「おかえり。どうだった?」


 装置の点検に、「自分は役に立たない」と自己申告じこしんこくをしたマリアは、トロルたちから貰ったお菓子を食べていた。

 ベザの時はあれほどうたがっていたというのに、今は子トロルと一緒に遊んでいたりしている。


不調ふちょうの原因は見つけた。これで動かせば、当分の間は大丈夫だろう」

「さすが。私の・・魔王様は一味違うわね」


 そう言い、マリアは俺の口にお菓子を突っ込んできた。


「でも、セシルって色々できるわよね。そんな風には見えないのに」

「玉座に座ってふんぞり返っているだけじゃ軍は動かせないからな。それに、俺は元々技術畑の人間だ。魔王になったのは、前にも言った通り先代や大魔法使いが根回ししてくれたからだ」


 今回の作業で、色々と思い出したことがあった。今となっては必要のない話や、ただのなつかしい思い出となってしまったものが多かったが。


「そんな技術畑の人に、私たちは苦しめられていたのね」


 胃にまる重たい物を食べてしまったように、マリアは「うへぇ……」と舌を出した。

 こちらから言わせてもらえば、勇者マリア勇者マリアですさまじかったので、どっこいどっこいだと思う。


「あとは、魔力炉まりょくろに魔力をめるだけだ。俺一人でも良いが、二人でやった方が早く終わるから手を貸してほしい」

「うん。分かったわ」


 ひざに乗っていた子トロルにあやまってから下し、マリアは俺についてきた。そんなマリアに、アヒルの子のようについてくる子トロル。ちょっとした大騒おおさわぎだ。

 歯車を止めることなどそうそうないらしく、ベザたちは俺が直したパイプ以外にも不具合が無いか、特に歯車を重点的に見ていた。

 俺がマリアを呼びに行き、休憩きゅうけいが終わるまでには終わらせると言っていたが――。


「ベザ、点検は終わったか?」

「今終わった」

「別に急いではいないから、点検は簡易かんいで終わらせなくていいぞ?」

「問題は無い。全員、プライドを持ってやっている。簡易では終わらせていないし、時間がないからと手抜きはしていない」


 ベザが共に点検していたトロル仲間に向かい「そうだろみんな!」と呼びかけると、威勢いせいの良い返事が返って来た。


「なら、あと百年は問題ないな」

「当たりめぇよ」


 ふふん、と笑うベザ。彼らがドワーフでないのが残念だ、という言葉は訂正ていせいした方が良いな。

 彼らは、自分の仕事に、自分がやった仕事にほこりを持っている。


「魔力炉はここで良いんだな?」


 三つあるタンクの内の二つ。魔力の残量を示す窓は真っ暗になっており、残りの一つも今にも消えてしまいそうになっている。


「これに魔力を込めれば良いのね?」


 どうすれば良いのかさとったマリアは、タンクの前まで近寄ちかより手を触れた。


「何とか頑張って、供給が始まる程度魔力が入ればいい。あとは、エルフに精霊を呼んでもらって魔力を吹き込んでもらうから」


 ベザが、俺たちが魔法使いかどうかこだわったのは、ここにあるようだ。この魔力炉がどのくらいの容量ようりょうなのか分からないが、これだけ巨大な装置を長期間動かしていたので、半端ないくらい吸い取られるんだろう。


