兵士たちが、各々おのおのの村へ帰ってから数日がぎた。

 あの時、一人の兵士から教えてもらった屋根の形を変更へんこうして、本日ついに落成式らくせいしきむかえた。


「すごいね。家が本当にできちゃった」

「初めの予想とだいぶ違うが、何とか形にはなったな」


 小さいながらも楽しい我が家、を目指して作って来たが、らしていく内に必要な物が色々と見えてきて、それを増設ぞうせつしていくとかなり大きな家になってしまった。

 まぁ、それはそれでいいだろう。これくらいの適当さが、今の俺たちにはちょうどいいと思う。


「今日はおいわいをしないとね」


 そうマリアは笑顔でいう。はたして、これは何度目のお祝いだろうか?

 カマドが出来できてからと言うもの、ドアができた、寝室ができた、屋根ができた、と毎回お祝いと言い豪勢ごうせいな料理を作るようになった。

 まぁ、森の中で豪勢なというのも限度があるが。

 なので、最近なかなか食べる機会きかいがなかった魚をりに行こうと思う。場所は、初めて兵士たちと出会ったあの川だ。



 道具は一応、武器庫に入れてあるが、今日はちょっと仕掛しかけを変えてみようと思う。

 糸はマリアの髪を使用する。勇者の髪であれば、一本でもかなりの強度になるはずだ。そして、針は元々持っている物ではなく、俺の髪の毛を硬化こうか魔法でかたくして作ったものだ。

 えさは近くの土をり返して出てきたミミズで良いだろう。


 今日は、魚を釣るまで帰らない、という意気込いきごみで来ている。マリアからも、「昼食に」と弁当も渡されている。

 しかし、現実とは無情むじょうだ。まだ一時間ほどしか釣っていないので結果を口にするのははばかられるが、全く釣れないのである。

 生体反応がなく、どこを狙っても竿先さおさきはピクリともしない。


 それからもう一時間ほどしたところで、「場所を変えたほうが良いだろうか?」と思い始めた頃、川向かわむかいの上流の森の方から誰か歩いてくる音が聞こえた。

 この間の一件をかんがみれば、脱走兵だっそうへいだろうと思うが、今回の足取りはしっかりとしている。さらにいえば、俺の方こちらへ向かって歩いて来ているのが分かる。


 足取りにためらいはなく、敵意てきいが無いのも分かる。しかし、相手が何を考えてこちらに向かってきているのか分からなかった。

 とりあえず、相手の出方を見るか、と足音の動きに集中していると、その足音の正体が森から現れた。


「(トロルか。めずらしいな)」


 出てきたのは、魔族に分類ぶんるいされるトロルだ。しかし、魔族に分類されているとはいえ、人間をおそうか、といえばそんなことは無い。襲う奴も居れば、襲わない奴も居る。人間と一緒だ。

