第八章 『動きを停めた生命の秤 後編』

「こんな感情は初めてだ・・・

 感動ってこういうのかな・・・

 言葉は必要ない。

 体の芯が熱く震える・・・」


温かい涙が笑顔で拭い去られる。

希望が広がる瞬間を

肌で感じた気がした。

そんな中、

エントランス側のドアが

ゆっくりと開いた。

皆、ゼルクが帰ってきたと

視線を投げた。

すると、予想外に

ドアノブの辺りから

柔らかそうな牙が

にゅ~と生えた。


「ん?」


そこにいたボクら全員が

そこに集中させられた。

面白いように、

皆同じように頭をかしげて凝視していた。

恐怖より興味の眼差しで見守っていると

そのまま、

かなりのスローモーションで成長した牙が

耳だと気付くのに時間はかからなかった。

ただ、軽い想定外の出来事が起こると

冷静さが飛ぶせいか

一瞬、頭の中に『?』マークが蔓延する。

冷静さを取り戻してくると消去法が加速し

見る見る『?』マークが減っていき、

実態を想定するのが先か

対面してしまうのが先か、

という状況の中、

後者に旗が上がった。

成長した牙のような耳に次いで

頭、そして目が現れた。

その瞬間、

その何かとボクらの誰かの視線が

繋がった。


「!!!」


ボクら全員の

視線の集中砲火を目の当たりにし、

さらにその中の誰かと

がっつり目が合ったことで

驚きすぎたせいか、

大きな眼を見開いたまま

動けなくなっていた。

ちゃんとノア族のようだ。

一呼吸も置かずにこちら側を見ると

一人だけ顔が横のままのパルポルンがいた。

パルポルンと視線が合ったようだ。

体勢を変えないのは優しさだろうか。

すぐに我に返ったパルポルンが

何事も無かったかのように第一声を発した。


「おいおいっ大丈夫か?

 あの格好、相当きついだろっ。

 てか、ドアから顔が生えてるみたいで

 こ・・・こえ~よっ」


「キミも同じ格好してるよ」


さら~っとアルがつっこんだ。

パルポルンの体勢は、

どうやら優しさじゃなく、

あの子と同じで

動けなくなっていただけのようだ。

パルポルンの呼びかけのような独り言が、

まるで呪文のように

彼女をさらに動けなくしていた。

それを恐らく察したんだろう。

アルが優しく声をかけた。


「大丈夫だよ。

 何か・・・用かい?」


すると少しだけほっとしたのか、

その格好のままこくりと頷いて見せた。


「ふっ

 その格好はきついだろ。

 ここにいる皆は怖くないから

 こっちにおいで」


アルに促されて出てきた姿は

アルやパルポルンより

かなり年下といった雰囲気の

かわいらしい少女といった感じだ。

淡く黄色い体に

深い茶色の瞳が印象的だった。

まだ少し強張った表情に

アルがアクアリンへと視線を投げた。


「怖がらなくていいのよ。

 お入りないさい」


アクアリンの丁寧な言葉に

完全に緊張がほぐれたのか


「いいの?」


と上目遣いで返事した。


「勿論よ。

 ここはみんなの場所よ。

 さぁ、お入りなさいな」


「うん」


そう小さく返事すると、

少しだけ嬉しそうに

小走りでアクアリンの傍に駆け寄った。

途中、パルポルンの前だけ

気持ち遠回りしてたのが可笑しかった。


「おいおい・・・」


「ふっ」


「おいっアルっ

 今笑ったろっ」


「ごめんごめんっ」


「ちぇ~っそんなに怖く見えんのかよ~」


「怖くは無いよ」


「じゃ~何だよっ

 もっと気になんじゃね~かっ」


「ははっ

 ごめんごめんっ

冗談だよっ」


「ふっ」


何気に寂しそうな

パルポルンが可哀想で

尚更可笑しかった。

そんなパルポルンの

傷心を知ってか知らずか

パルポルンのリアクションに

触れることなく

アクアリンに声を掛けた。


「あの・・・」


恐る恐る声をかけてきた少女に


「ん

 なぁに?」


とアクアリンは

まあるっこい声で優しく応えた。


「えと・・・ね、

 私の友達も・・・この中に・・・」


彼女の言葉尻を確認したアクアリンは


「そぉ・・・心配ね」


と低く温かいトーンで返事をした。


「うん」


「私はアクアリン。

 あなた、お名前は?」


アクアリンがそっと聞くと


「・・・マーム」


と、か細く答えた。


「マーム

 素敵な優しい名前ね」


アクアリンのその言葉に、

マームの表情が少し華やいだ。


「うん」


と嬉しそうにはにかみながら

小さく頷くマームに、

アクアリンが優しい視線を落としていた。


「心配でここに来たのかい?」


「ううん」


恐怖心が拭えたためか

アルの質問にも自然に返事ができた。

マームは小さく首を横に振ったあと


「あのね・・・」


と小さな声で続けた。

彼女が言うには、

1組目の儀式のため、

100人全員が秤に入り

儀式が始まって10分位経った頃

秤が急に動きを停めたとのことだった。

直ぐに、原因を探るべく、

キヤンセに常駐している

3人の職員がいろいろ調べたが

原因が掴めなかったらしい。

原因不明の秤の機能停止により

秤の中で判決待ちのノア族が、

判決が出ないまま

仮死状態から目覚められない事態に

陥っていた。

そのまま30分が過ぎた頃、

静かに異変が始まったようだ。


「ここに入ってるヒトが最初に・・・」


と彼女は

エリアルが収容されている秤を指差した。

一番最初に異変が起きたのが

エリアルだったようだ。

ここがゆっくりと開き、

刻印を無くしたままの状態のエリアルが

目覚めてしまったと言う。

それをきっかけに、

まるで連鎖反応のように

次々に開放され始める

刻印を無くしたままのノア族。

その抜け出して来たノア族は、

目は虚ろで行動は様々。

暴れる者もいれば、

大人しく佇んでいる者もいたという。

付き添いの者や

次の番を待っていたノア族も

声は掛けてはみたものの、

対応がわからず慌てふためく中、

ゼルクがマームを連れて

安全を確保してくれたとのことだった。

ゼルクが言うには、

『彼ら』は元の意識を微かに保ちつつも

リミットの外れた煩悩のまま

彷徨い始めているのではないか

とのことだった。

そのままゼルクは

何人かを集め指示を出したあと、

マームの元に走り寄り

安全を確認したうえで、

パンダミオさんに指示を仰ぐと言い、

一人で街を出たそうだ。


「そっか・・・心細かったね・・・

 怖かったろ・・・」


アルの柔らかい口調に、

マームの表情から

不信感や不安感といったものが

薄れていくのを感じた。


「ううん

 大丈夫」


「友達は大丈夫そうかい?」


「うん

 ず~っとお花眺めてたけど

ちゃんと言うこと聞いて

 すぐにここに入ったよ」


とエリアルの隣の秤を指差した。


「ここにいるのか・・・

 早く助けてあげないとね・・・」


「うん」


「大丈夫よ、きっと」


「あったりまえだっ。

 絶対に解決してみせるさっ」


「うんっ」


皆が声をかけるたびに

マームの声に元気が宿った。

和んだのも束の間、

秤・・・ではない。

本体の神樹が

何かに呼応するかのように

重く・・・深く・・・

共振を始めた。


「何かが・・・・来る」


アクアリンがいち早く反応した。

見るとアクアの3人は

敏感に反応し辺りを伺っている。


「な・・・なんだ、これ・・・」


アルは直ぐにマームを引き寄せた。

微振が波紋のように

幾層にも折り重なり広がる。

ここら一帯の空間自体

がその波にのみ込まれ

地震にも似た体感が

次第に強まってきた。


「この神樹の中で・・・

 何かが暴れていやがるわ」


オルマリアの言葉に緊張が走った。


「あ・・・あれ・・・」


アルの視線の先を見ると

秤のひとつが青白く鈍く光っていた。

振動と共鳴するかのように明滅している。

その明滅を

3回数えたか数えないかのタイミングで

秤のドアがゆっくりと開き始めた。

それは、神樹の意図ではなく、

ゆっくりと

こじ開けられてるような開き方だった。


「まずくね~か・・・あれ」


そこにいた皆は勿論、

さすがのパルポルンも動けずにいた。

金縛りにでもかかったかのように

一同、体が硬直した。

こちらが萎縮するほどの凄まじい気が

ボクらを

羽交い絞めにしているかのような感覚だ。

そのままボクらは、

ただ、

ゆっくりと

重くじわじわと開き続ける扉を

見ているしかできないまま、

とうとう扉が全開放した。

中から青白い光がゆっくりと溢れ出て

その青白い光りのなか、

中心にひとつの闇が

ぬらりと顔を出した。

次の瞬間、

今までに感じたことの無いような鳥肌が

ボクの全身を這いずった。

全身の毛が逆立つ程の鳥肌が立つなんて

初めての経験だ。

歯を食いしばらないと

立っていられないほどだった。


「マーム、ボクの後ろに隠れて離れないで」


「うん」


アルはすかさずマームの前に出た。


「アル

 あれは・・・」


「あぁ」


二人、いや、ボクとマーム以外は

皆認識できたようだった。


「何?

