村に新しい人たちが来て、早二ヶ月が経とうとしていた。

 初めは新しい土地や生活様式、さらにルールに戸惑うこともあったようだが、今は当初あったぎこちなさは取れ全員初めから居たように馴染んでいる。


 子供たちも、先生マリアの教え方が良いのか、矢や剣の扱いがメキメキと上達してきている。

 狩の時に常々言っている「一人で狩りにはいかない」という教えを守っているので、今のところ事故は起きていない。このまま、成人するまでは見守っていきたいと思う。

 そんなことを考えていた時だ。村に珍しく来客があった。


 蹄の音に、たまにくる商会かと思い子供たちと一緒に待っていたのだが、途中から気配がおかしいのに気付いた。

 馬車の音が聞こえないのは、ユーミト村からこの村までの道は、足場がまだ固まっていないので来られないのだと思っていた。しかし、蹄の音が重苦しく次第に鎧の擦れる音が聞こえてきたからだ。


 ユーミト村が兵士に襲われた様子もなかったので、こちらに来ている何か――騎馬兵はこの領地の関係者と言うことだろう。

 待つこと十数分で、音の正体がやって来た。


「ここに魔法使い殿が居ると聞いてやって来た」


 軽装の鎧に身を包み、馬上から大声で俺たちを呼んだのは四十そこそこの騎馬兵だ。顔は浅黒く日に焼けており、歴戦の猛者といった風貌を兼ね備えている。

 その後ろには、部下と思われる騎兵が四騎居る。


「なんでしょうか?」

「あなたが――魔法使い殿ですか?」


 名乗り出ると、騎馬兵は話しながら下馬した。馬に跨っている時から持っていたが、この男、なかなかデカいな。


「そうですが、何か?」

「いえ、女性と聞いていたもので――」


 そういい、騎馬兵はチラリと後ろに居るマリアを見た。

 ――ということは、彼らはユーミト村の関係者から俺たちのことを聞いてやって来た、という訳だ。隠している訳じゃないが、ユーミト村で魔法を使っていたのは、マリアだけだからな。「私も魔法は使いますが、何か問題でも起きましたか?」


「お二人とも魔法使いなのですか?」

「えぇ、そうですね」


 魔王と勇者だがな。しかし、聞いた話によればこの世界でも魔法使いとは珍しい職種ではないはずだ。

 力に差はあれ、都会には居るはずだ。


「領主である、ガンツ男爵がお会いになりたいと言っています。ご同行願えますか?」


 俺がマリアを見ると、マリアは肩をすくめた。従わないわけにはいかないようだ。

 ガンツ男爵の屋敷までは結構距離があるそうで、今日明日中には馬を使っても戻って来られないようだ。面倒くさいが、従わなければこの村の存続問題となる。

 村長候補のゾルダンに、当分の間、畑や村のことをお願いしてからガンツ男爵の屋敷へ向かうこととなった。準備があれば、後ほど来ると言われたがそこまで準備する物もないしな。



 ガンツ男爵の屋敷までは、一旦、ユーミト村で馬車に乗ることになった。

 そこまでは、部下の騎馬兵の後ろに乗るように、と言われたが、俺もマリアも他人の背中にくっつくことを嫌ったので、一人に降りてもらい俺たちは二人で曲芸乗りをしての移動となった。

