昼食は、少し開けた場所に転がっている大岩の上で済ますことにした。

 火は使えないので、クルミのような木の実とかたパンとワインだ。それほどすきっ腹という訳じゃなかったので、少ない量でも結構腹いっぱいになった。


「人の生活の匂いがするわね」

「本当だな」


 薄っすらとだが、俺たちが居るところまで村から煮炊にたききする香りがただよってくる。

 こういった香りが漂ってくると、そこはかとなく安心するのは、やはり人は集団の中で生活する方があっているのかもしれない。


「たぶんこれは――シチューね。それも、鹿肉しかにく

「そんなことも分かるのか!?」


 漂ってくる匂いは、何か・・を煮炊きしている、程度ていどだ。

 各家庭から漂ってくる匂いが混ざり合っているので、何を煮炊きしているのか俺には分からないが、マリアはスンスンと鼻を鳴らしながら何の匂いか当てにきている。


「何となく。何となくよ?」


 笑いながら、「適当に言っただけ」と答えるマリア。どこまで本気か分からないのが空恐ろしい。


「この距離なら、村の皆が昼飯を食い終わる頃には着くだろうから、ちょうどいいな」

「そうね」


 全力で走れば、村までものの数分だ。今まで通りゆっくり行くのが良いだろう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「なにっ!?」


 そう遠くない場所から、叫び声が上がった。声色から、子供と思われるがかなり焦っているようだ。


「近いな――」

「セシル、行こう!」

「分かった」


 昼食のために広げた荷物をまとめている暇はなさそうだ。道具の数に余裕はないが、すでに飛び出そうとしているマリアを先行させるわけにはいかない。

 ドッ、とねるようにけだすマリア。ロングスカートに外套がいとうという、森を歩くのに相応ふさわしくない恰好かっこうであるにも関わらず、その速さは疾風はやてのごとくだ。


「誰か! 助けてっ!」


 上手いこと、助けを求める声がこちらに近づいている。


「こっちだ! こっちへ走れ!」


 怒鳴どなるるように叫ぶと、子供もこちらの存在に気付いたのか足音が正確にこちらを向いた。


「マリア、俺が先行する」

「私でも良いじゃない」

「誰が子供をなだめるんだ? 俺はそんな器用きようなことできんぞ」

「それもそうか」


 あっさり納得なっとくすると、マリアは走る速度をゆるめて俺に先行させた。

 視線の先、人の手が入っているような植林しょくりんされた森の先で、子供――男の子がこちらに走ってくるのが目に入った。

 その後ろには――。


「ゴブリンか!」


 一桁数ひとけたすうのゴブリンが男の子を追っていた。

 手にはこん棒や、折れていたりさびびているけんを振り回し、男の子を弱ったネズミで遊ぶように、つかず離れずの距離きょりたもち追い回している。


「助け――」


 息もえとなった男の子が、最後の力をしぼり助けを求めている。そのびぬけて、背後はいごせまるゴブリン共をナイフで切りく。


 このナイフは魔剣まけんではないが、ドワーフが打った業物わざものだ。

 こういったせまい場所での戦闘にはもってこいの大きさで、切れ味もただのよろいでは鳥の皮をよりも簡単に切れてしまうほどだ。


「ギィ――」


 瞬きする間すら必要のない一瞬の出来事に、られたゴブリンたちは自分たちに何が起きたのか理解する前に死んでしまっただろう。

 魔法が使え、頭がキレるゴブリンキングに統率されていたならまだしも、普通のゴブリンが寄り集まってできたような集団であれば、落ち着いて対応するだけで普通の兵士でも問題なく倒すことができる。

 このゴブリンたちは、ただただ不幸だっただけだ。


 殺したゴブリンをどうしようか、と後始末を考えていると、距離を置いているが俺の知覚範囲に腐肉漁りが寄っているのが分かった。

 このゴブリンたちからは呪いの類が見えなかったので、この死肉を食べても腐肉漁りが魔獣化することは無いだろう。そもそも、ゴブリンの肉は臭く妙なエグ味があるそうなので、腐肉漁りが腹を壊さないかそちらが心配になる。

 とはいえ、俺の仕事は男の子を追っていたゴブリンを倒すことだ。それ以上は、気にしても仕方がない。


「そっちは大丈夫そうか?」


 ゴブリンの死体がある場所から少し戻り、マリアに抱きかかえられている、追われていた男の子を見て聞いた。


「怪我をしているみたいだけど、他は大丈夫そうね。今は息が上がっているのとショックで声が出しづらくなっているだけみたい」


 ゼイゼイ、と男の子は苦しそうに息を吐き、顔からは大量の汗が噴き出している。走ったからだけではなく、たくさんのゴブリンに追いかけられた恐怖もあるだろう。


「ちょっと怪我を見せてね」


 落ち着かせるように、男の子の耳元で優しくささやきかけ、マリアは男の子の脇腹――怪我をしているところに手をかざした。

 その手からは淡い金色の光が漏れ出し、マリアが〝回復ヒール〟と唱えると傷口が見るみるうちにふさがっていった。

 ヒールであれば俺にもできるが、子供相手となると調整が面倒くさい。下手したら、その傷口が二度と怪我をしないように超進化をしてしまう可能性がある。


「落ち着いた?」

「あっ、あぁ、あり――」


 傷は回復したといっても、精神まではすぐに回復する訳ではない。それでも、男の子が回らない舌を必死で動かし、礼を言おうとしているのは見て取れた。


「大丈夫。何が言いたいか分かるから。あなた、この先にある村の子よね?」


 マリアに問われ、男の子はコクコクと頷くことで答える。


「私たち旅の途中なんだけど、あなたの村に行っても歓迎してもらえるかしら?」


 再び問うマリアに、男の子は先ほどと同じように頷くことで答えた。

 本当に質問内容を理解しているのだろうか?


「大丈夫みたいだな。俺がおぶろう」


 俺もそうだが、重武装をして戦場を駆けまわっていたマリアなら、このくらいの男の子であれば抱いたままでも問題なく村まで行ける.

 しかし、そのまま村に行けば女性が子供を抱いたまま森を歩いてきた、と普通ではない光景を村人に見せることになる。


 先ほどマリアが男の子に問うた内容は、外部の人間と接触する回数が多いか少ないかによるが、余所者をあまり入れたくないと考える村も多くある。

 もしそんな村で、普通ではない光景を見せれば俺たちは二度と村へ近づけないどころか、森の奥に住んでいようと迫害の対象となるだろう。まぁ、しかし、そんなこと俺が絶対にさせないがな。

 敵に回せばどれだけ恐ろしいかを、愚か者に分からせるだけだ。


「ほら、落ちるなよ」


 背負い難くなるので、肌触りの良い――ツルツルするコートを脱ぎ男の子を背負う。


「あ、あがとうございます」

「偉いな。だが、舌を噛むから無理に喋らなくてもいいぞ」

「はい」


 置いて来てしまった荷物を回収するために、一度食事をしていたところに戻ってから再び村を目指した。

 ありがたいことに、道具は盗まれておらず、また獣に悪戯もされていなかった。

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