消化試合
柳井 カホ
小学生くらいまでの話
僕の人生は、二十歳で終わった。
厳密に言えば、終わるつもりだった。
十歳のとき、それまでそれなりに順調だった僕の人生は暗転した。
きっかけは両親の離婚。その原因については、二十二になった今でも知らない。
理由など自分には関係ない。重要なのはその出来事、事実がもたらした結果。
親権を持っているはずの母親は、僕を父親の元に置いて出て行った。父親は精神的に支障をきたし、酒に溺れた。時代によってはどこかに隔離されていそうな頭のおかしい兄は、その不幸な頭のおかげで幸運にも何も感じなかった。
父親と僕の関係が悪化するのには時間がかからなかった。悪化といっても立場は対等ではない、それによってもたらされた結果は、一方的なものだった。
親戚縁者からの目線は冷たくなった。実家はそれなりの家、その中で母親が親権を持つ僕はよそ者、外部にあるべき異物。当然のように虐げられた。
身体中には痣ができ、徐々に感情という物が喪われていった。そこから逃げ出したかったが、頼れる人間は一人もおらず、そこを離れることはできなかった。
一年が経ち、状況はさらに悪化した。家事手伝いの人間が来るようになり、平気で家の金を使い込んだ。いくら訴えても、僕の立場では何にもならなかった。そしてそもそも、それが僕にとって何も関係のないことだった。
身体の痣はさらに増え、表面上の自分を外に出し、本来の自分のスイッチを切って現実から目を背ける術を覚えた。
それでもまだ希望を持っていた。むしろ一年前より、外部の人間に助けを求めるようになった。だけどいくら訴えても、それどころか相手から気づいても、誰も僕を助けてくれようとはしなかった。
ありとあらゆる、人間の汚い部分を見た。保身、金、異性、権力、立場。
僕は人を信用することを止めた。
さらに一年が経った。
僕は二回、自殺を試みた。
一回目はドアの上部に付いたストッパーにロープをかけ、そこで首を吊ろうとした。実行まではあっさりこぎつけたが、ロープの耐久性が低く、落下して尻もちをついた。
二回目は家にある、ありったけの薬を飲んだ。睡眠薬、風邪薬、解熱剤。タミフルやリレンザ等、インフルエンザの薬以外名前はよく分からなかった。
飲み合わせは最悪で、気持ち悪くて酷い気分を一日中味わったけど、死ねなかった。ただこの時から、記憶力と集中力が極端に低下し、人間として大切な何かを無くしてしまった気がする。そして夜はいつもどおり殴られた。トイレで胃液を嘔吐する回数だけは、心なしか多かった気がする。
二回とも結局死ねず、意識を手放すことさえできなかった。何も好転しなかった。
僕は自殺という行為に失望した。だからもう死ぬことは止めた。
とりあえず、二十歳までは生きてみることにしたのだ。ひょっとしたら、その時までに誰かが救い出してくれるかもしれない、変われるかもしれない、そんな風に思って。
身体の発達は既に止まり、元は比較的出来が良かった頭も、まともに機能しないガラクタと化した。
悲しみ、苦しみ以外の感情は、心に負った傷は、修復できない。既に心は失われ、そこには人間としての機能を維持するために作りだした、仮の心が入っているだけ。
どんな幸運に恵まれても、リカバリーは不可能。そんなこと、分かっていた。分かっていたはずなのに、それを選択した。
自分はどうしようもなく愚かな人間だった。
多分これが、小学生くらいまでの話。
消化試合 柳井 カホ @kahoyana
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