二 古森(じゃんぐるちほー)をぬけて
“さばんなちほー”と“じゃんぐるちほー”の間にある“ばすてい”。
すっかり日もおちてまっくらになったそのばしょで、「フロド」と名づけられたぼうしの子と、「アラゴラス」と名づけられたサーバルは、たびのつかれをいやすために、歩みを止めて休んでいました。
「ね、あしたどこ通って行こうか? “じゃんぐるちほー”って、大きい川があるらしいよ? 楽しみだな~」
「サーバルちゃん、元気だね。ボク、きょう、いろいろあったから、そろそろ…」
「わたし、“やこうせい”だからね!」
地めんにぺたんとおしりをつき、ねむそうに目をこするフロドちゃんの前で、サーバルは明るくこたえました。
「あと、“じゃんぐるちほー”もフレンズがたくさんいるんだって! おもしろいことがいっぱいありそうだね!」
そしてぱっとふりむき、後ろにあった木のはしらを、りょう手のつめでガリガリと引っかきはじめました。ネコ科のフレンズは、いつもこうしてつめがのびすぎないようにしているのです。
(でも、なんで“ふろど”ちゃんなんだろう?)
引っかきながら、サーバルは、昼間に考えたことを思い出していました。ぼうしの子の名前、についてです。
(“がんだるふ”ちゃん「たち」からそうよべって言われたけど…。もっとかんたんに、“リュック”ちゃん、とかでもよかったんじゃないかなあ? どうして、そんなわかんない名前にしたんだろう)
「サーバルちゃん、あぶないよ」
ぐらり、とした音を聞いて、フロドちゃんがちゅういします。でもサーバルは、
「だいじょうぶ! “やこうせい”だから!」。
ばきばきばき。
「にゃぁあああ~!」
「サーバルちゃん!」
フロドちゃんが、思わず立ち上がってかけよりました。
サーバルは、たおれてきた木のはしらを、すんでのところでかわしていました。
「びっくりしたあ…」
「気をつけようね……」
二人の目の前には、みごとにまっ二つになったはしらがよこたわっています。
「あ! サーバルちゃん、後ろ!」
サーバルはすばやくふりむきました。
そこには、くらやみの中にうかぶ二つの目が、サーバルとフロドちゃんのほうをむいて光っていました。
二人は思わずみがまえます。
(ま、また、せるりあん、かな?)
フロドちゃんは昼間のできごとを思い出しました。
“せるりあん”。それは、たびのとちゅうでフロドちゃんにおそいかかってきた、なぞの生きものです。サーバルが(“せるりあん”の)体の“石”をつめで引っかいてやっつけてくれるまで、しつこくフロドちゃんをおいかけてきたのです。
『あれは“せるりあん”っていうんだ。ちょっとあぶないから気をつけてね』
石をくだかれて光のちりとなった“せるりあん”を見おくって、サーバルが親切に教えてくれました。
『でも、あれくらいのサイズなら、じまんのつめでやっつけちゃうよ!』
そのときの“せるりあん”はフロドちゃんのこしの高さくらいの大きさだったのですが、いまあらわれようとしているものが、それより大きかったらたいへんです。
しかし、くらやみの中から出てきたのは――
「ボス!」
サーバルがほっとして言いました。
「え?」
「だいじょうぶ! 知り合いだよ」
水色の体に白いおなか。上にピンと立った二つの耳に、青と水色のしましまのしっぽ。小さな白い二つの足で、きようにぴょこぴょこ歩いていますが、手のようなものはどこにもありません。首(体?)にぐるりとまかれているのはかわのベルト。おなかのまん中にぽつんと一つ、ガラス玉のようなものがはまっています。せたけはサーバルの、ひざよりちょっと高いくらいです。
ボス、とよばれたその生きものは、だまってまっすぐに歩いてきました。
「ボス、この子、なんのどうぶつかわからないんだって。すんでるところまで、いっしょにあんない――」
近づいたサーバルを行きすぎて、そのままフロドちゃんに近づくと、「ボス」はみをのり出すようにして、フロドちゃんを見上げました。
つぶらな“ひとみ”で――“ひとみ”しかない目なのですが――フロドちゃんを見つめます。
「――ハジメマシテ。ボクハ“ラッキービースト”ダヨ。ヨロシクネ」
「!」
「あ、どうも」
体をかたむけてあいさつする「ボス」に、フロドちゃんもあたまを下げてあいさつします。
「はじめまして、フロドです。……? どうしたの? サーバルちゃん」
「ボス」の後ろで体をぷるぷるとふるわせているサーバルに、フロドちゃんは気づきました。
「うぅわぁああああああ!」
とつぜんのさけび。
「しゃべったあああああ~~~~!!」
びっくりした鳥が、二羽。
林のむこうがわにとび出していきました。
「どうやらあの“ぼうしどろぼー”は“じゃんぐる”のほうにむかったみたいなのだ」
地めんについたにおいをかぎながら、アライさんがつぶやきました。
