6
決行の日は、ガンツ男爵の兵士も戦場となっているアモ川に集結した日となった。
すでにトロルたちにも何が起こるか話は通してある。もちろん、俺たちの村にも、だ。
元兵士たちは申し訳なさそうに今この村の状況を聞いていた。中には、原因となったのだから、と怖くて逃げだして来たというのに、再び俺たちの代わりに戦場へ向かう、とまで行ってくる人も居た。
さすがに、それでは俺たちがガンツ男爵に話した意味がないので、丁重に断った。
「さて、どうしようか?」
どうしようも何も、話の進め方は全て決まっている。あとは決行するだけだ。
「久しぶりに勇者っぷりを発揮するんだから、格好良くしてよね」
「分かっているよ。飛び切り、派手な登場をさせてやるよ」
マリアは笑顔になると、甲冑の面を下ろし空へ飛びあがった。俺はいつも通りの服装で、姿を隠す。
★
「あの二人はまだか!」
「ハッ! すぐに行く、ということでしたが、まだどこにも!」
ガンツ男爵は、セシルたち魔法使いが戦争を終わらせることを確約したので、戦争に参加する人数は三百人と少なく、また男爵自体も戦場に立っている。
これについて、サーペット伯爵は酷く怒っていた。ガンツ男爵自身が来るのは、水源を争う戦争だというのにこの上ない礼儀正しさだ、とサーペット伯爵は喜んでいた。
しかし、兵士の数が三百と少なすぎるため怒ったのだ。
兵士の人数が少ない代わりに魔法使いを用意した、とガンツ男爵はサーペット伯爵に説明したのだが、その魔法使いを連れてこい、と言われ答えに窮した。
なぜかというと、準備があるため、と二人とは早々に分かれたからだ。その間に兵を整列させるなど戦闘の準備をしておくように、とも指示があった。
戦争をすることなく鎮める、と言っていたにも関わらず、だ。
なので、最終的にはここに怒っている貴族は二人ということになる。
「随分と馬鹿にされたものだな」
「…………」
水不足のため、サーペット伯爵は周囲の領地から食料を輸入していた。なので、サーペット伯爵の資金は底が見え始めている。
資金としては、ガンツ伯爵の方が金持ちだったが、爵位としてはサーペット伯爵の方が一つ上なので、要請にこたえたというのに嫌味を言われても言い返せなかった。
ガンツ伯爵の額に青筋が立っていくのを、周りの兵士は気づいていた。彼ら兵士にできることは、その怒りが自分たちに降って来ないようにと祈ることと、魔法使いが早く来るように願うことだ。
そして、両軍突撃の準備が整いつつあった。上流に堰を作っているため、水不足だった当時よりも若干少なくなった川を中心として睨み合っているが、突撃が近づくにつれて次第に場は静かになっていく。
そして、両軍、自分たちがどれだけ正しいか宣言という名の罵り合いが始まる。
自分の宣言者が声をあげると、その軍に属する兵士は怒声のような雄叫びを上げる。両軍とも士気は上々だが、疲弊している分、サーペット伯爵軍の方がやや劣勢のような感じだ。
そして、突撃が始まる――。
いや、始まろうとしたその時――。
「両軍、それまでだッ!!」
突然上空から、地上に居る兵士たち鼓膜を潰すかのような大声が響き渡った。
★
「両軍、それまでだッ!!」
マリアの大声を久しぶりに聞いた。戦中はよくあの怒鳴り声を聞いていたが、こちらの世界に来てからというもの、静かで豊かな時間ばかりだったので大声を出す機会が無かった。
そのため、マリア自身も、本当に当時の声が出せるのだろうか、と心配していた。
しかし、それは杞憂だった。楽勝で出ている。
「この戦争、なにゆえ起こったか!!」
上空から両軍の兵士を見下ろし、マリアは問う。だが、マリアの姿が余りに異質過ぎたのか、誰もその問いに答えない。
「答えられぬほど、下劣な戦かッ!」
マリアは
あれは、俺の力だ。幻惑の応用で、マリアの背後に燐光を噴き出させ、それが次第に天使の羽が形成されるように形作っていく。
それを見た瞬間、地上の兵士たちは驚愕に似た呻きを発した。
