3
水の浄化が終わり、村人の中で病気が再発することもなかった。
村長の命令で、汚物の廃棄が当番制なのは変わらないが、今まで一人で行っていたのを数人で行うことになった。
村人の何割か――今まで享受するだけの側だった人間は不満を口にしたが、今度はマリアの代わりに俺が怒ることでその場は収まった。
脅しはしていない。村長と共に、一人ずつ冷静に話し合っただけだ。冷静に――な。
そして、病気が終息してから数日経つと、村にデレクサー商会の行商がやって来た。
「大変、お待出せしました」
「お疲れ。今日は、凄い人数だな。魔物でも出たか?」
行商に来たデレクサー商会は、前回とは違い多くの護衛を付けている。
商会が護衛を付けるのは、高級品を運んでいるか、盗賊や魔物が出た時だ。この村の近くでもゴブリンが出ているので、外はもっと多いのかもしれない。
「街道は、男爵様が兵を使って見回りをしているので大変静かで安全です。これは、セシル様たちのためです」
「俺たちの?」
真面目な貴族のお陰で、危ないはずの街道は安全だったようだ。それは良いことだが、俺たちのためにこんな護衛が必要とは何事だろうか?
「幌馬車の方には、お求めになられた物と、その他にお勧めの物を持ってきました」
「あぁ、そっちは――」
俺が言う前に、マリアが「私が見てくる」と商人が指さした幌馬車へ走っていった。
「ははっ。美しいだけではなく、たいへんお元気でいらっしゃる」
「全てにおいて、自慢の女性です」
謙遜など知らぬ、といった表情で言い返すと、商人は目を丸くしたあと、納得したように頷いた。
「やはり、旅をされる方は絆が深いのですな」
「まぁな」
それだけで推し量れるような仲ではない――と俺は思っているが、色々話すと面倒臭くなりそうだったので、ここで話を切っておいた。
「それで、これだけの護衛は何のために?」
「俺たちのためと言っていたが」と表情だけで問うと、商人はニッコリと笑顔になった。
「それは、私から説明させていただきます」
出てきたのは身なりがと恰幅が良い商人だった。先ほどまで話していた行商人ではなく、商会に詰めている高級商人だ。
「私は、ガンツ男爵領でデレクサー商会の支店を任されている商会長のネイメストと申します」
「セシルです。向こうに走っていったのは、妻のマリアです」
高級商人――ネイメストが差し出す手をガッシリと握り返す。
「この度は、素晴らしいブローチを売っていただき、ありがとうございます」
「あれは、私が持っている中でも
「えぇ、もちろん!」
どうやら、どこぞの貴族に良い値段で売れたようだ。このネイメストのプルップルした顔を見れば一目瞭然だ。
「この度は、我々が無理を言って譲っていただいたようで、大変申し訳ありません」
「こちらも、貨幣ではなく現物を引き取ってもらって商品を売ってもらったんだ。それくらい譲歩をしよう」
商会に詰めている高級商人が出てくるということは、俺が持っている物を根こそぎ持って行ってやろう、という腹積もりだろう。護衛が多いことも考えると、彼が乗って来た馬車には大漁の金が乗っているのか?