「ふむふむ。やっぱりね~。“さばんな”には、かくれるばしょがないからねー」
フードのおくからくぐもった声で、フェネックがかえします。
「いそいでおいかけるのだ! 今ならまだおいつけるかもしれないのだ」
「はーいよー」
遠くに見える密林(みつりん)を目ざして、二人はふたたび歩き出します。
「…しかしフェネック」
「なーに?」
歩きながら、だぼだぼの黒いふくをきているフェネックをふりかえります。
「ここでそのかっこう、あつくないのか?」
「うーん」
たしかめるように、フェネックは体を左右にひねります。
「いがいにすずしいよ~? なんというか、内がわがひんやりしてるんだよね。黒いぬの切れって、ふつうはねつがこもってあついんだけど~、これはちがうみたい」
「ふーん。いいものなのだ」
「アライさんももらう~?」
「くれるなら、よろこんでもらうのだ!」
「――それはムリなのです」
とつぜん、あたまの上から声が聞こえました。
「わあっ! びっくりしたのだ!」
そこには、いつの間にやって来たのか、白いローブにみをつつんだ、ミミズクとコノハズクのフレンズがういていました。
「おや~? “はかせ”と“じょしゅ”の二人、なんでここに~?」
「しーっ。今のわれわれは“さるまん”なのです」
「“白のさるまん”と“白くなくなったさるまん”なのです。めんどうなので、二人とも“さるまん”とよぶのです」
「???」
アライさんはこんらんしました。
「鳥なのに“おさるさん”なのか??」
「“さる”ではないのです。“さるまん”なのです」
「“まほーつかい”の名前なのです。フレンズではないのです」
「よくわからないのだ!」
「まあまあ、アライさん。……それで、“さるまん”さんたち。わたしとアライさんに、なにか用なの~?」
イライラしはじめたアライさんをなだめて、フェネックがかわりにしつもんしました。
「われわれは、お前たちをたすけにきたのです」
「ついせきに難儀(なんぎ)しているようなので、手つだいをつれてきてあげたのです」
「ホントなのか! それはうれしいのだ!」
おこっていたこともわすれて、アライさんは目をかがやかせました。
「ついてくるのです、あの“じゃんぐる”の入り口まで」
「ついてくるのです。おくれはゆるされないのです」
二人の“さるまん”は、あたまに生えた羽をはばたかせて、むきをくるりとかえました。しかしすぐに、
「そうです。お前。そこのアライグマ」
そのうちの一人がふりかえりました。
「なんなのだ?」
ウキウキしながら歩いていたアライさんは、ふいのご指名(しめい)におどろきました。
「お前がおいかけている、あたまにかぶるもの。あれにはちゃんと名前があるのです」
「え。どんな名前なのだ?」
「“いとしいしと”、なのです」
「いとしい…しと??」
「そうです。これからはそうよぶのです」
「わかったのだ! これからはそうよぶのだ!」
“さるまん”はいみありげにわらって――あいかわらず、まったくと言っていいほどそのひょうじょうはかわらなかったのですが――先にとんでいったもう一人の“さるまん”にむかってとんでいきました。
その二日ほど前。
サーバルとフロドちゃんは、とちゅうで出会ったカワウソの子といっしょに、ジャガーの子の引っぱる“はしけ”に乗って、“ぶらんでぃわいん”川をわたっていました。
「わ~、こんなのはじめて!」
「すごいですね~」
川のりょうわきには、半分いじょう水につかった木のむれが立ちならび、さまざまな草や“つた”たちが、それぞれをふくざつな形につないだり、おおったりしています。
はじめての、川の上から見るめずらしいけしきの数々に、二人はすっかり魅(み)せられていました。
「すみません。たいへんじゃないですか?」
“はしけ”を引っぱっておよいでいるジャガーにむかって、フロドちゃんは言いました。
「へいき、へいき! まっかせて!」
ジャガーは元気よくこたえました。本当に、およぐことをまったく苦(く)にしていない、そんなようすです。
「ジャガーハ、ネコカデハメズラシク、オヨゲルンダ」
「ボス」がフロドちゃんにかいせつします。
「へへん、そうよ! ……あれっ?」
とくいげにはなをならしたジャガーでしたが、ふと、おかしなことに気づきます。
「ボスって、しゃべれたっけ?」
「でしょー? わたしもびっくりしたんだよ!」
サーバルがみをのり出します。
「わたしも、きのう、はじめてボスの声を聞いておどろいちゃった。フロドちゃんの名前を聞いたり、どこへ行きたいかーなんて聞いたり。この川も、ボスの道あんないで来たんだよ。道がなくなっちゃってて、ボスがうごかなくなっちゃったけど」
「そーなんだー。おーもしろーい!」
