第2話 ~ レ ~
それは彼がちょっと遅めの初恋を苦々しく終えた頃のことだった。
ろくに話すこともできずに、異国へ去っていってしまった少年のような少女の話は、悪いけど別の機会に譲らせてもらうよ。
世界は、ひどく
まるである種の力を持った複数の誰かが綿密に話し合い、計算し、意図的に悪意を垂れ流しているようだった。たとえば、雨とか、風とか、ちょっとした噂、他愛ない戯言の類、そんなものの微粒子にまで、悪意がたっぷり詰め込まれているみたいだったんだ。
人々の顔は忌み、疲れ果て、不機嫌に歪み、他人を
みんなの目線は足元に落ちて、眼と眼を合わせて面と向かってしゃべる人はどんどん減っていった。代わりに、陰口と悪口が街中の路地裏にこだまするようになってしまった。
いつしか人々は、自分のことしか考えられなくなっていったんだ。
本当に、誰も彼もが。
しかも始末の悪いことに、そんな歪みきった世界の在り方であるにも関わらず、誰もその〝ずれ〟に気づけないでいた。日々の生活を精一杯送っているうちに、そんな悪意に満ちた世界を受け入れてしまっていたんだ。
思い当たる節、あるんじゃないかな。
あの宗教団体が仕出かした悪事の数々を、まだ正しく覚えているかい?
政治家や警察の不祥事が起きても、「またかよ」で済ませて、詳しいことは何も知らないなんてことはないかい?
ミスを起こしたって、記者会見を開いて頭を下げればそれでいいんだなんて思ってないかい?
テロや兵器なんていう物騒な言葉が、会話の中で冗談交じりに使われていないかい?
子供たちが被害者の主人公になってしまっていることは、絶対に、絶対に当たり前のことなんかじゃないよ。
おっと、柄にもなく、社会風刺なんてものをしてしまった。
つまり、言いたかったのは、馴れってやつは案外おっかないってこと。
いやなものだよ。
うつむいたみんなの口許にあったのは、笑顔なんかじゃなくて、「しかたないさ」「しょうがないよ」という〝諦め〟のオンパレードだけだったんだから。
自分が言った「どうしようもない」で、相手がほっとするのを見て納得して、誰かが言った「そんなもんさ」に深く頷く。
そういう空気に馴れちゃダメだったんだ。
実は、そのとき彼は、初恋の痛手を振り払おうと、明るくてポジティヴなビートばかりを好んで聴いていた。それが彼を悪意から遠ざける効果をもたらしてくれていたらしい。
そう、彼だけは、世界の〝ずれ〟にぼんやりと気づいていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます