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ゆきまる

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                注意!


※本作品は主に題材としてTS(トランスセクシュアル )を取り扱っております。

そうした題材に嫌悪感、もしくは忌避される方はご注意くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。




 パークは危機に瀕していた。

 それはいつものことのような気もするが、今度ばかりは本当の危機だ。


「みんな、よく集まってくれたのです」


 聴衆を前に舞台上の博士が神妙な声であいさつをした。


「ここにいるのは、簡単な読み書きが出来るようになったフレンズたちなのです。

今日は、そんなみんなに決めてもらいたいことがあるのです……」


 博士の言葉に観衆がざわめく。声の調子から何か重大な決断を迫られていることが予見できた。


「われわれの試算によると、パークはこのままでは、十数年をもたずに廃墟となってしまうのです!」


 衝撃の告白。新たな脅威がパークに押し寄せようとしているのか?

 みなが固唾を呑んで、博士の次の言葉をまった。


「カバンをはじめとするフレンズたちの協力によって、セルリアンの脅威は過去のものとなったのです。ですが、それ故にパークには別の問題が起こったのです。それは、フレンズの長寿命による深刻な少子化傾向であるのです」

 

 博士の預言はすでに人類によって指摘されていた。

 パークは生態系の循環として、動物のフレンズ化→セルリアンによる捕食→動物への還元、というサイクルを繰り返している。

 なぜ、このような自然環境が出来上がったのか。多くの研究者がフィールドワークを重ねた結果、重要な事実が指摘された。

 アニマルガールには性的分類としてメスしかいないという、遺伝子的な問題である。これによって、フレンズとして存在中は繁殖行為が不可能となるのだ。さらに、その状態が長期化すれば、動物として還元されたとしても適正繁殖期を逃してしまい、正常な子孫を生み出す確率が減少する。

 こうした現象は一世代においては特に問題はない。しかし、ジーンサイクルの早い自然界にとって、遺伝子的可能性が狭まるというのは高確率で絶滅へとつながる。したがって、セルリアンの捕食によるフレンズ化の強制解除という現象は、逆に種の保存に有効であると結論された。

 大自然の過酷な生存競争。だからこそ、野生の生き物は多様性をもって育まれているのだ。




「どゆこと? どゆこと?」


 博士の説明を受け、みなが一様に困惑した。

 それも致し方ない。彼女たちは自然のままに生まれ、過ごしてきたのだ。

 いきなり、管理された環境下での適正な人口構造などと言われても意味不明すぎる。


「静かにするのです。何も、お前たちに難しい数の計算をしろと言っているのではないのです」


 ざわめく群衆を一喝する。とたんに広場全体が静寂を取り戻した。


「このような事態に際して、人類はわれわれに偉大な発明品を残していたのです。それがこの、『TOMODATI』システムなのです!」




 トランスフォーミング・オーダー・メイル・オンリー・ディプロマット・オートマチック・トリミング・インクリメント・システム ーTransfoming Order Male Only Diplomat Automatic Trimming Increment SYSTEMー

 自律調整型男性形質増加抽出変異装置。

 人類がパークの未来のために巨額の資金を投入し、実現させた奇跡の技。

 それは、本質的に女体化した状態でしか誕生しないフレンズに、高確率で男性形質を獲得させるという禁忌であった。

 この理論が発表されたとき、開発者は世論の激しい攻撃にさらされた。

 それは自然のままに誕生したアニマルガールに対し、人為的な技術で別の形質を獲得させることは神への冒涜であるという批判だった。

 しかし、研究者はこれがフレンズとパークを安全に維持管理する唯一の方法であると確信していた。不安定なセルリアンによる間引きという手段より、フレンズの状態で子孫を残す方法を探る。これが人類の求めた新たな可能性であった。

 繰り返すが、これは科学である。趣味ではない。




 博士の紹介に合わせて助手が舞台端に移動する。そこには白い布をかけられた大きな荷物が置かれていた。ひと息で布をめくると、下からおどろおどろしい装置が現れる。


「この機械を使うと、フレンズは男の子として生まれ変わるのです」


 説明に、みんなが不思議そうな顔をする。


「男の子って、なに……?」 


 そもそも彼女たちには異性の概念がなかった。


「男の子とは、ようするにオスなのです」


 その単語に、いよいよ会場がざわめきたつ。ようやくとフレンズたちにも話の内容が伝わり始めた。


「だ、誰が男の子になるんですか?」


 大きな声が広場に響いた。誰もが訊きたい質問だった。

 しかし、博士の返答は静かで、何よりもおごそかだ。


「それをみんなで決めるのです……」


 そう語って、ポケットから紙の束を取り出す。


「これを一枚づつ、みなに渡すのです。もらったら、誰が男の子になってほしいか、ひとりだけ名前を書くのです。裏にはちゃんと理由も書くように。そして、もっとも数の多いフレンズがこの装置で男の子に生まれ変わるのです……」




 犠牲サクリファイス。それは集団が危機を乗り越えるための非情の策。野生では傷ついたもの、年老いたものが自然の摂理に従って捕食者の餌食となる。だが、人間は皆でひとりの仲間を指差し、みずから神の祭壇に登るよう強いるのだ。

 フレンズは、またひとつ人に近づく。

 正しさより感情によって集団を律することに決めたのだ。




 まっさらな紙を渡されたあと、ひとりひとり筆をもって自らの意思をしたためていく。相談することは、堅くつつしまれた。誰かの意見を参考にするのではなく、あくまでも自身の考えを優先させる。こうして投票はつつがなく終わった。