 どうしたの?」


「ダーカーだよ・・・」


「ダーカー?

 前に言ってた?」


「あぁ・・・

 でもいつもと雰囲気が随分違う。

ここまでの威圧感はないんだけど」


凄まじい威圧感だったが、

邪悪な感じは受けなかった。

ただ、全てのものに対して

敵意を放っている感じは伝わってきた。


「アル、ダーカーの煩悩って・・・」


「想像もできない・・・」


「だよ・・・な・・・」


「ただ、明らかに

 友好的な雰囲気じゃないのはわかる」


「敵意むき出しだからな・・・」


「あぁ」


「ダーカーは

 今まで外に出ないでいたのか?」


「神樹が

 離さなかったんじゃないかな・・・」


「だよな・・・

 あんなの外に出てたら

元に戻せそうな気がしね~もんな・・・」


「ふっ」


「なんだアル?」


「いや・・・

 キミは時折さらっと本音を言うからさ」


「はぁ?

 オレはいつだって本音だぜ」


「そうかい?」


「なんだそれ?」


「いや・・・

 ごめん。

 ボクの思い過ごしだ」


「だろ~~~

 ・・・ん~~~

 な~んかすっきりしね~のは何でだ?」


緊張感があるのかないのか

わからないやりとりに

少しだけボクの緊張感は解れた。


「ふっ

 それより今にも飛び掛ってきそうだよ。

 彼」


「ん?

 あぁ・・・

 今まで神樹とやり合って、

やっと食い破って出てきたって感じだぜ。

 なんか憤怒のオーラ全開だな。

 しまいにゃ、

オレらに矛先を向けてるもんな、

あれ」


「キミもそう思うかい?」


「そうとしか思えね~よ・・・」


「だよね・・・」


相当まずい状況なのは見て容易にわかるが、

この二人からは

恐怖感というものを感じなかった。

困ったな~

程度の苦笑いしながら

真剣に策を講じてる・・・

そんな感じだ。


「手段がない今は逃げたほうがよくない?」


「そりゃ~だめだ。

 オレらを攻撃しようとしてるなら尚更な。

 本能で速攻、攻撃してくる可能性がある。

 それに、神樹の隔壁を破りやがった。

 とんでもね~腕力だぞっ」


腕力?

そうなのか?

あれは腕力で出てきたのか?

もっとびびる要素がありそうだけど・・・

本当に腕力なら、

パルポルンなら

勝てるような気がする。

あくまで、パルポルンなら・・・だが。

そう考えながら

改めてダーカーに目をやると、

一瞬でその妄想が暗転した。


「でも、敵意があるにはあるけど、

 神樹から出て

それが少し

抑えられてる気がしないかい?」


「確かに・・・

 けどよ、

敵意があるのに変わりは無いぜ」


皆が一応に恐怖より違和感を感じていた。


「でも・・・このままじゃ・・・」


「くそっ・・・ゼルクはまだかっ」


「アクアリンっ

 ダーカーのこと何か知らないかい?」


「アナタも知っての通り、

 ダーカーは単体の自警員で

 個々それぞれの特徴も行動も違うわ。

 唯一の役目以外、統一性はないの。

 ただ、勘違いされているのは

 ダーカーは罰するのが役目ではないの。

 護るのが本来の役目よ。

 それを脅かす対象に制裁を加えるの。

 だから、本来は護るという本能と

 それを全うしようとする自分の心に

強い忠誠心を持っているわ。

 かなりストイックよ。

 もし、ダーカーが煩悩のままに

動くとしたら

 より善悪の判断も

極端になってる可能性があるから

 些細な行動すら勘に触れば

制裁を加えないとも限らないわ。

 その制裁も、理性も

手加減もないものになる恐れがあるから

 細心の注意を払ってね」


「護る・・・か・・・

 自衛なのかな・・・今の目的は」


「わからないわ」


「話しかけてみるか・・・」


「来るわ」


「怖いですのぉ~」


「ラフレシア、私の後ろにっ」


「はいですのっ」


振り返って見てみると

アクアリンがすっと

ラフレシアの前に出たところだった。


「ありがとう。アクアリン」


「私がこの子を護りたいだけよ、カムイ」


「ですのっ」


そのアクアリンの左腕の方から

横になった顔半分を覗かせて

こちらの様子を伺うラフレシアが見えた。

マームのあれがお気に入りのようだ。


「きっと大丈夫だよっ」


「はいですのっダーリン」


そう言って

耳をぴくんっとさせた。

ボクは未だに鳥肌が収まらなかったが

精一杯のやせ我慢で

一歩前に居たアルの横に並んだ。


「お~

 いい度胸だ、カムイ。

 見直したぜ」


「大丈夫かい?

 カムイ・・・」


「かろうじて・・・」


思わず本音が出た。


「さ~てっどうすっかな~」


「流石に攻撃とかしてこないよね・・・」


「さ~なっ

 オレも対峙するのは初めてだからなっ」


「ボクが行こう。説得してみるよ」


「話を聞くとは思えね~が・・・

 じゃ~先方は譲るぜっ。

 カムイっ、こ~ゆ~のを人間様は

 レディファーストって言うんだろっ」


あまりの得意げなパルポルンの表情に

現状を忘れ、

面白いから黙っておくか、

それともちゃんと教えてあげるかの

自分会議を始めようとした矢先、


「ボクはレディじゃないよっ。

 ふっ」


とアルがボクの楽しみを横取りした。


「ん?」


パルポルンはピンと来ていない。

その様子が

尚更可笑しかったが

今はそれどころじゃなかった。


「話してくる」


そう言うと

アルは先頭に居たパルポルンの前に出た。

ボクは

パルポルンの

『ん?』

は無視ですか?

と心の中でつっこんだ。


「ダーカー

 落ち着いてください。

 ボクらはあなたに

危害を加えるつもりはありません。

 話・・・できますか?」


「・・・」


ダーカーは

何の反応もせずにゆっくりと、

それでいて

勇ましく漆黒の炎を纏ったまま、

ほんのすこしずつではあるが

確実に真っ直ぐに

こちらに近づいてくる。


「望みは何です?」


「・・・」


やはり無反応だ。


「やっぱ聞く耳持ってね~ぞ、そいつ」


「でも話しかける以外に方法は・・・」


そうアルが言い終わる前に

ダーカーから一閃

光がアクアリンを貫いた。

次の瞬間、

光に包まれたアクアリン。

凄まじい閃光と

耳を劈くような金属音の中、

後ろのラフレシアを残して

アクアリンは丸め込まれるように

光の球体ごと消滅した。


「アクアリンっ」


皆が一瞬で凍った。


「アクアリンは?

 アクアリンはどうなりやがったの?」


「ダーリンっ

 アクアリンが消えたですのぉ

どうしたですのぉ」


「ごめん。

 良くわからなかった・・・」


狼狽するオルマリアとラフレシアを

安心させる言葉が見つからなかった。

アクアの中でも

アクアリンを宛てにしてた分、

絶望感にも似た感覚が

頭を過ぎった。


「きっと無事だよ。

 ボクが必ず見つけ出す」


アルが冷静に言い放った。

いつもなら、

アルの一言で

大概は根拠の無いまま安心できた。

しかし、

今回ばかりは

精一杯の虚勢にしか感じられなかった。

皆、『きっと無事だ』と

思い込むことしか出来なかった・・・


「アル、どけっ」


そう言うとパルポルンがアルを押しのけた。


「おいっ。

 アクアリンを何処に飛ばしやがったっ」


「・・・」


「何とか言えっ

 このやろうっ」


「・・・」


漆黒の影は、

勇ましく燃える炎のように

『怒り』にも似た感情を纏っている。

ボクらには、

その衰えることの無い激情の勢いを

抑える術は無かった。


「くそっ

 とりあえず皆下がれ。

 ダーカーから距離をとれっ」


パルポルンはそう言いながら、

皆を下がらせた。

にじり寄る脅威と

次第に狭まる背後の壁との距離に

呼吸が出来なくなりそうなほどの

威圧感を覚えた。

こんな状況の中、

それにも拘わらず

意外と冷静でいられるのは、

どこかで、まだ

これが現実ではないのではないかという

疑心暗鬼が成せる技なのだろうか。

不思議な感覚だ。

そんな中、

エントランス側の扉が

勢い良く開いた。

ボクらは勿論、

ダーカーの意識もそちらに向いた。

誰もがゼルクの帰還に期待したが

そこに居たのは、

先ほどボクらを助けてくれた

フレンという青年だった。


「ダーカー?