「それで、お話を聞いていましたところ、お客様はもっと多くの宝石類を持っておられるようですが。もしよろしければ、それも我々に売っていただけないでしょうか?」
「あぁ、もちろんだ。私も、信用できる商会に売りたい」
「えぇ、えぇ、我々はこのブルーザー王国だけではなく、周囲二国先まで商会網を持っているデレクサー商会です。信用は、ガンツ男爵だけではなく国のお墨付きですよ」
おぉ、なるほど。今さらだが、この国はブルーザー王国というらしい。そろそろ、こういった話を聞き覚えていかないといけないな。
「なるほど、手に入れられぬ物は無し――といったところか?」
「金でそろえられる物は、全て揃えてまいります」
うっひっひっひっひっ、とネイメストはいやらしい笑みを浮かべた。何か怪しい物を感じなくないが、彼から悪意は感じない。たぶん、普段からこんな感じなんだろう。
さぁこちらへ、と彼が乗って来た馬車に誘われる。
馬車はワインレッドを主として構成された小物で統一され、高級過ぎない落ち着いた様子となっていた。前後に椅子が据え付けられており、中央にはテーブル。いつでもどこでも契約ができるようになっているみたいだ。
「それで、品物はどちらになりますか?」
「これだ」
武器庫から王冠を取り出し、テーブルへ無造作に置く。
「なるほど。ブルーザー王国では見ないデザインですね。どこの物かお聞きしても良いですか?」
「遺跡から盗って来た物だから、どの国のデザインかは分からない」
「なるほど、盗掘品ですか」
興味深そうに王冠を眺めるネイメスト。それを、俺は机をドッ、と殴ることで止めさせた。
「言葉に気を付けろ。それは、盗掘品ではない。キチンと、正規のルートから手に入れた物だ」
「ははっはい、申し訳ありません! こういった物は、どうしても
ネイメストは目を伏せ、恐る恐るといった様子で王冠を手に取る。旅人だからと、持っている高級品全てが盗掘品だと思うなよ。
これは、不死王との賭けゲームをやった時に賭けられた物だ。ちゃんと双方合意の上で、手に入れた物だ。
ちなみに、
これは、通貨を使わななければいけない、という概念が薄いからだ。また、年代物の代物やブローチなどの宝石類の方が見た目も良いからな。
「本当に素晴らしい品ですね。純度が高く、前の物と比べてそん色ない」
「では、こちらはどうか?」
そして出すのは、人間が好みそうなお洒落な物だ。流行り廃りはあるうえ、ここは異世界なのでどのようなデザインが好まれているか分からないが、出したものはシンプルないつの時代でも使える首飾りだ。
「これは――申し訳ありませんが、それほど高く買い取ることができませんが、よろしいですか?」
「ん? なぜだ?」
「これは、純度があまり高くないので、値段は低くなりますね」
「純度……?」
俺は宝石にはあまり詳しくないが、宝石の美しさは先ほど渡したものとそう差はないはずだ。
高級商人から今のネックレスを受け取り、宝石を見る。どの角度から見ても、それこそ光に透かしても傷も曇りもない綺麗な物だ。
「――あぁ、なるほど」
俺の様子を見て、ネイメストは合点が言ったように頷いた。
「お客様は、かなり遠くの国から旅をされてきたようですね」
「……分かるのか?」
「えぇ、もちろん」
ネイメストは、意味ありげな笑みを浮かべる。たぶん、元々こんな顔だと思うが。
「宝石には、元々が持っている『力』というものが存在します。この国――
「なるほど、初めて聞いた」
「はい。
「この世界では……?」
どういった意味だろうか?
「うちの者から聞きましたが、お客様は魔法使いだとか。魔法使いは輪廻の外にすみ、我々が知らない――知覚できない世界を渡り歩くと聞いたことがあります」
ネイメストは、ニッコリと笑顔で俺を見た。商人の言葉と顔は鵜呑みにするな、と仲間が過去に言っていたな。
あいつらは、死に際にあっても少しでも金を稼ごうとする。それも、平気な顔で。
「魔法を使うことができるが、それでも多少心得がある程度だ。この宝石は、旅の途中で手に入れた。それだけだ」
「なるほど」
納得がいったように、ネイメストは大仰しく頷いた。仲間が言った通り、本当にこいつらの表情は読めないな。
しかし、『力』が込められた宝石か。順当に行くなら、『力』とは魔力で良いだろう。
宝石は魔法を使う時の媒体に使うこともあるので、宝石に魔力を込めるというのは向こうの世界でもよくやられている。
試してみるか……。
「では、これはどうだろうか? 有名なドラゴンの巣から持って来た物だが」
この話は嘘だ。これはさっきのネックレスと同じように、人が扱っていたブレスレットだ。
武器庫から取り出す瞬間で、周囲に影響を及ぼさない程度に魔力を込めた物だが。
ネイメストは、ブレスレットを受け取ると先ほどと同じようにまじまじと宝石を見始めた。
「ドラゴンを見たことは?」
「直接はありませんね。仲間が目撃しましたが、とても交渉ができるような相手ではないと言っていました」
「確かに」
こちらの世界にもドラゴンは居る――と。だが、
「これも正規ルートで?」
「ちゃんと『
本当にドラゴンの隙を突いたのか、それとも「教えない」と遠回しに言われてしまった、と思ったのか、ネイメストはやや面食らった顔をした後、大きく笑った。
「そのドラゴンは、帰ってきたらさぞ悔しかったでしょうね」
「死ぬ気で逃げてやりましたよ」
茶化して返すと、ネイメストはさらに大きな声で笑った。馬車内で反響して凄まじい音量だ。
「確かに、これはドラゴンの巣から持ち帰ったと言われてもおかしくないほど、純度が高い代物です。こちらも売っていただけるのですか?」
「えぇ。買い取っていただけるのであれば」
「喜んで、買い取らせていただきます」
そう言い、ネイメストは羊皮紙にガリガリと文字を書き始めた。残念なことに、言葉は分かるが文字までは理解できなかった。不思議なもんだ。
しかし、これで分かったことがある。この世界で重視されるのは、宝石に込められる魔力の量だ。
だが、それはそれで問題が起きるのではないだろうか?
