第2-49話 決戦前夜 ~総集回顧編~

月の輝く夜、焚き火の前でT-DRAGONは俯いていた。

明日は遂に帝国の中枢を叩く日だ。

今夜、これまで共に旅をしてきた仲間たちにずっと隠していたある事実を語るべきか否か、思案していた。


彼は何度も顔を上げては俯くことを繰り返していたが、やがて決心したような面持ちで口を開いた。


「最後かもしれないだろ。だから全部話しておきたいんだ」


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俺はさ、先週くらいからめっちゃゲームばっかりしてるんだよ。

PS4で無料配信されてた「Let It Die」ってゲームソフトでさ、タイトルもおかしいんだけど内容もかなり変わっててさ。


ジャンルは風来のシレンのアクション版みたいな感じかな?

つまり不思議なダンジョン的な、頂上を目指してどんどん階段を登ってく、アレにバイオハザードの雰囲気とか、アクション要素をそのまま移植した感じ。


背景設定もディストピアでさ。プレイヤーは東京デスメトロって電車で搬送されてくる明らかに改造された人間なんだよ。

敵はゾンビと改造人間でさ、空気が汚染されてるから、死ぬと主人公もゾンビになってその階に住む敵キャラになるの。最高じゃない?キルコインとかデスメタルとか訳わかんないアイテムの名前も良い。


凄いハマったよ。拾った丸ノコとか金属バットとか熱したアイロン(名前がレッド・ホット・アイロン)とかで血しぶき上げながら戦ってさ、拾ったカエルとか茸とかネズミとか焼いて食うの。あー生きてるな、って思う。モンスターハンターにはちっともハマらなかったけど、こういう生々しいのは良いなって思った。生きてる実感が欲しいってよく言うけど、あれって社会的に死にたいってことじゃないかな。他のプレイヤーに殴られたら殴り返す。ムカついたから殴る。居るから殴る最高。会社でやったら終わりだよ。

デカい剣でデカい化物とかバッサバッサ斬ってもつまんない。俺らの敵はいつでも人間。めんどくさいしがらみ。めんどくさい手続き。めんどくさい惰性。それらから解放された、コントローラを握る以外は何も強制されない世界。

(一応断っておくと、僕は人を殴ったことはない。幼き頃の過ちで、妹を叩いこともあったが、母に一度「そんなことしたら死んでしまうよ」と言われて叩いて頭が潰れるのを想像してとても恐ろしくなって完全に辞めた。オススメ)


当然、生活も変わった。会社から定時で帰ってきて、すぐテキトーにカルボナーラって名ばかりのチーズ入り半熟卵かけパスタ作って、食いながら真っ暗な部屋で寝る時間までやッてるとさ、だんだん生活の比重がさ、現実よりゲームの方がメインになってくるんだよ。ライフ・ワーク・ゲーム・ゲームバランス。

本当は会社で仕事出来るようにもっと勉強したりとかさ、週末やってるバンドの個人練習したりとかさ、色々料理作れるようになりたいとかさ、健康のための筋トレとかさ、やるべきことは有るんだけど…先週まではそう思ってたんだけど…。

ドラえもんの映画で夢幻三剣士ってあったじゃん。あれの途中で夢のRPGにハマりすぎてのび太くんたちが現実とゲームを入れ替えちゃうんだよね。ひみつ道具使って。ネトゲ中毒だよね。でもそれってどうなんだろうね。どっちが現実かって、それ皆の頭ん中で決めてるだけのことでさ、何が変わるんだろうね。


俺は…ちょっと違ってたらたぶんバンドなんかやってなかったね。ずっとゲームをして映画を観てたと思う。だからってそれが良くも悪くもないし。

バンド始めた動機って話になると「モテたかった」って奴が必ずいて、俺が「モテたいとは思ってなかった」って言うとよく「嘘つけカッコつけんな」って言われたりするんだよね。でもそれは違う。

例えば貴方は大統領になりたいと思ったことありますか?アメリカの大統領は大きな権力と金を持っている。だけど、

①なれるわけないし、

②なっても楽しめる器がないから、

⇛誰もなりたいなんて思わない。

俺はずっと女の子に話しかけられたら困るから話しかけてほしくないって思ってた。どうせ「ウゥー」としか返事ができないから。バンドをやったらモテるってことすらそもそも知らなかった。アジカンとか動画で見ててモテてる印象とか無かったし。学校に軽音部とかなかったし。漫画とか小説とかでそういう思想があることを知った。実際に、文化祭でコピバンやったら知らないチア部の女の子に話し掛けられたからワンチャンあると思うよ。俺は怖いから「ウゥー」だけ言ってすぐ自転車で逃げたけど。今だって知らない女に毎日話しかけられるくらいならモテたいなんて思わない。幸福を享受するには容量キャパシティが必要なんだよ。


一方、ゲーム最高。圧倒的な時間リソースの消費最高。高校生の時にPS4与えられてたら、絶対バンドやってないし仕事してるかも怪しい。俺。微弱な刺激を延々と与えられるゲームでキャパシティを気にする必要はない。最近VRだとかでリアル化の加速が進んでいるけれども、ある程度リアルになり過ぎたら今度はリアリティを抑える技術を求めるようになる気がする。人を本当に撃ちたくなるとかそういう馬鹿げたゲーム脳の話じゃなくて、人を本当に撃つ錯覚を味わいたい人なんてそんなに居ないだろうから。生身の女にしか見えないやつに話し掛けられて、楽しめる人間ばかりじゃないから。俺は嘘のゾンビを殴る。噓のゾンビは嘘だから最高。


さっき死んだところまで進んだら、さっきの自分がゾンビになって徘徊していた。それは小学生の頃の可哀想な自分かもしれないし、数年前の辛そうな大学院生時代の自分かもしれないし、昨日の変なブログ書いて後悔してる自分かもしれない。弱そうな武器を持って必死に暴れている。そいつに俺は引導を渡してやる。


"やっと会えた

君は誰だい?

あぁ そういえば 君は僕だ

大嫌いな弱い僕を

ずっと前にここで置きざりにしたんだ"

BUMP OF CHICKEN -ダイヤモンド


もう今の俺は女が相手でも一応は「ウゥー」以外の言葉で話せる。

でも成長なんてものはない、あるのは慣れだけだ。生身の人間はレベルアップしないんだ。

この戦いの相手は全部仮想敵で、自分の中の山と谷が交互に現れて、ぶつかってるだけなんだ。敵は俺なんだ。俺を産んだ者、俺が産んだ者、俺の父親、俺の息子。


この世界も全部俺が作り出したものだ。

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語り終えたT-DRAGONはゆっくりと瞼を開き、周りを見回した。

焚き火の周りには彼以外には誰も居なかった。

そして、初めから仲間など一人も居なかったことを彼は思い出した。

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