 この・・・姿は?」


「フレンっ」


「皆、無事かっ?」


「あぁ

 大丈夫だっ」


フレンはそのままそっと部屋に入ると、

ゆっくりとドアを閉めた。

瞬時に状況を把握したようだ。


「どうやらまずい状況みたいだな」


「あぁ

 どうしようもね~」


「話しかけても返事もしてくれないしね」


「ただ、アクアリンが消されやがったわ」


フレンに一番近かったオルマリアが

小さい声で呟いた。


「消された?」


フレンはアルへと視線を投げた。


「どっかに飛ばされたんだと思う」


「そうか・・・

 ダーカーに階層を越えるほどの

チカラはないはずだから

 パンダミオのどこかにはいるはずだよ」


「怪我をしてなきゃいいんだけど・・・」


「大丈夫さっ。

 なんたってアクアだからね彼女は」


「えぇ」


「アルっ

 絶対に大丈夫だっ」


パルポルンは、

疑いの余地もないと言わんばかりに、

自信たっぷりにそう言った。


「そうだよ。信じよう」


今のボクにはこれが精一杯だった。


「アクアリンなら

 きっと大丈夫でいやがるわ」


相変わらず、

場の空気を豹変させるほどの言葉遣いだ。


「アクアリンお姉さまは

 きっと大丈夫なのだぁ」


ラフレシアだけは、

明らかに自分に言い聞かせてるようだ。


「皆、ありがとうっ

 それに、

きっと大丈夫さっラフレシアっ」


「そうのっ」


弱気にこそなっていないが

心配しているアルを

皆が自然に励ました。

最終的には

ラフレシアが一番不安だったようだ。


「さてと・・・」


そう言って、

フレンがダーカーへと視線を移すと

2回目の閃光が

オルマリアへ向け放たれた。


「オルマリアっ」


フレンがオルマリアの手を引き寄せたが、

そのまま光に包まれ、

アクアリンの時と同じように

オルマリアの姿だけが忽然と消えた。


「なっ・・・」


目の前で起こった信じがたい現象に

フレンも驚きを隠せないでいる。


「またアクアかよっ」


そのパルポルンの言葉に


「そういうことかっ。

 皆、ラフレシアを護るんだっ。

 ダーカーの狙いはアクアだ。

 アクアの特殊な能力を

恐れてるのかもしれないっ」


フレンの言葉に

4人ともラフレシアとダーカーの間に

割って入った。


「咄嗟に前に出てはみたけど、

 こんなことしても時間の無駄じゃない?

 ボクらを順番に飛ばして、

最後にラフレシアを飛ばせばいいことだろ。

 それより、もう攻撃してきてるんだから

逃げた方が良くない?」


自分でもびっくりするくらい

冷静な発言だった。

ただ、残念なことに

その内容は

別に気の利いたものではなかった。


「フレンどうする?」


「よしっ

 とりあえずラフレシアを護りながら

エントランスへ避難しよう」


「くそっ・・・」


パルポルンも仕方なく従おうとした時、

先ほどからダーカーが放つ光とは

明らかに異質な光がラフレシアを包んだ。


「ラフレシアっ」


「くそっ」


皆が最悪の事態を想定したが

ラフレシアの姿はそこに留まっていた。


「消えない・・・?」


ダーカーに目をやると

ダーカーは動きをとめていた。


「なんだ?

 どうなってる?」


「わからない・・・」


ダーカーは動かないというより

動けないで居るようだ。


「この光はラフレシアだ。

 ダーカーからの攻撃じゃない

 ラフレシア自身が・・・

発光している・・・」


フレンの言葉に

ラフレシアに目を凝らした。

さらに輝きを増すラフレシア。

しかし、

不思議と眩しくはなかった。


「おいっラフレシアっ」


パルポルンの呼びかけに

返事は無かった。

軽く目を閉じて

しなやかに立っている。


「ラフレシアっ」


と次の瞬間、

ラフレシアの足元から

温かい風が湧き上がり

ラフレシアの体がゆっくりと

宙に浮き始めた。


「ラフレシアっ」


「触ってはいけないっ」


ラフレシアに手を伸ばそうとしたが

フレンに制止された。

ラフレシアはそのまま30cm程浮いて

ゆっくりと回り始めた。

それに共鳴するかのように

ボクの刻印のアテナが

ゆっくりとカウントダウンを始めた。


「アテナが・・・」


「どうしたんだいカムイ?」


「アテナが減っていってる」


「アテナが?」


「うん」


「もうすぐ0になる・・・」


「パラスは?

 パラスはどうなってるんだい?」


「パラスは見えない。

 アテナだけが回転せずに

数字だけが減っていってる」


「そんなことが・・・」


「0になった・・・」


0になった瞬間、

人間界の記憶が

一瞬フラッシュバックしてすぐ消えた。


「ゼロ・・・」


思い出しそうで思い出せない歯がゆさに

溺れる間もなく、

0が光を放ち∞へと形を変えた。


「大丈夫かい?カムイ」


「う・・・うん大丈夫。

それより、0が∞に変わったよ」


「ムゲンダイ?」


「うん

 人間界ではこんな横型の八の字で

一般的には無限大とか言うけど、

ウロボロスとかメビウスの環とか、

呼び方は色々あるんだ。

その形に変わった・・・」


「ムゲンダイって?」


「一般的には無限に大きいって意味だけど、 この無限大の『マーク(∞)』になると

 これが難しくて・・・

 考え方次第で

無限とも有限ともとれるんだ。

だから、何を表してるのかわからない」


「そうか・・・」


「あっ」


「どしたっ」

「どうしたんだい?」


「無限大が光に溶け込んで

 消えた・・・」


そのボクの胸元で

光を発していた『∞』は

その光に飲み込まれるように消えた。


「大丈夫かい?カムイ」


「うん・・・あっ

 光がラフレシアに流れ込んでいく」


「えっ?ラフレシアに?」


「うん」


輝きを増したその光は

ゆっくりとラフレシアへと流れ込み

ラフレシアの発光に輪を掛けた。

ただ、この現象は

他の誰にも見えてはいないようだった。


「離れるんだ」


ラフレシアの変化に、

フレンはボクらを下がらせた。


「どうしたんだこれ?

 フレン何が起こってる?」


「たぶん・・・

 ラフレシアが・・・進化する」


「なにっ?」


「まさか・・・」


フレンをはじめ、

アルやパルポルンも知ってるようだった。

ラフレシアの・・・と言うより、

アクアが進化するということを・・・


「あぁ

 普段アクアは

絶対に進化するとこを見せないんだ。

 もちろんボクも見たことは無いけど、

 これがたぶんアクアの進化だよ」


「どういうこと?」


「あぁ・・・

 アクアは成長過程で

3回の進化を遂げるんだ。

 その時期は個人差があるんだけど・・・

 これが恐らくラフレシアの

第一の覚醒だと思う。

 ただ進化が起きる前には

前兆があると言われてるんだ。

 キミは何か気付かなかったかい?」


「そういえば、あの水浴びした辺りから

 アクアリンとオルマリアが

ラフレシアにべったりだったような・・・」


「そういえば・・・

 ずっと三人一緒だったね。

 いつもはそれぞれ

マスターの傍にいるのに・・・」


「きっと二人が

 ラフレシアを気遣ってたんだな。

 たぶんラフレシアも

必死に平静を装ってたんだと思う」


「えっ?

