第4話
「んッ......」
目が覚めると俺は知らない天井を見ていた。それと同時に、頭の下に柔らかい感触があった。暖かく、どこまでも沈んでいきそうでプニプニしている。なんだこれ......俺は目を瞑ったまま手を頭の方へと差し向ける。すると頭の下よりも柔らかい感触が俺を待っていた。
俺はその感触に身に覚えがある。
「えーっと、たぶん......」
俺は目を見開き、感触の正体を確認した。
「あら、シエルさん、何故ここに、あと、僕また殴られますかね」
「はい」
俺は無残にも殴られ、膝枕から蹴っ飛ばされる。
「いきなり殴るなんて酷い」
「寝惚けて胸触る方が悪いです」
「違う! 胸がある方が悪いんだ!」
「なんですかその理屈!!」
俺は回りを見渡し、ここはさっきの施設の観客席だということを理解して、分かったことがあった。
「はぁ......さっきの試合俺負けたんだな」
俺の完敗だ。まさか召喚を二体目も出すとか反則級だろ。こいつ只者じゃねえな。
「はい、驚きました」
「こっちも驚いたよ、お前が只者じゃないってことが分かっただけな」
「......そうですね、そろそろ、いいかな」
シエルが意を決したように手を胸に当て、俺を真摯な眼差しで見ている。その目には生徒というよりも、意思のようなものが見えた。
「私は、残英雄の一人、ミエル・カルラの弟子です」
「ああ......だからか」
「驚かないんですか?」
シエルは意外そうな顔をしているが、何となくではなくても、そのくらいの人間じゃないかってことくらいはさっきの戦いで分かっていた。普通の召喚士に二体も召喚は無理だ。それこそ、ナインの言っていた残英雄とかじゃなきゃ。
「驚かねえよ、それ以外あんまし考えられなかったしな」
「そ、そうですか......」
俺もアニューの弟子っていうこと隠してるし、お互い様だろ。
「なんでそんな大事なこと俺に話す?」
「だって、あなたアニュー・アルバートンの弟子じゃないですか」
「......ええ!?」
モロバレじゃねえか!!どうなってんだ!?
「何で知ってんの!?」
「忘れたんですか? 初日にうちの師匠が”ミカ・アルバートン”って言っちゃってたじゃないですか」
ほぁー!そうだったー!あの時全く気付かなかったけど、こいつ気付いてたのか!俺はその場でアゴが外れたように驚きを隠せずにいた。
「なんてこった.....」
「互いに秘密はあったことですし、ウェイウェイです」
「な、なぁ、それならなんで俺嫌われてたんだ?」
「うちの師匠とアニュー・アルバートンはライバルですから」
初めて聞いた。そんなこと本当に初めて聞いた。じゃあ、嫌ってたのって俺が師匠のライバルだから?
「今回は私が勝ったので、お願い事聞いてもらいますね?」
今の話を聞いて、この現状だと、正直俺はかなりこわばっていた。どんなお願いをされるのか予想がつかない。俺に何をさせる?
「.....ゴクリッ」
「私の婚約者になってください」
満面の笑みで言い放つ。俺はその場で停止する。思考が出来ない。
「ここ二人部屋なんだけど、分かってる?」
怒りつつ顔を少しほてている。ナインはもしかしたらこういうことに疎いのか?それにしては無警戒だと思うんだけど。俺の部屋は二人部屋だが、何故か三人目の住居者が入ってきた。それはシエルだった。先程の決闘の後、俺はシエルと婚約を結ばなければならなくなったが、カルラが猛反対しているのだ「こんにゃ、こんにゃくぅぅぅぅ!?」驚きのあまり婚約をこんにゃくと言い間違える程に取り乱していた。その挙句婚約したら俺を学園から追放すると言い出す始末、俺は「とりあえず婚約は保留にしてくれ」と頼んでシエルはそれを承諾した、それでなんとか事態は落ち着いた、と思っていたのだが
「嫁が同居するのは普通だと思いますが?」
ジト目でナインを睨みつける。出てけと遠回しに言っているのは分かる。分かるけどナインがそう簡単に引き下がるとは思えない。
「元の住居者あたし! わかる? あ た し」
自分のことをツンツンと指で示している。ナインが怒る理由も無理はない。いきなり来たと思ったら出てけと言われるんだ。普通に考えれば可笑しい。可笑しいんだ、可笑しいよね、俺.....。俺は自分の感覚が狂い始めていた。俺自身混乱して状況が呑み込めていないのにさらに混乱する状況を作られてしまえば狂うのも当然だ。
「そうですか、では私の部屋と交換してください」
「ねえ、ミカ、シエルどうしちゃったの......?」
「悪い、俺も分からん」
ナインが怯えた様子で俺に顔を向けるが、知らん物は知らん。決闘終わった直後から何か様子が変だ。今まで毛嫌いされていたのに、今では腕にベッタリ。誰だこいつとしか言いようがない。
「とりあえずシエル、ナインも困ってるし、な?」
「何でですか、他の女と夫が同居しているのを見す見す見逃せと、浮気しているかもしれないのに」
「それならなんでお前昨日気にもしなかったんだよ!」
あの時引き留めたのに、そんな素振り全くなかった。シエルは俺で遊んでいるのか?いや、シエルはそんなことはしない。するはずがないんだ......じゃあ今の状況はどういうことなんだ。
