第39話 122回111日目〈27〉S★3

「何故そんなことができるっ」


 ぼとりと片腕が地へと落ちていく瞬間、斬りかかったヤサウェイにヤシャルリアは問う。

 その顔からは笑みが消え、驚愕の中には恐怖が滲んでいた。


「僕の、覚悟故にっ」


 ヤサウェイがヤシャルリアの胸元に向け、短刀を突き出す!

 それは、間違いなく奴の心臓を突ける一撃だった。

 だが――


「ヒサカッ!」

「ヤサウェイ……ごめんっ」


 ――またも、彼の刃は届かない。

 ヒサカはヤサウェイの前に立ち塞がり、彼の攻撃を灰色の手に握る短刀で受け止めていた。

 すると、一瞬の危機を脱したヤシャルリアの顔に再び笑みが戻る。


「ふふっ、あははっ!」


 それは、気が触れたのかと思うような高らかで短い笑い声だった。

 奴は心底愉快そうに口元を歪め、腰元の細剣に手をかける。


「おい、お前。血が出ているぞ?」


 ヤシャルリアは銀の摩擦音を響かせ、剣を引き抜いた。


「当り前のことを聞かないでくれないかヤシェーリア……血ぐらい出るさ。僕はまだ、人間なんだから」


 それに呼応するように、ヤサウェイも切り落とした腕からサーベルを奪い取り、剣を構える。

 その間、彼が額に汗を浮かべながら放った言葉に、ヤシャルリアは心地よさげに耳を傾けた。

 だが、ふとした拍子に奴はくすりと笑い、ヤサウェイの死を語り掛ける。


「お前、死ぬのか?」

「ああ。だけど、それまでは付き合ってもらうよ」

「つくづく、殺すのが惜しい男よ」


 ヤシャルリアは死へと向かうヤサウェイに剣先と慈しむような眼差しを向けると、冷淡にヒサカへ命令を下した。


「女、あの男を押さえろ。決して逃がすなよ?」


 直後、拘束が解け立ち上がった俺の前に、ヒサカは立ちはだかる。


「タケ……」

「ヒサカ……」


 いつの間にか、彼女の瞳に浮かんでいた涙は頬へと零れ落ちていた。

 短刀の切っ先は俺へと向かい、まだ自制が効くのだろう足だけが退こうと地面を踏ん張っている。

 けれど――


「逃げて!」


 ――ヒサカの叫びと同時に、彼女は俺に斬りかかった。

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