薬味は最後に鯖の上



“ねぎと大根は辛くていいんだ!”



「辛い…」


 正直、これは難題な気がする。本来、野菜は火を通すと甘味が増す。そしてくうでは口当たりの優しい甘いおろしが強みだ。


「大根を変えるしかないのかなぁ…」


 辻さんの思い出の料理にかけられる時間は限られている。店の仕込みや準備を進めなくてはならない。


つぐ、お財布取ってちょうだい、忘れちゃって」

「ばあちゃん」

 財布を取りに戻った祖母に安堵のため息が漏れる。


「…どうしたのぉ、そんな顔してぇ、ぶっ細工じゃない」

 どうやら私はひどい顔をしていたらしい。


 私は祖母に辻さんから思い出の味の再現を頼まれたことを話した。ねぎと大根は辛くていいこと、香辛料はみぞれ煮の良さを殺してしまうこと。祖母は優しく頷き、私に「だぁいじょうぶ!」と言った。


「おとうさんのところ行こう」

「え、じいちゃんのとこ?」



 *



「ほーん、辻さんも随分、つぐに難問つけたもんだな」

 おれだったら断ってるわ!と愉快そうに笑った。


 祖母曰く、「料理のことはやっぱりおとうさんのほうが知ってるもの。辻さんの胃袋のこともね」らしい。


「まず、みぞれ煮のことなんだが、恐らく肉じゃなくて魚だな!」

「え~…ねぎと大根なら絶対鶏肉が相性いいと思うんだけどなぁ…」


 唇を尖らせる私に、祖父が知り得る辻さんの胃袋について教えてくれる。

 辻さんは元々、ここから30キロほど離れた港町の出身らしい。


「でも、それだけで魚ってなんでわかるの?」

「昔は何にも発展してねっけ、生物なまものは腐る。」


 それはそうだが…。


「それと、これは想像だけども、恐らくねぎは“おかざり”じゃない。魚の臭みをとるために大量に使うはずだ。そして煮る用のおろしを減らせ!」


 にっ、と強面気味の表情を無邪気に転換し、レシートの裏面にメモを始めた。


【辻さん攻略作戦】



 *



 いつも通り、駅からのアナウンスが聞こえる。17時過ぎにのれんをかけ、提灯を灯す。


 テレビからは夕方のニュースが流れていて、九州地方の大雨を懸念していた。オレンジ色の明かりをめがけ、少しずつお客さんが入り始める。


 19時、なんだかんだと一番お客さんの出入りが多い時間、ふらりと辻さんはやって来た。

「つぐちゃん、空いてるかい?」

「いらっしゃいませ!カウンターの一番端どうぞー」


 お冷やを出すと一気に飲み干し、「また明日から職場が遠いぜ」なんて楽しそうに話し出した。

 区切りの良さそうなところで私も切り出す。


「辻さん、出張前に食べていってみてください、みぞれ煮!」

「ほおーう?もうリクエストに答えてくれちゃったか」


 じゃぁそれと日本酒!と大きく注文をして、辻さんはトイレへと席を立った。



 みぞれ煮…。

 全く知らない未知の味を完全再現なんて出来ないし、辻さんも求めてない。大事なのは強く印象に残る、ぴりっとしたねぎと大根!


 私はあらかじめ作っておいたみぞれ煮を再び温める。ふんわりと香るあまじょっぱさが鼻孔をくすぐり、店内にいた何人かのお客さんも自然とその元を探る。


「おっ、いいねぇ、こりゃあ楽しみだ」

 戻ってきた辻さんもいそいそと席につく。


 具合よく温まったそれを器に盛り、辻さんの前に出す。

「はい、みぞれ煮です」

「待ってました~!」

 割り箸を取りだし飛び付かんばかりに収めようと動く辻さんを、「まだです!」と強く牽制する。


「辻さん、こういうことじゃないですか?」


 あまじょっぱく煮付けられたさばに、グツグツと煮えた小鍋を近づけ、中身をどっぷりと乗せる。


「つ、つぐちゃん、こりゃぁたまげた」


 驚くのも無理はない、つぐは煮立った醤油ベースのタレに大根おろしをいれたかと思うと、1度混ぜたのちすぐに鯖にかけたのだ。


「これが、辻さんのためのみぞれ煮です!」


 私はすぐに辻さんに一口目を催促した。

 鯖に乗り切らないほどの大根おろしをのせて、はふはふと口に運ぶ。


「んん!…っまい!」


 辻さんの箸は止まらない。


「全く同じではないのに、懐かしい…!そうだ、ばっちゃんは魚で作ってたんだよ!それに大根おろしが辛いね?ねぎは控えめか…?」


 つぐはしたり顔で口角を上げる。


「実は、祖父に聞いてみたんです」

兵治へいじさんに?」


「港町の出身なら、魚を食べる確率が高いって。大根おろしにはみじん切りにしたねぎとかいわれ大根が入ってるんです」


 感心したように頷くと、辻さんは我慢ならんとかぶりつき、あっという間に空にしてしまった。


「おいしかったよつぐちゃん。ばっちゃんのために、明日も頑張らないとなあ!それじゃぁ、ご馳走さま!」


 お会計をし、赤らんだ頬が満足げに見えた。


「ありがとうございましたー!」


 扉の隙間から聞こえるのは駅から流れるアナウンスだ。


『ご利用ありがとうございました、ホームと列車の間に段差がございます、お気を付けてお降りくださいませ』

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