「何とかやってみるわ」

「よし、じゃあ行こうか」


 俺も配置につき、徐々じょじょに魔力を魔力炉に流し始める。

 俺の足元からは、黒色の炎が巻きあがる。マリアの足元からは白と金が混ざった、美しい炎が上がる。


「おぉ……」


 その姿を見ていた作業員トロルや、マリアに付いてきた子トロルたちは驚きの声を上げた。


「もう少し本気を出すぞ。吹き飛ばないように注意しろよ!」

「危ないから、皆は私の後ろに来なさい!」


 徐々に魔力を流すが、一向いっこうに溜まる気配がなかった。仕方がないので少し本気を出すことにした。

 そこで問題となるのが、俺の魔力は攻撃性こうげきせいが高く、魔力炉に流し込めずこぼれた魔力は、近くに居る弱い奴・・・おそいかかる性質たちの悪い魔力だからだ。

 そんな俺の魔力とはちがい、マリアの魔力は包容力ほうようりょくがあるたてのような魔力だ。襲い掛かる魔の者の力から弱きを守る。

 俺とマリアの力は拮抗きっこうしており、真っすぐなかべのようになっている。


「ぐぉっ……ぅ……」

「ふうぅ――くぅ……」


 バチバチ、と魔力炉から歯車へと魔力を伝えている魔力回路から紫電しでんう。

 魔力を送り込んでいく量を増やすと、紫電の舞い上がり方がより一層いっそうはげしくなった。それにともない、魔力残量を増やす窓から煌々こうこうとした明かりがれ出した。

 その光は次第しだいに強くなり、ヒカリゴケに慣れた目ではいためてしまうほど強力な光を放つ。


「これくらいで良いか……?」

「どれだけ容量を持っているのよ、コレ。恐ろしいくらい吸い取られたわ」


 恐ろしいくらい、といっても、それはマリアの言葉だ。実際に、マリアの中に魔力はまだまだ残っている。


「魔力はほとんど満タンになったようだな」


 俺たちの作業を見守っていたベザが、恐る恐るといった様子で話しかけてきた。


「まあな。もう少し容量があるみたいだが、こんな大容量の魔力炉を俺は生まれてから一度も見たことがない。直すこともできないから、この辺りで止めておこうと思う」

「あぁ、その方が良い。ワシもこの魔力炉がここまで魔力をめておけるものだとは知らなかった」


 トロルの寿命じゅみょうがどれくらいだったから忘れたが、魔力炉が満タン状態なのをベザが知らないということは、かなり昔に入れられてからずっと動いていたんだろう。

 かくいう俺たちもアホみたいに注ぎ込んだから、百年程度は問題なく動くだろう。


「魔力炉は二もあれば当分動くだろう。一基はこのまま使い切ると――」

「ついでに、最後の一個にも魔力入れておくね」


 俺とベザが話している間休んでいたマリアが、最後の一基に魔力を注入してくれるようだ。


「えぇっ!?」


 まだ魔力を注ぐと言ったマリアに、ベゾは目をひんむいておどろいた。


「無理するなよ」

「大丈夫よ。セシルはそれまで働いていたんだから、次は私が動かないと」


 マリアは先ほどと同じように魔力炉の前に立ち、魔力を注入し始めた。注入速度は先ほどと全く変わらない。

 それどころか、先ほどの注入でコツをつかんだのか、かなり早く注げるようになっている。


「わしの目に間違いはなかった、ということだな」


 ベザは、この歯車を直せる人間として俺を選んだことを、自らでめていた。


一時期いちじきは人里まで下りて直せる人をさがしたが、なかなか居なかった。一人二人は居たが、そいつらはこの歯車を見るだけで、それ以上のことはしてくれなかった」


 そいつらは、たぶん観察をしたかっただけだ。レポートの回収や、評価する機関きかnがあれば、そこに出しているだろう。

 「私の方が、無駄むだなく作ることが出来る」とか大層たいそうなことを書いて。お前、この装置が出来た時代も考慮こうりょしろよ、と大声で言いたくなるタイプのレポートだ。


「はい、終わったわよ」


 ベザと話していると、マリアが終わったことを伝えてきた。これで三基とも、魔力が満タンとなった。


「あとは歯車を動かすだけね」


 残るは巨大歯車を回すだけだ。さすがにこの大きさが元の速度に戻るには時間がかかるだろうし、揚水量が全開になるのもその先になるだろう。


「それは、アテがあるから大丈夫だ」

「今すぐに回さないのか?」


 なぜ自分たちで回さず、アテといわれる何かが必要なのか問う。


「あれは、自転できんのだ。外からの回してやらないと、あの歯車は大きすぎて回り始めることができない」

「なるほど」


 巨大歯車は見上げるほど大きく、幅がある。さらに、ごついので重量もかなりあるだろう。

 しかも、次に続いていく歯車があるので、回し始めが一番大きな力がいる。


「それで、そのアテっていうのは?」

「巨人に回してもらう。あいつらは、力が強いからな」


 なるほど、巨人か。あいつらなら、これだけ大きな歯車も問題なく回せるだろう。ただ、問題がこの洞窟どうくつに入って来られるかっていうことだ。


「この世界にも巨人が居るの? どんな種類かしら? ウォークウッド? それともストーンハンガー系?」


 向こうの世界では、魔族側でも人間側でもない、敵でも味方でもない巨人族は、その時その時で陣営じんえいが変わる。それらは、信念だったり利益りえきだったり、と人間臭い所がある。

 ただ、木人族だったり石人族で考え方が変わるので、かなり面倒めんどうくさい種族だった。

 そんな種族に何か思い入れがあるのか、マリアはベザに聞き返した。


「巨人族は巨人族だろう? あいつらに、そんな種類がいるのか?」


 その答えは、巨人族は一種類しか居ないからか、それとも会うことがないので設計書にあった話しか知らなないからか、いまいち判断に困った。


「それで、その巨人はどこに居るんだ?」


 そいつらさえここに来れば、歯車を回すことができ取水が開始される。早くすればするほど、川をめぐっての戦いが早く終わるのだ。


「今から探しに行く・・・・・

「「はぁ!?」」


 俺とマリアの驚きがハモってしまった。今、サラッとおかしなことを言ったぞ!?


「だから、今から探しに行くと言っている」

「居る場所は分かっているんだよな?」

「おおよそは、な。奴らは決まったところにしか行かない」


 つまり、いくつか候補こうほがあるだけで絶対に居るところは分からない、ということだ。


「どのくらいで戻って来られるんだ?」

「半年もあれば見つかるだろう。そこから歯車のことを話して、それから戻ってくるまでだから――大体、一年もあれば良いだろう」


 アバウト過ぎるだろう。しかも、探すのは良いとしても何で帰ってくるのに一年もかかるんだよ。


「もっと早くならないのか?」

「無茶を言うな。探すのにも時間がかかるし、戻ってくるのも巨人たちがこの近くの場所にしてくるのを待っての作業開始だ」


 理由は、巨人は自分たちのルートで、彼ら独自の予定で動けないと暴れるんだそうだ。何という面倒くさい生き物だ。

 歯車を動かすために、自転装置を作っておけよ、と昔これを作った魔法使いに怒鳴ってやりたかった。


 今から俺が作ったら、と思うが、あんな装置に新しく物を付ける勇気はない。これで失敗して全部動かなくなったら、それこそ大変だ。

 一年――一年か。両伯にどのくらいの人的資源や資金が残っているか分からないが、戦争をしている一年とは両領地とも疲弊ひへいが凄まじいことになるだろう。


「もういい。私が動かしてみる」


 長いスパンで考えているトロルたちに嫌気がさしたのか、マリアはこの巨大歯車を自分で回そうと提案ていあんした。

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