 中には人間と仲良くなり知恵ちえを貸す者もり、上手うま共存きょうぞんしているところもある。神とまでは行かないが、それなりに信仰しんこうされていたりとかな。


 トロルは俺と同じように竿を持っており、れた手つきで餌を付けて川へ投げた。

 教えてもらったばかりで、本を読んで釣り方を考えている俺とは違い、トロルの動きはよどみなく玄人くろうとのそれだ。


「(でもなんで、わざわざ俺の前で……?)」


 ここには魚が居ないというのは、今までの経験から分かる。二時間程度しか釣っていないが、ここに魚は居ない。

 しかし、せっかく釣り座に選んだ場所だ。それに、俺が居なくなった瞬間から釣れそうな気がして、なかなか動けない。


 魔法を使って、川底にひそむ魚をさがせば一発だが、「呪いで魔法を封印ふういんしてでも、釣りは魔法を使わない方が面白い」という仲間の言葉を信じてやった結果がこれだ。

 ――それから数分が立ち、ここには魚が居ない、と見切りをつけて移動しようとした時、向かいのトロルが魚を釣り上げた。


「ツッ!?」


 俺が二時間ねばって釣れなかったのに、トロルは来てから十分もしない内に釣り上げた。

 警戒心けいかいしんを与えないように、細い糸髪の毛を使った。それに、餌は新鮮な物を用意した。

 トロルが軽々と釣り上げた理由が分からず、頭の中で考える。しかし、結果としては「たまたまトロルの方に魚が集まっていた」としか思いいたらなかった。情報が少なすぎる。


 仕方がないので、糸をちょっと長めにして大遠投だいえんとうしてトロル側の岩陰いわかげに投げ入れる。

 川に投げ入れられた俺の仕掛しかけを、チラリと見たトロルだったが、その後は特に気にした様子もなく釣りを再開した。次は、俺が釣る番だ。



 しかし、結果はさらに無情で、釣ったのはトロルの方だった。しかも、今回は川の中央付近。トロル側に魚が集まっていると思ったが、どうやら俺の思い過ごしだったようだ。

 トロルと俺の釣りは何が違うのか、仕掛けを回収しながらトロルの仕掛けに注目した。だが、トロルの釣り竿は、俺が使っている物とそう大差はない。


「……餌は何を使っている?」

「はっ!?」


 あまり長いこと注目し過ぎたからか、トロルはしぶい声で俺に聞いてきた。


大方おおかた、ミミズだろう」


 こちらを一度も見ることが無かったのに、トロルは俺の使っている餌を言い当てた。


「そうだ。川で魚を釣る時は、ミミズを使うんだろ?」

「魚種にもよる。それに、ここに来ている魚は元々もともと上流に居たもので、人間からパンを餌として貰っていた。だがら、小さく潰しちねったパンを餌として付けたほうが釣りやすい」


 魚がパンを食うのか!? 魚のくせに贅沢ぜいたくだな。

 しかし、せっかく教えてもらったのだから物はためしと、マリアに作ってもらったお弁当のパンを、川にけ出すことも考慮こうりょして大きめにちぎり、針に付けて川へ投げ入れた。


 その様子を見ても、トロルは何も言わない。自分の仕掛けができると、再度同じように餌を付け直し川へと投げ入れる。

 そして、初めのトロルのように十分もしない内に、俺の竿にアタリ・・・がきて、針が魚の口に刺さるように合わせると簡単に吊り上がった。


「おぉ、釣れた」


 あれほど釣れなかったというのに、トロルの言う通りにしたら呆気あっけないくらい簡単に釣れてしまったので、「釣れた」という驚きがうすれてしまった。

 お礼を言おうとトロルの方を見ると、老獪ろうかいな笑みを浮かべてこちらを見ていた。なかなかくせのあるトロルな気がする。


「おぬし、魔法使いだろう?」

「あぁ、そうだ」

「なぜ魔法を使わない?」

「魔法を使うくらいなら、釣りなどしない」


 食糧として魚を獲るならば、川を吹き飛ばして、一切合切いっさいがっさい獲り上げた・・・・・方が楽だ。

 だが、これは趣味しゅみ延長えんちょうというか時間をどう楽しく過ごすか、といった意味合いが強い。――いや、今日はお祝いだから魚を釣って来ないといけないんだがな。

 その答えが気に入ったのか、トロルは笑った。


たのみがあるんだが、聞いてもらえないだろうか?」

「初めて会った奴の頼みを聞くほど、俺はお人よしじゃないぞ?」

「なに、傷ついた兵士を助けただろう? あぁいった手合いを無くすための願いでもある」


 このトロル、どこかで俺たちのことを見ていたのか?

 しかし、そんな気配はなかった。マリアの方は、明確めいかくな敵意を向けられない限り気にもしないので、もしかしたらマリアの方を見ていたのかもしれない。


「話だけは聞く。どうやって、戦いを無くすんだ?」

「お主らの力で、川の水量を増やしてもらいたい」


 、ということは、マリア一緒に話を聞かなければいかなさそうだ。


「分かった。まず、話だけは聞こう」

「ありがたい」


 了承りょうしょうが取れるとトロルは竿をしまい、ザブザブと大きな音を立てながら川を渡り、対岸の俺の所まで歩いてきた。


「どこで俺たちを見ていた?」

「初めてお主を直接見たのは、お主が川で水を飲んでいるところだ」

「水を飲んだ?」

「その後、兵士たちに会っただろう」


 なるほど、あの時か。だが、あの時は川のにおいをいでいただけで、別に飲んではいない。


「あの時、ちょうどわしは上流の方で小便をしていな。本当にすまなかったと思っている」


 申し訳なさそうに、トロルは「腹薬だ」と言って薬草を差し出して来た。

 本当にあの時、川で水を飲まなくて良かったと思う。

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