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「何のご用かな?お嬢ちゃん?」

敵意は無いと、すぐに分かる少女にミサトが近づき、優しく声をかける。

「お姉ちゃんは、ギルドの……ひと?」

「まあ、そうかなぁ?大した仕事は出来ないんだけどね」

少女は、グレーゾーンに住むごく普通の少女だと、ミサトは思った。グレーゾーンに住むごく普通の人間からしてみたら、ギルドはちょっと困った事があった時に、ちょっとお金を出せば解決してくれる万屋という認識が浸透して久しいご時世。

「ちょっとだけど……あたし、お金持ってるから。この子の爪切りを、お願いしたいの」

大人しい猫の頭を撫で、少女は首を傾げる。金額は大した事が無くとも、ミサトはこういった平和的な仕事を断る事はまず無い。

「猫の爪切りね?お姉さんに任せなさい。アズマ、一応記録は残しておいて」

「分かってるって……」

古びた建物の壁の側に座り、ミサトは応急処置道具の中からニッパー状の爪切りを出す。

「準備は出来たわ。猫ちゃんの爪は全部切りそろえればいいのかな?」

「はい、お願いします」

少女の腕から渡された猫の身体を優しく抱いて、怖がらせないよう撫でながら、ミサトはパチン、パチンと猫の爪を切りそろえていった。

「出来たわ」

短く告げると少女は微妙な表情をして、ゆっくり口を開く。

「その子の爪は……耳にもあるの」

ミサトは一瞬首を傾げ、猫の耳元をじっと見つめる。と、耳の生え際から小さなツノのような爪が生えているのが見つかった。

「ああ、ここね?」

コクリと無言で頷く少女に、アズマが微笑みかける。

「あの猫なら平気だよ。彼女はああいう応急処置が、何気に得意なんだから」


パチン、パチン、パチン……


爪を切りそろえる音。猫はミサトにくっついたまま、大人しく……と、云うよりウトウトし始めていた。

遺伝子の組み替えが一般的なものになってきたのは、人体よりもペットとして飼われていた動物が先だ。下手な組み替えの影響で、耳の生え際から爪を生やした猫が居ても不思議ではない。

「これでいいかしら?」

ミサトは爪を切った猫を少女に見せて確認する。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

少女は顔を綻ばせ、握りしめていたお金をミサトに渡し、眠たそうな猫を抱きしめて、古びた建物の中へ消えて行った。

「これで、ひと仕事終わりかな?」

アズマがクスッと笑う。つられてミサトとカスミも、笑う。


あの古びた雑居ビルに戻ったのは、それから一時間ほど後だった。戦闘中、アズマとオーナーのやりとりで、バーゲン会場の仕事には他のメンバーが代わりに行くと決まったらしく、ミサトはオーナーに対して不機嫌な態度で絡んでいた。

「私も買い物したかったー!この糞オーナー!新津アキ!」

「わっ!僕のフルネームは罵倒の言葉なの?次は骨董市の警備かなんかの仕事回すからさー、飴ちゃんでも食べて……」

「……要らない。けど、カスミとアズマが無事だったから、今回は許してあげるわ、オーナー」


グレーゾーンにある、ごく普通のギルドに属する彼女らの日常。今の世の中は、こんな風に生きている人々もいるという、断片の一つだった。



【傷痕はユメウツツ/おしまい】


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傷痕はユメウツツ 振悶亭 めこ @full_mon

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