 進化の前兆って辛いの?」


「ボクも聞いた話だから

 良くはわからないんだけど

 辛いみたいだよ。

 そして進化の瞬間は一人で迎えるらしい。

 理由はわからないけどね」


「ラフレシア・・・」


そんな

ラフレシアの異変に気付けなかった自分が

情けなかった。


「カムイに心配かけたくなかったんだよ」


「そうだよ。

 それに、見られたくないんだから

 バレないようにしてて当たり前だろっ。

 アルやオレですら気付かないんだから

 お前が気付かないのも無理ないぜっ。

 だから、今、

反省の自分会議を始めんじゃね~ぞっ」


「キミがそれでも納得できないなら、

 彼女が帰ってきたら、

 今度はちゃんと見ててあげればいい。

 過ぎたことを後悔してもどうしようもない。

 この先、キミがどうしたいかを

 考えればいいんだ」


みんなの温かい心が流れ込んできた。


「ありがとう・・・」


独り言だったが、

勿論みんなには聞こえていただろう。

次第に大きく激しさを増す輝きに

この部屋全部が飲み込まれた。

先ほどとは違い眩しさを感じた。


「みんな、この光を見てはいけない。

 目をやられるぞっ」


その言葉に咄嗟に目を閉じ、

さらに腕で目を覆った。


「大丈夫かみんな?」


「あぁ」

「おうっ」


「うん、大丈夫っ」


目をつぶってるせいで

時間が何倍にも感じた。

体感的には

5分くらい経っただろうか

再び大気が

足元からゆっくりと

立ち上るのを感じた。

その大気が

螺旋の風のように舞い踊りながら

光ごとラフレシアを

包み込んだかのような感覚が流れてきた。

腕でかばったまま

そっと薄目を開くと

ぼんやりと自分の足元が見えた。

そのままゆっくりと目を開くと

先ほどの眩しさはなく

しっかりと見開くことができた。


「なんか、もう大丈夫そうだよ」


と視線を上げると

既にみんなは目の前の何かを見ていた。


「何?・・・これ・・・」


柔らかそうな光の繭を

風がゆっくりと螺旋状に流れながら

包んでいる。

とても温かい光景だった。

その中心の繭らしきものは

軽く2m以上ある。

中が透けて

色とりどりの光が交錯するなか

何かがゆっくりと縦に回転をしている。


「これ・・・ラフレシア?」


「恐らく・・・

 今まさに進化してる最中だと思う。

 このまま見守ってあげよう」


「でも、見てもいいのかな」


「見るってより

 護らね~とまずいだろ今は」


「う・・・うん・・・」


とダーカーの方を見ると、

先ほどと同じ場所に

留まったままだった。


「どうなってんの?」


「わからない・・・この光のせいなのか

 他の要因があるのか・・・」


ラフレシアがこのままな以上、

置いて逃げるわけにもいかない。

かといって身動きしないダーカーに

何かが出来るわけでもない。

確かに見守るしかなかった。

そういった緊張感のある

異様な光景の中

ボクらは時が来るのを待っていたが、

意外にも早くその時は訪れた。

皆が見守る中、

繭の中で交錯していた光が

次第に中心のシルエットへと

収束し始めた。


「はじまるぞ」


フレンの言葉に一同が固唾を飲んだ。

光は徐々にラフレシアと思われる

シルエットへと流れ込む。

色の変化を繰り返し、

次第にカタチを成していく様は

明らかに

『進化』

を感じさせた。

繭の中で、

胎動を続けたまま

光を余すことなく吸収し続け

交錯していた光を

全てその身に受け入れたそのシルエットは

まるで化学反応のように

一瞬輝きを増したあと

柔らかい光をうっすらと纏ったまま

頭を上げた。

次の瞬間、

螺旋状に渦巻いていた風のローブが

一瞬にしてその動きを止め、

ゆっくりと解れた。


「終わったようだね・・・」


膝をかかえていた両の手が

ゆっくりとほつれる。

しなやかな四肢が

繭をゆっくりと掻き分けた。


「ラフレシアっ」


そこにいたのは

紛れもなくラフレシアだった。

意外だったのは、

繭に居たときと違い、

覚醒後と言う割には

見た目はさほど変わってなかったことだ。

ゆっくりと繭から出てくるラフレシア。

ラフレシアの足先がローブに触れた瞬間、

それは風へと姿を変え、

さらに螺旋を描きながら

天高く巻き上がり消えた。

降り立つラフレシア。

改めてよく見ると

体色が少しだけ深みを増している。

身長は30cm程高くなってるようだ。

ボクより50cmは大きくなっている。

凛と落ち着き払った様子に

頼もしさすら感じながらも

置いてきぼりにされた気がした。


「マスター」


見た目から想像してた通りの

声のトーンと雰囲気に

覚醒の片鱗を重ね合わせた。


「お帰り、ラフレシア」


「ただいま」


「気分はどう?」


「問題ないわ」


「おめでとう、ラフレシア」


「ありがとうアル」


アルは普通に受け入れているようだった。

ボクはと言えば、

初めて出逢った時のような言葉遣いに、

成長や進化という喜びより、

距離感を感じていた。

素直に喜んであげられていない

自分の小ささに

軽く自己嫌悪に落ちた。


「よ~

 べっぴんさんになったな~ラフレシアっ」


「ふふっお上手ねパルポルン」


いつもなパルポルンに、

アクアリンばりの返事をしている。

あの人懐っこい感じにやっと慣れて

心地良ささえ感じるようになった

そんな矢先だったため

少しだけ寂しさを感じた。


「大丈夫だよカムイ

 離れてなんかいないよ」


「そうだぜカムイっ

 まんまじゃね~かっ

心配すんなっ」


と、ボクの様子を察したのか、

いつものように心が見えたのか、

二人して耳打ちしてきた。

全く・・・

後者だとしたら不法侵入もいいとこだ・・・と笑いが込み上げてきた。


「そりゃ~悪かったなっ」


やはり後者だったようだ。

そんな悪ぶるパルポルンと、

黙って微笑んでいるアルを見ていると、

なんとなく

素直に受け入れることが出来た。


「うん・・・

 ありがとっ」


「あぁ」

「おうっ」


こういうとこは

茶化さずにいるパルポルンに

大人な感じを受けたが、

そもそも、

アルは

それが普通に出来ていることを考えると、

ボクはパルポルンを軽視していたようだ。

そんな中、

今まで忘れていた鳥肌が

背筋の中心から全身へと広がった。


「ダーカーが・・・」


フレンの言葉に

皆、ダーカーの方へと向き直ると、

さっきまでこちらに向いていた

ダーカーの意識が

明らかに

ラフレシアに集中しているのがわかった。

そして、それに呼応するかのように

じわりと動きを取り戻した。

それを感じ取ったのか

無言のままラフレシアが前へ出た。


「ラフレシアっ」


ラフレシアは振り返ると

何も言わず薄っすらと微笑んで見せた。

その笑顔は

ボクの恐怖に支配されそうな心に

安寧に光を灯した。

向き直るラフレシア、

そのままダーカーを見据えた。

ゆっくりと

なめずるように近づく動のダーカーに対して

そっと立ちはだかる静のラフレシア。

互いの距離は見る見る縮まっていった。

ただ、

その目の当たりにしてる光景に

緊張感はあるものの

負の感情は微塵も無かった。


「アクアにはあらゆるものを

 浄化する能力を持つ者もいると

聞いたことがある。

 覚醒したラフレシアならもしくは・・・」


「ボクもいつだったか聞いたことがある。

 あらゆる能力を持つアクアのなかで

 浄化能力にずば抜ける

アクアが存在するって・・・

 突然変異なのか

覚醒によるものなのかは

わからないらしいけど・・・」


フレンとアルの言葉に

先ほどのラフレシアの笑顔がリンクして

その都市伝説のような話が

ボクの中で現実味を帯びた。

しかし、

そんな未確定な安心感の中


「おいっ二人とも、

 あんまプレッシャーかけるなよっ

 ラフレシアっ

お前もちょっと待てっ

 この話はあくまで

聞いたことがあるってだけだ」


と見かけによらず

冷静なパルポルンの言葉にはっとした。


「あぁ・・・ごめんラフレシア。

 キミに押し付けるつもりはないんだ。

 パルポルンの言う通りだ」


この時ばかりはアルも慌てて訂正した。

アクアというだけで

元々期待してたうえに

さらに覚醒までしたのを

目の当たりにしたボクらは

少々舞い上がっていたようだ。

完全に人任せにしていた自分に

憤りを感じた。


「ありがとう。

 でも、私がこうしたいの」


とダーカーを見据えたまま

ラフレシアが口を開いた。


「そっか・・・じゃあここで見守ってる。

 でも、無理はしないでね」


自分会議に入る間もなく

ボクの口は勝手に動いた。


「おいっカムイ聞いてなかったのか?