だって、魔法使いであれば宝石に魔力を込めるなど簡単なことだ。ならば、魔法使いは小遣い稼ぎに宝石に魔力を込めて放出すれば良い。これほど簡単な金稼ぎは無いだろう。
「他にもまだございますか?」
「まだ売るほどあるが、今回はこれで良い」
これほどの物がまだあるのか、といった顔で驚くネイメスト。残念だが、元から価値がある物に加え、量産が出来るのだよ。
「そっ、それで、セシル様。買い取り金額ですが、前回の商品分をお引きした金額がこちらになりますが、今もまだ奥様が選んでるご様子」
「そうですね」
馬車の窓からマリアの方を見ると、マリアは商人だけではなく護衛の兵士も使って木に言った商品を振り分けている。
「それは後から引くとして、この金額を金貨でお支払いするのも問題ありませんが、それではセシル様がお困りになるでしょう」
そう説明しながらも、ネイメストは馬車から俺を下ろし、そのまま近くの重厚な馬車に案内をする。仲間の商人に声をかけると、大きな南京錠を開けて扉を開いた。
中には木箱がいくつか転がっており、異様な雰囲気が流れていた。
ネイメストは手近にあった木箱を開けると、中には「これでもか」といった量の金貨が入っていた。
「今回、お支払いする金貨枚数が、ガプス貨幣で千十枚ほど。他の細かい枚数や銀貨、銅貨、賎貨は奥様のお買い物によって変動するのでまだ詳しく算出できません」
ゴリゴリと鈍い音を立てながら、ネイメストは木箱を手前まで引きずり持ってくると、それを俺に持つように言った。
「結構重いな」
特にそれほど重いとは感じないが、ここは人に合わせなければいけない。
「はい。この木箱には金貨が八百枚入っています。持って行くのは辛くありませんか?」
「いや、特に」
「なっ!?」
重いとはいっても、体を鍛えている兵士であれば問題なく持てる重さだろう。金貨が入った箱を持ち上げ脇に抱えるのを見たネイメストが、唸るような驚きの声をあげる。
「ししし、しかし、これを持って歩くのは大変危険です。何の後ろ盾もない個人が持っているのは、危ない金額だと思いますが……?」
「近所に居るのはゴブリンだけだからな。
うぐぅ、とショックを受けたように固まるネイメスト。それと同時に、自らが対話している人間が、拠点がある自分たちが今まで相手をしていたような人間ではなかった、と気づいたようだ。
そう、相手は根無し草の旅人だ、ということを。
まぁ、ネイメストが何を言いたいかは俺も分かっている。
「それで、商会としては俺たちに何をしてくれるんだ?」
ニヤリ、と笑いネイメストに問いかける。それに驚愕の顔になるが、ネイメストはすぐに表情を整えると、話を始めた。
「正直な話を申し上げますと、この金貨の量を見れば尻ごみをすると踏んでいました。しかし、そんなことは全くなく、困っている次第です」
「それは分かっている。本題を言え」
「護衛を付けているとはいえ、大量の金貨を運ぶのは大変危険です。さらに、最近は東の方で小競り合いが起きていて、逃げ出した兵士が盗賊になっているしまつです。さらに、うちの人間の話でもう一つくらいは持っているだろう、という予想から用意した金貨はこれが全部となります」
――ということは、ここにある木箱は全て偽物か。俺に威圧感を与えるための。
「せこいやり方だな」
「大変失礼しました。我々としても、大きくお金を動かすと周囲の商会に要らぬ勘繰りをされるため、この様な行動になってしまいました」
「分かった。では、先ほどのブレスレットは――」
「いえ、待ってください! 大変良いお話があるのです!」
ブルルン、とネイメストは頬を震わし、話を切ろうとする俺の腕を握った。何と怪しい面構えだろうか。
「生活で必要な分は、これを見ていただいて分かるように、すぐにでもご用意できます。そこで、問題となる残りの分ですが、そちらは証書でお支払い――という訳にはいきませんか?」
「証書で支払い?」