 二人乗りをする――特に下ろされた方の騎馬兵は俺たちを恨めしそうな目で見てきたが、これも仕事と割り切ってほしい。

 用意されていた馬車はそれなりに良い物で、森の奥とはいえ突然村を作ったことに対してお小言を言われるような雰囲気には見えなかった。


★ 


 そして、一日半という時間をかけて来たのがガンツ男爵の屋敷がある、ルードエルの町と言われる都市だった。

 ユーミト村など比較にならないほど活気がある町だ。だからといって、汚らしい感じはなく゛洗練された騒がしさ〟といった感じだ。


「ねぇねぇ、セシル! あれ、大道芸かしら!」


 人だかりからときおり火柱が上がっているのは、松明に口に含んだ油を吹き付け火を噴く芸をやっている大道芸人のようだ。

 よほど人気の様で、火が上がる度に観客から「おぉ~!!」という歓声が上がっている。


「あっちには露店だな」

「本当ね!」


 大道芸の人だかりから目を外すと、近くには屋台が出来ていた。これだけ大きい町なら露店もあるだろうが、道を潰すような形で置かれた屋台なので、普段は無いんだろう。


「今は、半年に一度――夏に行われる感謝祭ですね。ガンツ男爵様のお膝元ということもあり、領内でも屈指の活気を誇っている町です」


 四十そこそこの騎馬兵――騎馬隊長は、この活気を誇るように説明した。確かに、町に住む人であれば余所から来た人間に誇りたくなる活気だろう。

 それに、半年に一度の夏祭りと言うことは、冬の――一番厳しくなる季節の前に収穫祭か年越し祭りのような物も催されるのだろう。

 これはもう一度来る価値があるな。


「いいわね。私、騒がしいのが好きよ」

「俺もだ」


 馬車の窓から身を乗り出して景色を眺めるマリアに、俺も同意した。残念ながら、騎馬隊長の言葉は耳に届いてい無いようだ。


「あっ、ちょっと待って! あの子が売っている飴が欲しいわ!」


 「お~い!」とマリアに呼ばれた飴売りの子供は、こちらに気付くと営業スマイルを振りまきながら近寄って来た。

 木製のお椀を逆さにし、穴をたくさんあけた物。その穴にはたくさんの棒付き飴が刺さっている。


「幾ら?」

「銅貨三枚です」

「じゃあ、九本いただくわ」

「ありがとうございます!」


 マリアは財布から大銅貨を一枚取り出し、飴売りの子に渡した。そして、飴を九本引っこ抜いた。


「お釣りが――ハァ、ハァ――お釣りが――」


 ちなみに、マリアが「待って」と言ったにもかかわらず、馬車は速度を落としただけで止まることは無い。つまり、飴売りの子は馬車と並走して商売をしている。

 なかなか酷い仕打ちだな、と思わないこともないが、実はこれが人間界では普通だ。


「お釣りは、あなたのおこずかいよ。落とさないように注意しなさい」

「あっ、ありが――ありが――ごほっ」


 お礼を言いながら、飴売りの子は限界に達したのか危ない咳をして立ち止まった。

 俺も反対の窓からその子を見るが、俺たちに手を振っていたのでたぶん大丈夫だろう。なかなか面白い売り方だ。

 マリアは九本の飴をどうするのかと思ったが、一本を自らが、もう一本を俺に、そして残りは馬車の御者や周囲を固めている騎馬兵に配った。

 仕事中なので、と皆断ったが、マリアは気にすることなく近寄らせると、一本ずつ丹念に騎馬兵たちの口に飴を突っ込んでいった。

 祭りの雰囲気に飲み込まれ、マリアのテンションも大変高くなりつつある。



 ガンツ男爵の屋敷に着くと、時間帯もあってかそのまま食堂へと連れていかれた。

 早馬により俺たちの到着が知らされていたのか、丸テーブルの三方向を囲むように椅子が置かれており、その内の一つはガンツ男爵の椅子だろうか、なかなか豪華な物だった。

 そして時間をおかずに、ガンツ男爵と思わしき人物がやって来た。剃り上げられた禿頭とくとうに太っているではないガッシリとした体形。

 服は、つややかな高級感あふれる絹糸で作られた服を召す、まさに貴族といった雰囲気を持つ男性だ。


「やあやあ、遠いところわざわざおいで下さった」


 男性は溢れんばかりの笑顔を振りまきながら、執事によって引かれた椅子に座った。

 そして、「さぁ、遠慮せずに」とワインを勧めてきた。メイドにより注がれるワインは芳醇な香りを放っており、醸造後きちんと温度管理された場所で保管されていたのが分かる品だ。

