第2話

 「さてと、行くか」

 ラフな格好をして、俺は露店の多い街並みへと足を運びに出る。理由は簡単、あのクソ師匠によって”無理

矢理”連れてこられ、専講師をやることになった魔術学園に行くためだ。

 「ったく、無理矢理にも程っていうもんがあるだろって、まぁいいけどよ、どうせ飽きてきた頃だ」

 森の中での生活と言っても、ただぼーっとしてどこかを眺めているだけ、最近はそれに飽きていたから、これは俺にとってもよい刺激になるのだと思う。でも俺が教えられることなんてない。

 「専講師ねぇ、なんの専門なんだが、あ、でも基礎なら......いや厳しいかな?」

 独り言を下を向いてブツブツと喋っていた。前にあまり注目していなかったからか、人影が突然現れて驚いてぶつかってしまった。

 「うお、悪い!」

 俺は正面を向き、ぶつかった相手に急いで謝り、顔を見ようと顔を上げる。その顔を見ようとした時、嫌な感じを覚えた気がした。

 「あ、いえ、大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか?」

 ぶつかった相手は男性。筋肉質でもなく、スーツで身を綺麗に整えている。髪の毛はここら辺では珍しい金髪。目は細く、目が開いているのかどうかすら怪しい。表情も読み取るのが難しいと直感的に感じ取った。

 「ああ、俺は大丈夫だけど、お前、この辺じゃ珍しい髪色してるな」

 「アハハ、今日こちらに飛ばされてきた者でして」

 穏やかだが、どこか嫌な感じを覚える喋り方に、俺はつい黙り込んでしまった。いや、直感的にも感じ取った嫌な感じ、俺はこの人物を怖いと思ったから少し身構えたのかもしれない。

 「まぁ、懐かしいですねぇ、ここもだいぶ前のような形に戻りましたね......」

 「前って......」

 「十四年前のことですよ」

 数十年前、正確に言えば十四年前くらいに起こった事件。あの大災害が及ぼした影響は計り知れない。それはこの町も例外ではなかった。この町に起こった災害、それは白銀の呪いと呼ばれ、人の髪は白くなり、肺は銀のような血の塊になって窒息死する。発生原因は大災害によるもの、としか記載されていなかった。真相を知っている人物はいない。

 しかし、魔術の進歩により肺が銀になることを阻止する方法が解明された。だが、白髪になるのを防ぐ手段は見つからないまま、この町の住人の髪の毛はみんな白い。だから、髪の毛でこの町の住人じゃないかどうかはすぐ判別出来る。

 「おっと、きちんと前を見て登校してくださいね? 私は先を急ぎますので」

 男は腕についている時計を見ると、一礼してそそくさとその場を去っていった。男が居た地面には、半分だけ食べかけのゆで卵が落ちていた。

 町の中央にあると時計台をふと目にし、時間があと十分しかないことに気づいた。

 「......あっやべえ遅刻じゃねえか!」

 初日から遅刻は不味い!全速力で走り、学園へ向かう。

――――――――――――――――――――――――――――


 「あっぶねーギリギリィ!!」

 ドンッと強くドアを開けて勢いよく中に入る。いきなり校長室に殴り込みに行くような感じになってしまったが、遅刻するよりはマシだ。マシだと思いたい。

 「遅刻ですよ、ミカ・アルバートン」

 「えっマジ?」

 「マジです」

 校長室に居たのは校長席に座る一人の女性と横には制服を着た女子生徒が一人居た。校長にしては少々若く、赤髪で、身長的にも顔的にもまだ育ちきれていないという感じを受けた。女子生徒に関してはツインテールで白髪、この町の子だろう。子供にしては、どこか凛とした美しさがあった。

 「校長、彼が転校生ですか?」

 「そうですよねーたぶん」

 「は?」

 転校生?俺は専講師として来るって話じゃなかったの?

