月光-冷血-
第25話 122回111日目〈13〉S★4
「ヒサカ……ヒサカッ!」
言葉にできない後悔。
それが、彼女の名前となって声に出た。
だが、ヒサカは返事などしない。
彼女は、壊れた墓石の中でただぐったりとしているだけだった。
肩が砕け、腕の皮膚からは血に染まった骨が突き出す。
弓を握っていた左手は肌が裂けて、血を漏れ出す肉袋のようになっていた。
無性に自分の両目をえぐり出しくなる。
握りしめた拳が、確かな殺意で熱かった。
直後、メキッという音を耳が拾う。
気付けば俺は、手にする鉄棒を握り潰していた。
けど、今そんなことは問題じゃない。
噛みしめた殺意を声に出せないまま、俺は灰褐色の死人へ向き直る。
その時――
「あの子にっ――よくもっ!」
――俺よりもずっと速く、ハキが奴へと斬りかかった!
彼女は刀剣を両の手で握りしめ、鋭い斬撃を幾度度となく放つ。
風を斬る音が途切れることなく響き、その度に踏み込まれた地面が音を立てて泥をはねた。
「くそっ! なんでっ!」
しかしそれらは、彼女の攻撃が一度として死人に当たっていないことの証明だ。
「ハキ! 下がれ! 一人じゃ無理だ!」
ヤサウェイの口から叫ぶような指示が飛ぶ。
しかし、ハキの耳にそれは届かない。
彼女は一人、死人に斬りかかり続け、ぬかるみの中を進んで行った。
そんなハキの姿を前に、俺は憎しみや殺意を無理やり腹の底に押し込んでヤサウェイへと声を飛ばす!
「ヤサウェイ! ヒサカとズグゥを先に!」
すると、彼は一度俺を見た後、すぐハキへと目線を戻した。
だが、瞬時に俺へと向き直って頷き、ズグゥの元へ走り出す。
直後、俺もヤサウェイと同じように走った。
地面を強く蹴り、腹の中で焼けただれるような怒りが渦巻くのを感じながら、ヒサカへ元と。
「ヒサカ!」
そして、ようやく彼女に手が届く場所へたどり着く。
そこには顔を蒼白に染めたヒサカがいた。
肌を月明かりに青白く照らされる彼女からは、およそ体温というものが見てとれない。
その光景に、俺は彼女の死を覚悟した。
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