ねぎと大根は辛くていい
山原さん家のお食事会は思っているような大変なものでなかった。
私はあくまであらかじめ頼まれていた料理を出しただけで、あとはジュースを追加したりおしぼりを渡したり、大したことはなかったからだ。
「いやあ、悪かったねえつぐちゃん」
温かい声の奥から聞こえるのは、山原さんと同じ雰囲気を持つ家族の声だ。20名ほどが集まっていたが、まだまだ少ない方だという。
「また機会があったら、ぜひお声がけください!」
この家族の近くにいるだけで、自分も温かい気持ちになれる、素敵な家族だ。
「ありがとうございました!」
「また来るよー!」
*
17時過ぎ、駅からのアナウンスにあわせて本営業をスタートさせる。
「
山原さんをはじめとする、昔から私を知るような常連さんにより、私は名前で呼ばれることが多くなった。
ニートな私には照れくさいが、郊外の常連に愛される小さな店にはちょうどいい。
22時を過ぎると、それこそ本当に常連さんばかりになってくる。わざわざこんな郊外の途中駅に来る人は少ないし、田舎のお父さんは女の人に頭が上がらないからだ。
「つぐちゃん、しかし大人になったねぇ、昔はこーーんなに!小さかったのになぁ!」
「やめてくださいよ辻さんたら」
辻さんは腕の立つ宮大工さんで、県内の神社仏閣の修繕ために飛び回る日々だ。自宅から通えないところだった場合はホテルに泊まっているらしく、店に顔を出さないので分かりやすい。
「ところでつぐちゃん、無理にとは言わねぇが、作ってほしいものがあるんだ」
*
「おばあちゃんが作ってくれたみぞれ煮…」
辻さん曰く、幼くして他界した両親にかわって育ててくれた彼の祖母の料理をまた食べたいと言う。
「おらァ、料理はからっきしでな、神様の寝床ばっかつくってっけ。」
「うーん…なにか特徴的なこととか、好きだったところとか、調味料とかわかりますか?」
普段料理をしないだけでなく、何十年も前となれば難しいことはわかるが、それだけでは私も作りかねる。
「うーん、そうだなぁ、タレが甘くて、ねぎが入ってたなぁ」
「な、なるほど」
よだれが垂れんばかりにだらしなく開いた口元がとても幸せそうだったのを思いだし、悩む。
記憶の恐ろしいところは、いつの間にか美化されている可能性があること。仮に辻さんが完璧なレシピを覚えていたとしても、その時と同じ感動を味わえるとは限らない。
「とにもかくにも、試作!」
【みぞれ煮】
…様々な具材とおろした大根を煮たもの。白い大根が冬に降る
「うーん、ねぎと大根…。相性がいいのは…」
個人的な好みなら断然鶏肉なのだが、辻さんのおばあちゃんが作ったのはなんだっただりう。戦時中を生き延びた人が、戦後の子供に作るみぞれ煮には、何をいれたのだろうか?
完全再現は頼まれていなくても、近いものにしたい。
先ずは合わせ調味料を作る。味が濃くなりすぎないようにし、みりんで少し甘口に。そこへ大根おろしを加える。
フライパンに多目の油を敷き、菜箸から小さな気泡が出るくらいになったら下味を着けた鶏肉に片栗粉をまぶし、揚げる。
ジュワジュワと鶏肉が焼き色を少しつけてきたら上げ、油を切る。ねぎは素揚げにする。
深めのフライパンに合わせ調味料を入れひと煮立ちさせたら、鶏肉とねぎを投入。
「片栗粉がタレを吸ってより美味しく感じるんだよね~」
さらに大根おろしを入れて沸騰しすぎないように数分温める。
「…うん、味はいいみたい。辻さんにも出してみよう」
それなりに満足のいく味に仕上がり、私は意気込んでいた。
*
「おお!?」
「どうですか?」
おろしのたっぷりのった鶏肉をつまみ、ビールをあおる。
「いいねぇ、こりゃあうまい!」
「! ほんとですか?よかった!」
思わず笑みがこぼれる。んまいんまいと食べ進める辻さんだが、日本酒を飲み干すと重たく口を開いた。
「でもこりゃあ、つぐちゃんのもんだ。」
夕方のニュースから、動物園で赤ちゃんが誕生したと流れた。
「いや、気を落とさんでな、うんめんだろも、んー…刺激が足らねんだかねえ…」
「刺激、ですか?」
確かに、香辛料などは一切使っていない。七味などを振ってみても、違うと言うのだ。
「ああ、わかった!」
ぱんっ、と大きく手を叩いて辻さんは得意気に言った。
「ねぎと大根は辛くていいんだ!」
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