 確実性はないんだ。

 ラフレシアに

何かあってからじゃ遅いんだぞっ」


「わかってるよ。

 でも、ラフレシアがしたいと言ったんだ。

 ボクはラフレシアのしたいようにさせたい」


「まったく・・・」


「カムイ、本当にいいのかい?」


「うん」


「他にもアクアが・・・

 せめてアクアリンと

オルマリアがいれば・・・」


「そうだね・・・

 でも、今は他に方法がないだろ・・・

 悔しいけど・・・

 ボクにはどうすることもできない・・・

 信じて見守るしか・・・」


「くそっ」


パルポルンが悔しそうに叫んだが

パルポルンだけじゃなく

皆が自分の無力さを痛感していた。

次の瞬間、

ダーカーから初めて

殺気のような凄まじいオーラを感じた。

色んな思いに困惑していたボクらの

意識を吹き飛ばすには

十分すぎるほどのオーラだ。

それに反応するかのように

ラフレシアが左右にゆっくりと大きく

両の手を広げると

その両の手より

さらに長く大きな真っ白い翼が

それに追従するかのように現れた。


「翼・・・」


「アクアに翼が・・・」


アルもパルポルンも初めて目の当たりにしたような光景に目を離せずに居る。

すると攻撃的だったダーカーの気が

一瞬ひるんだように解れた。

その一瞬に

ラフレシアの広げられた両の手と翼が

優しくダーカーを包み取り込んだ。

一瞬だった・・・

ほんの瞬きほどのうちに

事は済んだ。

大きく温かな光の玉が

ラフレシアの腕に抱かれていた。


「ラフレシア・・・」


「おいっ大丈夫かっ」


「・・・」


皆でラフレシアの正面に周りこんで

声を掛けるが反応は無かった。

静止したラフレシアの腕の中で

ゆっくりと回転する光の玉。


「これが・・・浄化なのかな・・・」


「たぶん・・・なっ」


「初めて見る光景だ・・・

 アクアにはどれだけの能力があるんだ・・・」


「凄い・・・ね・・・」


皆で見守っている中、

光の玉が一瞬だけ微震した。


「今・・・」


「あぁ・・・」


「終わったのか?」


その瞬間、

若干だが

ラフレシアの表情に険しさが走った。


「様子がおかしい」


「ラフレシア・・・」


ボクを襲っている鳥肌が

まだ消えないことに気付いた。

一瞬、終わったかと思ったが

そうではなかったのだと

ボクだけじゃなく

皆がその時気付いた。


「まだだ・・・

 まだ、終わってね~ぞっ」


ラフレシアの抱く光の玉が

色を変え、形を変えして

もがきはじめた。

変化が激しさを増すなか、

ラフレシアの表情も険しさを増す。

浄化しようとしているのか、

ただ幽閉しているだけなのか分からないが

苦戦しているのは明らかだった。

悲鳴にも似た金きり声のような音を響かせ、さらに暴れ

もがき苦しんでいるかのようなダーカー。

理性の無い禍々しい獣の

その凶暴さを彷彿とさせるあがきに

背筋に悪寒が走った。


「ラフレシアっ」


警戒を促そうとした瞬間、

ラフレシアの左腕と翼が弾かれ

闇が這い出てこようとしたが

それより先に

ラフレシアの左腕と翼が

再び包み返した。


「ラフレシア、やはり無理だ。

 開放するんだ。

 でないとキミがっ」


叫ぶフレン。


「もういいっ

 離すんだっラフレシアっ」


「ラフレシアやめろっ

 そいつから離れろっ」


アルもパルポルンも

ボク以上にフレン同様制止した。

それでもあきらめないラフレシア。

両の腕と翼でしっかりと包み込んだまま、

ラフレシア自身が

心臓のように体全体で鼓動を繰り返す。

次第に早まる鼓動。


「おいっラフレシアっ

 もうやめろっ」


「ラフレシアっ離すんだっ」


「ラフレシアっもういいからっ」


皆が必死に制止する中、

ダーカーがラフレシアごと突き破ろうとしたその刹那


「みんなっチカラを貸してっ」


その聞き慣れた声に付き従うように

幾体ものアクアが

まるで光が降臨したかのような

神々しさを携えて舞い降りてきた。

そのまま、

ラフレシアをドーム状にとり囲むと

時を待つかのように静止した。

その先陣を切っていたのは、

先程ダーカーによって消された

アクアリンだった。


「アクアリンっ」


何がどうなっているのか

混乱すると同時に

一筋の確実な希望が舞い降りた瞬間だった。


「今よっ

 カムイっ

 チカラをっ」


「チカラって・・・」


「ラフレシアへの想いをっ」


そう言われて、訳も分からず

ただラフレシアのことを考えた。


「ラフレシア

 ラフレシア

 ラフレシア・・・」


胸元が熱くなり輝きを宿し始めた。

その光がアクア達へと流れ込んでゆく。

一斉に輝きだすアクア達。

いくつもの光の輪が

幾重にも幾重にも広がり

半球体の大きな光のドームが誕生した。


「凄っげ~・・・」


パルポルンだろうか、微かに声が聞こえた。

次第にチカラを増すその光は

何度も何度も色を変え輝いたその瞬間、

ラフレシアの翼が

その光のドームを突き抜けた。

そしてそのままアクアのドームごと

ゆっくりと大きく包み込んだ。


「うわぁ・・・」


固唾を飲む光景が

目の前を埋め尽くした。

暫くすると、

ラフレシアの翼が

光のドームに溶け込んで

ゆっくりと消えた。

じんわりと光る光景に

目の焦点が合ってくる。

闇に焼きついたような

光の影が立体感を帯び

生命感を宿した。

宙に浮く

ラフレシアをはじめとするアクア達。

その中心に光の玉が浮いていた。

そんな光景のなか、

暫くじっと浮いていた光の玉が

ふっと弾けると

じんわりと

ダーカーの輪郭が浮かび上がった。

ゆっくりと浄化されるかのように

光が収束し、姿が現れた。

全身ローブを纏っている。

顔はフードで見えない。

身長は明らかにボクより小さく

体型はか細い。

さっきまで見えていたのは

完全にオーラだったようだ。


「ラフレシア・・・」


アクアリンが

ゆっくりと

ラフレシアを抱きかかえながら

舞い降りた。


「ラフレシアっ」


「大丈夫よカムイ。

 気を失っているだけよ。

 覚醒したてでチカラを使ったせいね・・・

 直に目覚めるわ」


「そっか・・・良かった・・・」


「カムイ、ありがとう。

 ラフレシアにチカラを貸してくれて・・・」


「えっ」


身に覚えのない『ありがとう』に

素直に返事を出来ない違和感を覚えた。


「見て御覧なさい・・・」


アクアリンがボクの胸元に視線を落とした。

その視線の先に0という数字が浮いていた。


「戒律の・・・刻印」


「そうよ・・・」


良く見るとアテナもパラスも

0の状態で回っていた。


「0・・・」


「カムイ・・・

 あなたの刻印が

 ラフレシアを支えたのよ」


「そう・・・なの?・・・」


「えぇ・・・

 あなたがひたすらに純粋に

 ラフレシアのことだけを

 考えてくれたから。

 私達は繋げただけ

 その想いを」


「想い・・・」


「えぇ

 そうよ・・・」


しんみりしそうな空気を

切り替えるかのように

パルポルンが

意図的か否か、口を開いた。


「それにしても、

 やっぱアクアに頼っちまったな

 サンキュなっ」


「そうだね・・・

 ありがとう、みんな・・・」


パルポルンもアルも

自分の事のように礼を言った。


「いいのよ」


アクアがこんなに大勢いるのに

返事がきれいにハモった。


「うわぁ・・・」


「どうしたのカムイ?」


不思議そうに

アクアリンがボクを覗きこんだ。


「いやっ・・・

 きれいにハモったと思って・・・」


「ふふっ」


「ま~こんくらい息が合ってないと

 あんな芸当は無理だわなっ」


「そう・・・だね・・・ははっ」


なんとなく笑いが乾いてしまった。


「みんな、ちょっといいかい?

 このダーカー何かを・・・」


フレンのその言葉に

ダーカーに視線を向けると

ローブの胸元に小さな光が灯っていた。


「大丈夫よ。

 あれは、はぐれた魂の息吹。

 どどっか~んから飛ばされやがった魂よ」


オルマリアだった。


「オルマリアっ・・・」


「遅くなりやがってごめんなさい。

 彼女に頼まれやがったの。

 ゆりかごを持ってきやがれって」


「彼女?」


「えぇ」


「彼女って?」


「貴様の目の前に居やがる彼女がそうよ」


とオルマリアは

目の前のダーカーに視線を投げた。


「!!!っ」


パルポルンはもちろん、

そこにいたアクア以外の

ボクら全員が驚いた。

ボクらの完全な思い込みだが、

てっきり男性だと思っていた。


「女性?」


「えぇそうよ。

 女性よ」


「えぇ~~~っ

 ダーカーにも女がいんのか?」


「何かおかしい?」


「いやっ・・・

 おっかね~イメージしかね~から

 てっきり、いかついおっさんだと

思ってたからよぉ・・・」


「ふふっ」


「お前らアクアがびっくりしね~とこ見ると

 もしかしてアクアは皆知ってんのか?」


とパルポルンは

右にいた他のアクアの方を振り返って

そう言った。


「えぇ

 アクアはマスターに出逢うまでは

 この魂魄界の生態系と役割を学ぶのよ。

 ある程度のことならわかるわ」


たまたま

パルポルンと目が合った

水色をしたアクアが答えた。


「何で教えてくんね~かな~」


そう言いながら

アクアリンの方に向き直った。


「ふふっ・・・

 アナタが聞かないからよ、パルポルン」


からかってる風もなく

アクアリンが答えた。


「聞くも何も・・・」


「まぁまぁパルポルン」


軽く釈然としてなさげなパルポルンに

アルが声を掛けた。


「まぁまぁって何だアルっ

 オレは怒ってね~し、落ち着いてっぞっ」


「その話は後でいいかい?

 話が進まないよ」


「なんだよぉ~オレが悪いのかぁ?」


「そうは言ってないよ」


「ふふっ」


「ほ~らみろっ笑われたっ」


「ふっ」


「お前が笑うなっアルっ」


「カムイっ今お前も笑ったろっ」


「はぁ?」


思いもしない変化球に

油断していたせいで

気の利いたリアクションも取れないまま

素で答えた。


「冗談だよ、カムイっびびったか?

 ははははっ」


八つ当たり的な

オチのネタにされたようだ。

何か話が

訳分からなくなってきたところに


「続けていいかい?

 おふたりさんっ」


と、このやり取りを見ていたフレンが

脱線した話を引き戻してくれた。

それにしても今の『お二人さん』は

ボクとパルポルンのことだろうか?