カワウソが楽しげに言いました。サーバルとフロドちゃんが川に来たとき、さいしょに会ったのがカワウソでした。川をわたれなくてこまっていたら、ジャガーの“はしけ”のことを教えてくれたのもカワウソでした。
「川をわたれなくてこまってる子が多かったからね~。それに、ここから見るけしき。おもしろいだろ?」
「それで、このおしごとを?」
「そ」
ジャガーはほこらしげにうなずきました。
「あそこが、“ぶらんでぃわいん”ばしだよ!」
カワウソがゆびさしたほうに、川にちょっぴりつき出した木のかいだんがありました。
“はしけ”が、ゆっくりとそのばしょに接岸(せつがん)します。
ところが、“はしけ”がきしについたとたん、
「コッチ。コッチ」
「ボス」がぴょんぴょんと一人ですすみはじめました。
「あ、サム! どこいくのー?」
「サム?」
サーバルのことばに、ジャガーが聞きかえします。
「うん。“がんだるふ”ちゃんたちから教えてもらったの。さいしょに出会うボスの名前、“サム”っていうんだって。せいかくには“さむわいず?”、だったかな」
「だれ? その“がんだるふ”ちゃんっていうのは?」
「わたしにもよくわからないんだよ。きのうの朝にわたしのとこにやってきて、とにかく名前をおぼえろーって、一時間ちかくも教えてくれたんだ」
話しながらサム(ボス)についていくと、しげみの中に、大きな、四角い“はこ”のようなものがあるばしょにつきました。
「コレガ“ジャパリバス”ダヨ。コレニノッテイドウスルンダ」
“はこ”の前に立ってサムがせつめいします。
サーバルたちは色めきたちました。
「キャッハハハハ、おもしろーい! おもしろーい!」
「“ばす”ってなんだ?」
「パークをいどうする“のりもの”なんだそうです。これにのれば、歩くよりずっと楽にいどうできるって。けさ、ボス…サムさんが教えてくれたんです」
「ねえ、サム! さわっていい? さわっていいよね?」
「わたし、上にのりたーい! ねえ、のっていい?」
「わーい、バスバス!」
もう、たいへんなさわぎです。
しかし、サムは一人、けげんそうに――かおには“ひとみ”しかないので、そのひょうじょうはうかがい知れませんが――体をかしげていました。
「“ウンテンセキ”ガナイヨ」
「え。“うんてんせき”?」
フロドちゃんは、サムの上から“はこ”の前をのぞいてみました。
“はこ”の前には、なにかがつないであったような“でっぱり”がありました。
「“ウンテンセキ”、ケンサクチュウ。ケンサクチュウ。――ホントウハ、ココニモ“シャタイ”ガアルハズナンダ」
よつんばいになって“はこ”のにおいをかいでいたサーバルが、サムのことばにはんのうしておき上がりました。
「ねえ、それがないと“バス”じゃないの?」
しかしサムはこたえてくれません。
そのとき、ジャガーがなにかを思い出しました。
「あ」
サーバルとかおを見合わせます。
「これとにたの、むこうぎしで見たことあるけど……もしかして」
その二日後の“じゃんぐる”の中。
「さあ、これがお前のなかまなのです。じこしょーかいするのです」
「みんなできょうりょくして、“いとしいしと”をさがすのです」
二人の“さるまん”が、アライさんとフェネックの前にならんだ八人のフレンズをさして言いました。
「わたしはフォッサ!」
「アクシスジカさ!」
「キングコブラだ」
「ミナミコアリクイだぞぉ」
「クジャクです」
「タスマニアデビルだぞぉ~」
「エリマキトカゲ、な」
「オカピだぞー!」
「よ、よろしくなのだ」
アライさんがあたまを下げると、白いほうの“さるまん”が小声でつぶやきました。
「ほんとうなら“おせろっと”や“まれーばく”や“いんどぞう”なんかもなかまにしたかったのですが…」
「“ゆびわのゆうき”である“なずぐーる”は九人までです。がまんしましょう、はかせ…」
「ん? なにか言ったのか?」
アライさんの問(と)いに、二人の“さるまん”はちんもくをもってこたえました。
「とりあえずー、わたしがみんなの“りーだー”らしいので、これからよろしくね~。みんなでがんばって、アライさんをたすけてあげよー」
「おー」
フェネックと同じような黒ずくめのだぼだぼのぬのにつつまれた八人が、手をふり上げておうじました。なぜかみな、やたら元気で、楽しそうです。
「ふっふっふ、まってろなのだ“いとしいしと”どろぼーめ。かならずおいついて、お前から“おたから”をとりもどしてやるのだ!」
たくさんのなかまをもらって気が大きくなったのか、むしゃぶるいとともにアライさんがさけびました。
“じゃんぐるちほー”に、くらく、不穏(ふおん)なかげが、近づいていました。
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