 「それでは失礼します。転校生、転校手続きが終わったら廊下に来てください。教室へ案内します」

 女子生徒は俺の横を通り際に睨みつけてくる。その眼光は嫌うというよりも敵を見るような目だった。女子生徒がその場を後にし、俺と校長の二人きりになった。

 「えーっと、これ、どういうこと?」

 俺は素直に今の現状に対する疑問を問いかける。というか、それ以外に何も言えなかった。

 「私はこの学園の校長、カルラ・ミエル。どうして講師じゃないのかって思ってるんだと思いますが、それには理由があります」 

 「は、はぁ......」

 理由なんてあるのかね。と思いつつ、生徒としてやっていくという現状を飲み込むことが出来ずにいた。

 「元々、あのバカ野郎。もといあなたの師匠、アニューが原因ですが、実は状況が変わりまして」

 校長は真剣なトーンで喋りだす、それは先程の女子生徒と話す時の適当さは全くなく、この世界の存亡をかけたと言わんばりの表情だった。


 「ミカ・アルバートン、あなたに問いたい」













 「境界を、知っていますか?」










 「境界?」

 聞いたことのない言葉についオウム返しをしてしまう。境界なんて言葉は初めて聞いた。いや、今まで生きてきて師匠からの口からの境界なんて言葉は出たことすらなかった。禁句があるとすれば師匠の料理はゲテモノくらいだ。

 「まぁ、知らなくても当然.....ってええ!?」

 身を乗り出してミエルが驚いていた。座っていた椅子がどこかに滑っていく。ミエルと距離を取った位置でようやく停止した。

 「あのバカ....本当に何にも教えてないの......?」

 カルラは驚きを隠すことが出来ないようで、さっき座っていた椅子に座ろうとするが、自分が突然立ち上がってどっかに蹴り飛ばしている。それを知らないのか知っているのか、空気椅子に座ろうとして、見事なまでにキレイにこけた。

 「ま、まぁいいでしょあ痛ー!」

 「何してんだお前......」

 「痛たたた......」

 這いずり上がって椅子を手で元あった位置に戻す。

 「ま、まぁいいです、私が教えます」

 「ゴホン、境界について教えますが、これは極秘にして頂きたい」

 一度咳払いをして、真剣な眼差しに戻る。その顔はしっかりと俺を見つめていた。

 「廊下にも聞こえるんじゃねーの?」

 「大丈夫です、結界を張ってあるので」

 「そ、そう......」

 俺は少し臆した。何故ならば、師匠の知り合いというだけで正直絶対こいつヤバイって思っているのに、ここまで厳重でここまで強い結界を張る人間は早々いない。これは逃げられないと確信していた。

 「十数年前の事件。大災害なんて呼ばれていますが、あれにはきちんとした名前があります」

 俺は背筋が凍った。ここで大災害の名前が出るなんて言うのは全く想像もつかなかった。あんな出来事が現実にあったことすら、今の俺は信じられていない所があるのだから。

 「あれの名前は境界、そして、境界が開いた影響が大災害」

 「言ってることが全く分からねえんだけど......」

 初めて聞くことばかり、俺はこのことについては全く知らない。何故、こんな重要なことを俺に話すんだ?

 「まぁ無理もありません。元々境界とは、この世界の裏側、要するに表裏一体と表す象徴、境界はこちらの世界に干渉はしてこないしできない。そう考えられていた」

 「考えられていた?」

 「あの大災害が起こったのには理由があります。それは何者かが、境界を開いたこと」

 ミエルの瞳には、自身の過去を見つめている。そして、これを話すたびに重くなるトーンに、喋るのが辛いと感じ取れた。

 「開いた影響であの悪夢の災害が起こったのか?」

 「ええ、境界がこちらに及ぼす影響は計り知れなかった。人知を超えた存在と対峙し、生き残る術はなかった。でも、その中から一つの希望が見えたのです。境界と共に流れ込んできた物は大災害だけではなかった。あなたもよく知っているでしょう」

 「魔術......か?」

 「はい、その通りです。しかし、魔術は同時に魔獣を生み出しました」

 「魔術の副産物が魔獣って訳か」

 「それから人間達はなんとか境界を閉じ、一時的とは言え凌げることに成功しました。しかし......開いた犯人はこの世界の何処にいるかすら分からない。もしかしたら、境界をいつまた開くか」

