第121話 124回1日目〈5〉S★4

「メルクオーテッ!」


 怒鳴るように声を張り上げると、彼女はびくりと肩を震わせうろたえた瞳を俺に向ける。


「しっかりしろっ! ここからっ、逃げるんだろうっ!」


 そんな声が届いたのか、彼女はこくりと頷くと手に握るナイフを構え直して答えた。


「言われなくたって、わ――わかってるわよっ」


 だが……まだ、メルクオーテは腰が引けている。

 今の彼女は、次に自分が取るべき行動を見失っているかのようだった。

 注意力も散漫で、見ていてひどく危なっかしい。


 だから――


「サクラッ!」


 ――俺は、サクラに指示を飛ばした。


「メルクオーテの傍にいろ! 彼女を守るんだ!」


 次の瞬間――。


「ぐっ、なっ?」


 背中へ、何かがドンとぶつかる。

 咳のようにうめき声が漏れ、俺が床に這いつくばったのはその直後だった。


 咄嗟に、何故? という疑問が湧く。

 何故俺は今、床に這いつくばっているのか? と。


 相対していた騎士にやられた訳ではないというのはわかっていた。

 衝撃は背中――死角からやってきたのだから。


 そうだ。

 俺は、何者かによって背後から押し倒された。


 そして、そいつは今も背に乗ったまま、頭を押さえつけて俺のことを拘束している。


「くそっ……」


 敵の腕力は凄まじく、俺は頭一つ動かすことすらままならない中――


「えっ……サク、ラ……?」


 ――その拘束者の正体を、俺は困惑するメルクオーテの口から知ることになった。


「あんた、何やってんのよ……サクラァッ!」


 訳がわからないというメルクオーテの声に、耳を疑う。

 しかし、必死に首を捻り、視界の端にその姿が映ると、認めない訳にはいかなかった。


「サクラ……?」


 俺の背に乗る拘束者の正体――薄い桃色をした髪を持つ少女の存在を。


「そんなっ!」


 サクラ――彼女は、プラチナドールであるその肢体、自身の性能を、俺を取り押さえるために遺憾なく発揮していた。


 だが。


「タケ、ごめんなさいっ……」


 遠慮なしに振るわれる力とは裏腹に、サクラの表情は暗い。

 彼女は動揺と後悔を声に滲ませながら、唇を恐怖で震わせる。


「あのね、か――体が、うまく……動かないのっ」


 その告白は俺に、悪夢のような記憶を思い出させた。

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