何かどうでもいいことが気になった。


「で・・・頼まれたって何を?」


「ダーカーはそのほとんどが女性なのよ。

 立場上、多くを語れないから

会話は必要最低限しかしないの。

 それもあって、パルポルンの言うような

イメージが定着してるみたいね。

 まぁ、役目が役目だけに

そのイメージの方が

都合がいいみたいだけど」


「そっかぁ・・・」


「そして、あの光に包まれたときに

 彼女の意識が流れ込んできたの。

 この息吹を連れて帰りたいって・・・

 手を貸して欲しいって」


「どういうこと?」


「彼女が秤に乗った瞬間に

 この子を奪われそうになったそうよ」


「それで秤を拒否した・・・」


「そう

 それが原因で秤が停止したのね・・・」


「その後、

 限界点を超えた皆の暴走が始まって・・・」


「えぇ」


「じゃあよ、ダーカーの煩悩は

 その魂を守ることだったってことか?」


「そうよ」


「守っていたのか・・・

 確かに、

生まれたての魂が秤に掛けられると

どうなるかわかんね~からな・・・

 かといって、外に置いとく訳にもいかず、 連れて入ったってのか?」


「えぇ

 何も問題は起きないと思っていたそうよ。」


「ところが、

 神樹が気付いて引き離そうとした・・・」


「えぇ

 それを彼女が拒否したことで、

 神樹が一時的に機能を停止したの。

 魂の息吹にも危険が及ぶと判断したのね。」


「まさに空前の灯火ってやつだなっ」


どんだけ大ごとだっ。ブームかっ。


「風前の灯ね」


「カムイいちいち復唱すんなっ」


「復唱じゃないよっ

 訂正されているよパルポルンっ」


「なっ・・・」


「ふっ」


「鼻で笑うなっアルっ」


「ごめんごめんっ」


「カムイはさらっと訂正した後、

 放置かっ傍観かっ」


「ごめんごめんっ」


「アルの真似すんじゃね~」


「こらこら、話が進まないじゃないかっ」


フレンがパルポルンを制止した。


「ちぇっ

 ま~たオレかよっ」


すこ~しいじけるパルポルンを他所に

アルが何事もなかったかのように続けた。


「煩悩の覚醒で

 凶暴性が開放されたんじゃなかったんだね」


「そう

 ただ、守るという本能に備わる

防衛本能の暴走を止められないって

 ワタシに助けを求めてきたの。

 アクアを集めて

彼女自身を止めて欲しいと・・・

 ワタシにもオルマリアと同じで

意識が流れ込んできたのよ」


「そうだったのか・・・」


「何だかお互いの勘違い的なことが

 原因だったみたいだね」


「神樹は、

 他のノア族より煩悩が覚醒したダーカーが

 外に出るのを恐れていたため

彼女の幽閉に集中してたみたい。

 そのうち、煩悩が覚醒したノア族

が神樹を抜け出して徘徊しだして

 神樹自体も幽閉力が落ちたとこを

ダーカーが抜け出したそうよ。

 それも、神樹を突き破ったとかではなく、 やっとの事で出れたらしいの。

 そこで力のほとんどを使ってしまって

 魂の息吹を守るために

私達を威嚇していたところ

 私達アクアに気付いて

頼ってきたってわけ」


「そうか・・・オレらはてっきり

 どっかに吹っ飛ばされたのかと思ったぜっ

 あん時は心細かったのなんのって・・・」


パルポルンがぼそっと本音を漏らした。


「あの時、

 彼女から攻撃的な意識は感じなかったわ。

 むしろ、

助けを求めてるようなオーラだったの」


「じゃ~

 敵意はオレら男にだけだったのかよ」


「ふふっ違うわ。

 男というより、

私達アクア以外の存在に対しての

威嚇だったの。

 ただ、あくまで威嚇としてだったのよ。

 でも、アナタ達が攻撃してたら、

本能的に反撃したかもしれないわね・・・」


「あっぶね~~~

 あんなのに攻撃されたら

たまったもんじゃね~よっ

 ほんとっアクアの特殊な能力様々だな~

 それにしてもダーカーにも

優しさってのがあったんだな~」


「それはボクらの勝手な思い込みだよ」


「まぁな

 あいつらもオレらと同じ

ノア族だしなっ」


「あぁ」


「あれは・・・母性・・・だと思う。

 ボクら人間の、主に女性には

母性ってのがあるって言われてるんだ。

 いや、女性だけとか

人間だけとかじゃない・・・かな」


「ボセイって何だい?」


「母性本能って言うんだけど、

 生まれ持った本能というよりは

 主に、行動の過程で

生まれるものらしいんだけどね。

 他者に対する愛情といったところかな。

 簡単に言うと、

自分以外の他者を護りたいと感じる

気持ちというか・・・

愛おしいと思う気持ちというか・・・

 思いやる気持ちというか・・・

漠然としててごめん。

 ただそれが必ずしも

万能じゃないみたいだけどね」


「ボセイか・・・

 普通に優しいじゃいけね~のか?」


「良いと思うけど、

 たぶん状況や関係性で

表現を変えてるというか・・・

 微妙な違いはあって、

なんとなくそうだろうな~的な

使い方をするけど

 根本は同じことのほうが多いかな・・・」


「へぇ・・・人間様って複雑なんだね・・・」


「なんか、

 簡単なことをややこしくするのは

得意かもね・・・

 同じ気持ちでも、

個性や、住んでいる場所、

その時の感情や相手次第で

 言葉が生まれてくる。

時にそれが原因で誤解を招いたり

酷いときは

相手を傷つけてしまうこともあるよ・・・

 今では、年代によって

言い方が変わってることも少なくないから

 尚ややこしい世の中になってるんだよね~」


「なんだかめんどくせ~な~」


「確かに・・・

 ここ魂魄界にきて、

改めてそう感じるよ・・・」


「それにしても、

 ダーカーのローブの下初めて見たぜ。

 意外とというか全然普通じゃね~か~」


面倒くさかったのか、

それ以上の興味が湧かなかったのか

パルポルンがするりと話を変えた。

やぶから棒というかマイペースというか

パルポルンの話題の切り替えは唐突で

ときたま頭が付いて行かない。


「ダーカーは独自の正義を許された

 単体の守護者だから

 信頼はしつつも

少し怖がられたりもしてるからね。

 基本、全身ローブで覆われてて

出で立ちも独特だしね」


さすがにアルは慣れている。

この切り替えにも遅れをとらない。


「まっオレはぜんっぜん怖かね~けどなっ」


その台詞に一同がパルポルンを見た。


「なっ」


心外を絵に描いたような顔をするパルポルン。


「ふっ」


反射的に素で笑うアル。


「鼻で笑うなアルッ本当に怖かね~ぞっ」


それを聞いていた

アクア達の肩が小刻みに震えていた。

笑いのツボは

人間もノア族も似ているようだ。


「わかってるよ」


「い~やっ

 その笑いはわかってね~」


なんだか微笑ましくも

安心できる光景だった。


「相変わらず面白いね」


思わず出た言葉に、

傍観者的、楽な立場を

自分で取り払ったことに気付いたが

後の祭りだった。


「面白くね~し、

 ほんとに怖かね~」


「わかったわかった。

 そういうことにしとこう」


「しとこうってなんだっ。

 お前までっ」


「冗談だよっ冗談。

 ちゃんとわかってるよっ」


たまにはからかってみたくなった

なんてとても言えない。


「本当かぁ~」


「うん

 本当」


「ボクも本当だよ」


「アルっなんだっその

 ついでに便乗感抜群の返事はっ。

 ちぇっ

ま~い~か~」


こんな感じで、ちょこちょこ和む。


「その子を預かりやがるわ・・・」


そんな言葉とは裏腹に

オルマリアが穏やかな笑顔で

ダーカーに声を掛けた。


「やがるって・・・ははっ」


オルマリアの言葉は何回聞いても慣れない。


「えぇ

 お願い・・・」


そう言うと

ダーカーはゆっくりと

その魂の息吹を

オルマリアの持つゆりかごの中に

解き放った。


「すぐ、戻るわ」


そうオルマリアに告げ、

ゆりかごに視線を投げた

ダーカーの眼差しに

おふくろさまの面影が重なった。

ボクも小さい頃

ああいう視線を

感じていたような気がする・・・

ゆっくりと秤に戻るダーカーを

ボクらは静かに見送った。

秤の扉が閉まると、

部屋の明かりが神樹へと流れ込むように

次第に部屋は暗くなり

その代わりに

うっすらと神樹が輝きを増した。


「ボクらも・・・」


と振り向きざまに声を掛けようと