 「......それで、なんでそんな重要な世界の真核についてのことを俺に話す?」

 「あなたはあの大馬鹿の弟子なのでしょう? 講師としての話はただ生徒に変わっただけ、でも、これは別のお願いです」

 「またお願いかよ......」

 ここ最近はお願いされることが多い。そんなに俺は頼りやすい人間だろうか?いやいや、絶対それはないな。

 「この学園に潜入したかもしれない境界を開く者を見つけて欲しい」

 「それが師匠にお願いした理由か?」

 「はい、まぁ今日思いついたことですけど」

 満面の笑みで返事が返ってくる。

 「はぁ~、なんでお前らはこのことを隠すんだ?」

 「......ようやく世界が落ち着いてきたのに、こんなことをバラシても混乱を招くだけです。今は、できる限りこの世界を強くし、必ず来る境界への準備をしなければいけない」

 「そういうことね......師匠からのお願い受けちまったし、仕方ない、やるよ」

 渋々受け入れるが、境界を開く者の足取りすらあるものなのか分からない。それと

 「それで、かもしれないって何」

 「あーえーっと、実は分からないのです! 居そうだけど居なさそうだなーって、だからあんまり戦力割けないし、だからあなたにお願いしたんですよ!」

 何か怪しい。でも、やるといったからにはやりますけど。とは言ったものの

 「あーどうも、転校生のミカ・アルバルートです」

 たく......生徒じゃなくてもいいだろ、やったことねえぞ。それに名前を変えろとか、いきなりすぎるわ。道中でシエルとの会話もなく、ただ重い空気が続いていた。この学園の内部はかなりキレイだと思う。だいぶ前に出来たって本で読んだはずなんだが、なかなか可笑しいな。

 「皆さん宜しくお願いしま~す」

 朝のホームルームに自己紹介を無難に終えて、窓際の一番後ろの席に着く、まさかの隣人さんはシエル。転校初日に朝出会った女子といきなり隣の席っていうシチュエーションは普通の男子だったら萌えるだろう、でも学生なんて憧れたことなんてなかった俺にとっては、全く無意味なものだった。それより、俺はここからどうやって境界を開く者とかいうのを見つけて、帰ればいいのか考えていた。”この学園に潜入したかもしれない境界を開く者を見つけて欲しい”という言葉を思い出していた。

 「かもしれないってなんやねんほんと......」


 「転校生、生徒手帳です、それと、校内案内をしますが、要りますか?」

 先程の女子生徒が俺に話しかけてくる。すっげえ不愛想だし、なんで睨みつけてくるのかは分からない。

 「頼む.....が、それよりも、名前を名乗るべきだろ?」

 女子生徒はしかめっ面をした後に、渋々口を開いた。

 「私の名前はシエル・アルカードこのクラスの委員長です。覚えておいてください」

 「お、おう......俺は」

 と自分の名前を言おうとした瞬間、シエルが口をはさんで阻む。

 「知ってます。転校生のミカ・アルバルート、推定年齢一七歳、つい最近までヒキニートをやっていたと聞いています」

 「なっ....なっなんだとおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 あんの校長!!俺がアニューの所に居たことをバレるのは不味いとか言って履歴を改ざんしたとか言ってたけど、俺がヒキニート!?最近まで!?何してくれてんの!?

 「近寄らないでください、ヒキニートが移ります」

 「ヒキニートは移らねえよ! そういうもんじゃねえだろこれ!」

 強ち間違ってない暮らしをしてきたから否定はできないけど、もうちょっとマシな改ざんをしてくれてもよかっただろ......文句を言いに行かねえと。

 「校内を案内します。付いてきてください」


  「ここは学食です。朝六時から二時まで、夕方の五時から十一時まで開いています。食費はすべて無料となっています。ただ飯だからと言って部屋に籠らないように」

 「籠らねえよ! 出てこねーと運ばれてこないだろ!」

 棟は合計で四つ、訓練棟と寮棟、そしてここの学食棟だ、あとは言わずもがな教室とかがある棟だ。この学園は部屋もそうだが、医療も完備している。それをすべて無料にしてるだなんて……最高だ。