 さあ阿鼻叫喚のはじまりだ。


 

 すべての投票と集計が終わり、博士のもとにその結果が届けられる。


「それでは、最小得票から発表していくのです……」


「え? 博士、当選者だけ発表するのではないのですか?」


 なんだか落ち着かない様子で助手がたずねる。


「少数意見にもしっかり耳を傾けるのが、正しいやり方なのです。どうかしましたか、助手?」


「い、いえ……。別に何も」


 急に視線を逸らす相方を不思議に感じながら、ふたたび手元の紙に視線を落とす。


「まずは投票数一票の第六位。これは二人いるのです。最初は…………カバン」


 乱れた文字で、『かばんちゃん』と書かれた紙を裏返し、投票理由に目を落とす。


・かばんちゃんはすごーい! から


 何だか急に毒気を抜かれ、遠くを見る。集まった群衆の中で、「それ、わたし、わたしー!」と、飛び跳ねながらアピールしているサーバルがいた。

 その場合、最初に食べられてしまうのは自分であると気づいているのだろうか?


「次に行くのです。もう一人の同率六位は…………アライさん?」


 よくわからなかったので、紙を裏返す。そこに書かれていたのは、


・すごくかわいいから


 フェネックが逃げた!

 せめて、誰が書いたのか特定されないようにしよう。


「さっさと、次に行くのです。投票数二票で第五位は…………タイリクオオカミ」


 手早く、二枚の紙を裏返す。


・あの、するどい牙にいつか噛みつかれてみたい……。

・はんにんはこいつ

 

 趣旨を理解していない方はもう放っておくとして、むしろ問題なのは、なぜか有閑マダム風味なもう一人だろう……。


「次に行くのです」


 おそらく博士自身も、そろそろ企画の内容が変わっていると理解していた。


「投票数は計三つで、第四位は…………ヒグマなのです。あれ、三つ?」


 なんとなく違和感を覚えて、紙をめくる。


・尊敬できるリーダーなので

・大切なパートナーですから……


 若干の立場の違いが感じられて、まこと微笑ましい。

 そして、もう一枚。


・料理がおいしかったので


 視線をすかさず舞台端に移す。知らないふりをしている助手の態度が白々しい。

 まあ最近は、『料理男子』が女性を引きつけるワードだから……。


「次です、次。さっさといくのです」


 深追いはやけどを負うと本能で察知し、進行を早める。


「第三位は、投票数が四つで…………ライオンなのです」


 名前が出ると同時に観衆の一角から黄色い声援が上がった。ますます人気投票の様子を示している。なぜか周囲に手を振っているライオンの姿を眺めながら、用紙をめくりかえす。


・面倒くさい系男子

・本気になったときはセクシーボイス

・そもそもがオス


 部下に正体、バレてませんか? ライオン……。

 さらにもう一枚、紙からはみ出さんばかりの勢いと大きさで、


・つよいから、わたしはすきだ


 と書かれた投票用紙があった。…………ん?


「さて、残るは二人なのです。次点は投票数五票で…………ヘラジカなのです」


 発表と同時に両手を上げて喜ぶ集団がいた。みな口々に、「勝ったー!」「ヘラジカ様、バンザイ!」など、好き好きに叫んでいる。輪の中心で腕組みをしたままのヘラジカが雄々しく立っていた。とりあえず、理由を確かめておく。


・ヘラジカ様の勝ち

・拙者、それでも一生ついていくでござる

・ヘラジカ様のご命令であれば、わたくしは……

・…………………………すき

・いや、角があるのはオスだって


 ヘラジカ軍団の結束力の高さがうかがわれる。それにしても、あれを髪の毛だといつまで言い張るのだろうか? あと、やっぱりヘラジカ様の票は……。

 開いた扉のその奥の、まだ知らないドアを開きかけて正気に戻る。


「さ、さあ、それではいよいよ当選者なのです」


 会場全体の空気が一気に高まる。それなのに広場は恐ろしいほど静かだった。

 みなが運命の王子様を待ち望む乙女のような顔をしていた。


「第一位は圧倒的大差の得票率で…………ジャガーなのです」


 博士が読み上げた名前に、会場全体から割れんばかりの拍手と喝采がそそがれる。当の本人は困惑した表情で周囲から握手攻めにあっていた。


「え、ええー! わたし? なんで!」


 束になった紙を裏返す。あまりにも多いので、今回はピックアップだ。


・みかえりなしで、みんなのために働く、ぐう聖

・あの太い腕で抱かれたい

・みずもしたたる、いいジャガー

・声がイケメン

・わーい たーのしー


 後半はまるで意味がわからない。

 もっとも、ジャガーが大量に得票することは事前の予想でも十分、わかっていた。なんと言っても、一番フレンズが多い地域でガッチリとした支持を受けているのだ。正直、負けようがない。


「いや、わからん……。全然、わからん!」


 突然の脚光に、パニックを起こしたジャガーが一目散に会場から走り出す。

 それを追いかけて、たくさんのフレンズが大移動を開始した。

 今日もパークはドッタンバッタン大騒ぎであった。



 その後、ヒグマとヘラジカに両腕をつかまれたまま、会場に連れ戻されたジャガー。なおも嫌がる彼女の目の前で、博士たちが装置を起動させようとした。

 だが、大量の電力を必要とする機械は電源投入後、すぐに沈黙した。

 結局、フレンズ男性化計画はそのまま沙汰さた止みとなる。




 しばらくして、ある嵐の夜。

 暗闇に走る稲妻を見て、博士たちの脳裏に天啓が舞い降りた……。





                              おわり

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