二人に視線を投げると、

いつものびっくり顔で

二人とも固まっていた。


「ど・・・どうしたの?」


「ダーカーが・・・しゃべった・・・」


気を取り直したパルポルンが呟いた。


「あぁ」


二人とも気を取り直してはいるが

顔はそのままだった。

コントみたいだ。


「おいおいっ

 二人とも、

ダーカーが話せないと思っていたのかい?」


「びっくらこいた・・・」


「話せるんだね・・・」


フレンの言葉に二人ともやっと還って来た。


「普通に話せるよ。

 立場上、言葉に抑揚はないけどね」


「へぇ~」  


「おっ

 どうやら正常に動き出したようだな。

 出て待ってようぜ」


パルポルンが皆に促した。


「もう大丈夫のようだから、

 私はそろそろ戻るわね・・・」


周りのアクアより

少しだけ背の高い

黄色いアクアが口を開いた。


「ワタシも・・・」


「ワタシもおいとまするわ」


釣られるように、

そこにいたアクア全員が

次々に同調した。


「そっか・・・

 マスターどもが寂しがってるからなっ」


ほんの少しだけ

上から目線なパルポルンが戻ってきた。


「えぇ・・・ふふっ」


「だといいんだけど~」


「まったく~フェアリスったら~」


「ふふふっ」


帰ってくる言葉に

アクアの個性が垣間見えたが

皆、一様に穏やかな笑みを浮かべていた。


「ありがとう、みんな。

 マスターにもよろしく」


「えぇ

 またね・・・アクアリン」


駆けつけてくれたアクア・・・

ざっと30人前後がそう言って

降りてきた天井へと立ち上り、

こだまする声と共に

次々と心地よく

フェードアウトしていった。


「行っちゃった・・・ね・・・」


「あぁ」


「別に不思議じゃないぜっ。

 いっつもあんな感じだ。

 アクアだからな」


「おいおいっ

 何でもありみたいに・・・」


「ほぼ何でもありじゃね~か。

 な~フレン」


「ふっ

 まぁね」


「最高の褒め言葉として受け取っておくわね パルポちゃんっ」


「パルポちゃんっ」


「おうっ・・・褒めてんだぜっ・・・

 ってかパルポちゃん言うなっ

 ラフレシアもそこだけ

復唱すんじゃね~よっ

 ってかお前もいつ起きたんだっ」


「はいは~いっ」


「はいはいのぉ~」


この世界でも、

こういう時の返事は2回なんだ・・・

と思うより先に、

ラフレシアの雰囲気が

戻っていることに心からほっとした。


「その返事、

 ぜって~聞く気ね~なっ二人とも」


「そんなことないわよパちゃん・・・

 パルちゃん・・・

ポルン・・・ちゃんっ

ポちゃん・・・ルンちゃん・・・」


途中から、

若干フェードアウト気味だったのを見ると

明らかに意図的だ。

困ってる風にしながらも

微かに口元が笑っている。

アクアリンが小悪魔になっていた。


「おいっ・・・

 聞こえてるぞっ

公開テストみたいなことすんなっ

 因みに、パちゃんとポちゃんは

絶対やめろよっ」


「ふっ」

「ふっ」


アルとフレンの鼻笑いがかぶった。

パちゃんもポちゃんも

ボク的にはヒットなんだが・・・

そう思っていたが、

ルンちゃんはいいのかと若干気になった。

勿論、自分だったらどれも嫌だが・・・


「良いじゃないか、パルポルン。

 パルポちゃんで」


「良くね~

 だいたいパルちゃんならまだしも

 パルポちゃんって、何でそこなんだ」


「パルポちゃんっ」


「ラフレシアっ

 いちいち復唱するなっ」


当のラフレシアは満面の笑みだ。


「きっとアクアリンには

 その方が親しみを感じるんだろ。

 ねっアクアリン」


「それもあるわねっ」


「それもあるのぉねっ」


そういうアクアリンの表情は

含み笑い全開だ。

ラフレシアも復唱はマイブームのようだ。

よくよく見ると、

姿勢まで真似ている。

真似が好きと言うより

アクアリンが大好きなようだ。


「も・・・?」


「ほらみろっ。ぜって~わざとだっ

 カムイだって『も』で

ひっかかってんじゃね~かっ」


「アクアリン。 

 嫌みたいだから

呼び方変えてあげてくれないかい?」


「わかったわっ。

 もうパルポちゃんはやめるわっ」


「これでいいかい?

 パルポルン」


「ぜって~だぞっ」


「そんなにおかしくないのにねっ」


と意外と真顔でアルが言った。


「そうよね~」


「そうよのぉ~」


アクアリンは残念そうに小声で応えたが

含み笑いしていた。

ラフレシアはわかってるのかいないのか

ただ楽しそうだ。


「じゃ~お前は

 アルっぺとか呼ばれて平気かっ?」


「全然構わないよ」


「全然構わないのっ」


「何でお前まで返事すんだラフレシアっ」


「にゃ~のっ」


相変わらず全身全霊真似ている。

以前はそうでもなかったことを考えると

やはりブームなんだろうか。

それとも変なスイッチでも入ったんだろうか。

少し心配になってきた。


「私もアルフがいいなら良いわよ~」


「嘘だ~っ

 ってかオレがイヤだ。

 アルっぺなんてのとつるんでるのがイヤだ」


「わがままだな~

 ふっ」


「わがままだのぉ~」


「全然普通だっ。

 お前が気にしなさすぎなんだよっ」


とうとう

つっこむのが面倒くさくなったのか

ラフレシアはスルーされた。


「まぁまぁ

 パルちゃんいいじゃない」


「まぁまぁ

 パルポちゃんいいじゃないっ」


「おいっ

 パルポちゃんよりはいいと言っただけで

 そう呼んでくれなんて言ってね~ぞっ

 それにラフレシア、今のはわざとだろっ」


「にゃ~のっ」


一番楽しんでるのはラフレシアのようだ。


「じゃ~何て呼ばれたいのパルちゃんは?」


「・・・パル・・・パルポ・・・パル・・・」


パルポルンが慣れない自分会議に入った。


「わ~ったよ・・・

 パルポちゃん意外なら

何でもいいやっ任せるっ」


自分会議が面倒臭かったようだ。


「今のが

 自分会議って言うんじゃないかい

パルポルン」


アルがすかさずつっこんだ。


「今のが?」


「あぁ」


「ふ~ん面倒くせっ」


ビンゴ・・・


「おいおい・・・」


「あっ

 カムイっ気を悪くすんなよっ」


「大丈夫だよ。

 パルポルンも何気に気を遣うよね」


「何気言うなっ」


「ははっ」


「終わったかい?」


笑顔でフレンが声をかけてきた。


「おうっ」


「ごめんよ、フレン」


「いや、楽しめたよ」


とその笑顔に社交辞令さはなかった。


「楽しかねーっ」


こちらも素の心情のようだ。


「ふふっ」


「じゃあボクらも部屋を出ようか」


「あぁ

 そうしよう」


フレンの言葉に、

皆、当たり前のように部屋を出ようとしたが

ボクはここに残って見ていたいと思った。


「あの・・・

 ここにいちゃいけないのかな・・・」


「どうした、カムイ」


「いや、だめならいいんだけど」


「なんだよ回りくどいな~

 ここにいたいのか?」


「うん

 人間界ではこういう体験

できそうにないから・・・」


「かまわないよ、カムイ。

 何も禁止されてないから」


「あ~っアルっ

 なんでさらっと許可すんだよ~

 もうちょい焦らして

反応見たかったのによ~」


「えっ・・・」


相変わらずストレートだ・・・


「趣味悪いよ。パルポルン。

 さっきの仕返しかい?

ふっ」


「ちげ~よっ。

 だって、面白いじゃんか~

カムイのリアクション」


「まったく~」


結局、6人みな

ボクに付き合って

部屋の中で時が来るのを待つことにした。


「きれいだね・・・この神樹・・・」


部屋自体が真っ暗で、

その中心にある神樹から

光が幾つも幾つも明滅しながら

部屋全体へと走り散っている。

無数の流れ星が

あらゆる方向に絶え間なく

流れてるそんな感じだ。


「そうだね・・・ボクも初めて見たよ。

 いつもは、秤の中か、

部屋の外で待ってるだけだからね・・・

 こんなになってたんだね・・・

 ありがとうカムイ。

 カムイが言ってくれなければ

見ることはなかったかもしれないよ」


「だなっ

 まさか、こんな綺麗だとは

思ってもみなかったもんな~

 噂すら聞いたこと無いから、

見たことあるヤツいね~んじゃね~か?」


「そうだね。

 ボクも初めて見る」


「そっかぁ

 フレンも初めてなんだ?

