一 思いがけない出会い

 “さばんなちほー”の朝おそく(おねむどき)。まだまだお昼には遠いというのに、白くまぶしいおひさまが、広大な草の大地をかんかんと、水もかれよとてらしています。遠くはるかにかすんで見える、“光るけむり”をはく高い山。そこまでの間に、さえぎるものはありません。

 そんな中、ぽつんと立っているよこ長いえだの木のその近くに、むれになって生えるせの高い草むらの上から、ときおり、ぴょこっ、ぴょこっと、あざやかなみどり色の“なにか”が見えたりかくれたり。どうやらだれかがその中を歩いているようです。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 あらいいきが草の中から聞こえてきます。声からすると子どものようです。

 きょろきょろとふあんげに、右を左を見回しています。

(……どこ、ここ……?)

 せなかにしょった大きなリュック。黒かみ、黒タイツ、黒手ぶくろ。半ズボンに赤いTシャツ。そしてなんといっても目立つのが、あたまにかぶった丸い大きなつば広ぼうし。その、丸いあたまの右がわに一本ささったみどりの羽(はね)が、とてもきれいでうつくしく、大きなぼうしを目立たせています。

 そのぼうしのつばが、まわりの草をこすり、かすかに音を立てています。


(!)

 よこ長い木のえだの上で朝のおねむを楽しんでいたサーバルが、耳をぴくりとうごかしました。

(来た! 新しい子!)

 すばやくおきあがり、えだをけってとび出します。

 なんメートルもの高さをあっという間に飛び下りたサーバルは、音のしたほうにダッシュしました。

「うわあー!」

 ぼうしの子がたまらずかけ出します。

「うひひひ、あはははは!」

 サーバルも、楽しげにわらいながら、それを追いかけます。

「“狩(か)りごっこ”だね! まけないんだから!」

「な、なんでー?」

 ぼうしの子はひっしににげます。

「みゃー! みゃー!」

 サーバルがもう少しでつかまえようとすると、ぼうしの子は体をひねってかわします。サーバルは、すぐには体のむきをかえることができません。

 なんどかそんなやりとりをくりかえすと、いつの間にか、ぼうしの子のすがたは見えなくなってしまいました。

「あれ? かくれちゃった…」

 しかしサーバルはあわてません。すぐさましゃがみこむと、地めんの土をじっくりと見つめはじめました。

(ふんふん、ほんのちょっとだけど、あの子の足あとがのこってる。あっちのほうへむかってるみたい。……あそこの草が、一本だけたおれてる。あそこから草むらの中に入ったのかな……)

 サーバルはさらに目をこらします。

(でも、たおれた草のむこうにある草はたおれてない。草むらを回りこんで、べつの草むらのほうにいったのかも)

 かさり。

(!)