 俺たちが飲んでいる、行商によって色々なところを巡った物とは大違いだ。


 料理もまた美味い。塩漬け魚卵のバター固めは、味が濃いのでワインが進む、進む。次々と出てくる料理も、村で過ごしている時も食べていた肉や魚と違い、たいそう美味い。

 久しぶりに食べる、金がかかった料理、という物は良いな。今までが悪いとは言わないが、これはこれでたまに食べたほうが良いと思った。


「どうですかな、我が家の料理は?」

「大変、美味しいですね。こんな豪華な食事、久しぶりに食べました」

「うん、うん。気に入っていただけたようで何よりだ」


 マリアの返答を気に入ったのか、ガンツ男爵は嬉しそうに頷いた。

 そして、食事も終盤となったころ、食後のデザートと酒が供された時にその話は出てきた。


「セシル殿とマリア殿の、魔法と使うことができる二人を呼んだのは他でもない」


 ほら来た、と俺は心の中で呟いた。マリアを含め、俺もこうなるだろうと思っていたので、努めて顔に出すようなことはしない。


「サーペット伯と、隣国のエベゴール伯のアモ川を巡る戦いがあるのはご存じだろうか?」


 懐かしい戦いの名前が出てきて、少しだけ拍子抜けだ。トロルが管理運営している歯車が直ったおかげで、ミトラ山脈麓の湖が潤い、水は問題なく流れているはずだ。

 今さら、なんでこの話が出てくるのか。


「えぇ、存じております。確か、水量が戻って戦争は終わったはず――」

「終わった? それは、誰から聞いた話ですかな?」


 まさか、終わっていないのか!?


「ユーミト村に居る時、たまたまやって来た旅人に聞きました。その時、『川の水量は戻ったので、時期戦争も終わるだろう』という話を聞いたもので」


 そんな旅人と会ったことはないし、そもそもアモ川の水量を戻したのは俺たちだ。水量が減ったことにより起きた戦争であれば、水量が増えれば終わったと考えるのが普通だろう。

 しかし、俺が言ったことは違ったのか、ガンツ男爵はため息を吐いた。


「そうであればどれほど良いことか。全く、そのろくでもない噂を流した旅人は、キッチリと縛り上げなければいけないな」


 怒っている訳ではなく、冗談の一つとしてガンツ男爵は言ったようだ。しかし、もし俺が平民だったらビビッていただろう。――そもそも、平民が貴族の食事に招かれることは無いか。


「そうおっしゃられるということは、戦争はまだ終わっていない――ということかしら?」


 デザートの果物を食べながら、マリアは男爵に聞いた。


「その通りだ。二人が旅人から聞いた話は、半分は本当だ。確かに、川の水量は戻ったらしい・・・が戦争は終わっていない」

「水量が戻ったらしい・・・、とは、確証が得られていないんですか? 見ても分からない?」


 俺はマリアと顔を見合わせた。確かに、トロルは水量が「すぐには戻らない」と言っていたが、あれからすでに三ヶ月近く経っている。

 それなりに大きい湖だったが、揚水量を見ても三ヶ月あれば元に戻りそうな感じだった。それに、歯車の調子が悪ければまたトロルが知らせに来るはずだ。


「その理由は、エベゴール伯がアモ川の水量が減ったことを重く受け、上流にせきを作ったことを発端とする」

「――でも、水量がもどったのなら、作る必要はないんじゃ?」


 不思議そうな顔でマリアは問う。金も時間もかかる堰を、要らなくなっても作るのはどうか、と。


「だから、重く受け止めたんだ。アモ川は時期と共にその流れを大きく変えている、まるで意思があるように。しかし、今回のような水不足が今後起きないとは限らない。今は水量が戻ったが、次は戻らないかもしれない、と」