それも、そうだろう。今のマリアの姿は、ユーミト村の薬草摘み師のイゾータの家で見た、天使メイ・メーアと同じだ。
近くで見れば、その甲冑は戦闘に特化し細部が違うことが分かるが、マリアは遥か上空。ただの兵士に確かめる術はない。
これは、俺の魔法で上流にある堰の方にも映し出している。たぶん、生で見るよりもそちらで作り出されている幻影の方が派手に映っているはずだ。
「おっ、お許しください、メイ・メーア様ッ! 我々は、水が無ければ生きて行けないのです!!」
戦闘準備を始めていた兵士の一人が、マリアから発せられる圧に負け、膝をついて許しを乞い始めた。
それが伝播するように、兵士たちは次々と剣を地面に置き、膝をついて祈り始めた。
「おい、何をしている! 戦闘準備を整えろと言ったはずだ!」
敵軍の大将とみられる、他の兵士とは違う質の良い鎧を着た騎士然とした男が、他の兵士に向かい怒鳴っているが、皆が皆、空に向かって祈りを捧げ始めている。
「なっ、何だあれは!?」
「はははっ! あれこそ、私の隠し玉ですぞ! あれは、私が連れて来た魔法使いです。いいタイミングで出てきおったわ」
先ほどまで怒り狂っていたというのに、ガンツ男爵は驚くサーペット伯爵に気をよくしたのか、偉そうに上空を飛ぶマリアの説明を始めた。
それに伴い、上の天使メイ・メーアによく似た
「お前たち、何を笑っている?」
「「へっ?」」
マリアから突然剣の切っ先を向けられ、二人とも固まった。そして、怒り狂う。
「きっ、貴様、なんのつもりだ! 魔法使いだからと、いい気になるなッ!」
「偉そうな口をききおって! 村の人間がどうなっても良いのかッ!」
サーペット伯爵が吠えると、それに便乗するようにガンツ男爵も吠えた。どちらも度し難い。
「私は、願いを聞き遂げてやって来た。この戦争を止めて欲しいという、無垢なる者の願いを!」
その言葉に、俺は拭きだしてしまった。だってそうだろう。もし本当にアレが天使メイ・メーアであれば、ガンツ男爵にとって『無垢なる者』とは俺かマリアのことだ。
俺はどう見ても無垢には見えないので、男爵的にはマリアが無垢なる者になるはずだ。
あぁ、無垢なる者。良い響きだが、ちょっと面白い――ッ!?
「おわっ!?」
目の前が白色に輝いたかと思った瞬間、凄まじい熱線が俺を切断する形で横切った。一瞬でも対応が遅れていたら、俺は今頃真っ二つになっていた。
「おいっ! いきなり、何をするんだよ!」
魔法を使わず、怒鳴りつける。その声は、上空に居るマリアどころか、川岸にいる兵士たちにも届かないだろう。
しかし、マリアには俺の声が届いている。現に、何も喋ることなく俺の方を睨んでいるからだ。あぁ、分かった、分かった、俺が吹いたから怒っているんだな。
狙いは俺だったとはいえ、森の木々を消失させ地面を大きくえぐる一撃は、地上にいる貴族や兵士たちには刺激が強かったようだ。
驚き屈倒した馬から落ちたサーペット伯爵は尻もちをつき、そば仕えの兵士に肩を貸してもらい何とか起きようとしていた。
自分たちの領主が天の怒りに触れたと思った兵士たちは、膝をつき祈るどころか、伏せるような形で懇願していた。
「問う! 此度の戦はなにゆえ起きたッ!」
今度は、エベゴール伯爵の方に問う。しかし、先ほどの惨事を見ていたというのに、大将はマリアに向けて矢をつがえていた。
神をも恐れぬ自分、を演出したいのか、届かないことを理解しているくせにそいつはマリアを狙う。周りの兵士たちも、恐ろしい者を見るように震えている。
「お止めください!」
「何をするッ!!」
しかし、大将の暴挙を止める男が居た。こちらも質の良い甲冑に身を包んだ騎士だ。こちらはまだ
「上流で作られている堰と関係がるようだな!」
マリアが怒鳴るとエベゴール伯爵側の兵士たちが震えあがった。
「なぜそのようなことをする! 水は豊かになったはずだ!」
「貴様には関係ないッ! 神を――天使を名乗るのであれば、なぜ欲した時に現れず、今になって現れる!
