record4 探索
「それにしてもミカちゃんって何者なんだろうねー?」
フミが唐突にミカに話しかける。
「急だな」
2人はいつも通り廃墟の中を進んでいた。
昼下がりのポカポカとした陽気が2人を包み込んでいる。
「だってさ、ただ無言で歩いてても暇だし、かと言って今特別話すこともないし」
「無駄に体力を使うなよ」
「私、無言って逆に疲れるんだよね〜」
「でもまぁ確かに一言も喋らないのは退屈だな」
「そうそう。それでミカちゃんって本当に何にも覚えてないの?」
「ああ」
ミカが頷いて肯定する。
「銃とかは使えるのに?」
確かにそれはミカにとっても不思議だった。自分に関する記憶はなに一つ持っていないのに、なぜ自分はこんな知識を持っているのか、果たして自分は記憶を失う前、どんなことをしていたのか、謎は深まるばかりだった。
「んー。真面目に考えると自警団とかだったのかもね?」
「自警団?」
ミカにとってそれは聞き慣れない単語だった。
「知らない?」
「聞いたこともないな」
「簡単に言うと、自分の街を自分たちで守るぞ!って人の集まりなんだけど」
「治安維持が仕事という訳か」
ミカは納得した。
「難しく言うとそんな感じかな」
「成る程な。その自警団とやらは、銃を持っているのか?」
「持ってる人もいるね。そこらへんは結構適当だからマチマチかな」
「そんなものか」
ミカはフミの方を向いた視線を前に戻した。
自分は自警団だったのだろうか?いやそれはないだろう、そもそも自分の持ちものは街の治安維持をする者が持つような装備でもないし、第一そんな職の者が1人で記憶を失っているなんてことはありえないことだった。
自分は本当に何者だったのだろうか、フミの言った通り本当にヒットマンだったのだろうか?それで何かやらかして記憶を奪われて放浪していたのだろうか、あり得ない話だが、何だか現実味のあるようにも感じた。
思い返してみると、2人で旅を始めてから、1人で黙考ばかりしているとミカは感じた。
余裕が出てきたからだろうか、そういえば前の街にいた人たちは考え事などしていたのだろうか。物事を考えるということは、時間的な余裕のある人間だけの特権なのかもしれない。
そう考えると、2人の旅は街で見た人に比べ気楽なものだった。唯歩き、生きるためだけに進む、至ってシンプルなものだ。人間関係などに煩わされることもない。幸せな生活だとミカは思った。
当然ベットで寝たいとも思うし、野菜や肉も食べたいとも思う。しかし、2人の水に流されるような旅は、肉体的にな意味では大変であったが、精神的にはとても心地よいものだった。
こう時間があるので、自分の正体について、様々な説が頭の中に浮かんでは消えていく。
まぁ実際は、ほとんどの説が廃案になっているのだが。
「ミカちゃんあそこ行かない?」
ミカの意識はフミの声によって唐突に現実へと引き戻された。
フミが指をさしていたのは、4階立てほどの横長な建物だった。多少は廃墟化しているが、大部分は崩壊を免れている。長い奥行きと対照的に横幅はとても短い歪な形をしている。
取り敢えず、2人はその建物の入り口へと歩いて行った。
「ここが入り口だね」
「中はだいぶキレイだな」
入り口は意外にも広く、多くの棚が倒れていた。建物内は割れたガラスが散乱しているだけで、中の状態は、昔の様子を保っていた。
「じゃあ二手に分かれて探索しようか」
「大丈夫か?」
ミカにとって。フミのその発言は意外で、かつ心配でもあった。フミは旅の間、基本的に自分と離れるのを嫌がっていた、それにフミの身体能力は非常に脆弱だ。万が一のことがあれば、1人で対応するのは困難だろう。
「よした方が良い。危険すぎる」
「あれ〜。もしかしてミカちゃん私と離れ離れになるのが嫌なの? 」
「お前の身を心配しているんだ。もし盗賊がでたらどうする?」
「大丈夫だって!ミカちゃん心配性すぎるよ」
あまりのフミの楽天さに、さすがのミカも諦めることにした。
「わかった。一応これを貸しておく」
ミカは自分の銃を一丁フミに手渡した。
「使い方は分かるな?」
「多少は......」
