第3話
俺は重い瞼を何とか開けながら、学食の中に入る。
「朝一番に来たけど、やっぱ誰もいないか」
飯をさっさと食って、軽く寝ておきたい......
「えーっと、どうやるんだ......これ?」
よく分からないポットみたいな形の奴を俺はとりあえず触っている。しかし、これの動かし方が分からない。それ以前に、これは動くのか?
「何してるんですか」
「うわぁ!」
後ろから突然声をかけられてビックリしてさっき触っていたものを倒してしまう。「やべ!」反射神経でそれを取ろうとした勢いによって態勢を崩し、シエルの方へ倒れる。
「きゃぁ!」
勢いよく俺はシエルに寄りかかり、俺は無事ポットを落とさずに済んだ。と思っていた。
「ふぅ、悪い、大丈夫か、シエル」
俺は押し倒してしまったシエルを見る。シエルは顔を真っ赤にしている。それもそのはずだ、俺が掴んだと思っていたポットの中身が、シエルに降り注いだのだから。そして、その降り注いだ水はシエルの服装を段々と透かしていく。パジャマから透けて見える下着の色を俺は直視した。
「成程、ブラはピン」
言い切る前に俺は顔面をぶん殴られる。
「まだ水のポットで良かったな」
「お陰でビショビショですけどね」
「悪い悪い」
謝罪をしても許してくれそうな雰囲気ではないが、殴られ損というこっちのことも考えて欲しいものだ。見ただけで終わりだなんてつまらない......。よく見ればシエルはかなり美人だし、せっかくなら触っておけば良かったか......くっ、一生の不覚。
「悪いと思ってるなら、魔術検査して来てください」
「魔術検査?」
唐突に俺に出された課題は、魔術の出力量や適性を図るための検査をしろとのことだった。
「はい、貴方はこの学園に転入してからまだ一度も検査していないということでしたので」
ビショビショになったパジャマから制服に着替えて、俺と一緒に食事を取りつつ、説明をしてくれている。俺の頬はまだ腫れているけど。
「初日なのに、そんな急いでどうする?」
眠い......。とは言っても俺が勝手に妄想して寝れなかっただけだけど。それにしてもいきなりすぎる。
「この学園は魔術学校です。きちんと検査をし、適正を図ることでその人物に合う勉強をすることが義務付けられています」
「そうかもしんないけど、俺は魔術なんて」
俺はこの学園に来て最も不安だったこと。それは俺の魔術に関することだった。シエルの言っていることは分かる。学生として入ったのだからきちんと勉強しろということなんだと言うことも。しかし、それなら余計に俺は検査を受けられない。
「魔術なんて、なんですか?」
「いやぁ......その、ほら、あれだよあれ、俺今ちょっと体調悪くてさ、まだ先にしてもらえないかなぁ~って」
シエルが明らかに邪険な顔をする。俺に対してじゃなくてもそういう感じだっていうのは昨日のナインの話から状況は理解している。さっきのことの要因が大きいと思うけど。
「そうですか、じゃあ受けてきてください」
「あの、シエルさん? 話聞いてます?」
「はい?」
表情には出していないけどさっきのことまだ怒ってる。
「はい......受けてきます」
シエルの威圧に押され、魔術の検査を受けにいくと見せかけて部屋に戻ろうとするが、シエルはそれを見逃さず、俺の腕を掴んだ。
「どうして寮棟に向かってるんですか?」
笑顔をしているが、その笑みが逆に怖い。
「忘れ物がありまして......」
その場しのぎにも程がある嘘を付いて見たが、見事に見破られ、俺はシエルに腕を掴まれたまま引っ張られた。
「なんでそんなに受けさせたいんだよ」
「義務ですから、委員長としてしっかりとクラスメイトを補佐しなければ」
「委員長としての務めね」
俺は疲れ果てた顔をして見せるも、あまり効いていないようだ。それに、魔術については基礎しか知らない。厳密に言えば基礎以下だ。魔術を一切勉強してこなかった、というより、勉強しても意味がなかった。
数分歩いた辺りでシエルは足を止めた。
「ここです」
部屋の入り口には検査室と書かれたテンプレートが貼ってあった。
「マジでやんの......」
ちょっと不味いことになってきた.....。
三回ノックし「失礼します」とシエルが中に入る。俺も続いて中に入る、入らざる負えないが。内心でどうか検査方法が魔術式でないことをお願いします。と懇願しながら。
「おや、誰かと思ったら、シエルさんじゃないですか」
「先生。ちょっと転校生の検査をお願いします」
「そういうことなら」
先生と呼ばれる男性は金髪に眼鏡をかけていた。そして、その顔立ちに俺は見覚えがあった。それだけではない、あの目、見えているかどうかすら不明慮なあの目を俺は知っていた。