 サーバルのするどい耳は、とても小さな足音を聞きのがしませんでした。

「そこだー!」

 数メートルはなれた草むらまでひととびでジャンプすると、すぐさま、ぼうしの子の体を上からおさえこんでしまいました。

「た…」

 ぼうしの子の口がうごきます。

「食べないでくださーい!」

「食べないよ!」

 サーバルはおもわずさけびました。


 ぼうしの子がおちついたようすを見て、正座したサーバルが話しかけました。

「ごめんね。わたし、“狩りごっこ”が大すきで…。あなた、“狩りごっこ”があまりすきじゃないけものなんだね」

 下をむいてサーバルのほうをちらちらと見ながら、ひざとかばんをいっしょにぎゅっとだきしめたかっこうで、ぼうしの子はかたまっています。

「ええっと。その」

 なにを話したらいいのかわからなくなり、サーバルはもじもじと“しっぽ”を左右にうごかしました。

「?」

 しかしサーバルは気づきました。ぼうしの子が、自分の耳と“しっぽ”をきょうみぶかげに見ていることを。

「あ。ちょっと元気になった?」

「! …い、いえ…はい、だいじょうぶです」

 そして、思いきったようすでたずねてきました。

「あなたは、ここの人ですか? ここ…どこなんでしょうか?」

「ここはジャパリパークだよ! わたしはサーバル!」

 サーバルは元気に立ち上がって言いました。

 が。

「…だったんだけど、きょうからわたし、“アラゴラス”っていうなまえになっちゃったんだ」

「アラゴラス…さん?」

「“あらごるん”と“れごらす”をまぜたんだって。耳が大きくて、“狩りごっこ”がすきだから、なんだって」

「え、えっと」

 とまどってしまう、ぼうしの子。

「あはは。よびにくかったら“サーバル”でいいよ。わたしも、そのほうがまちがえなくていいし」

「サーバル、さん。…じゃあ、その、お耳と“しっぽ”は?」

 耳と“しっぽ”をぴくぴくと動かして、サーバルがこたえます。

「どうして? なにかめずらしい?」

 そして、ぼうしの子に“しっぽ”と耳がないことをしてきし、「めずらしいね」とかえしました。

「どこから来たの? なわばりは?」

「わかりません…。おぼえてないんです。気づいたらここにいて……」

「あー。きのうのサンドスターで生まれた子かなあ」

「サンド…スター?」

 サーバルは、遠くに見える山からそれがふき出したこと、それにより、まだ地めんがキラキラしていることを教えました。

 そして、ぼうしの子がなんのけもの(フレンズ)なのか考えはじめました。

「鳥の子ならここ(せなか)に羽! …あ、ない。フードがあればヘビの子! …でもない。あれ~? …?」

 サーバルが、ぼうしの子のかかえていたかばんに目をとめます。

「あれ。これは?」

「え? リュック…かな」

 サーバルは、目をかがやかせてさけびました。

「リュック……リュック! リュック! リュック!」

「…ヒントになります?」

「わかんないや!」

 サーバルはわらいながらこたえました。でも、すぐにこまった顔をして言いました。

「これは“としょかん”…じゃなかった…“さけだに”に行かないとわかんないかも…」

「“さけだに”?」

「そう。わかんないときは、としょ…“さけだに”で教えてもらうんだ」

「そこで、ぼくがなんのどうぶつか……」

 ぼうしの子は、目をおとしながら言いました。

「ありがとうございます、アラゴラスさ……サーバルさん。“さけだに”って、どっちに行ったらいいですか?」

「とちゅうまであんないするよ! 行こ行こ!」

 ぼうしの子にむかってサーバルが手をさし出しました。ぼうしの子はおれいを言って立ち上がります。

 サーバルは、ちょっと考えてからぼうしの子に言いました。

「フロドちゃん!」

「え?」

「なんてよんでいいかわからないとこまるでしょ? だから、あなたの名前は“フロドちゃん”で! どう?」

 ぼうしの子はにっこりわらって言いました。

「はい! ありがとうございます」


「くんくん……」

 すっかり日もおちてうすぐらい“さばんな”の草はら。その地めんにかがみこみ、何ものかが土のにおいをかいでいます。その後ろで、じっとだまってそれを見つめるもう一人のかげ。

 やがてかがんでいた一人が何かに気づいたらしく、顔を上げてつぶやきました。

「ふんふん、ここを通っているようなのだ…。はやくつかまえないと……」

「まあまあ。気軽(きがる)に行こうよ。道のりは長いよ?」

 後ろの人かげが、あっけらかんとした声で話しかけます。

「ダメなのだ! これいじょうにげられたら…にげられたら……パークのききなのだー!」

 かがんでいたほう――うつくしいよこじまの“しっぽ”をさかだてて、青いふくに黒い手ぶくろをした、ツートーンカラーのかみの女の子が大声でこたえました。

 しかし後ろの人かげはのんきにこたえます。

「パークのききねー。アライさんにつきあうよ~」

 ばさりと黒いフードをはねあげ、くらがりの中でも目立つうす茶色のかみの毛、そして同じ色の大きな耳をふわりと外へ出すと、その子――やっぱり女の子でした――はにっこりとわらいました。

「…ところでフェネック」

 “アライさん”とよばれた子が、後ろをふりかえります。

「フェネックはどーしてそんなにまっ黒なのだ?」

「まっ黒なぬので、体中をぜーんぶつつんでいるからだよー」

 “フェネック”とよばれた子が、黒いだぼだぼのふくの袖口(そでぐち)をもちあげて、アライさんの前でひらひらさせます。

「“はかせ”からもらったんだー。“あんぐま~る”とかいう、カッコいいファッションなんだって~」

「ふーん。よくわからないけど、よくにあうのだ。よかったのだ!」

「ところでアライさんは、どうしてあの“ぼうし”をおいかけてるの~? なんの変哲(へんてつ)もない、ふつうの“ぼうし”みたいに見えるけど」

 フェネックがアライさん――せいかくには“アライグマ”なのですが――に聞きかえしました。

「あのぼうしは“おたから”のありかを教えてくれるのだ! ボスがそう言っていたのだ。その“おたから”はきっと…」

「きっと?」

「きっとおいしいものなのだー!」

 ごくり。

 アライさんがのどをならしました。

「とにかく、あいつに先に見つけられたら食べられてしまうのだ。一こくも早くほかくするのだ!」

「はいよー」

 フードをかぶりなおし、ふたたび体中まっ黒になったフェネックは、先に立ってとっとこ走っていくアライさんを、のんびりした歩みでおいかけて行きました。

 

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