 俺たちは原因が分かったし、それを取り除いたので今後――当分の間は水不足が起こらない。しかし、それを知らない人間にとっては死活問題だ。

 特に、領民の安寧を守らなくてはいけない領主としては、税収に直結する問題なので何とかしたいところだろう。


 トロルのところで見てきたことを彼らに話してやりたいが、信じられないだろうし、彼らの生活が脅かされる可能性があるので、なるべくそういったことはしたくない。

 どうやって伝えたものか――。


「そこで、サーペット伯から救援の要請が来た」

「救援……?」

「そうだ。領地が隣あっており、つながりもある。あまりうちから出したくないが、請われては仕方がない」

「なるほど……」


 なぜ呼ばれたかが子細わかった。俺たちは領民ではなく旅の人間だ。しかも、魔法を使えるという。


「それをすることによって、私たちはなにを得ますか?」

「我が領内に住むことを許そう。それと共に、お前たちの村に住んでいる村人がどこから来たかは目を瞑ろう」


 まぁ、そうなるわな。その内、徴税といった形で話が来ると思っていたが、こうも早いとユーミット村から何らかの形で男爵につながる人間に話が行っていたのだろう。

 俺たちは、「住むな」と言われれば「はい、さようなら」と出ていくことができる。夜中の内に飛んでいけば、後を追うことはできないだろう。

 しかし、他の皆はそうはいかない。せっかく逃げて来た先で落ち着いて住むことが出来たんだから、棄てろと言われて捨てられるはずがない。


「なに、私の兵と伯爵の兵士を助けてくれればいい。君たちは回復魔法ヒールが使えるのだろう?」

「まぁ――そうですね」


 探りを入れているのかと思ったが、ここはとりあえず相手の話に乗っておく。今まで、他の人の目が届くところでは、回復魔法ヒールしか使っていないからだ。

 たぶん、ガンツ男爵はただ聞いているだけだ。


「それだけで良いんですね?」

「そうだ」

「村からは誰も出なくて良いんですね?」

「それ以上はくどいぞ」


 面倒くさい、といった表情で話を切って来た。これは怪しいぞ。

 何とかして、村人を戦争に狩り出されないようにしなければいけない……。


「もし、これ以上、誰も傷つくことなく戦争が終われば、うちの村を見逃してもらえますか?」


 今まで黙ってデザートを食べていたマリアが、ガンツ男爵を見つめながら聞いた。


「我々としても、領民が傷つくのは勘弁してもらいたい。何かいい方法があるのか?」


 ガンツ男爵が身を乗り出すように聞いてきた。俺も若干身を乗り出し気味だ。

 俺たちであれば、全てを一瞬で終わらせることができる。しかし、それをやれば今後静かな生活は見込めなくなる。

 それこそ、ここに呼ばれて医者の真似事をさせられるか、戦力として外に喧伝するための材料にされるか。どちらにしても、面倒くさくなる。


「では、約束してください。誰も傷つかず、全てを丸く収めたら、今後、何が起きてもうちの村から戦力及びに荷夫として人を持って行かない、と」


 回復魔法ヒール以外にも魔法が使えるのだろうか、と怪しむような目で俺たちを見つめるガンツ男爵。マリアはその視線を真っ向から受けている。

 最後は、マリアの視線に押されたのか、ガンツ男爵はやや黙考したあと「分かった」と静かにつぶやいた。


「貴方が約束を守る限り、我々も約束を守りましょう」


 雰囲気が変わったマリアに飲み込まれまいと、ガンツ男爵は「フンッ」と鼻息を荒くした。


「しかし、戦争を止めるだけではダメだ。その原因となことも取り除いて初めて仕事を終えたと言える。取り除けない限り、契約・・を履行したとは言えないぞ」

「問題ないわ」


 約束がいつの間にか契約になっていた。ガンツ男爵は簡単に戦争を止められるとは思っていないのか、何とか俺たちに首輪をつけられたことに安心して息を吐いている。

 堰を壊せばいいとして、その後はどうするのだろうか?

 作られる度に壊していれば、その内、もっと酷い戦争になるだろう。


「宿は近くに取らせてある」


 「案内しておけ」とガンツ男爵から言われた執事はやや驚いた顔をしながらも、冷静に俺たちに案内を始めた。

 初めは俺たちをこの屋敷に泊める予定だったが、俺たちの対応が気に入らなかったので外に放り出したんだろう。宿もなしに外へ放り出さないだけ冷静だろう。



 ガンツ男爵の執事に案内された宿は、それなりに良い場所だった。高級商人が止まるような場所なんだろう。

 何日滞在するか聞かれたが、マリアは外の祭りを回る気が無いのか、一泊のみとなった。

 そして、今は遠くに聞こえる祭りの喧騒を音楽に、俺たちはベッドに腰かけて今後のことを話し合った。


「それで、何かいい案があるのか?」

「案っていうほど案じゃないけど、あるわよ」

「どうするんだ?」

「堰を破壊するわ」


 やはり、物騒な方向で話はまとまりそうだ。


「それで、堰が作られる度に壊すのか?」

「そんなことをしていたら、恨みばかり積もっていくわ。誰もそんなこと考えられないくらい、鮮烈にお話するの」


 どうにも要領を得ない話だが、マリアの自信たっぷりな話し方は妙な安心感がある。


「ちゃんと、しっかり・・・・とお話をして終わらせるの」


 妙な安心感があるとは言ったが、微妙にうすら寒いところがあるのは気のせいだろうか……?

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