします」

『繰り返す、目標に肉薄し、座標を指示せよ』

「了解……」

 脚部操作用の拘束式フットレバーのフットペダルを左右共に踏み込む。背部のスラスターから緑色の粒子がたなびき、宇宙に一筋の光線を描き出す。

「ECA起動」

『了解、ECAの状態をアクティブに変更。パイロットへ、ECA稼働中においても通信は可能ですが、敵に捕捉される危険性があります』

 AIの忠告を聞き流し、股の部分にあるレーダーや周囲の状況に目を配る。

『敵機確認、以後マイク1、マイク2、マイク3、マイク4と呼称』

「カマエルスリー、エリミネーター。迎撃確認、接敵まで四〇秒」

『エリミネーター、カマエルスリー。作戦続行、突破せよ』

「了解……」

『敵機接近、敵射程圏突入、警戒せよ』

「く、あっ──ッ!」

 スラスター出力に任せ、突破しようとしたところ、数発の直撃弾を受け、コックピットが激しい衝撃に襲われる。

『前方の巨大構造物との相対距離3000、接触まで1763秒。回頭せよ』

「…………。」

 AIの忠告を無視して眼前を速度700で揺蕩うプラントに向かってスラスター全開で突っ込む。

「ぃ……ッ!」

 すさまじい加速度に耐えながら、プラントに向かって機体右手のアンカーを射出する。

「ああっ……‼」

 アンカーが刺さった地点を中心にして、振り子のように機体が振り回され、襲い掛かる慣性に体が悲鳴を上げ始める。

「く、っ……ぁっ!」

 途中でスラスターを駆使して機体の体制を変え、メインスラスターの最大出力で制動を掛ける。

「……あっ!」

 そのまま背中がプラント外壁に叩きつけられ、背中から押しつぶされたかのような衝撃で肺の空気が一斉に漏れ出る。

「カマエルスリー、目標到達。レーザーペイントを始める」

 機体のカメラアイのレーザーポインター機能を点け、プラントの港湾施設の隔壁を指示する。

「…………。」

 ふと、思い立ったことがあって、両手の操縦桿から手を放す。同時に、全身の拘束が解け、下半身を固定していたハッチが開く。

 手動でコックピットハッチのエアーロックを解除し、押し開いて外に出る。

「…………。」

 まばゆい光を放つ幾多もの恒星たち。それぞれの距離は違えど、それぞれが光って、この宇宙に輝いている。

 彼らのいる所ははるか遠くで、到底人間がたどり着ける場所ではない。そう、人間の小ささをまざまざと奴らは見せつけてくる。

 この戦場からはるか遠く離れた、神の創世記の名残を機体コックピットハッチにそっと腰かけて眺める。

 なんか、全てが何でもないような気がした。

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