「はい。簡単に言ってしまえば、我がデレクサー商会に残りの金額を『お預け』していたたいている状態となります。この証書をお持ちいただければ、このブルーザー王国だけではなく二国先まで大量のお金を持ち運ぶことなく、各地にあるデレクサー商会で引き落とすことができます」
金貨を持って移動したくない、という理由の他に、この証書支払い勧めるために見せ金貨を見せたのは良いが、俺が平気で持って帰ろうとしたから焦っていたのか。
まぁ、そんなこったろうと思ったよ。
「なるほど。どこへ行くかも分からない根無し草の旅人が持っている商品を、二国先までとはいえそのつながりを放すわけにはいかない……ということか」
「その通りでございます。さすが、魔法使い様は察しが良い!」
「それをすることによって、俺たちに何かメリットがあるのか?」
「それは、お金を持ち歩く危険が――」
「魔法使いがその対策をしていないとでも? 今日買った商品を、森の中にある家まで全て今日中に運ぶ手段もあるんだぞ?」
さすがにそこまで予想していなかったのか、メイネストは「うぐっ!?」と自分の考えの至らなさに呻いた。
「たっ、確かにその通りですね。では、これはどうでしょう? 我々がカバーしている国になりますが、宿や必要物資の手配はもちろん、必要であれば各領地を治めている貴族にもお話を通すようにします」
「貴族に話を通してどうするんだ?」
前者は意味が分かったが、後者の意味が分からなかった。領地を通りたいのであれば、関所で金を払えば問題ないはずだ。もしかしたら、この世界特有のやり方があるのか?
「水晶
「何だそれは?」
「貴族が持つ、特別な場所です。我々が口添えをしても、それなりの物をお土産に持ってこないと歯牙にもかけられませんが、セシル様ならその能力も相まって気に入っていただけるかもしれません。ちなみに、気難しい方々なので我々が口利きしない限りお目通りをすることもできません」
なるほど。それは面白そうだ。
欲しい物があれば金を積めば何とかなるが、品質の良い物となれば別だ。それに、宿も高い金を払って悪い宿に行くくらいなら、高い金を払って質のいい宿に行きたい。
それに、水晶窟や幻想園というところにも興味がある。どうせ将来はあの家を畳んで旅に出るんだ。目的はあったほうが良いだろう。
「まぁ、及第点だな」
「ありがとうございます!」
メイネストとしてもやりにくい相手だったのだろう。俺から『及第点』と言われても、特に気分を害した様子もなく素直に喜んでいた。
出された契約書を受け取り、署名する。
「変わった文字を使うのですね」
「そうだな。俺からしてみれば他の皆が変わった文字だが」
「中古になってしまいますが、商人向け――まぁ、丁稚向けになってしまいますが、子供用の文字表があります。いかがですか?」
「くれ。ちょうどいい。いくらだ?」
「サービスしておきます」
覚えるのも良いが、これを魔法式として眼球に焼き付けるのが一番手っ取り早いだろう。そうすれば、文章を見ただけで勝手に翻訳してくれるようになる。
マリアは勇者としての加護があるので、魔族用として作った俺のこの魔法は使えるかどうか分からない。しかし、前に聞いた話だがマリアは世界を渡り歩いていたので、その国その国の言葉や文字を覚える必要があり、常に勉強を強いられて来たらしい。
辛かったという反面、そういったことを勉強する速度は早かった、と笑っていた思い出がある。
「さぁ、こちらになります。やや端が汚れていますが商会へ寄られた時に新しい物と交換させていただきます」
メイネストは文字表を「サービスする」といっていたが、まさか一緒に来た
これは自身で勝ったものではなく、デレクサー商会から渡された物なのか、やや不服そうな顔をしているがそれ以上の行動は起こさなかった。非常に申し訳ない。
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