第6話
「母様......見ててね、もう少しで勝てるよ.....くっ!」
学園の屋上で手に握っている缶を思いっきりぶん投げる。言葉にならない悔しさが、オルカの心を支配しつづける。勝てない、何度やっても勝てない。
「ああそうだよ、勝てねえんだよ!! 力があれば、が......! あのクソ女をこの手で!」
怒鳴り散らし、騒いでいるオルカの所に近寄る、一人の人影がった。
「てめぇ、力が欲しいか?」
「え?」
オルカは驚いて後ろを振り向く。そこに居たのは黒い外套を羽織った人物だった。顔は見えず、口元だけが見える。その口元は深々とした笑みを浮かべていた。そして、ドス黒いオーラを放っていた。
「ウッハァ、欲しいんだろぉ? 力が」
「なんだよ......お前」
オルカはそのオーラに圧倒され、足が竦んでいた。汗は額へと流れる。怖い、こいつが怖い。
「それは……確かに力は欲しい! でも、俺の力で倒すんだ!!」
オルカの信念は、自分の力でシエルを倒し、俺が一位になるんだと決めていたことだった。その信念は誰にも曲げられない、曲げるつもりもないとしていた。
「綺麗事言ってんじゃねえよ、てめえは望んでんだ、力が欲しいってな、自分は無力で雑魚で屑だってこともよぉ?」
こいつの言っていることは正しい。俺は力が欲しい、シエルを倒せるほどの力を。確かに俺は無力で雑魚で屑だ、分かってる。でも、それでも、俺の力で倒したい!
「ふざけるな! 俺は」
「母様、てめえのクソババァだったかぁ? 死ぬ間際に何つってたっけなぁ?」
「―――――ッ!!」
母様の遺言、俺が無力だったから守れなかった母様。母様の最期の願いは「誰よりも強くなりなさい」だった。
俺は一番近くに在った称号、学園一位の名前がその願いを叶えるための道なんじゃないかと考えた。だから入学初日に、シエルに勝負を挑んだんだ。
でも、結果はボロ負けだった。俺は苦渋を舐めて今まで生きてきた。皆からは後ろ指を指され、白い目で見られる。悔しかった......でも勝たなくちゃいけない。だから、今回の大会で、母様に見せるんだ
「ビビってんじゃねえよ!! 欲しいんだろ? くれてやるよ、てめえが勝てるだけの力を!」
これなら、母様の願いを叶えられる?勝つんだ、もう負けられない。後はないんだ。カルラは黒いローブの男が手から出した黒く光る石を手に取った。
「......勝つためには」
これは仕方ないことなんだ、勝つためには必要なことなんだ。だから俺のせいじゃない、これは俺のせいじゃないんだ。
「見ていてください、母様」
それから数秒後、
「お前、これは貸しだぞ」
オルカは黒いローブの男を睨みつける。少しでも舐めた口を聞けば、今すぐにでも襲ってきそうな感覚だった。その目を黒いローブの男が見た瞬間、喜んでいた。
「いい目してんじゃねえかァ......殺せ、シエル・アルカードを」
「お前に言われなくても、毛頭そのつもりだ」
悪の手に染まろうとも、俺はやりとげたい、母様の遺言を。
「シエル・アルカードを、倒す!」
オルカは黒いローブの男の横を通り、何処かへと向かっていった。その顔には、微笑みと残虐さが混じっていた。まるで心が突き動かされるかのように、体は動いていたのだった。
その後ろ姿を、双眼で値踏みしつつ、子供のように無邪気に楽しむ表情を黒いローブの男がしていた。
「さぁ、どんな動きを見せてくれるぅ? ミカ・アルバートンさんよぉ?」
その場に残ったのは、高らかに笑う声だけだった。
「準備運動も終わった事だし、行くか」
昨晩の後、俺はすぐに眠りについた。そして会場である決闘場にやってきた。シエルとやった所と同じで少しばかりあの時の感覚を思いだしかけた。
「いかんいかん、あの力は絶対ピンチって時以外は使わないようにっと」
俺の力は世界を簡単に壊してしまう、師匠から教えてもらったことをきちんと忘れないようにしないとな。
「なんですか?」
横から顔を出して何を呟いているんだと問いかけてくる。
「なんでもない」
素っ気なく返し、俺は決闘場を見つめた。
「すごい観客だな」
会場には全生徒とも言えるくらいの生徒で溢れ返っていた。
「そりゃそうよ、今年は謎の転校生なんて呼ばれてるあんたもいるし、年に一度のお祭りだから」
「謎の転校生ってなんだよ……」
俺のあだ名ってそんな感じで定着してるのか、ちょっと嬉しいような嬉しくないような。
「そんじゃ、行こうか、シエル、イリス」
「気安く呼ばないでくれるかしら」
「ああ、そうだったな、先鋒は任せたぞ、イリス姉さん」
