第4話 ~ ファ ~

 彼は能力を有効的に利用することを決意した。


 これまで能力について、ほとんどまともに考えたことがなかった。

 単純に副作用が恐かったこともあるし、音楽に接しているだけで満たされていたという理由もあった。


 けど、もう自分のことだけを考えているわけにはいかなかった。

 改めて、周りを見渡して愕然とした。

 街のいたる所で罵声や怒鳴り声が鳴り響いていた。

 挨拶や笑い声といった軽快なリズムが消え失せ、耳に不快なノイズだらけになってしまっていたんだ。


 ここまで歪み、疲れきった人々を、以前みたいにハッピーに笑い合えるようにするには、どうすればいいんだろう。

 

 相変わらず音楽を聴きながら、彼は懸命に頭を悩ませた。

 能力はすばらしい力だ。

 でも、限られた条件下では、意外とできることは少ないことがわかった。


 たとえば、主要七カ国の最高権力者たちに、平和を考えるよう仕向けても、またすぐ私利私欲のために動いてしまうのは、誰にだってわかることだろ?

 かといって、世界に小さな七つのハッピーをばら撒いても、またすぐに雑多な日常に埋もれてしまう。

 それではもうこの世界中に溜まった疲労が癒せないことは、火を見るより明らかだったんだ。


 彼は考えた。

 一生懸命考え続けた。

 昼も夜もずっとアイデアを搾り出した。

 考えすぎで、ついには彼の顔にも疲れが浮かんできてしまったっていうから、相当無理したんだと思う。

 どんなときでも、いつも空みたいに笑っているのが、彼だったんだから。


 行きづまってしまうと、彼は気分転換をかねて散歩に出かけた。

 そのときはまだ気づいていなかったんだ。

 実は、彼が外出するたびに、街のいたる所によどんでいた、うつろで禍々まがまがしい悪意が、彼の心の奥底に少しずつ溜まっていっていることに。


 街には以前にも増して、どんよりと閉塞感が強い空気が立ち込めていた。

 わずかに残っていた明るかったり、さわやかだったりした物事たちも薄く引き伸ばされて、ほとんど悪意と見分けがつかないほどだった。


 善意を施している人もいた。けれど、疑心暗鬼に陥ってしまっている街の人たちは、勝手に裏を読んでは、偽善だと陰口を叩く始末だった。

 負のスパイラルは底の底の底を突き破って、どこまでも奈落に落ちていくだけだったんだ。


 ますます焦りが濃くなった。

 なんとかしなくちゃ。

 その想いだけが強くなっていった。でも、そう思えば思うほど、彼から笑顔が遠ざかっていった。


 気づけば、あんなに彼の身近にあった音楽も、少し隔てた場所に追いやってしまっていた。


 ちょっと鼻歌を歌えば、そこに音楽が生まれるのに。

 ちょっと口笛を吹けば、明るい気持ちになれるのに。


 そんなことすら、忘れてしまっていた。

 無造作に垂れ流された悪意の触手は、彼の心にも触れてしまっていたんだ。


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