臆病者と呼ばれた師匠の弟子は魔術学園にて最弱でした
@satou121
第1話
「坊主、名前は?」
森の奥底で一人ボッチだった俺の目の前に、一人の女性が居た。その女性の顔を俺は見上げていた。ただ、眺めていた。
これが、俺とアニューの初めて会った日だった。
「......」
暫しの間の沈黙の後、アニューは口を開く。俺が答えないからしびれを切らしたのだと思う。その時の俺は言葉の意味を理解していても全く反応が出来なかったのだ。
「チッ、面倒臭せえ、餓鬼の扱いは苦手なんだっての......」
俺はアニューの顔を下から見上げるだけだった。言葉は話せない、体はボロボロ、焦点も合わない。名前もなく、記憶もない。何処で生まれてどこから来たのかすら定かではない。
「はぁ......坊主、今から俺の所に来い、生きる術と生き方を教えてやるよ」
荒い言葉遣いに明らかに邪険な顔をして俺を睨みつける。俺はそんな表情に笑顔した。嬉しかったのかどうだったのか分からない。昔の自分については分からないことが俺自身たくさんあった。今は今と割り切っているから過去には執着していないけど、どうして俺は何も覚えていないのか少し疑問に思う所があった、一外に幼かったから、とは言い切れない気もしているのだと思う。
「気色悪い餓鬼だな、俺は子供の面倒は苦手だから覚悟しろよ」
この時点で俺は引き取られるべきじゃなかったと今思えば後悔している。食事が基本パンとかいう頭のおかしい健康が偏りすぎている生活の始まりになったのだから。
「俺はアニュー・アルバートンだ」
そして、俺はこの日、アニュー・アルバートンに拾われ、共に暮らしていくことになった。
それから数日、俺はまともに食事を取らないでいた。それを見かねたアニューが俺の口に硬いパンを押し込む、俺はそれを全力で否定する日々。この数日からの記憶はよく覚えている、懐かしい記憶だ。
「なんで食べねえんだよ、勿体ねえだろ!」
「んーんー!」
ここ数日でだが、一言だけ喋れるようになっていた。その一言が「んー」だった。使い分けをしようということで、ノーが「んーんー」でイェスが「んー」の使い分けだった。
「ボロボロの体で、ようやく喋れるようになって生きる希望が見えてんのに、ここで死んでどうする!!」
違う、俺は食べられないんだ。食べても食べても戻してしまう。今まで何も食べてこなかったから、いきなり食事で硬い物を食べたら胃が痙攣し、戻ってくる。魔術をかけてもらえば治ることだということはこの頃は知らなかった。だから無理に我慢していた。それと俺が強がっていたというのもあるけど、戻してしまうのを見られるのが嫌だった。弱い自分を見られるのが猛烈に嫌だったんだ。
こいつにだけは舐められたくない。何故か、心の中から思っていたことと、一番最初に師匠に抱いた心だった。
アニューに無理矢理食べさせられ、また戻す。それをついに見られてしまった。
「お前......」
そんな目で見るな、俺は哀れなんかじゃない、一人でも生きていける。俺は立ち上がりその家を出ようとする。帰る場所なんてないけど、ここにいるよりはマシだ。俺は弱くなんかない。
「どこ行く? ったくよ、ちゃんと言えってんだ。あ、喋れないんだったっけ.....」
アニューは俺の頭をグーで殴ると首根っこを掴んで引き摺る。玄関から次第に遠ざかり、家の地下へと連れていかれた。俺は殴られた頭を両手で抑え、痛いのを涙目で我慢していた。
連れていかれたと思ったら今度は俺をぶん投げる。場所はたくさんの本、たくさんの瓶。そして大きな魔法陣が書かれていた。俺はその魔法陣の中心にぶん投げられた。
「ここは私の研究暮だ、勝手にあさんなよ。大人しくしてろ、回復かけてやる」
「まだ未完成だが、このままにして置く訳にもいかねえ」
俺は魔法陣の中心にいる。アニューは少し離れた位置で両手を俺に翳し目を瞑り、口元で何かを呟いている。
「癒しの籠を彼に」
俺の周りに青く眩い光が出現する。俺を囲むように出てきたソレは俺の体を軽くする。次第に体にあった傷は癒えていく。体が軽くなった気分に襲われ、俺は体の傷を何度も何度も確認していた。
「あんまり魔術で体を治すのは良くない、人は魔術に頼りすぎちゃ行けないからな、カルラみたい幼いままになるぞ」
アニューの言っている意味はよく分からない。でも、一言だけ俺は引っかかった部分があった。
「まじゅ.....つ?」
今まで一言しか喋れなかったのに、ようやく違う言葉を喋ることが出来た。それは治癒によって体の傷が癒されたことで喋れるようになったのだ。そして最初に学んだ言葉が魔術だった。
「そうだ、魔術だ。全く、お前もそういうことなら言えって、言えない......え? お前今、喋ったか?」
「うん」
