第10話 122回109日目〈9〉S★0

 虫を食べた店を背に、俺達は並んで歩き出す。

 すると、ヒサカが俺の顔を覗き込んで口を開いた。


「はじめからゆでたの食べればよかったね」


 てっきり、ひどい文句の一つや二つ聞かされるものだと思っていたから、予想よりずっとやわらかい口調で語られた言葉に面食らってしまう。


「お前だけでも普通に食べれば良かったじゃないか」


 愛想無く返事をする俺に、ヒサカはむくれてみせた。


「もう、なんでそういうこと言うかな。せっかく一緒に街に出てるのにさ。二人で同じもの食べるのが良いんじゃない」


 そんなこと言って頬を膨らませ、唇を尖らせる彼女の言い分は、俺にとって空気が抜けていく風船の音を聞いているようだ。

 何が『せっかく』なのかもよくわからないし、街に出たからと言って同じものを食べた方が良いと言うのも説得力がない。


 だから――


「そうか?」


 ――と、頭につけて俺も口を開いた。


「別にそう決めつけることもないだろ。例えば、二人で違うものを買って食べ比べてみるなんてのも醍醐味だいごみと言えるじゃないか」


 直後、ヒサカは「あっ!」と、声をあげて手を叩く。


「そっか、そういうのもあるんだね!」


 そして、ふんふんと頷く彼女を横目に、俺は一人ヒサカが心配になった。

 彼女には人の言うことを、水を吸うスポンジみたいに受け入れるような、素直過ぎる節がある。

 それはヒサカの長所であり、同時にでもあった。

 それに――


「なんか、そういうのもデートっぽいよね!」


 ――この時折顔を出す突拍子のなさが、彼女のに輪をかけている。

 俺は深くため息を吐き、ついヒサカに軽口を叩いてしまった。


「女子高生があまり大人をからかうなよ」

「じょしこーせ?」


 『女子高生』


 言葉の意味を、彼女はわからなくて当然だ。


「……なんでもない忘れろ」


 その後、ヒサカは俺に不思議そうな眼差しを注ぐ。

 だが、彼女は少しの間気にした素振りを見せただけで、まだしゃべり足りなかったのか、すぐ話題を元へ戻した。 

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