「セシルぅ~~!!」


 交渉が終わり、馬車から降りた俺がマリアの元へ行くと、マリアも俺に気付き元気よく手を振って呼んできた。


「話は終わった?」

「あぁ、もちろん。もしこれから旅をする時に、デレクサー商会のメイネストさんが何でもサービスでやってくれるらしい」

「本当ですかっ!? ありがとうございますぅ!」


 メイネストが俺の言葉に「いや、何でもは……」と口にしそうになったが、それをかぶせる上に大き目な声でマリアが話して来たので、メイネストの話す機会が無くなってしまった。

 恨めしそうな目で俺を見てくるメイネストだったが、俺は気づかないフリをした。


「気に入ったものはあったか?」

「バッチリよ。商人さんたちに言って、村長さんに借りた倉庫にみんな運んでもらったわ」


 マリアが指さす先には、大きめの納屋があった。家具や道具が傷つかないようにするためか、丁稚たちがムシロや藁束を持って行ったり来たりしていた。


「しかし、本当によろしいのですか? 我々も運ぶのを手伝いますが……」


 この村で初めに話した商人が、購入された品物の多さに、本当に持ち帰れれるのか、と心配そうに聞いてきた。

「問題ない。この程度であれば、すぐに持っていける」


「でっ、では、良いのですが……。もし必要でしたら、一人か二人置いていくことも可能ですが?」

「さすがにそれは可哀想だろ。大丈夫だ。心配するな」


 俺には、武器庫があるしな。しかし、それを知らない商人は心配そうに、まだ俺たちを見る。

 どうやら、俺たちはデレクサー商会に『良い客』と認識されたようだ。良かった、良かった。



 デレクサー商会の面々は、明日の早朝に帰るらしい。今日俺から買い取った王冠とブレスレットを、早く持って帰らないといけないそうだ。

 俺たちはというと、倉庫にしまわれた家具や道具と共に、マリアが「もったいない」と言い集めた藁を武器庫にしまうと、すぐに家に帰った。

 これでやっと、家としても体裁がとれたな。



 デレクサー商会の行商で家具や道具類を揃えてからひと月が経とうとした。

 マリアはその時に買ったロッキングチェアがたいそう気に入ったらしく、暇さえあれば前庭でユラユラと揺れている。

 俺はと言うと、最近のはまりごとは池作りだ。川藻を入れて水質が安定したら、釣って来た魚をどんどんと投入していく。最近は、なんとか池っぽくなってきたのが嬉しい。


 また、最近ではトロルのところの歯車が直り湖への揚水量が増えたからか、この人工池の地下から溢れてくる水量が異様に増えてきた。

 そのため、水路を増設して溢れた水を畑や他の場所へ流れるように工夫をしている。

 最早、家作りと言うよりも村を作っていると言った方がしっくりとくるくらいだ。


 あと、村と言えばあの兵士たちの家族分の家も完成している。今はまだ誰も住んでいないので殺風景なうえ、寒々しい光景になっているがその内、人が入れば騒がしくなるだろう。

 もちろん、畑もしっかりと作ってある。ここへ逃げてきた家族を食べさせる分の食料が無ければ辛いからな。


「セシル。お客さんみたいだわ」

「そうだな」


 マリアはロッキングチェアに座り、俺はいつも通り丸太の椅子に座って作業をしている。そんな時に、ユーミト村に続く道の先から大勢の人がやってくる気配がある。

 感覚を鋭敏化させて、やってくる人間の様子を探る。マリアも集中しているようで、目を閉じそよ風を頬で感じているように気配を聞いていた。


「大人と子供が混じっているわね。馬車が二台いるようだけど、歩いている人の方が多いから時間はかかりそう」

「あぁ、まだまだかかるみたいだ。幸い、魔物は居ないからこのまま放っておいても問題なく来ることができるだろう」

「それじゃあ、歓迎の用意でもしておく?」

「それがいい」


 ユーミット村を経由して来たといっても、あの村にこちらへ来ている人数を賄えるほどの食料は無かったはずだ。それに、どのくらいの距離を歩いてきたか分からないが、腹は減っているだろうから先に食事の準備だけはしておいてやろう。



