第166話 ほんのひと時。寝具の上で S☆1

「……あれ?」


 目覚めると、俺の体はベッドで横になっていた。

 おかしい……確か俺はソファに座って眠っていた筈なんだが?

 と、瞬時に疑問が浮かぶが、俺は隣で誰かが動くのを感じて視線を動かす。


 すると、すぐ隣で毛布に体をくるめたまま、サクラがすやすやと寝息を立てていた。


 俺は思わず驚いてしまい、大口開けて声を出しそうになる。


 しかし――


「しぃっー!」


 ――そんな声と共に、メルクオーテが俺の口を塞いだ。


「大声禁止! サクラ起きちゃうっ」


 小声で言う彼女に俺はこくりこくりと頷き、静かにすると意思を伝える。

 メルクオーテは、よろしいと言うように頷くと、そっと俺の口から手を離した。


「サクラ……寝てるあんたをベッドまで運んだみたいよ」


 メルクオーテは苦笑しながら俺に聞かせ、サクラの髪を撫でる。


「アタシも起きた時、あんたが寝ててびっくりしたんだからね?」


 笑い話のように話す彼女の声は穏やかで、少なくともいつの間にかサクラを挿み、隣で眠ていた俺に対して怒ってはいないようだった。


 けど。


「その……すまん」


 一応謝っておく。

 彼女は「別にいいわよ」と答えた。

 撫でられるサクラの寝顔は穏やかで、その横顔を眺めていると、ふとした疑問が浮かぶ。


「サクラ……なんだって俺をベッドに運んだんだろう?」


 俺が疑問を声に出した直後、メルクオーテが「ふふっ」と小さく笑った。


「わからないの?」


 彼女は。俺をからかうように訊ねる。

 少々その口調にむっとしながらも、悔しいかな、俺は頷くしかなかった。


「ああ。君はわかるのか?」

「当り前じゃない。あんた、ホントにバカじゃないの?」

「へぇ……なら、聞かせてもらおうか」


 悔しまぎれに妙に言葉が横柄になる。

 だが、メルクオーテは気にする様子もなく、静かに俺に聞かせた。


「そんなの……この子があんたと、一緒に寝たかったからに決まってるじゃない」


 おかしそうに……そして、サクラに対して愛おしいと告げるように、メルクオーテは答える。


「あ。勘違いしないでよ? 正確には、アタシとあんたの二人ね。普通なら、アタシはあんたと一緒に寝るなんて、サクラを挿んだとしても許さないけど……今回は特別だわ。ふふ……アタシ、サクラよりも先に寝ちゃったもんね。これは怒れないわね」


 その後、メルクオーテはサクラの耳元で小さく「ごめんね」と呟いた。

 そんな彼女の様子を見ていて、俺は……つくづく、彼女は優しいなと思う。


「なあ、メルクオーテ……」


 なのに……俺は、彼女に迷惑をかけてばかりだ。

 この時、俺は彼女に謝ろうとしていた。

 何度そうして来たかわからない。

 でも、何度も言葉と謝罪を重ねなければと、そんな気持ちに囚われていた。


 しかし。


「タケ……本当にサクラを守れると思う?」


 俺が謝罪を口にする前に、メルクオーテが言葉を挿む。


「……戦争のことだけじゃないわ。戦争が終わって、ヤシャルリアがいよいよヒサカの魂を返すってなった時。あんたは、サクラとヒサカ……両方を取りこぼさないなんてことができる?」


 彼女の問いは俺から言葉を奪った。

 いや、俺は……メルクオーテのこの問いに対して未だ言葉を持っていない。

 だから今。自分の内にあるだけの考えを、彼女に告げる。


「正直……今はわからない。でも、今も……今までも、ずっと考えている。サクラを失わずに済む方法を……その時間を、ヤサウェイも稼いでくれると俺に言ってくれたしね」


「……何よ、まるであの男の言いなりじゃない」


 面白くなさそうに言って唇を尖らせるメルクオーテに、俺は苦笑した。

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