木の枝と枝にロープを張り、そこに布をしばりつけることで簡易かんいの屋根を作った。

 空は雲が少なく、晴れといっても問題ないくらい綺麗きれいだ。これならば雨の心配もないので、わざわざ屋根を作らなくても良かったかもしれない。


 そうマリアに話すと、木の上からは色々・・な物が降ってくるそうなので布は必至ひっしなんだそうだ。

 その内容物――たとえば、毛虫や鳥のフンといった心にダメージをわす物がほとんどらしい。


「食事はどうしよう? あたたかいから、何か探せば食べられる物もあると思うけど」

「だいじょうぶ。そんなにも多くないが、食料しょくりょうも持って来た」


 布を出すときに一緒に外へ出していたリュックには、数日分の食料が入っている。他にもいくつか似たようなリュックがあるので、当分の間、この食料を食べるだけでしのげるようにしてきた。


「じゃあ、火がいるね。私、知ってるよ。木の板とぼうがあれば、火が起こせるんだよね」

「魔法で起こせばいいだろ?」

「ダメダメダメ。せっかくだから、自分でできることは自分たちでやろうよ」


 すでに俺の武器庫から色々と取り出した後だから、『自分たちでできること』の範囲はんい逸脱いつだつしている気がしないでもない。

 広義的こうぎてき解釈かいしゃくすれば、武器庫も俺の能力だから『自分たちでできること』にふくまれると思うけど、そんな言葉を彼女はのぞんでいないだろう。


 一応、最終決戦まで色々と調べてきたので、マリアの言う火の起こし方――キリモミ式――はどうやればいいのか理解しているので、これならばすぐにでもできる。


「よし分かった。では、必要な材料から集めよう」


 ぜんは急げ、というより、夜まで時間がないので暗くなる前に必要な物をそろえなくてはいけない。

 まずは種火だねびを作るために必要な道具になりそうな木の枝とまきだろう。



 ジュウジュウ、とフライパンの上でソーセージがいい匂いをただよわせながらおどっている。

 はじけて飛ぶあぶらが火の中に入ると、一瞬いっしゅんだけ小さいが強いほのおが立つ。この炎を立たせる脂が少し厄介やっかいで、先ほどから俺の手をおそってきている。


 そんな俺の痛みを知ってか知らずか、俺の隣ではマリアがしずんだ顔で美味しく焼けつつあるソーセージを見ている。

 時が止まったように動かないマリアだが、ときおりくため息のおかげで動いていることが分かる。

 どうしてこうなってしまったか。それは、火つけに失敗したからだ。


 キリモミ式に使えるような板や真っすぐな棒が、都合よくそこら辺に転がっているわけもなく、1時間くらい探したが見つかりそうになかったので魔法で火を点けた。

 マリアは最後まで火を使うことをしぶっていたけど、腹の虫にはあらがうことが出来できずに泣く泣く魔法で火を点けることに同意した。


 一応は火打ひうちも提案ていあんしたが、良い感じの火口ほくちが見つからなかったのでまた今度となった。


「ほら、できたぞ」


 フライパンを火からおろして、簡単に石を積んで作ったフライパン台に置いた。

 あとは保温しておいた、マリア特製とくせいの鍋に入ったスープと、遠火とおびあぶっておいたチーズを、保存のために焼きしめられた固いパンに乗せれば、今夜の夕食の完成だ。


 魔王になってから自分で食事を作ることが無かったので、失敗が少ない――焼くだけで終わることが出来る食材を用意してきた。

 予想外だが、ありがたいことにマリアが料理好きだったので、これから食事の内容には困らないだろう。――動けるようになれば、の話だが。


 ほんの数時間前まで、魔王と勇者という立場で殺し合っていたとは思えないほど、おだやかで美味しい食事となった。

 どうやって戦えばいいか、場所は、部下は誰を使うか。毎日、昼も夜も関係なく考えていた。おちろん、食事中も。


 そこまでして魔族の未来を考えていた俺は、マリア一人のためにあっさりと裏切った。そのことに関して後悔はないし、逆に裏切らなければ後悔こうかいしていただろう。

 自分でも、これほど簡単に考えが変わるとは思っていなかった。本当に。

 ――何が良いたいかというと、とにかくビックリしたってだけの話。


「ねぇ」


 そっ、と手が優しい温かな体温に包まれた。マリアが握ってくれたからだ。


「難しいことを考えるくらいなら、もう寝ようか?」

「そうだな。今日は色々あって疲れたから」


 疲れているかもしれないが、眠気ねむけは全くない。戦いに慣れ過ぎたので、睡眠すいみんが少なくても問題が起きない体になっているからだ。

 それでもマリアの言う通り、地面にひいた毛布の上に寝ころび、上から別の毛布をかぶった。


 俺たちの力を本能で感じ取っていれば、森に住む猛獣もうじゅうたちは絶対に襲ってこない。それに、屋根を作ったので要らないのだが、いちおう魔法で防護壁ぼうごへきも作っておいた。

 肉体的、精神的にダメージを与えてくる奴らを近づけさせない、絶対の壁だ。


「セシル――空」

「ん?」


 マリアに言われて空を見上げると、満点の星空が広がっていた。

 天体についてそれほど詳しくないが、知っている春終わりの星座が見つからなかったため、ここが異世界なのだとあらためて理解した。

 しかし、さしてめずらしくもない星空を、なぜマリアはうれしそうに報告ほうこくしてくれたのか……。


「こんなに落ち着いて星空を見上げるなんて、最近ずっとなかった。ずっと気を張っていて、他の人たちの模範もはんになれるように、寝る時も気を抜かないようにしていた」


 「だから、星空を見上げる余裕なんてなかった」と小さくつぶやく。

 俺には星空をながめる良い趣味しゅみは無かったので、マリアのように星空を見上げ感嘆かんたnの声をあげることはない。

 だが、マリアが常々つねづね感じていたプレッシャーは分かるつもりだ。


「これからずっと、のんびりと見上げることができるさ」

「そうだね」


 はふぅ、とマリアは小さくあくびをした。


「ちょっと、気が早いけど」

「うん」

「ここから旅に出たとして」

「本当に気が早いな」


 まだ家どころか、住んですらいないというのに。

 それに対し、マリアは「ふふっ」とおかしそうに笑い、続いて「本当ね」と言った。


「色々なところを旅して、知らなかったものを見て、世界を見終わった後に一番気に入ったところに住みたい」

「なるほど。俺たちには――」


 と言いかけて止めた。あまりにも後ろ向きすぎるからだ。

 だから、正しい言葉でマリアに伝える。


「俺たちにしかできない贅沢ぜいたくな未来だな」


 自惚うぬぼれるつもりは微塵みじんもないが、俺たちはそれなりに強い。突然とつぜんの災害や妨害ぼうがいにあったとしても、簡単に切り抜けられる。

 だからこそ、普通の人間であれば夢想むそうに終わる話も、俺とマリアなら実現可能じつげんかのうだ。


「じゃぁ、当分の目的は、気に入った土地を探す、ということで」

「うん。そうだね。素敵すてきな場所を探しましょ」


 最後にマリアは、再び大きなあくびをして、「おやすみ」といって眠りについた。

 毛布の下で、俺と手をつなぎながら。

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