 いつもは屋内で行う炊飯も、今日は屋外での調理となる。日は高く天気が崩れる様子もなく、人も多くなるからだ。

 人の気配が大きくなるにつれ、ここから漂う食べ物のいい匂いにつられてか、初めは元気がなかった子供たちも次第に元気になっているようだった。

 ある程度まで近づいたところで、マリアと共に出迎えに行った。


「お疲れ。よく来たな」

「はっ、はい……」


 まさか出迎えてくれるとは思っていなかったのか、あの時のような鎧ではない兵士が驚いた顔で俺をみた。


「意外と少ないな」

「あの……他の者に言って騒ぎになるのは良くないと思い……」


 逃げてきたことを悔いているのか、兵士は少しだけ口をモゴモゴとさせ話す。

 人は全部で十八人。その内子供が八人だ。馬車は二台。それを引く馬も二頭だ。

 俺の予想ではもう少し人が来ると思っていたので三軒余分に建てていたが、どうやら無駄になってしまったようだ。当分は、物置として使うとするか。


「良い判断だ。騒ぎになって、面倒くさくなるとよくないからな。必要であれば、後でこっそり声をかければいい」


 元兵士の行為を肯定してやると、元兵士はホッと安堵の息を吐いた。


「おい、全員来てくれ!」


 話していた元兵士が連れてきた皆を呼ぶと、おっかなびっくりといった様子で俺の前にやって来た。


「自己紹介が遅れました。私の名前はゾルダンと申します。あの日は助けていただき、本当にありがとうございます。それと、こちらが家内のデアトゥーチェです」

「ディアトゥーチェと申します。主人を助けていただいたようで、本当にありがとうございます。それだけではなく、村に私たちを受け入れてくださり、本当にありがとうございます」


 夫婦そろって頭を下げた。それに続き、あの日見た元兵士夫婦が次々と頭を下げて自己紹介を始めた。

 子供たちも元気に挨拶をする。


「皆、疲れただろう。奥で食事を用意している」


 それを聞いた瞬間、子供たちが爆発したように喜んだ。

 他の住民・・も同じく、『助かった』といった様子で泣き崩れた。よほど心身ともに疲弊する旅路だったんだろう。

 


 食事を終えたら、家の割り振りを行った。ユーミト村の家屋の広さを参考に建てたので、広さ的に問題ないだろう。

 続いて畑へ案内した。耕してから日が経っていないので、近くには丸太にしたばかりの木が横積みされているが、そこは目を瞑ってもらった。


 畑には青々とした作物が元気よく育っており、半分はまだ成長途中の――ほぼ苗のような状態だ。これで、時間差で作物が採れるようになる。

 マリアからの進言で、秋になれば徴税として小麦を持って行かれるようになるから、早い内に作付けしておいた方がいいと教えてもらった。


 なので、小麦は少し離れた場所に植えてある。こちらは、人間のマリアの方が詳しそうだったので、広さは全てマリア任せだ。

 最後に案内した池では、魚を釣り過ぎないように注意しておいた。

 なぜかって? 

 俺が育てている魚が居るから、そいつまで釣られちゃたまらないだろ?


「ほっ、本当にこれほどのことをしていただいて、よろしいのでしょうか?」


 村内の説明を新しい住民に説明する。とはいえ、子供たちはマリアが見ており、ここに居るのは大人たちだけだ。

 その大人たちは、俺が作った家だけではなくすでに作付けがされている畑や小麦畑を見て驚愕し、この様な言葉に至った。


「何もない状態から暮らすのも辛いだろう。家具とかはまぁ――ほとんどない状態だから、そこらへんは自分たちで何とかしれくれ」

「いえっ! ここまでやっていただければ、それ以上は何も! 元々、何もないところから始めるつもりでやって来ていたので」


 全員、顔を見合し頷きあった。士気が高いようで何よりだ。

「それは良いことだ。急いで村の整備に努めた甲斐があったというもんだ」



 夜は再び、祭りとなった。昼の内にこっそりと捕まえておいた鹿を解体して供したのだが、彼らが住んでいた村の近くにある山でもかなり大きな獲物らしく、これから豊かな場所で生活できる、と喜んで食べていた。

 酒は、彼らが持って来た少量の物と、俺たちがデレクサー商会から買った物を交換しながら飲んだ。村人が持っている酒は、質がそれほど良くないエールで俺の舌には合わなかったが、マリアは昔のことを思い出すのか好んで飲んでいた。

 故郷の味――と言えばいいのだろうか?