 「そういえば、なんで全部無償なんだ? 食料不足なはずじゃ」

 「そんなことも知らないんですか? 魔術の進歩により、食糧不足は解消されました。そのお陰で、今では他の都市に供給できるくらいになりましたよ」

 都市構成は通常は食料不足が続いていると読んだんだけどな…あの本と辻図間が合わない、古い本だったし仕方ないか。

 学食をさっと案内されたと思ったら、次は寮棟へと向かってシエルは歩きだした。俺はその後ろをついていった。

 「この学園についてはご存知ですか?」

 シエルが校内を案内しつつ、俺に話をかけてくる。こちらに一切顔を向けず、正面を向いたまま愛想なく。

 「ちょっとだけ知ってる。とは言っても、俺はあんまし、外の世界を知らなくてな」

 「ヒキニートはさぞ大変だったでしょうに」 

 「あのなぁ.....もういいや」

 何度もこの会話をするのは疲れる。

 「この学園は世界に蔓延る復興のしきれていない都市を救うために建てられた学園です」

 「んなことくらいは知ってるよ。まだこの世界で復興ししきれてない都市は七か所だっけか?」

 師匠の置いていた本を暇な時読み漁ったことがある。その時に、俺はこの世界についての形を知った。この世界には都市が十つある。その都市のうち、三つの都市は復興が終わっているとかなんとか。

 復興された都市は魔術都市と呼ばれ、第一、第二と言ったように復興した順番から名付けられた。復興されたとは言っても、それは一部のみ、都市以外の外。要するに都市を囲う結界のようなものを張らなければ人間は生きていけない。蚊帳の中の鳥と言うような感じだろうか。出ることも出来なければ入ることも出来ない。だから魔獣がこの都市内部に入ることは絶対にない、入口を開けでもしない限り。

 魔術の進歩により急速に復興が進む所もあれば、進歩が追い付かない所では全く復興が進まない所もある。立て直すのにかなりの時間をかけているが、それでも、まだまだ復興には人も手も魔術も足りていなかった。そこで建てられたのが、魔術都市で作られた魔術学園だった。若者に魔術を教え、幅広く使えるようにし、勉学に励ませることで復興を早めようという計画だった。

 「いいえ違います。復興のしきれていない都市は現在では五か所です」

 「なっ、そんなに減ったの!?」

 「はい、魔術学園の影響はかなり大きいってこと知らないんですか? それに、その情報は五年前ですよ」

 師匠の置いている本がいくら古いとはいえ、二か所も進んでいるだなんて、思いもしなかった。 

 「知らない......」

 「はぁ、一員になるのですから、自覚を持ってください。世界を救うという」

 「......世界を救う」

 世界を救うなんて言うが、本当に世界を救えるのだろうか。都市を復興させることが、それが本当に世界を救うことになるのだろうか?

 「なあ、救うって言うが、お前らは何のために魔術を学ぶ?」

 シエルが唖然とした顔をし、俺へと向き直る。その表情にはどこか怒りが混ざっているように見えた。

 「何のため? 何のためかなんてわかってると思いますが? 世界のために決まってます!」

 突如怒鳴り声をあげる。手を強く握りしめ、今にでも襲い掛かってきそうな雰囲気だった。

 「待て待て、そういう意味じゃない。世界のために学んで、それで救われるのか? 世界を救うっていうが、それは都市を救うってことだろ? じゃあ、世界を救うって言わねえんじゃねえの?」

 俺はどうしてこんなことを言っているんだ。いや、今日ミエルから聞いた境界とやらが頭から離れない、境界が大災害の原因だったということを知り、そして境界を開こうとする者。奴らを倒すことこそが、世界を本当に救うことだと感じたのかもしれない。だからこそ、何も知らないで世界を救うなんて大層なことを言っているこいつが、少し哀れに見えたんだ。

 「......ではなんですか? あなたはどうすれば世界を救うことになるって思ってるんですか?」

 「それは......」

 シエルの表情が明らかに暗くなる。握りしめていたこぶしはいつの間にか緩んでおり、その瞳には生気を感じられず、死んだ魚の目をしていた。シエルの問いに俺も答えることはできなかった。こいつは、境界に知らない。俺も答えることはできない。互いに答えのない問いかけをし、場の空気を悪くしただけだった。

 「ミカ・アルバルート、あなたの部屋はここです」

 校内を一通り案内されたのち、寮に案内された。

 今日丸一日でかなり疲れた。明日からもっと忙しくなるなんて勘弁勘弁。初日くらいゆっくりさせてくれても良いよな。

 「あ、言い忘れていました」

 「ん?」

 「この部屋は男女共有です」

 「......えっ?」

 シエルの言葉に呆気を取られてしまった。こいつ、今なんて?

