空はどれ見ても

庵童音住

第1話 ~ ド ~

 最初に、彼の大きな特徴について触れておかなくてはならない。


 彼は、とても大きな耳の持ち主だった。


 生まれたとき、両親は『福耳だ。お金持ちになれる』と言って喜んだらしいけれど、くるりとした眼と相まって、その容貌はまるで子猿のようだった。

 それを理由に、彼をからかった心の貧しい人間がいたかもしれない。イジメに遭ったこともあるかもしれない。

 けれど、彼はそんなことをまったく気にしてはいなかった。


 なぜなら、その大きな両耳は、とても発達した聴覚を彼にもたらしてくれたからだ。

 耳がとらえた様々な音楽は、彼の宝物だった。


 音楽と名のつくものであれば、何でも好きだった。

 童謡、テレビ番組の主題歌に始まり、歌謡曲、ポップス、演歌、ロック、R&B、ソウル、ファンク、HipHop、ヘヴィメタル、テクノ、レゲエ、ジャズ、ボサノヴァ、クラシック、etcetc。


 新しいタイプの音楽に、毎日のように出会えることが、嬉しくてたまらなかった。衝撃に満ちた新鮮なビートに初めて触れた翌日は、周りの仲間たちを片っ端から捕まえて、そのリズムについて語りまくる。それが彼の日常だった。

 

 中学生になった頃には、いっつもヘッドホンをするようになっていたね。

 それがまた、彼の大きな耳を覆い隠すほどのサイズだったもんだから、とっても目立った。

 彼はただリズムの一つ一つ、メロディーラインの一つ一つを聞き漏らしたくなかっただけらしいけど、傍目から見ると、アンバランスだしコミカルだし、マンガの中のキャラクタじみて見えたよ。


 でも、不思議なことに、自ら歌を作ることには惹かれなかった。

 理由はいたって単純。

 楽器がまったくできなかったから。

 致命的なくらい、指先が不器用だったんだ。


 次に、彼の二番目に大きな特徴について語らなくてはならない。

 人によっては、こちらのほうが大事だというかもしれない。


 彼は、生まれつき、超能力を持っていた。

 

 超能力なんて言ってしまうと、なんだかチープで、胡散臭い印象ばかりが先走ってしまいそうになるけれど、実際はもっと単純なことなんだ。


 簡単に言っちゃうと、人の心を操れる能力。

 彼の一族が代々受け継いできた。本当はいろいろ細かい制約もあるらしいんだけど、ごめん。詳しくは知らないんだ。

 知っているのは、『七回しか使えない』ってことと、『五分程度しかもたない』ってことくらいかな。


 安心してくれていい。彼らの一族はとても温和な平和主義者たちばかりだから、間違ってもその能力をよこしまな欲望のために使ったりはしない。

 これまでも、そしてこの先も。


 たまに、世界のどこかで、とってもハッピーな奇跡が起こったりすることがあるだろ? 小さな動物の命が救われたり、突然の事故に見舞われて、もう駄目だと思っていた子供がまだ生存していたり。


 自然な笑顔がぽろりとこぼれる瞬間――そのほとんどは、彼らの一族がやっているんだと思う。

 もっとも、相手のことも知らないで毎日競歩しているように忙しない今の時代じゃ、そんなすてきなエピソードより、残虐な事件のほうが何十倍も多い。だからなのかな。みんなの記憶には、あまり残っていないみたいだ。


 最後にもう一つ、彼の特徴を挙げておいたほうがいいかもしれない。

 

 彼は、人を驚かせるのが大好きだったんだ。


 人がびっくりしたときの顔が、たまらなく好きらしい。

 そのためには手段を選ばない。彼の周囲にいる人で、驚かされたことのない人はまずいないだろうね。

 人を驚かせることにおいて、彼は天才だった。もちろん平和を愛する彼だから、それもまたハッピーに満ちたものだった。驚かされた後は、みんな本当に楽しそうに笑うんだ。


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