 今まで果実酒の方が飲みやすく、マリアもそちらの方がいいだろうと思い購入していたが、エールも買ってきた方が良いのかもしれない。

 そんなことを考えながら、新規入村者たちと楽しくお祭りをした。

 ――ちなみに、どうでもいい話だが村のシンボル的な家屋を作ろうと奇抜な形の家を作ったのだが、そこが一番人気だったのは俺のセンスが悪いのか、それとも村人のセンスがアレなのか……。



 ギギギ、と目の前のゴブリンはこちらの存在に気付いた様子もなく仲間と何か話し合っていた。浅黒い緑色をした体は、獣の様でそことはかけ離れた存在を醸し出している。

 その目には知性を感じることなく、口に生えている牙は獲物を生きたまま食らうことに特化している。

 全体的に友好関係を作れそうにない風貌をしていた。


「しっかりと狙って――。今はまだ・・・・気負らなくてもいいから、『絶対に外さない』という気持ちで」


 そのゴブリンを狙っているのは、村の子供たちだ。大人たちですら、全員上手く弓が扱えるわけではない。

 しかし、この森ではときおりゴブリンと遭遇することがあるので、万が一の時のために弓を教えることになった。早い内から慣れさせておこう、という訳だ。


 今はまだ訓練の途中だが、子供ということもあり慣れる速度が農兵として徴用された大人と全く違う。あとは、ゴブリンに対して『対応さえ間違わなければ怖い相手ではない』という、一種のおごりではない安心感を植え付けていくのが今後の課題となっている。


「今っ!」


 ゴブリンたちの動きが止まった瞬間を狙い、マリアが指示を出した。

 キシュッ、と子供たちが放った五本の矢が、一直線にゴブリンへ向かい飛んでいく。


「ぐぎゅっ!?」「ぶぁッ!」「ゴ!」


 狩人や戦い慣れた兵士であれば、この距離は頭に必中させなければいけない。しかし、子供たちには狙いやすい胴体の正中線を狙わしている。

 しかし、五体いるゴブリンの内、三体に当たったが残りの二体は外してしまった。さらに、当たった内の一体は少し暴れたあと死んだが、残りの二体はまだ抵抗しようと暴れている。


「次矢構えて。自分が狙っていたゴブリンに、焦らなくてもいいから射って」


 慌てて次矢をつがえようとする子供たちに、マリアは焦らせないように優しく指示を出す。

 ゴブリンはこちらの場所にまだ気づいていない。さらに嬉しいことに、ゴブリンたちは逃げるよりも先に、矢を射った奴おれたちがどこに潜んでいるか探している。

 まだ・・好機が続いている。


「構えたわね。――放てっ!」


 再び、五本の矢はゴブリン目がけて飛んでいく。


「ギィギ――」「プペッ」


 死にかけのゴブリンは言わずもがな。外れた残りのゴブリンも今の斉射で残らず死んだ。


「やった!」


 五人の子供たちが口々に、ゴブリンを狩ったことに喜んだ。隠れていたことも忘れ、飛び上がる子供もいる。


「まだ狩は終わってないわよ!」


 先ほどとは違い、近くにゴブリンが居ないことが分かっているマリアは、喜ぶ子供たちを一括した。


「ゴブリンは、人が考えているほど馬鹿ではないの。人間が出来ることは、ゴブリンたちにもできると考えたほうがいい。もしかしたら、私たちの眼の前に居るゴブリンたちはおとりで、私たちはすでに囲まれているかもしれない。囲まれていなかったとしても、目の前のゴブリンは死んだふりをしていて、不用意に近づいた私たちを襲おうと待っているかもしれない」