「あ! あんたあん時の!」
昨日ぶつかってしまった男だった。こいつ、ここの先生だったのか、ってあれ?でも初めて来たって。
「また会いましたね」
「ここの先生だったのか」
「昨日配属されたばかりですけど、情報魔術専講師のインターです。宜しくお願いします」
「先生、生徒に敬語はやめてください」
「あら、そうですか? 身分なんて飾りなんですから、気にしないんですけどね」
「私が気にします」
シエルが珍しく敵意を向けていない?珍しくも何もずっと敵意向けられてるけどさ......。インターは「分かりました」と答えたのち、眼鏡を外し、両眼を少し開く。
「敬語の話はとりあえず置いといて、検査しますよ」
その目で見られた瞬間、俺は悪寒を感じた。背筋の毛がゾワゾワと音を立てている。今までで感じたことのない。いや、あの時も感じた嫌な感覚、あの感覚を鮮明に思い出す。物を見る目、そう、こいつが見ているのは物だ。俺は物のように見られている。それが耐え難く、ムカついた。それにこいつに見られていると、なぜか心の奥底を見られているような気持ちの悪い感覚に襲われた。だから
「見てんじゃねぇ......」
一言、小さな声で呟いた。完全に無意識だった。心の奥底で俺が嫌がっている証拠だということが自分でも口に出してようやく気づいた。
「ッ!?」
インターは呆気に取られた顔をして両目の見開き、ゆっくりと閉じる。
「あ~、成程。そういう系ですか」
満面の笑みを浮かべる。その笑みには喜びと悲しみ。両方が混ざり合っていた。
「いいですねぇ、君。ミカくんだったかな?」
「そうだけど......なんで俺の名前を」
「生徒なんですから、先生が生徒の名前知らないでどうするんですか」
「そ、それもそうだけど」
いい感じにはぐらかされた気がした。インターが一息つき、眼鏡をかける。腕時計を確認し、シエルの方へ向き直る。
「シエルさん、授業始まるまで時間ありますから手伝ってくれますか?」
シエルが困惑した様子で胸に手を当てる。授業までの時間はあと一時間と三十分と言った辺り、時間には余裕がある。
「構いませんけど、何をですか?」
「ミカくんと簡易決闘して欲しい」
「「え?」」
満面の笑みでインターが迷いなく言葉を言い放つ。
「決闘って一対一の奴? 今から?」
「はい、勿論」
「「えええええええええええええええええええ!?」」
検査室から、二人の大声が、外に響き渡った。
インターの突然の提案とも呼べない強引的な決闘を、俺は安易にも引き受けた。いや、引き受けざる終えなかったのだ。
インターが出した条件、それは俺が今最も欲すること。
「あなたがシエルさんに勝てば、寮の部屋を交換しましょう」
「なんだって!」
俺にとっては願ってもない申し出だった。まさか一日で解決するとは思わなかったけど。ここで俺の悪い癖が出てしまったと自身でも分かっていた。後先考えず目先の利益だけを捉える。短絡的と言われてしまえばその通りだった。唯一の救いとして、俺がその事を自分自身が分かっていたことだったと思う。
「本当に?」
「勝てば、の話ですけどね?」
そうだった……。インターの言葉でふと我に帰る。一日で解決出来るとは思っていなかったなどと言うが、シエルに勝てるのか俺。待てよ、これなら。
「……シエル」
俺はシエルの手を両手で掴んで顔を見つめる。さながら告白をするような感じだった。
「な、なんですか」
少々顔の頬を赤く染め、何を言われるのか予想がついていないと言ったような表情をする。
「頼む、負けてくれ」
これしか俺の勝つすべがない気がする。魔術決闘なんてしたら負ける。俺は絶対に負ける。
「嫌です」
「くっ……」
「先生も何言ってるんですか!」
シエルが大声を上げ、先生に怒りつける。決闘は一対一の勝負だけではなく魔術師の意地のぶつかり合いとも呼ばれている。それは魔術を食らっても耐えるか、回避する方法を知っている知恵を持つかどうかの差なのだ。それに、この戦いをシエルが呑む理由もない。わざわざ利益のない戦いに意地を賭けるほど馬鹿じゃないだろうし。
「じゃあそうですね、シエルさんが勝ったなら、ミカくんに言うことを一つ聞いてもらうってどうでしょう」
シエルの言うことを?俺は全然構わないけど、俺が言うことを聞いても役立つことなんかたかが知れてると言うのに、そんな程度のことでシエルが承諾するのだろうか。
「いいでしょう受けましょう」
「そうだよな……ってあっさり承諾!?」
思いの外シエルはご満悦の様子で顔には絶対に負けられないと言った顔をしていた。シエルは一体俺に勝ったとして何をさせるつもりだ?