「おお~!」
これもすべて魔術で俺の体を治した結果だった。最初から俺に何故治癒魔術をかけなかった理由は、未だに聞いていない。でも、それにはアニューなりの考えがあったんだと今は思っていた。
「ここまで効果が出るとは思ってなかったぞ~!」
俺の頭をクシャクシャに撫でて、本当にうれしそうにして俺の顔を見ている。俺はこの時こう考えていたんだ。どうしてこの人はさっきまで怒っていたのに、今は喜んでいるんだろうか、変な気分だ。
「気色悪い」
「クソガキィ!」
ついつい本音を出してしまい、俺はアニューにゲンコツで頭をまた殴られる。
「イッテエ! 何すんだよ!」
「こういう時はありがとうって言うんだよ、このアホが」
「ありが、とう?」
「感謝してるってことだ、その喋り方と言葉は俺の真似してんな? じゃあお前は今日から弟子だ」
「弟子?」
「ああ、なんでも言うことを聞く奴のことだ」
「おう! 俺は弟子! 名前は弟子だ!」
「違う、名前は、あーそうだな......あそこミカン畑だったし、ミカだ」
「ミカ?」
「ミカンじゃ女の子っぽいだろ? だからミカだ」
「そうか」
「いきなり口調変わんなよ、大丈夫か?」
アニューは心配な顔をして俺を見て、クスッと笑い、俺もなぜか釣られて笑ってしまった。
――――――――――――――――――――――――――――
「......んっ」
森林の奥底に、ほとんど光が届かない場所があるという。
「チッ......もう朝かよ」
その場所には、邪悪なものが住んでいると言われている。
「は~あ、ダル......」
しかし、実際に住んでいるのは。
「お~い、師匠~、飯だぞ起きろ~」
クソニートと一人の魔術師だ。
「ふわ~......えっ、もうそんな時間?」
気だるげそうに片目を閉じつつ、ボサボサの髪の毛を搔きむしる。寝癖が爆発して、トサカのようになっていた。
師匠が顔を洗い、俺が食卓に食器を並べる。その上に焼いたパンとハムを上に乗せ、目玉焼きをポンと置く。
生まれてから料理をまともにしたことがない。だから簡易的な物ばかりだが、師匠は文句を言わない。だって師匠自身もあまり作れないから。というか、俺よりも料理が酷い。目玉焼きを作ったと思えば、真っ黒な目玉焼きになる。
卵焼きを作るのかと思えばスクランブエックを作る、しかも焦げてる。料理を作れない者同士、ここは妥協という暗黙のルールだった。
「師匠~、今日何すんの」
「あー、今日も自由でいいぞ」
俺は師匠の元で魔術の勉強(仮)をしている。まともに勉強なんかしていないけど、する必要ないし。師匠は基本的に自分の研究に没頭しているため、俺に指示を出さない。師匠の研究は確か、封印を主にやってたはず......最近は見てないからよく分からない。
「あ、そうだ」
師匠が珍しく手をパチンと両手で合わせ、俺のことを両眼で見つめる。
「実はさぁ、師匠、弟子のミカにお願いがあるんだけど」
師匠からのお願い事、それを聞いた瞬間。俺は持っていたスプーンをその場に落とす。師匠からのお願い事というのは大抵ろくなものではない。魔獣を一匹狩ってこいだとか、極秘研究の書類を盗んで来いだとか、大体死ねと言ってくるような物ばかり。
「ちょっと待って、師匠。いや、アニューちゃん、落ち着いて、ね?」
アニューは首を横に傾け、疑問を浮かべる表情をする。
「安心しろ、今回は簡単だ」
信じられない、到底信じられない。でも、断った所でここに居座れなくなっても困る。
「はぁ...分かりました。なんですか?」
「物分かりの良い弟子だ。魔術都市で専講師やって来て来い」
都合のいい時だけ弟子っていうのほんとやめて?やめて?それとどういう事だよ。師匠の言うことはいつもマジだ。マジばっかり過ぎて怖い。
「は......?」
「だから、専講師。分かる?」
「それは分かるけど、なんで俺が?」
俺が誰かに教えるだけの知識や実力があると思ってんの?と言いそうになったけど、何故か上から目線になってしまいそうだったのでやめた。それでも、俺は誰かに教えられる知恵は持ち合わせていない。
「いや~ちょっと......極秘盗んだの帳消しにするっていうから.....」
こちらに視線を合わせず遠くを見つめている。
「まさか...自分の罪消すために俺をぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「はい! その通り!」
このクソ師匠......!!一切の謝罪の表明もなく、顔にはボクワルクアリマセンと言ったような表情をしていた。弟子を売る師匠がどこにいるって話だ。ってここにいたか......
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