第5話
「えーっと、第一戦目は誰だ?」
廊下の手前に大きな掲示板がある。その掲示板に対戦相手の名前が書いてあった。【第一戦目】オルカ、ランプ、クルーシュ、どれも知らない名前だ。シエルも首をかしてげいるところからするに、シエルもわからないのだろう。
「敵じゃありませんから大丈夫です」
その自信は何処から出てくるんだと言いたいが、学園一位の強さは伊達ではないと言うところだろう。
「とりあえず、私が中堅をやりますので、イリスは先鋒を」
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ! この無能が大将なの!?」
「無能ではありませんヒキニートです」
「どうあがいても悪口にしか聞こえねえよ……」
でも、イリスの言う通り俺が大将をやるのはいささか不安ではあるが、俺が先鋒をやったとしても何か出来るとは到底思えない。ここはシエルの意見に従おう。
「俺は大将をやる、もし殺傷系の相手だったら俺に勝ち目はないし、先鋒は明らかに殺傷系が来る確率も高いからな」
「……私が殺傷系だから前に出るつもりでは居たけど、まぁ致し方ないわね」
「悪いな」
「その代わり、大将で負けたら殺すわよ」
「善処するよ……」
俺は苦笑いを見せつつも、内心ホッとしていた。シエルが中堅の時点で俺に定番が回ってくることはほぼないと考えていたからだ。これでなんとか戦闘は回避できる。
「俺の名前を忘れた振りして、今年も余裕ですってかい?」
突如後ろから声をかけられる。俺は誰だと後ろ向くが、誰か分からない。顔見知りでもない人物だった。きちんとした身嗜み、規則正しい髪型。模範ともいえる生徒だが、シエルはその顔を見て少しこわばっていた。シエルの知人か?シエルは規則正しいと言えば正しいし規則にも五月蠅い。だからこういう人物とは仲が良いと思えるんだけど、俺の気のせいかもしれない。
「雑魚は引っ込んでなさい」
「雑魚、雑魚だと?」
「あら、雑魚に雑魚と言って何が悪いのかしら、シエルにフルコンボされた人」
歯を食いしばって怒りを示している。俺はこの悪い空気の中心にいるのだ、逃げ出したい......。というか、フルコンボされたってことは、こいつがシエルにぶっ倒されたって奴か?師匠を馬鹿にしたっていうのもこいつだったのか。
別に師匠が馬鹿にされても怒ることはない。でも、師匠をどういう風に馬鹿にしたかによって、また変わってくるが。
「お前人の傷抉るのに関しては右に出る奴居ねえだろ」
「まぁいい、せいぜい吠えてろ、俺がお前たちを倒す!!」
「ですって、シエル?」
「冗談は寝てから言えって言葉誰が言い出したんでしょう?」
「さぁ?」
「ぐっ......」
「覚えておけ! 俺の名前はオルト・クラウスだ!」
そういって背を向けてどこかに去っていく。
イリスはどうでもいいと言ったかのようにそそくさとその場を後にして教室へ戻っていった。それに続いてシエルも教室に戻っていったが、俺はオルトの背中を見つめていた。ただ一人で強者に立ち向かう、そんな風に見えた気がした。無謀だ、ただの無謀だ、強者と戦って、お前は何を探している、何を求めてる。それが、俺の中でオルトに対する浮かんだ心象だった。
「俺も昔、師匠を倒そうとやっけになってた時期があったな」
師匠の気持ちが、何となくわかった気がした。これが、師匠の気持ちだったんだな。あんまり良くない気持ちだけど、もし俺の弟子がこうだったら嬉しいかもな。
「何してるんですか、もう消灯時間ですよ」
「ああ、悪い悪い」
まぁ、弟子が出来たらの話だけど。
「ここは気持ちがいいな」
寮のベランダから、外を見つめる。街灯が美しく、青空は雲一つない。星々は何時ものように輝いていた。何も変らない、何も平凡のない。いつかはつまらなくなるかもしれないけど、今は落ち着いて気持ちがいい。
「何考えてるんですか?」