「弾は入っているから、スライドを引いて安全装置を外せば撃てる。不用意には使うなよ」
ミカは銃の各部品の名称などを教えながら、
銃の扱い方を軽く説明した。
「んー......。多分大丈夫かな!」
フミが手に取った銃を軽く振って重さを確認する。
「撃つ機会がないのが一番良いが、もし何かあったら躊躇うなよ」
「分かった。私は上から回るから、ミカちゃんも、気をつけてね」
「ああ」
フミは走って階段を駆け上って行った。
「あとー。お金になりそうなものがあったら取っててねー!」
フミが走り去りながら、大きな声で叫んできた。ミカは気合を入れて辺りの探索を始めた。
建造物内部の構造は非常にシンプルなもので、端から端まで伸びる長い廊下とそれと平行に、中くらいの大きさの部屋がいくつも続いていた。
ミカは取り敢えず一番近くの部屋に入ってみた。
部屋の中には、机や椅子が散乱しており、前には黒ずんだ板が立て掛けてある。
この構造物は元々は何に使われていたのだろうか。宿屋にしては一つの部屋が大きすぎるし、なによりこのタイプの扉では施錠が出来ない。しかし、先ほど見た限りだと、どの部屋も同じような構造になっているため住居では無さそうだ。机の数から推察するに、大人数がここで何かしらをしていたわけだが、住むのでもなく、かといって食堂というわけでも無さそうなこの施設が何であるかを理解するにはまだ情報が必要だった。そこでミカはすべての机が個別になっているのに気がついた。恐らくこのサイズは1人用のものだろう。とすると、1人でする作業をするためにこの場所に集団で集まっていたことになる。
美香は益々訳が分からなくなった。ミカはとにかく何か手がかりになる物を探すことにした。
ミカはまず部屋の中には散乱した机を調べ始めた。机には木製の台の下に鉄製の壁に囲まれた空洞がある。ミカは一つ一つその中を覗き込んで行ったが中には何も入っていなかった。
ミカは隣の部屋に移動し同じように机の中を確認した。しかし、この部屋にも何もなかった。
キリがないな、ミカはそう考えた。こうやって一つ一つの机を見ていけば日が暮れてしまう。ミカは机の確認を諦めることにして部屋を出た。
ミカは改めて廊下を見渡し本当に大きい建物だと再確認した。自分の記憶の中だけで比べれば、最大の長さがある。それにここまで保存状態が良い建造物はなかなか見ることが出来ない。
「ふむ」
ミカは1階の探索を打ち切り2階へと向かうことにした。
2階も1階と同じような構造になっていた。そのためミカは全ての部屋を見て回ることを諦め、なにか変わった部屋がないかを探した。
突き当たりまで進むと、他の部屋の3倍ほどある部屋を見つけた。
その部屋の内観は、他の部屋とは大きく異なっていた。机は鉄製のものが規律正しく並べられており、床の材質も木ではなくゴム製のような軽い弾力がある。壁には何やらよく分からないスイッチなどが大量に取り付けてあるが、風化が進んでおり、本来の役目を果たすことは難しそうだ。そして窓側には外へと繋がる螺旋階段が取り付けられていた。
机には大量の引き出しが取り付けられていたが、先客がいた様でどれも乱雑に開けられていた。当然中身は無く引っ張り出された空間の中には虚無だけが広がっている。
一応のために部屋の中を確認することにした。先客の嫌がらせなのか、ほとんどの椅子が倒されており、大分歩き辛い。
「ん?」
最南端の窓側の机、ミカはその引き出しの一番下が閉まっているのに気がついた。どうやら前に来た墓荒らしは大分注意散漫だった様だ。
ミカは勢いよくその取っ手を引っ張ってみようとした。しかし、引き出しはピクリとも動かない。扉が歪に傾いている様には見えないので、恐らく鍵が掛かっているのだろう。
ミカは解錠の為、工具をリュックから取り出した。工具箱の端に収納された細長い針金を窮屈な鍵穴の中に押し込みクルクルと回す。
だが古びた鍵は一向に開く様子が無い、しばらく続けていると、針金がポキリと折れた。
どうやら自分には鍵開けの才能が無い様だ。
ミカは正攻法を諦め、リュックからハンマーを取り出し、腕を大きく振り上げて鍵穴を殴り始めた?