「決闘は簡易ルールを使用します。内容は魔術以外の攻撃は禁止、どちらかが倒れるまでとします。致死量に至る攻撃をした場合は反則負けとします。意義は?」
「こんな施設もあんのか」
ドーム型の大きな施設に、観客席まで付いている。まるでここはコロシアムかよと言いたくなるほどだった。初めて訓練棟に来たが、こんな内装になってんだな。実際の決闘はどちらかが死ぬまでだ。だが、流石にそんなことをしていては貴重な人材がなくなってしまう、そこで考案されたもが簡易ルールだった。相手を気絶させた側の勝ち、魔術以外の攻撃は禁止。やったことねえ……
「特にはありません」
「俺もないな」
インターが両方の準備が整ったのを目視で確認すると手を挙げる。
「では、よーい」
シエルの実力は分からない。戦闘に関する力も、それに俺が勝てる勝算はまったくない。作戦があるとすればそれは作戦と呼べないし正直悩む。だけど、やらなくちゃいけない。何故なら、部屋を変えないと夜興奮して寝れねえんだよ!
「始め!」
始めの合図と共に動いたのはシエルだった。手を俺にかざし、目を瞑る、口元では小さく口を開き呟く。
「煙火の断りを絶ちきる剣を、権限せよ」
俺の足元の近くが赤くなり、次第にそれはマグマのような形を形成する。そして、その中から棘が出現し、俺の足場を埋めていく。俺はその棘に囲まれ、身動きが取れない状況を作られた。
「初っぱな召喚かい……」
だが分かったことがある。シエルは召喚士だということ。原理は不明だが、魔術師には三種類いる。召喚系と殺傷系と感染系だ。その中でも俺はシエルが殺傷系だった場合のことを想定していなかった。だって、シエルが殺傷系だったら俺絶対勝てないもん。
「ドグマか、なかなかの上位魔術を使うな」
俺は本でだが、これのことについて知っている。ドグマは元々マグマの神の眷属に当たる。マグマを駆使することが出来るが、それと同時に魔力の消耗も激しいとされる。召喚士はこれを召喚できることは相当凄い。俺はシエルの魔術を見て少し驚いていた。こいつがどれだけの努力をしたのか、分かったからだ。
「これで終わりです」
棘が俺のことを突き刺そうと孟スピードで突進してくる。それを交わすのは正直不可能だ。
「ちょ、殺す気か!?」
早々に決着を付けるって言うのは間違ってない。召喚士は魔力の消耗が激しいからこそ、さっさと決着をつけなくりゃいけない。特に一体の召喚に半分以上の魔力を使う。
それだけ召喚が強いんだけどな……
「避けられねえ!」
「ふむ、シエルさんもなかなか手を出すのが早い」
「インター先生? 何を勝手に決闘なんかさせてるんですか?」
「あら」
いつの間にかインターの横にいた人物が声を発する。
「校長先生ではありませんか、ビビりましたよ?」
そうは言いつつも視線をミカから離さない。
「と言いつつ対しても対して驚いてないのでは?」
「読み読みですねぇ。ところで校長先生? 彼は何者ですか?」
「さて、なんのことやら」
「まさか、アニュー・アルバートンの弟子とかじゃありませんよね?」
「……はぁ」
「大当たりですかね、これは」
「あなたには敵いません。流石ビットゴットと呼ばれただけありますよ」
頭を痛そうに抱えるカルラは大きくため息をつく。
「残英雄の一人に誉めていただけると恐悦しますねぇ」
薄気味悪い笑みを浮かべ、目を薄っすらと開く。
「大概にしてください、あなたも残英雄の一人の癖に」
「まぁ私は影薄かったですし、存在知ってる人いないんじゃないんですかね」
