ミトラ山脈のふもとまでは、飛行魔法フライで向かう。さすがに森の中を歩いて行くのは、ユーミト村よりも遠いということもありあきらめた。

 全力でければできなくはないが、面倒くさいので空を飛ぶ方をえらんだ。


 ベザの言う通り、水量が減って変色してしまった地面が多く露出ろしゅつしている湖が見えてきた。その水見の西に目をやると、洞窟どうくつというより大崩壊だいほうかいによりできた大穴おおあながあった。

 周囲に人が居ないことを確認してから森の中に一度降りて、何食わぬ顔で歩いて出てきた。



「ベザに呼ばれてきた! 誰か居るか!」


 洞窟の奥、行き止まりまで来たところで、大声で叫んだ。洞窟の中は外とは比べ物にならないくらい冷えていて、ときおり降りてくる冷気れいき背筋せすじふるえる。

 しばらくすると近くの岩はゴロゴロと動き、そこにできた出入り口からひょっこりとベザが出てきた。


「おぉ、おぉ。早いな」

「徒歩のくせに、昨日の今日でちゃっかり着いているあんたの方が脅威きょういだよ」


 いちおう、飛びながら森を終始しゅうし監視かんしして、ベザが居ないか探してみた。

 ここまで来ても見つからなかったので、まさかもう着いているのか、と思ってはいたが、本当についているとは思わなかった。


「こっちだ」


 岩のドアをくぐり抜けて入った先は、長い洞窟だった。ジメジメしているかと思ったがそんなことはなく、試しに岩肌いわはだに触れてみるとサラサラと乾燥かんそうしていた。


「魔法で空調くうちょうかせているのかな?」

「風の流れが不自然だから、たぶんそうね。でも、魔力の動きが嫌にならないように流れているから、ここの魔力設計を行った魔法使いは優秀ゆうしゅうなんだと思うわ」

「なるほど。確かに、鼻につかないな」


 魔法が使えない人間にも、魔力は密接みっせつにかかわっている。すぎてもいけないし、うすすぎても問題が起きる。

 ここは、それらが外と大差なく環境かんきょうが整えられているので、人が住んでも問題ない環境になっている。


「ここだ」


 連れてこられた先は、黄色がかった光が満たす、巨人も立ち上がることができそうなホールだった。


「天井は、ヒカリゴケで発光はっこうさせているのか?」

「そうだ。さすが、魔法使いは博識はくしきだな」

「そりゃどうも」


 俺が知っているヒカリゴケは、薄黄緑色でもっと光が弱々しい。ヒカリゴケで照明を作ろうと思うのは、ヒカリゴケを見た誰しもが通る道だ。

 だが、前の世界ではそれは流行らない。なぜかと言うと、魔力で照明を作った方が早いし楽だからだ。

 魔族に魔法が使えない奴なんて居ないからな。大なり小なり何らかの魔法が使えて、魔力も照明に注入できる。


「そして、装置というのがこっちだ」


 連れられて歩いている途中、ドアからトロルたちが俺たちを見ていた。そのドアの奥は家だという。横穴をりドアを取り付けただけの簡単な部屋だったが、みな仲睦なかむつまじくらしているようだ。

 しかし、全ての家が同じ形のドアを使っているので、面白みにかける。俺には向かない住居じゅうきょだ。


「これなんだがな。結構前から動きが悪くなって、揚水量ようすいりょうが減ってきている」


 案内されたのはこれまた大きなホールで、そのホールの奥に巨大な装置が鎮座ちんざしていた。


「あっ、揚水車ようすいしゃね。私も使ってた」

「へぇ? 人間界では面白い装置を使っているんだな」

「面白い装置っていっても、使っているのは物好ものずきな貴族きぞくだけだったし、大きさや魔力消費量の代わりにそんなに揚水できないらしく、庭の噴水ふんすいにしか使い道がないって言っていたわよ?」


 何とも豪気ごうきな使い方だな。見たところ、それほど複雑ふくざつな装置じゃないようだが、ベザのように管理運営する人間が必要となり、さらに一定時間ごとに魔力を注がないといけないので面倒くさいだろう。

