「ヒョイ! あんた、何してんの!?」


 道がない森の中から現れた俺たちを見て、ヒョイの母親くらいの年齢ねんれいの女性がおどろいたように声を上げた。


「こんにちは。彼のお母さんですか?」

「違うよ。この人は、お母さんの姉さんだよ」


 俺の問いに、ヒョイが訂正ていせいをいれてきた。

 似た雰囲気があったので、年齢と相まって母親かと思ったが血縁者けつえんしゃというだけで母親ではなかったようだ。

 間違えたことを謝罪しゃざいすると、ヒョイの母親と似ているとよく言われるようで、特に気にした様子もなかった。


「それで、この子はどうしたんですか?」

「森の中でゴブリンにおそわれて怪我けがをしたので、大事をとって背負ってきただけです」


 傷はすでに完治している。背中からヒョイを下ろして地面に立たせると、あらわになった腹部の傷跡きずあと――血痕けっこんを見てヒョイのおばさんが悲鳴を上げた。


「先ほども言った通り、すでに治っているのでご安心ください」


 とは言っても、子供が怪我をして帰ってきたら心配するだろう。それが、ゴブリンによるものならなおさら。

 しかも、ヒョイのおばさんの悲鳴を聞いた村人が、「何だ、何だ」といった様子で寄ってたかって来た。


「ルエミール、何かあったのか?」

「あ、あぁ、あんた! 森にゴブリンが出たってさ。それで、妹のところのヒョイが怪我をしたって!」

「何だと!?」


 治っているとさっきから言っているのに、肝心かんじんの部分を話さないから、ヒョイがもみくちゃにされている。

 怪我をして破れたところをめくりあげられ、傷がないことを確かめると近寄って来た村人は、ホッ、と安堵あんどの息をいた。


「しかし、ゴブリンか。面倒めんどうくさいことになったな」


 ヒョイのおばさんの旦那だと思われる男性は、ゴワゴワとたくわえられたひげを触りながら困ったようにうなずく。


「あんたたちは、ゴブリンを見たのか? いや、そもそもあんたらは誰だ?」


 今気づきました、と言わんばかりに、ヒョイのおじさんは俺たちを見て聞いてきた。


「森の中でヒョイの悲鳴を聞き、助けた者です」

「おぉ、そうか! 今、ヒョイの親を呼んでいるがまず俺から礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いえ。それと、ヒョイをおそっていたゴブリンは全て倒しました」


 その言葉に、ヒョイのおじさんは目を丸くして、大型の犬の鳴き声のように大きな声で笑いだした。


「ワッハッハッハッハッ!! そうか、そうか! 怪我をしたヒョイを治療ちりょうして連れてきてくれた上に、ゴブリンまで! それは、本当にありがたい!」


 そして、再び大声で笑いだすヒョイのおじさん。煩すぎて、耳がやられそうだ。


「ヒョイ!」


 人垣ひとがきをかき分けて、二人の男女が現れた。女性の方はヒョイのおばさんに似ているとこから、これがヒョイの両親だとすぐに分かった。


「お前は何をしているんだ! 怪我をしたって本当か!?」

「うん。でも、お姉さんが怪我を治してくれたんだ」


 血にまる服の下。腹をさすって傷がないことを確かめると、両親そろってマリアに・・・・頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 まぁ、こういったことは昔から多々あったからな。今さら何も言うまい。


「森に現れたゴブリンは、この兄ちゃんがやってくれたらしい。イゾータはこの兄ちゃんにも感謝かんしゃしないといかんぞ」


 俺の心境しんきょうさっしたわけではないだろうが、ヒョイのおじさんはヒョイの父親イゾータに伝えた。

 イゾータは――というかヒョイの両親はマリアの時と同じように、深く感謝の意を伝えてきた。


「それで、二人とも見ない顔だが、この村に何か用かね?」


 ヒョイを助けたこととこれは別だ、と言わんばかりに、不躾ぶしつけにならない程度の視線の強さで、ヒョイのおじさんは聞いてきた。


「私たち二人は旅の途中でして、今は森の奥で一休みしている最中さいちゅうです。そこで少しの間ですが暮らす予定なので、必要な物を分けていただけないかとらせていただいたしだいです」


 詳しい場所はせ、事実だけを言った。

 「森の奥に人が暮らせるようなところがあったか」「そもそも、道のない森をわざわざ走破そうはするような旅とは一体なんぞや」といった声にならない声が村人たちから伝わって来た。


「そっちのお姉さんも、この森の奥で暮らしているんか?」

「私? 私は、彼と一緒だったらどこでもいいですよ。ただ、最初に住みたいと思ったのが森の奥だったってだけで」


 屈託くったくのない笑顔で、若干じゃっかん惚気のろけを感じさせる裏の無い言葉に、村人数人が苦虫をつぶしたような顔つきになった。

 「嘘をつけ」とうたがっているのではなく、ただのねたみのたぐいから出た顔だろう。


「そうか、そうか。いや、すまんな。森の奥はあぶないうえ、住む奴なんか犯罪者の類しかいないだろうから、我々も警戒けいかいせずにはいられないんだよ」

「私たちは信じていただいて問題ないですよ」

「その通りのようだな」

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