ニッコリと笑顔で笑い飛ばす。しかし、その笑みに何が含まれているのかは分からなかった。
「本当はあなたの枠に彼が来る予定だった。しかし、あなたを急遽呼び戻したのには理由がある。分かりますね?」
「地下魔術図書館を守れ、ですかね?」
「あなたの情報聞は本当にどこですか、誰にも喋ってないはずですが」
「アハハ、ご冗談を言わないで頂きたい。アニューさんと話していたじゃないですか」
「.....分かってるならお願いします。それで、どうして決闘なんか?」
「薄々気付いているのでは、彼の能力を」
「……どこまで見透かしているんですか」
「さぁ、何処まででしょう? それに、あなたの弟子なら、負けないでしょう?」
「まぁ、そうでしょうね。この学園一位を誇る強さですしね、シエルは」
「知ってるからやらせたんです、ほんと面白い因縁ですよ」
「......本当にそれだけなんだか」
少し離れた席では、ナインが影からそっと見ていた。そして、遠くの席から、二人の影が合った。
「避けられねえ!」
身をどこに翻しても交わせない。それなら……!!
小さく、本当に小さな声で「消し飛べ」と呟く。それと同時に周囲に暴風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がる。
シエルの出した使役魔は何処かへと消え、残ったのは俺とシエルだけになった。
「ふぅ、危ねえ危ねえ、スタートに戻ったな」
「な、なんですか今の!」
シエルは驚きを隠せずにいる。それもそのはすだ、きっとシエルは時分の持つ全力を俺にぶつけてきたはずだ。それを意図も容易くとは言い難いが、見た限りでは意図も容易く破壊されたのだから。
「さぁ、なんだろうな、どうする? まだやるか?」
「ええ、もちろん」
……ヤバい、正直もう体力ない。作戦は相手を降伏させることだったんだけど、この脅しが効かないとか嘘でしょ。
「いや、よく考えろ、さっきのは手加減してやったんだ。次は本気で行くぞ、だから考えろ、な?」
頼む、諦めてくれ頼む。お前は負けてもデメリットないんだからいいだろ!
「はい、考えました……さっきのあなたの実力を図り謝った私を許してください」
「分かってくれたか、じゃあほら、降参を」
「ですが! 期待通り、流石です......私の本気に付き合える方がいらしたとは!」
「へ?」
すると観客席から声が飛んでくる。それはナインだった。どうしてここにいるのか聞きたいが、ナインは何かを伝えようと声を荒げている。
「ミカー! 言い忘れてたけどー、シエルはこの学園一位の実力だよー!」
「……は?」
待て待て待て、どういうことだ?一位ぃぃぃ!?逆に何?あれは手加減されてたの!?
「恵みを与え、人を愛す者よ、アジュダハ、力を貸してください」
地面は業火にような亀裂が入り、地を揺るがす、それと共に足が見え、それには鈎ヅメがあった。
「待って! 死ぬ! 考え直して!」
「アイアンクロー!」
巨大な鈎ヅメが俺を切り裂く。俺は抵抗なくしてその場に倒れた。
「さぁ、あなたの力......えっえ?」
無様に飛び跳ね倒れる俺を見てシエルが混乱しているのはきっと俺が回避すると思っていたからなんだろう。だが俺は回避しない、と言うか出来ない。だって、もう体力ない。
「グハッ......モウムリ」
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