第62話 123回3日目S★1
「準備はいい?」
メルクオーテに問われ、俺は即座に答えることができなかった。
寝台の上で横になるヒサカを見つめ、その頬を撫でる。
彼女の体は微かに温かく、それがメルクオーテの言う液体宝石のおかげなのだと、なんとなしに察した。
「今からこの子に、別人の人格が入るんだよな?」
きちんと返答せず、俺がそんな質問をすると、メルクオーテは不機嫌な声色で答える。
「ばっかじゃないの? 別人の人格じゃなくて、彼女の中に新しい人格が生まれるのよ。別人の人格を移すなら、新しく作るよりずっと簡単なんだから」
俺はヒサカから視線を外し、メルクオーテへと向き直った。
彼女は声色に違わず、やはり不満げな顔をしている。
その顔には、あんたはアタシの苦労をちっともわかってない、と書かれているようだ。
「悪かった。謝るよ。だが確認しておきたいんだ。今からヒサカは、この子は話し出す、俺や君に。それから以前のように歩き、笑うようになる。けど、それはヒサカじゃないんだな?」
再びの質問。
これは確認であり、俺にとって最後の準備だった。
すると、メルクオーテはじっと俺の目を見据える。
彼女は、一切茶化すことなくただ真面目に一言「そうよ」とだけ答えた。
そして、俺は思う。
「わかった」
次に、ヒサカが俺に笑いかけても――
「……始めてくれ」
――自分は、素直に彼女を受け入れられないだろうと。
その後、俺は自分に言い聞かせる。
これは彼女を取り戻すための、最初の一歩に過ぎないんだと。
メルクオーテの詠唱が始まる。
彼女は静かにまぶたを閉じ、ヒサカの体に手をかざした。
ゆっくりとした深呼吸が聞こえる。
続けて、メルクオーテはそっと瞳を開き、詩を読むようにそれを口にした。
「我は創造者。汝の母。血を与え、知を与え、地を与える、叡智。汝と交わすは契約であり盟約。汝が得るのは偽であって真の生。贋作であり無二の魂。仮初の心と仮初の主。与えられた心に従い、真偽混沌の忠誠を示せ!」
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