「なっ、ちょっと!」
冗談で言ったつもりだったのだが、イリスには思いの外聞いたらしく、顔を赤く染めていた。それを横目でシエルの怖い視線を感じ取って咄嗟に黙り混んだ。
「冗談だ冗談」
「ちょっと! 冗談にしても恥ずかしいじゃないの」
あれ、想ったよりこういう反応もするんだな、素直で可愛い所もあるじゃん。イリスのことを女の子と思った時のことだった。
「浮気ですか、嫁の前で」
シエルがジト目で睨見つけてくる。もう嫁って自分で言っちゃうんだなと思っていた。
「違うから、浮気とかじゃな……!」
この施設のどこからか、嫌な感じを俺は背筋から直接感じ取った。
「―――――ッ!!」
俺はその感じを探すために回りを見渡す。なんだ、この嫌な感じ…誰だ、誰が俺を見ている。でも、誰一人としてそんな素振りはない。だけど感じる、この邪悪で背筋も凍る嫌な感じを俺は知っている。
「どうかしましたか?」
「あ、ちょっとな……」
何故だ、なぜこの感覚を知っているのに思い出せない。何かヤバイ、ヤバイのが居る。
そして、アナウンスが流れた。
「第一戦目の選手は、決闘場中央に集まってください」
「行きましょう」
「あ、ああ……」
シエルが先導して進んでいく。俺は行きたくなかった。危険だと直感的に感じていたからだった。
でも、それが何か分からなかった。
「第一戦目、先鋒、イリス・ミカエラ!」
「先鋒、クルーシュ・オゲイ!」
アナウンスの声でそれぞれの先鋒の名前が呼ばれる。
「両者、契約を」
「「導きによって進む我が身に宿る剣に誓って、この場に相手の盟約を期す」」
簡易的な契約を結ぶ。こういう公式な試合では契約という名前の条約で決められた戦いをしなければならない。
両者共に目を瞑り、口を動かす。その姿にはどちらにも負けられない。そして、今までにない緊張感が漂っていた。
「……っ」
俺は心配するしかなかった。この嫌な感じなんだ、どこからだ?額からは少量の汗が垂れていた。
それをシエルが横から見ていた。
「えーでは、始め!」
突如現れたカルラの声で幕は降ろされた。
「厳戒の盾よ、最強の矛にて最強の盾になりなさい!」
十字のマークが入り、ダイヤの形をした黒と白で彩られた盾が出現した。イリスは殺傷系だった。イリスの得意とする魔術は盾を武器とする少し変わった技だった。だが、あの盾は普通じゃないことを知っている。あれは相手の攻撃を吸収して自分の力にし何倍もの威力で返すことが出来る。
「来なさい?」
「舐めやがって……」
「炎を纏いし刀剣! マグナム!」
剣が赤く光る。それは紛れもない炎だった。
「相手は召喚と殺傷系の両方使いですか、馬鹿ですね」
シエルの言う通りだった。
「イリスは殺傷系だけ極め続けてきたしな、二つやるのは確かに器用だが、あれではただの器用貧乏だ」
一を極めし者に二は勝てない。一位と二位の差はそう言うものだ。
「作戦もなさそうですし、これはイリスを舐めてましたね」
「そういう訳でもないと思うな……」
俺は少しばかり思うところがあった。ただ単に突っ込むだけならどうだか露知らず、作戦なしな訳がない。
「ふっ、イリス・ミカエラ! お前の技は知っている!」
対戦相手が余裕をぶっこいて大声を出して喋りだす。
「……なんて言ったかしら?」
イリスの表情が暗くなる。それを見て、相手が少しほくそ笑んだ。
「知っていると言ったんだ」
「……そうじゃない、名前を呼んだのかって聞いているの」
「え?」
「人の名前を、気安く呼ぶんじゃないわよおおお!」
イリスが盾を持って突進していく。
「あっ、ありゃ切れてる」
「イリスは名前呼ばれるだけでたまに切れますね」
「理不尽すぎないか?」
イリスの性格はたまに分からないことがある。名前を呼ぶだけで切れたり、からかっただけで顔を赤くしたり。
「可愛い所でもありますよ?」
「怖いわ……」
「来ますよ、目を瞑っていてください」
「え?」
シエルは俺の両目を手で隠した。
「ちょ!」
「私の技、知ってると言ったわね、じゃあ食らって見なさい!」
走りながら盾を前に突きだす。
「アルシュ・マインカルベーラ……第零式解放」
イリスの盾が目映く光だし、その場の視界を奪う。
そして、光が収まってきた辺りで
「え、ええ!?」
俺は驚愕していた。何故なら、対戦相手がバタリと、その場で倒れていたのだから。
「流石イリス、ズルい技だ」
「先鋒は、イリス・ミカエラの勝利!」
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