「私、今日の朝まで気が気じゃなかったんですよ、寝てないんですから、私」
「ああ、通りで今日朝一番に会った訳だ、って違う!」
なんだってシエルはこんなにご執心になってる?俺なんもしてないし、昨日会ったばっかりの人間に。
シエルと言い争っていると、突如寮の部屋のドアが勢いよく倒れる。
「シエルー! 勝手に部屋変えるんじゃありません!!」
今度はカルラが騒ぎに乗じてやってきた。
「カルラ! 変える変えない以前に部屋を壊すな!」
「何故ですか師匠、私はあなたへの当てつけとして彼と結婚するんです」
「にゃ、にゃにを......!」
「あーもう、うるさい! 全員出ていけー、授業だよ!」
ナインが全員の背中を押し出して部屋から追い出す。
「えー、では体育祭の魔術対決について決めます」
授業を聞き流しつつ、教室の窓から外を見上げていた。空は青空で雲一つない。あの森と同じ景色、あの森と同じ光景。唯一違うのは、アニューがいないこと。
……元気かなぁ。違う違う!別に心配なんかしてねえし。
「先生、シエルさんと私でいいと思います」
はぁ……なんでこんなことになってんだろ、婚約とか意味わかんねえよ。
「シエル、いいか?」
「大丈夫ですが、彼もいいでしょうか」
シエルが手で俺のことを指差す。先生はそれを見て軽く頷く。
まぁでも、存外悪くないし
「ミカ、問題ないな」
「ま、いっか」
「うむ、今年は有望だな」
「え?」
俺は名前を呼ばれて黒板を見る。そこに書いてあったのは【体育祭・魔術対決】
そして、俺とシエルとイリスだった。
「へ?」
「意義のあるものは?」
「異議なし~! ミカくんはあれなんでしょ~、シエルのドグマぶっ倒したんでしょー! じゃあ余裕だよ余裕ー! 今年はうちが優勝だねー!」
知らない人が騒いでいる。俺はなんの騒ぎか全く見当がつかない。そこでシエルにコソコソと話しかける。
「なんの話?」
「年に一度ある体育祭で行われる魔術対決であなたと私。あとイリスさんが出るんです」
「ああそういうこと」
正面を向いて数秒後。一瞬沈黙のあと、俺はようやく理解した。
「そういうことじゃねえええええ!」
「俺何、何すんの!?」
「私とやった決闘形式で三戦します、そして他クラスを倒して優勝です」
「ま、マジで!?」
戦闘無理無理!絶対無理!倒せる気がしねえ!
「んじゃ、魔術対決の奴らは放課後訓練しとけよ~」
「で、集まったのは俺ら三人な訳だが、俺とシエルは面識……だけとは言いづらいが、イリスとか言ったな、宜しく」
こいつの髪色も白銀だ、この都市で産まれて育っているんだな。シエルと違ってストレートロングか。
「気安く呼ばないでいただけるかしら、無能」
なんだなんだ、この学園にいるのは初対面でいきなり暴言を吐く奴か冷たい奴しかいねえのか!?
「あのなぁ、初対面の相手に」
「取り下げてください、私の夫に対する暴言を」
シエルが俺の前に立ち、言葉を遮る。
「いやお前それ師匠に対する当て付けって」
「無能に無能と言って何が悪いかしら?」
今度はイリスが俺の言葉を遮る。訓練も始まらず集まって二秒で喧嘩とか正直怖いんですけど。
「人に話を聞け! イリスも落ち着けって、確かに俺は魔術を使えないから無能だ」
俺は無能だ。だから知ってる、戦闘が出来ないことも、イリスの言っていることは事実だ。
「だからお願いがある。俺を強くしてくれ」
これ以外に、俺に手段はない。あの力は極力使いたくはない。
「……強くする?」
「ああ、なんでもいい」
「そもそもなんで魔力はあるのに魔術が使えないんですの?」
「アーハハ、体質みたいなもんでさ、ダメなんだわ」
「……あなた、一つだけ方法があります」
「おっまじでか!」
「ええ、これです」
シエルが持ってきたのは一本のダガーナイフだった。柄の部分に丸い紋様が入っている。
「ふーん」
俺はダガーナイフを掴んで持ち上げると、剣先が青く光だし、剣を覆う。
「すげえ!」
「これは魔術を切れます。緊急用ナイフですけど、使えそうですね」
「これなら行けるかも!」
それから、俺はただダガーナイフを振り回すだけでいました。シエルとイリスはずっと喧嘩をしていたので、教えを乞うにしても、こいつらにお願いしたら、殺されそうだったのでやめました。
「敵情調査っと、フフ」
「ミカとかいう奴は魔術が使えないっと、イリスとシエルは厄介だけど、何年もかけてきた作戦なら……」
そして、本番まで一週間の火蓋が切手落とされた。
「順調かぁ?」
黒装束に身を包んだ人物と、それに膝まづく人物が居た。
「はい、結界の結合を完了しました」
「あとは魔力の徴収、つっても学園ですりゃあ問題ねえか?」
「今回で足りると思います」
「そうか、ついにだなぁ?」
微笑みは段々と深くなり、その表情は堪えるので精一杯だった。
「今年はよぉ、おもしれーもんいるからな、いいぜいいぜぇ」
「境界がもう少しで開く……フヒヒ、アヒャヒャヒャヒャ!」
「待ってろよぉ、アニュー・アルバートン!!」
「今殺しに行ってやんよ……」
常世の闇に、その二つの人物は溶けていった。
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