衝突の衝撃が数十回程度腕を伝った後、ミカは息を吐いてハンマーを下ろした。鍵穴は見るも無惨な程に破壊されていた。
ミカは取っ手に手を掛けて慎重に引き出しを引いた。中には丁寧にケースの付けられた本が一冊入っていた。表紙には卒業アルバムと書かれている。ミカはその装丁をまじまじと見つめた後に表紙をめくった。
そこには100人ほどの子どもが何も壊れていない美しい建物をバックに写った写真が載っていた。時間を影で切り取る過去の残滓たち。ピースをしている子ども、肩を組んでいる2人組、数人で組体操の様なことをしている子ども、その写真の中では、全員が三者三様なポーズで存在していた。
ページをめくるたびに新しい写真がミカの目の中に飛び込んでくる。実際は写真とはそもそも過去を残すための機械であるので新しいという表現は些か語弊があるのだが、ミカにとってそれは初めて見る風景だった。自分の記憶の中には、全てが終わってしまった世界の風景しか無かった為、この様な世界が存在していたという事実は、ミカにとって非常に衝撃だった。無論壊れているということは、元々は本来の形があったということなのだが、当然知識として知っているのと、現実として現れるのでは大きく異なる。
羨ましい、率直にミカはそう思った。すべてが正常な形で残っている世界。自分たちではもう出会うことができない世界。
その写真はミカにそんな現実を叩きつけていた。ミカは何だかフミが過去の紙幣を残そうとした理由がわかった様な気がした。
ガラガラという音と共に部屋の中にフミが入ってきた。ミカは引き出しの中に本を戻した何故だかこの本はここに在るべきな気がした。
「ミカちゃん探るの遅いよー!」
フミがミカの方へ足元の椅子を飛び越えながら近づいてくる。
「ああ。お前、何か見つけたか?」
「いや、先にだれか来てたみたい」
「こっちもだ」
ミカはハンマーをリュックの中へとしまい、チャックを閉める。
「ミカちゃんなぐり何に使ってたの?」
「何だそれは?」
フミが突然わけのわからないことを言い出し、ミカは少し困惑する。
「いや、今しまってたよね」
「ハンマーのことか?」
「うん」
フミは即答し頷く。
「別に、ただ、出していただけだ」
「そっか」
「ああ」
ミカはリュックを背負い移動の準備始めた。
カツンカツン。
何の脈絡もなく、外から金属音が聞こえた。
ミカの警戒心は一気にアラームを鳴らし、五感を明瞭に変えていく。どうやら音は外付けの螺旋階段からしている様だ。誰かが階段を登ってきている。
「伏せろ!」
ミカはフミを掴み強引に隠れさせる。そして銃を取り出し、スライドを引き、安全装置を解除し入り口に銃口を向け銃を構える。
ガラスがひび割れている所為でよく見えないが、螺旋階段を登ってきた人間は身長が170センチ以上ある。中々に大柄な体格だ。
人影が、ドアノブを掴み扉を押し開ける。軋む様な低い音がギィと鳴る。
「動くな!」
ミカが銃を突きつけて叫ぶ。入ってきた人影は驚きながらも敵意がないという様に、両手を上げた。
「まだこんな所にいたのか。1ヶ月ぶりだってのにそれはないだろうルー」
人影の正体は白衣を着た巨躯を有する女性だった。女性はミカを視認するなり彼女に話しかけた、ミカ本人も知らぬ名で。
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