 可能性の話を教えると、子供たちはまるでお化けを見たような雰囲気になり、静かな森を見渡した。中には、先ほど飛び上がって喜んだ友達を小突く奴も居る。


「だから、狙っていたゴブリンを倒したと思ったら――そうね、五人の内二人は矢を構えたままゴブリンを狙って、残りの三人は剣を構えて周囲から襲ってくる可能性に備える」


 マリアが分担を説明すると、弓が得意な二人は構えたままで残りの三人はナイフに手をかけた。

 誰が何を担当するかまだ指示していないのに、すぐに分担することができるのは凄いな。


「あぁ、今は良いわ。私たちが居るから。それに、ナイフじゃ相手がゴブリンでも危険よ」


 子供たちが持っているのは、枝葉を払うために持って来た小型のナイフだ。ナイフの扱いが上手い奴が使えばゴブリンだろうが中型の魔物でも問題ないが、子供には荷が重すぎる。


「先生、いつくらいに俺たちは剣を持っても良いんですか?」


 子供たちの中で一番の年長者か聞いてくる。彼はすでに父親から剣を貰っているらしいが、今回は危険ということで家に置いてこさせていた。


「弓矢を背負い、剣を持って森の中を歩くのは、大人でも大変よ。それに、他の道具を持っていたらなおさら。だから、もっと体が大きくなって体力が付いてからね」

「じゃぁ、ゴブリンが来たらやられちゃうじゃん」


 先ほど飛び上がった子が、マリアの言葉に不貞腐れたように答えた。弓矢よりも剣で戦う方が好きだ、と言っていた子なので不服なんだろう。


「そうよ。だから、ゴブリンを見つけたら逃げるの。そして、大人に頼むの。決して、自分こどもたちだけで戦おうと考えたらダメよ」

「はぁ~い」


 子供たちは、不承不承といった具合に頷いた。さすがに、ここまで言っているので勝手に村を抜け出してゴブリン狩りにしゃれ込むことはないと思うが……。

 いちおう、後で大人たちに話してそれとなく伝えてもらうことにしよう。


「それにしても、一時期に比べたらゴブリンの数も減ったわね」

「あぁ、そうだな。ベルゴがいうように、みんな東に移動したのかもしれないな」

「そうね。村としてもその方が安心できて良いんだけど」


 ベルゴとは、ユーミト村の狩人のことだ。彼が言うには、この森にゴブリンが居座ることは稀で、この間までのようなことが珍しいと言っていた。

 原因は、考えられる限りでは水の問題だろう。

 森や平原関係なしに住むことが出来るゴブリンだが、水源である川を巡って争っている人間の戦争に巻き込まれないように、森に逃げ込んできた、というのがベルゴの見解だ。

 ならば、水量が戻った今であれば少しずつゴブリンたちが減ってきているのも頷ける。

 だからといって、魔物と戦う術を持たなくてもいいわけでもないので、今このような訓練をしている。



「さて、帰ろうか」


 ゴブリンから矢を抜き取ったことを確認し、帰る旨を伝えた。


「えっ!? 死体はあのままでいいの?」


 すると、それを使用済みの矢筒に居れていた少年が驚いたように聞く。


「ゴブリンの肉は臭くて食えないし、見た目的に食うのも嫌だろ?」


 少年はそういった意味で聞いたわけじゃないのか、やや引きながら頷いた。


「放っておけば、すぐにでも臭いを嗅ぎつけた腐肉漁りが綺麗に処分してくれるわ」


 マリアが俺の不備な話に付け加えてくれた。


「腐肉漁りって、例えば?」

「オオカミとかの肉食の獣。他には、カラスやフクロウみたいな鳥ね。オオカミは注意しないといけないけど、カラスやフクロウは私たちが生きている限りは襲わないから大丈夫」

「へぇ~」


 俺も子供たちと同じように、マリアの説明に頷いた。

 だって、カラスが生きている人間を襲わないとは思わなかったからだ。だって、鳥系の魔人がカラスによくついばまれていたからな。

 あいつら、平気で生きている奴を食いにかかってくるぞ。

 マリアは俺が考えていることを察したわけじゃないだろうが、やや困った顔で俺を見てきた。


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