 こんなことを考えてしまうから、家の屋根のように『どうしてこのような形になるのか』を見抜けないのかもしれない。


「これ、開けても良いか?」

「あぁ、かまわんよ」


 ガタン、と大きな音を立てながら、ベザは装置のフタを開けてくれた。

 中は三機さんきの装置が並んでいて、その内の二機が止まっていた。


「この二つに問題があるんだな」

「そうだ。一応、これが魔法使いの残した設計図と今までの作業日誌にっしだ」


 そういい、ベザが渡して来たのは二十束の羊皮紙そうひしと、九枚の石板せきばんだった。


「ほとんどメンテナンスなぞいらん物らしくてな。定期的な点検と、部品の交換程度しかやったことがないから、石板の方はこのくらいの枚数しかない」


 九枚の石板は、ベザの言う通り点検や交換部品しか書かれていない。しかも、こわれたりすることが全くないようで、かなり古い日付から続いているのに九枚しかないのが地味にすごい。

 そして問題なのが、設計図のほうだ。商人と話した時にもらった書類しょるいで、この世界でも話も文字も問題なく読み書きできることが分かっている。

 しかし、この設計図に書かれた文字は別だった。


「魔法文字か……」


 魔法使いは。他の魔法使いに自分の知識をうばわれないように、自分にしか分からない文章に置き換えたり、自分にしか使わない文字に置き換えたりして知識を残すことが多い。これも、そのたぐいだろう。


 ただし、途中で他の奴に読ませることを思い出したのか絵を交えての設計と解説になっている。それでも魔法文字を使っているところみると、もしかしたら魔法文字の使い過ぎで、一般的に使用されている文字を忘れてしまったパターンかもしれない。


「分かりそうか?」

「なんとなく……。ちょっと時間を貰うがいいか?」

「構わん。我々は直ってくれさえすればそれでいい」


 設計図と絵を使った解説が書かれた羊皮紙を片手に、孤独こどくな戦いが始まった。



 ――かと思ったが、特にそんなこともなかった。

 魔法文字とはいっても一定の法則ほうそくを見つければ解読も簡単だ。しかも、これを書いた人間は相当古い人間かひねくれていない魔法使いだったのか、パターンさえ分かれば問題なく読み解くことができた。


「なあベザ。この歯車を止めても大丈夫か?」

「歯車をか? 問題ないが」


 見上げるのは巨大な歯車。この奥にある魔力経路を調べたいのだが、このまま突っ込んでしまうと歯車に巻き込まれてつぶされてしまうからな。

 ベザは慣れた様子で歯車に流れる魔力を元から切ると、歯車は勢いがなくなり次第に速度を落として二十分もしない内に止まった。


「止まるのに結構時間がかかるのね。回すのもひと苦労しそうだわ」

「それは大丈夫だ。簡単に動かすことができる」


 マリアの疑問に、ベザは簡単に答えた。魔界でも似た装置があるが、始動のためには別の装置を持ってきて動かし始めるのだが、ここにも似たような装置があるんだろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 歯車が完全に止まったことを確認すると、その間をくぐるようにもぐっていく。中の機構きこうはさほどむずかしい物ではなく、少しのパイプと大小の歯車。その歯車同士をつなぐシャフトくらいだ。

 昔、俺が遊んでいた溶岩ようがんパイプと似たような構造こうぞうになっているので、地下からい上げる物同士ものどうし構想こうそうが似た感じになるんだろう。


「やっぱり、ここかられているな」


 一番奥のパイプから水が大量に漏れていた。歯車の回転不足とここからの漏れのせいで、揚水量が激減げきげんしていたんだろう。


「こんなに漏れていたのに気づかなかっただなんて……」


 俺と一緒に奥へ来ていたベザは、水たまりになったパイプ回りを見て愕然がくぜんとしていた。


「漏れた分は、みんな地下水路の方に流れて行ってるみたいだから、こうやって中まで入らないと気づかないだろう。これを作った魔法使いのデザインミスだ。あとは、外からの点検で見えやすくしていなかった――という点か」


 石板を見る限り、トロルたちは定期点検をキチンと行っていた。これは、発生してやっと見つかるたぐい不備ふびだ。まぁ、揚水量の低下はかなり前から起きていたので、なるべく初期の段階だんかいで気付いてほしかったが。


「漏れはここだけだから、ここさえ直せばいいんだが……」


 とりかえのパイプがあるだろうか、と心配したが、それは杞憂きゆうだった。

 ベザに聞くと、修理用の予備の部品は多く保存してあり、それら全てに保持ほじの魔法がかかっているらしい。

 試しに部品の一つを持ってきてもらうと、ほこりをかぶっているが昨日、作ったばかりのように、部品は全て綺麗きれいだった。


「なら、ちゃっちゃとおわらせるか」


 十数人のトロルに手伝ってもらい、パイプを取り外し新品に取りえる。

 場所さえ分かってしまえば、後は彼らだけでも大丈夫そうだった。惜しむべきは、彼らがドワーフではなくトロルだった点か。

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