全てが治まった後に現れ威張り散らすなど、悪党よりも性質が悪いッ!」
うっ、とマリアはたじろいだ。直情型かと思いきや、結構痛いところを突いてくるぞあの大将。
まぁ、それは俺たちではなく本物に言ってくれ。俺たちはお前たちのために動いていたんだから。
「マリア、俺たちはちゃんと動いていたんだから良いんだよ。ってか、そもそも俺たちは神様でもなんでもないんだ。俺たちはただの旅人だ」
「そっ、そうよね。私たちは、必死に歯車を直したんだから」
そうそう、とマリアは深呼吸をして焦りを抑えた。その間も、エベゴール伯爵軍の大将は大騒ぎだ。
「我々が動いた結果が、十分な水量だ。お前たちは、我々が必死に動き作り出しだ水をさらう盗賊と同じだ。そして、兵士たちよ。お前たちは盗賊か?」
エベゴール伯爵軍大将に問うと、そこまで考えていなかったのか答えに窮した。代わりに兵士たちに聞くと、口々に「違う」「誤解だ」と騒ぎ始めた。
そして、ガンツ男爵とサーペット伯爵軍の兵士に問うと、同じような答えが返って来た。
「では、堰を無くし元の通り川は両者で分けよ」
マリアが沙汰を下すと、両者とも不服な顔をした。
「お前は、私の方の魔法使いの願いを聞いてやって来たのだろう! こちらの方に川を多く流すようにしろっ!」
そういうのは、ガンツ男爵だ。サーペット伯爵も同意見なのか、大きく頷く。
「水量を増やしたことは感謝しよう! しかし、エベゴール伯爵様は領民の安寧を願い、堰を作られた! 人が植えることなく暮らしていくために、堰は――水は必要だ! 今さら壊すことなどできない!」
こちらはエベゴール伯爵軍側の大将の言葉だ。
話だけを聞けば後者の方が真面だが、天使メイ・メーアという天の遣いが水に関しては大丈夫と言っているのに、それを聞かずに堰を作り続けるというのだから始末に負えない。
だからこそ、俺もマリアも諦めた。説得など無駄だ――と。
「分かった。では、天の裁きを下す――」
マリアは大仰な声と言葉で伝えると、
それと同時に、俺が魔法で両軍の兵士に逃げるように伝える。これは、直接脳内に伝えるわけではなく、虫の知らせのような不確かな送信魔法だ。
しかし、今は言葉で知らせるよりも絶大な効果を発揮する。なんたって、本能で感じているような状態になるんだからな。
そうこうしている内に、一人、また一人と兵士たちがどんどんと逃げていく。堰の方も、同じく逃げ始めていた。
「おい、貴様ら! 逃げるな、戦えっ!」
両軍大将が吠えるように兵士を怒鳴りつけるが、どちらの兵士も言うことを聞かない。
それもそのはず。上空には天使メイ・メーアが剣を振りかざし、その剣は光り輝いている。確実に攻撃が来ると分かっているからこそ、全員必死に逃げている
「早くお逃げください!」
どちらの人間が言ったのか、大将に声をかけると、さすがに分が悪いと悟ったのか両軍大将は各々退却を始めた。
次の瞬間、カッと眩しい閃光と共に地面が裂け、衝撃が拭き上がった!
「ぐあぁぁぁぁぁぁあ!?!?」
凄まじい衝撃破に、走っていた貴族も兵士も木の葉のように吹き飛んでいく。馬のような大きな生き物ですら、ゴロゴロと転がっていく。
数秒か――それとも数十秒か分からないが、閃光と衝撃波と爆音が支配世界が続き、そして次第に静かになっていく。
「ぶはっ……」
静かになったこの世界で、貴族や兵士が見たのは両者の間を深く割いている溝だ。それが何なのか誰にも分からなかった。
しかし、天空に存在する天使メイ・メーアを視認すると、それが先ほど振り下ろした剣の結果だと理解し、震えあがった。
「おーっし。マリア、上手いぞ」
上流にある堰も真っ二つになり、そこから水がどんどんと流れ出している。
俺からの報告を聞くと、マリアは再び剣を横に軽くないだ。
それを見た兵士たちは、また天変地異のような衝撃が発生するのか、と怯えたが次はそんなことは起こらなかった。
その代わり、上流から流れてくる水に合わせて裂けた地面が隆起し、岩場へと変化していった。これはマリアの魔法で、土質変化の魔法だ。
通常は、足場が悪い所で戦いやすくするための魔法だが、今回は脅しの為に数日だけ川に近づけないように岩場を生成した。
数日経てばこの岩は砂になり、元あった川と同じようになる。ただし、前と違い、これからは時期によって川の流れが変わることは無い。
今後、誰かが流れを変えない限りこのままだ。
「聞け、人間たちよ! 川から水を引くことは当分できなくした。しかし、両者が歩み寄れば、それもすぐに開放する。そして、再び争うことになれば私はまたやってくる!」
高らかに宣誓し、
貴族たちは――まだ呆けている。ちょうど良い感じだ。
「我々はいつでも
最後の言葉を伝えると、マリアが光球に包まれ、次の瞬間には居なくなっていた。
★
「あー、疲れた!」
「お疲れ」
消えたマリアは、俺の隣に居る。あの光の球は、俺が幻影で作り出した物だ。
あの光球に気を取られている内に、マリアは気配を消してここまで一瞬で飛んできていた。
「上手くいったかな?」
「行っただろ。あれ以上は高望みだ」
「でも、天使の名前を勝手に名乗って、怒られないかしら?」
「私利私欲のために使ったわけじゃない。もし文句を言って来たら、俺が説明するか追い返すかするさ」
神様に敵対するのは、勇者ではなく魔族の特権だ。悪いが、負ける気はしない。
マリアに笑顔を向けると、マリアも俺に向かって笑顔を向けてきた。
「じゃぁ、さっそく旅に出ようか」
「そうね。ここの領地を抜けたら馬車でも拾って、のんびり行きましょ」
「そうだな」
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