第2話 真夜中カクテル

口元に運ばれた盃に、唇を当てて一口、コクリと飲み込む。

まろやかな米の味わいを残しつつ、芳醇で豊かな香りと味わいが口の中いっぱいに広がる日本酒。

「ん……本当だ、飲みやすいお酒だな」

深夜の自宅で、白い狐の耳と尻尾を生やした白衣に紫袴姿の特徴的過ぎる男と二人で酒を酌み交わしている経緯は、数分ほど前に遡る。


「真也!こやつを使って、美味い割ものを作って欲しいのじゃ!」

風呂敷包みを持って帰ってきた壱が、期待に目を輝かせ、尻尾をパタパタ振りながらダイニングテーブルの周りをウロついていた。夜の仕事がどんなものか話した時、カクテル作ってやると約束したんだよなぁ、なんて思い出しながら、俺は頷いた。

「了解、まずはベースになる酒を試飲して、合ったものを作ってやるよ。壱、とりあえず座ってコレでもつまんでて?」

「うむ!豆菓子じゃ!ワシはこれが好きなのじゃ!」

座っていても、落ちつき無く動く尻尾に、自然と笑みが溢れる。耳も尻尾も、最近は隠す気も無いらしく、そのままの状態で近所をうろついているようだ。壱の言う豆菓子は、ミックスナッツの事で、それが出会いのきっかけだった……という話は、またいつか。


日本酒を試飲して、盃をテーブルに置く。小さく頷き、ポリポリと良い音を立ててミックスナッツを食べる壱を横目に立ち上がり、キッチンへ。

「んー……まろやかさを殺さず、飲みやすいお酒と言えば……そうだなぁ」

氷と、ウォッカと、グラスを5つ。冷蔵庫からはジュース類と梅干しを。マドラー等を添えてお盆に乗せて、ダイニングテーブルへ運ぶ。

「……よし。壱、今から沢山、色んな酒作るから覚悟して飲めよ?」

俺は壱に向かい、ニッと笑って準備を始める。

「楽しみじゃのう」

リラックスした様子で、壱の白い尻尾がユラユラと揺れていた。


テーブルの上に、グラスを並べる。仕事ではなく、家でカクテルを作る場合はグラスの種類も少ない分、多少簡略化して作る。

並べたグラスの4つには、先に氷を。氷を入れたグラスを1つだけ残して、壱の持ってきた日本酒を注ぐ。今から作るカクテルのベースになる酒だ。

日本酒を注いだグラスそれぞれに、ライムジュース、クランベリージュース、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、レモンジュースを注ぐ。

それぞれにオレンジ、グレープフルーツ、レモンを添えて、最後のグラスの日本酒には梅干しを。

「出来た。右からサムライ、ピンロック、ヴァンサンカンって言うカクテルと、最後のは梅ロックだよ」

壱の顔を見て、ザッと説明する。興味深そうに耳をピクピク動かして、説明が終わると壱は出来た酒に右から手をつけて、匂いを嗅いでから飲み始める。

「ふむ、まろみを残しつつもスッキリしておる!若く勇ましい侍が再現されておるのぅ」

その感想に頷く。いつからかは分からないけれど、壱が喜んでくれる事が、俺の中では満足感に繋がっていた。

「だろ?それは割とスッキリしてるよな。日本酒にライムジュースとレモンジュースを入れてステア……店ではシェークしてグラスに注ぐんだけど、家ではちょっと手抜きだな」

「捨て?せーく……?真也はワシの知らぬ事を沢山知っておって、凄いのじゃ!」

サムライのグラスを空にして、壱は機嫌良さげに次のグラスに口を付ける。

「ぴんろっく?と申したものは、酸味がありながらもホワっとしておる。若いおなごが好みそうじゃのぅ」

「壱、勘が良いな。クランベリーは甘酸っぱいからな、ピンロックは割と女性客が頼む事が多いよ。俺はこれ飲もうかな?」

氷だけを入れたグラスに、ウォッカとオレンジジュースを入れて、ステア。自分で作った酒を飲みながら、笑う。酒を作っていても、俺自身あまり強くはない。限界はまだ先の筈だけれども、笑ってしまうのは雰囲気に少し酔っているからかもしれない。

「これ、スクリュードライバーって言うんだ。俺の好きな酒」

「真也の飲んでいる酒も、ひと口欲しいのじゃ」

スクリュードライバーにも興味を示したのか、壱は俺を見つめながら尻尾をパタパタさせている。俗世間に疎い代わりに、好奇心は旺盛。一年に満たない付き合いでも、壱の面白い程に変わる表情と耳や尻尾の動きで伝わってくるものがある。

「オレンジジュースみたいで、酒っぽくないけど」

飲みかけのグラスを、手渡す。壱は受け取ったグラスをしみじみと眺めてから、ひと口飲んだ。

「ほう……真也は柑橘類が好きなのじゃな!」

「まあ、チェリー……さくらんぼとかも好きだけどな」

ニヤリと笑ってグラスをテーブルに置き、俺の目を見てくる。ああ、壱、ロクな事考えていないな。表情ですぐに分かるんだよ。

「ワシ、知ってるのじゃ。こういうのを間接ちゅーと云うのじゃろ」

「……なっ!どこでそういう事覚えるんだ……良いから飲め!」

間接ちゅーと聞いただけで、顔が火照る感じがした。

「生の果実は皆、季節を感じるのじゃ。良いものじゃのぅ」

しみじみとした口調でも、壱の表情はにやけきったまま。スクリュードライバーをひと口、口に含んだ壱の顔が近づく。俺の顎に、白い手が添えられ、口付けられた。唇を割り、氷で少し冷えた舌が口腔内に入ってくるのと同時に、流し込まれたアルコール。思わずコクリと飲み込んでしまう。

「んくっ……!はぁ……っ、何するんだ!」

「間接ちゅーより、直接の方がワシは好きじゃ。そのような事は昔、社に子供らが隠していた面妖な本で覚えたのじゃぞっ」

思い切り壱を睨みつける。ドヤ顔で返された。面妖な本って何を読んでいるんだよ壱!……ダメだ、火照りが治らない、クラクラする。

「どういう……」

意味だか既に分からない。

「そのままの意味じゃ。生身の真也を好いておるぞぇ」

「恥ずかしい奴……」

シラフでは辛くなってきた俺は、まだあまり減っていないスクリュードライバーのグラスを持って、一気に中身を飲み干した。

「真也!酒を一気に煽るのは危険じゃ!」

「グラス片付け……あ、れ……?」

壱の忠告も一足遅く、グラスを片付けようと立とうとした瞬間、俺の身体はフラリと傾いた。 フラつく身体は、フワリと宙に浮く感覚がして、遠くで壱の声が聞こえた気がした後、俺の意識は途切れた。


「酒は飲んでも飲まれるな、じゃよ?真也……」



【真夜中カクテル/おしまい】





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