シエルが片手に飲み物を持ってベランダにやってくる。俺がずっと外に居たから気になって出てきたのだろうか。
「シエルか、この空が綺麗だなーって」
「確かに、綺麗ですね」
同じ空を見上げるのは、師匠以外とだと初めてだった。少し斬新な気持ちになった俺は、今日あったことで気になったことを問いかけてみた。
「なぁ、今日あったオルカとかいうやつ、あいつはなんでシエルに執着する?」
「......入学初日、私はこの学園の一位を有望視されていました。それに目を付けたのが彼、オルカでした。オルカからの決闘を私は断っていました。ですが、あの時......」
「何度も言いますが、私はやりません」
呼び出されても頑なに断り続けていた。決闘はそんな生易しいもんじゃない。簡易ルールを使用しないなんていうのは受け入れられない。
「なぜだ! 俺はお前を倒さないといけないんだ!」
「私はあなたを倒す理由も予定もありません」
シエルは話すことはもうないと言って寮へ戻ろうとしていた。
「結局、嘘だったのか......」
嘘?シエルはその言葉が気になり足を止めてしまった。
「お前が残英雄の弟子とかいう噂在ったんだけどなぁ、こんな臆病者じゃあ嘘だったんだな、あ、本当だけどあのアニュー・アルバートンの弟子か? それじゃあそんな臆病者になるわ」
「はい?」
「何度も言わせるな、この臆病者」
「......撤回してください」
私は馬鹿にされてもいい、でも、残英雄の一人を馬鹿にするのは許さない。彼女の弟子でもない限り、本人を馬鹿にするのは、最低な人間のやることだ。
「しねえよ、して欲しけちゃ決闘しろ!」
「......いいでしょう」
「そして私は、彼を倒してしまった」
シエルは悲しそうな顔をしているが、俺からすればそうでもない話だった。
「シエルは悪くないんじゃないか?」
「そうかも、しれませんね」
苦笑いでこちらに顔を向ける。
「ですが、簡易ルールを使用しない決闘は互いの命を奪い合うまで決着が着かない。でも、私はそれを破り、彼を生き残らせた。それは彼に対する侮辱であり、彼は屈辱に感じるでしょう」
堅物同士の戦いだったからこそ、シエルはそれを重く感じていた。自身が安易に引き受けたことにより、一人の男に生きる屈辱を与えたことになるのだ。
それをオルカも理解していた。だから悔しくて堪らなかった。そのたびに何度も何度も勝負を挑もうとして、断られてきた。シエルはその屈辱を二度も与えることを拒み続けていた。
「......オルカの母は、オルカのせいで死んだんです。そして、遺言を実行しようとしていた、自分の命を捨ててでも、それが、彼に出来る唯一の謝罪だと思っているんでしょう」
シエルの表情に迷いが写っていた。自身の行動が正しかったのか、本当にあそこで殺すことを拒絶して良かったのか。
俺には分からなかった。そう簡単に人を殺そうとする。自分の命を投げる。どうしてそんなに死にたがる?もっと大切にすれば、もっと見えてくるものがあるはずなのに。
「......明日、戦うことになるぞ?」
「イリスを倒さないと来れませんよ、彼女は私より下だけど強いんですから、それよりも、あなたこそ大丈夫ですか?」
「イリスに鍛えてもらったという言い方もあれだが、なんとか軽い剣裁きなら出来るようになってきた。戦力になるかどうかは分からないけどな」
この一週間、俺はイリスによって鍛えられていた。殺傷系の相手に対しての対策だけだったが。
「それはそうとして、ここ俺の部屋なのに、なんでいるんだ?」
「......何ででしょう?」
「シエル~!! 男の部屋に上がり込むんじゃありませぇん!!」
また勢いよくドアを壊してカルラが入ってきた。直すの俺だって分かってんのかこいつ。
「私の部屋でもあるんだけど......」
「ドアを壊すんじゃねえ! 直すの大変なんだぞ!」
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