第96話 123回11日目〈6〉S★5

 サクラは、俺なんかよりよほど賢く。

 今、彼女が言ったことは適確だった。

 俺には、サクラの存在を後悔しないために、サクラの犠牲が必要だ。

 でなければ俺は一生、彼女の持つヒサカの瞳に……桜色に上塗りされた髪に……美しく整えられた肢体に、負い目を感じてしまう。


 サクラを選ぶと言うことは――ヒサカを諦めると言うことだから。

 ヒサカの上にサクラを重ね続けることは……ひどく罪深いことだから。

 ヒサカの時間を、あの暗い墓地で終わらせていい筈がないから……。

 

 俺は、取り戻さなければならないんだ。


「そう、だな」


 そして、俺はサクラの言葉を肯定する。


「サクラを後悔しないために、これは必要なことだ。避けられない――避けることを許されない、ことなんだ」


 淡々と言葉を……声に出してつづった。

 どんな感情をこめればいいのかわからなかった。

 どんな気持ちを伝えても、許されないとわかっていた。


 いづれ彼女を、失う。

 その事実だけを、サクラの瞳と共に見つめていた。


 しかし――


「なあ、サクラ……俺は、お前になにをしてやれるかな?」


 ――それでも俺は、今更彼女を道具のように扱えない。


「ひどい……はき違えた優しさだと思う。けど、俺は、サクラになにができる?」


 ヒサカの髪を桜色に染めた少女は顔をうつむけ、俺の肩に寄りかかると、凍えたような声を絞り出す。


「じゃあ、ね。まず、一つ目……私を、ぜったい嫌いにならないで――」


 今日。この後、サクラの口から二つ目が語られることはなかった。

 ただ、外の部屋には漏れることのない、押し殺された少女の声が俺の耳にだけ届けられる。


 これがたぶん、俺の前でサクラが泣いた、最初の日だった。

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