第163話 前夜(6)S☆4

 その時――


「サクラさんっ!」


 ――アイリーンさんの両腕が、私の肩をつかむ。

 彼女は力強い瞳で私を見つめ、刹那の間、唇を噛みしめた後に言葉を発した。


「戦場には、絶対というものがありません。だから自分は……貴方に、大丈夫ですと言えません。けど、それでも……貴方に護りたい人がいて、絶対に死なせたくない誰かがいるのなら、決めておくんです」

「決めて、おく? なにを……」


「命の、優先順位です」

「命の?」


 こぼれる疑問の短音。


「はい。命です」


 アイリーンさんはゆっくりと肯定した後、そっと彼女自身を指差して口を開く。


「例えばこのアイリーンと貴方の大切な人が目の前にいます。そしてその二人は、今まさに敵に殺されようとしている……貴方はこの時、どちらを助けるべきか迷ってはいけません。刹那の逡巡も許されない。その短い時間が、貴方から何もかもを奪う可能性だってあるんです」

「じゃあ、私は……タケとメルメルを、二人を私の一番にすればいいの?」


「はい。おそらく」

「そうすれば、私はずっと二人のそばにいられる?」


 私は、不安を感じているせいか早口になっていた。

 アイリーンさんの返答を聞かされる度、次から次へと心を安心で満たそうとして質問が出る。


 でも。


「はい……おそらくは」


 どうあってもアイリーンさんは絶対と言う言葉を使わなかった。


「自分のこの考え方は、死なせたくない誰かの……死期をただ少し遅らせるだけに過ぎない考え方なのかもしれません。でも、少しでも死期を遅らせられれば、その少しの間に戦争が終わるかもしれない。この戦争も、明日の戦場も、いつまでも続く訳じゃありません。だから、戦いが終わるまで、貴方が大切な人を守ることができたなら、それが貴方にとっての勝利になる筈です……違いますでしょうか?」


 彼女の問いかけに、私は頷いた。


「ありがとうございます。アイリーンさん……私、やるべきことを、見つけられた気がします」

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