 「一つだけ部屋を作る敷地の余裕がなかったため、男女共有になる部屋が一部屋だけあるんです、それがここです」

 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 「それでは、朝は九時からですので、私はお先に」

 「ちょ、待って!」

 シエルを止めようとした瞬間、俺の部屋が開く。

 「おっ新入生!? 入りな入りな~」

 「何、誰!?」

 赤髪で橙色の目をし、薄いタンクトップの上にパーカーを着た女性が、俺を禁断の道へ引き込む。

 「君が新しい入居者だよね、よろしくぅ~!」

 入った瞬間に元気よく挨拶を交わす。なんでこの人こんなにテンション高いんだ……。

 「はぁ、よろしく」

 「ああ、ごめんごめん! 私はナイン・ニュート。ナインって呼んでね!」

 俺はなぜ部屋の真ん中で正座をしているんだ。何も悪いことしてないと言うのに。

 「俺はミカ・アルバート…アルバルートだ!」

 「へぇ~、なんかアニュー・アルバートンと名前似てるね」

 一瞬ドキッと来たが、なんとか気付かれてはいない。そういえば、なんでミエルは俺に名前を隠せなんて言ったんだ?俺はあまりにも師匠のことについて知らなさすぎる。今まで一緒に過ごしてきて、今まで一緒に生きてきて、なぜ師匠は自身のことについて語らず、教えもしなかったんだろう。

 「なあ、アニュー・アルバートンって何者なんだ?」

 ナインは間の抜けた顔をして俺に開き向く。その表情には疑問を抱いているように見えた。

 「嫌だな~、出会って早々冗談なんてやめてよ~、アニュー・アルバートンは残英雄ざんえいゆうの一人でしょぉ? ここの校長もその一人だし」

 「残英雄?」

 聞いたことのない言葉がまた俺の耳に入ってくる。英雄?あの師匠が?

 「えぇ、本当に言ってるの? 大災害を最も最小限に抑えられたのは残英雄のお陰だって言うのに」

 「あの馬鹿が?」

 到底信じられない。なんであの師匠が英雄なんて呼ばれているのか。

 「こら、私だから良かったけど、あの委員長、えーっとシエルだっけ? 彼女の前では馬鹿にしちゃだよ」

 「え、なんで?」

 「入学初日に彼女、一人の生徒をフルボッコにして問題起こしたんだけど、その問題がアニュー・アルバートンを馬鹿にしたとからしいしよ? それ以降、怖いからって誰も彼女に近寄らないし、彼女自身、誰に対してもあんな冷徹な態度取るようになっちゃったの」

 どうも俺に対しても愛想ないし冷たいなって思ったらそう言うことか。あの馬鹿は馬鹿にされて当然なのになぁ、にしても、俺にだけ特別に冷たい態度だった気がするのは気のせいだろうか......。

 兎も角、うちの師匠がそんな大層なことをしていたなんて全然知らなかった。じゃあ境界を閉じたっていうのも師匠達が?どうして俺に何一つ教えてくれなかったんだ?考えても出ない答えが俺の頭の中を過っていく。

 「アニュー・アルバートン......」

 小声でポツリと呟く。今まで実験やらなんやらはしていたが、俺をそのたびに追い出したりとかはしなかった。本当に自分の罪を擦り付けるためだけに俺をここに?腑に落ちない。それだけが、俺を支配していた。

 「さて、私はお風呂入ってくるから」

 ナインがお風呂に入ろうと俺の後ろを通っていく。

 ちょっと待て、なんでこいつこんな無警戒なんだ。普通男と二人っきりってかなり警戒するもんじゃ?

 師匠と今まで二人暮らししてきたから襲ったりはしないけど、流石にここまで無警戒だと襲ってくださいと言ってるようにも見える……

 ダメだ、男としてそんなことは許されない!落ち着け、落ち着け。しかし!

 「あ、襲おうなんてやめといた方がいいよ~」

 思わず肩がビクンッと動く。

 「アハハハ、そんなことしない」

 この女、警戒してるけど、俺を男として見てないな……くっ

 「ククク……俺をあまり舐めない方がいい」


 そして、何もせずに朝を迎えた。


 「……眠い」

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