 珍しいな、

好奇心の塊みたいなのになっ」


「ふふっ

 とんだ盲点だったよ・・・

 もしかしたら身近にまだ

たくさんこんなことが

転がっているかもしれないな・・・」


「そうだな・・・

 当たり前というか

疑問すら抱かなかったからな~」


このパルポルンの言葉に

後ろ髪を引かれる思いがした。


「それにしてもよ~

 オレらもこんなだったんだよな~」


とパルポルンが

ゆりかごを覗き込んで

珍しく興味ありげに口を開いた。

また周りを置いてけぼりにして・・・


「そうだね。

 不思議だよね・・・

 温かくて儚い感じがするのに

 力強い未来を感じる」


やはり、アルは慣れたもんだ。

パルポルンの変化球を難なくさばく。

頭の切り替えが早いのか、

ただ聞き流してるのか・・・

ま~アルのことだから前者だろうが。

パルポルンも自由なのか、純粋なのか、

目と脳と口が直結してる感じだ。

しかも瞬時に繋がる俊敏な神経を想像すると

笑いがこみ上げた。

そう思った矢先


「カムイっそれ絶対褒めてないだろっ」


とパルポルンがつっこんできた。

だった・・・

ここじゃ要所要所筒抜けなんだっけ・・・


「えっ・・・何が?」


と見え見えの白を切っても


「今、瞳孔が開いたまま

 俺を見ながら鼻が笑ってたぞっ」


バレバレだ。


「そっ・・・そんなことないよっ」


あまりにこてこてなリアクションに

自分でも絶句した。


「ふっ」


やはり、アルにも

ボクの頭の中が丸見えだったようだ。


「ねぇ~ちょっと聞いていい?」


誰にというわけじゃなく口を突いて出た。


「なぁにマスター~」


予想外のところから返事が来た。


「えっラフレシアっ

 起きてたの?」


アクアリンに

膝枕してもらっていた

ラフレシアからの返事にびっくりした。


「何を聞きたいのマスター?」


「その・・・みんなにはさぁ

 ボクの考えてることわかっちゃうの?」


「ふふっ」


真っ先にアクアリンが笑った。


「大丈~夫っ

 あてずっぽうの~」


とこれまた意外な返事が返ってきた。


「あてずっぽう?」


「まぁ~近からず遠からず・・・

 ん?いや・・・ 

まんま合ってるか・・・

 カムイくんだっけ・・・」


「あっはい」


そうか・・・

フレンさんとは

実際ちゃんと初対面の挨拶を

交わしてなかったのを思い出した。

しかも、

アルやパルポルン達の言動からすると

やはり年上のようだ。


「ボクはフレン。

 よろしく。

 ちゃんと自己紹介してなかったね。

失礼」


と、人間のように

ちゃんと帽子を取って頭を軽く下げた。


「あっこちらこそ。

 ここでは、一応カムイと呼ばれてます。

 はじめまして・・・

じゃないか・・・

 さっきはラフレシア共々助けていただいて ありがとうございます」


「お互い様さ」


「ありがとうございます」


「おいおいっ話が迷子になっちまうぞっ」


とパルポルンが我慢できなかったようだ。


「あっ・・・そうそう。

 ボクらノア族は自身の経験と洞察力で

答えを導き出すんだ。

 まぁ、人間様も同じだろうけど、

人間様より少しばかり

正確かもしれないね。

 だから心が読まれてるように

感じるんだろうね。

 実際は、ラフレシアの言うとおり、

あてずっぽうだよ。

 限りなく正解に近いけどね・・・

ふっ」


「な~んだ~そっか・・・

 って安心できないですね・・・

ははっ」


笑顔がひきつってるのが自分でもわかった。


「100%正解じゃないんだから、

 上手くかわせばいいのさ」


とフレンさんがさらっと言い放った。


「ですね」


フレンさんのたった一言に、

素直に納得できた。

年の功というほど

ボクらと大きく年齢の差はないのに

オーラに貫禄がある。

経験値の差だろうか。

ま~納得はできたが、

そう思い込めるかは別問題なわけで・・・


「ちなみにカムイ、フレンでいいぞ」


落ち着いた矢先だったためドキッとした。

全く・・・正確無比なあてずっぽうだ。


「ははっ・・・

 キミさえ良ければ

ボクもカムイと呼ばせてもらうから

 キミも好きに呼んでくれていいよ」


「あっ全然いいですよっ

 じゃあ、ボクも親しみを込めて

フレンと呼ばせてもらってもいいですか」


「あぁ

 全然かまわないよ」


「相変わらずかて~な~」


「まぁまぁ、

 そこがカムイの良いとこでもあるんだから」


「わかってるさっ」


「パルポルン。

 カムイをいぢめちゃだめよっ」


「おいおいっ

 いぢめてね~よっ」


「本当っ?」


「あぁ本当だ」


「じゃぁ~ラフレシアの変わりに

 私が許してあげるっ」


見ると

ラフレシアはアクアリンの膝で

また眠りについていた。


「また、寝たんだね」


「いいえ。

 ずっと寝てるわ。

 さっきのは寝ぼけてたのよ。

きっと無意識よ。

ふふっ」


「え?

 あんなにはっきりと寝ぼけるの?」


「あなたに寄り添いたい気持ちが

 強いのよきっと」


「そっか・・・

 ありがとっラフレシア」


「ラフレシアの代わりに許してくれて

 ありがとよっ」


捨て台詞なのか、本心なのか、

パルポルンが一応普通に礼を言った。


「ふふっ」


話が一瞬置き換わったにも関わらず

皮肉っぽくも一応礼を言うパルポルン。

パルポルンのこういうやり取りは

真剣さを感じる。

目を見ればわかる・・・

ような気がする。

って言うか、

ボクの話なのにボクは蚊帳の外かいっ

とひとり心の中でつっこんでみた。


「ふふっ」


アクアリンを始め、何人かが軽く笑った。

本当に呆れるほど精巧なあてずっぽうだ・・・


「それにしても、

 魂の息吹がはぐれるなんて

初めて聞いたな・・・」


そんな中、

フレンがちょっといぶかしげに口を開いた。


「確かに、聞いたことないね」


「ワタシも聞いたことないわね」


「じゃらいね・・・」


アクアリンもオルマリアも

聞いたことないとなると

相当珍しい現象なんだろう。

それにしてもじゃらいねって・・・

相変わらずだ。


「でもよ~

 あいつが嘘ついてるとは思えね~しな・・・」


「あぁ」


「そうだね・・・」


「えぇ、彼女は嘘はついてないわ」


「そうね。

 何も隠してやがらないし」


今度は、じゃらいねじゃないんだ

とつっこみたかったが、

一応、空気を読んでやめた。


「アクアのお前らが言うんなら

 やっぱそうなんだろうな。

 じゃ~やっぱ何かあるのかもしれね~な~

 なぁ~

ここが済んだら、

オレらもダーカーに同行してみね~か?」


「相変わらず唐突だね・・・

 まぁボクはいいけど・・・」


「でも・・・」


アクアリンが

ボクのほうをちらっと見て

心配そうに言葉を濁した。


「あっ・・・

 そうか・・・」


「わりぃ・・・

 オレとしたことが・・・」


「あっ・・・

 勿論、ボクもいいよ」


「本当にいいのか?カムイっ」


「うん

 どうせ行く宛ても無いしね・・・」


「いいのかい?カムイ」


「うん

 ていうかボクも行ってみたいし」


「ヨシッ決まりだっ」


「んっ・・・ん~~~~」


パルポルンの威勢のいい声に

ラフレシアの意識が戻った。


「ラフレシアっ大丈夫っ?」


「パルちゃんったら・・・

 ラフレシア・・・もうお目覚め?」


「あっ・・・わりぃ・・・」


母親のような表情で

ラフレシアの寝顔に

寄り添っていたアクアリンが

静かに声を掛けた。


「だいじょ~ぶのぉ・・・」


寝ぼけ眼で返事をした。


「良く頑張ったわね」


「ふぁぁ~~~~~~~~

 良く寝たのにゃぁ~~~」


伸びをしながら

アクアリンの膝枕から

ゆっくり頭を起こした。


「ふふっ

 おはよう・・・」


「おはよぉのぉ

 アクアリンのおひざふわふわで

気持ちよかったのにゃぁ

 ありがとぉのぉアクアリンっ」


「ふふっ

 いいのよ」


「ありがとっアクアリン」


「あとはお任せするわね、カムイ」


そう言ってゆっくりと立ち上がった。


「お疲れ様、アクアリン」


「えぇ」


お互いに一言だけだったが、

互いを見る目を見れば

気持ちが通じ合ってると

それだけでわかった。


「カムイぃ~~~~

 おはようのっ」


自分会議が始まりそうな瞬間に

覚醒する前のままのラフレシアが

しがみついてきた。


「おはよう。ラフレシア。

 大丈夫かい?」


「ぜんっぜん大丈夫のっ。

 心配かけてごめんなさいのぉ」


「もうあんな無茶はやめておくれよ」


「はぁいのぉ」


「で・・・どう?

 覚醒した気分は?

 何か変わった?」


「ん~~~良くわかんないですのっ」


「そっか

 ところでアクアリン・・・

覚醒はおめでとうなのかな?」


「もちろん喜ばしいことよ。

 それにね、覚醒する時は

体内でいろんな変化が起きてるの。

 それを乗り越えて初めて覚醒できるのよ」


「そうなんだ・・・」


「だから、マスターであるアナタが

 たくさん褒めてあげてね」


「わかった・・・」


改めてラフレシアに視線を向けると

褒められるのを

思いっきり心待ちにしているオーラが

全開だった。

甘え懐く子犬のように

耳のような触覚を平に寝かせて

上目遣いでボクを見ている。


「ははっ・・・

 わかりやすいねっ」


「にゃ~のっ」


「改めて・・・ラフレシア。

 良くがんばったね」


「にゃ~~~ありがとぉのぉ~~~」


予想はしていたが、

嬉しそうに抱きついてきた。


「良かったわね、ラフレシア」


「にゃ~のっ」


「ふふっ」


自分の気持ちに

思い切り素直なラフレシアが

愛おしく思えた。

こんなにも素直にストレートに

気持ちを表現できるなんて

幸せだとも感じた。

そんな中、

エントランスに通じる扉が勢い良く開いた。


「あっ・・・」


真っ先にマームが声を上げた。

彼がゼルク・・・

初対面のボクにも

彼の風体と表情から容易にわかった。

眼光が鋭いが悪意は感じなかった。


「片付いたようだな・・・

 ん・・・

何かあったのか?」


低く落ち着いたトーンの声で

誰にというでもなく口を開いた。

一瞬、片付いたことに対して

安心したようだったが

すぐさま視線だけで辺りを見定めると

何かが起こったことを察知した。


「ようっゼルク

 遅かったじゃね~かっ」


「やぁゼルク

 今ひと段落ついたところだよ。

 アクア達のお陰でね」


「そうか」


パルポルンのことは無視のようだ。

それを気にしてないパルポルンも

慣れてる感じだ。

アルの言葉に終息したことを認識したのか、

ゼルクはそれだけ言うと

すぐにボクらの中からマームを見つけて

歩み寄り視線だけをマームに落として

表情ひとつ変えずに声を掛けた。


「遅くなった。

 大丈夫か?」


「うんっ

 ここの皆が助けてくれて・・・」


マームは反して嬉しそうにそう答えた。


「そうか。

 友達はどうだ?」


「うん、大丈夫。

 今、この中にいるよ」


ゼルクという青年の口調には抑揚が無い。

必要最低限に淡々と話す。

ただ、感情が無いという訳ではなく、

出さないだけのように感じた。

彼の振る舞いに

『孤高』を感じたボクは彼に惹かれた。


「どうだったゼルク?」


フレンがゼルクに声を掛けた。

するとこちらを振り返ることなく

淡々としかもあっさりと教えてくれた。

パンさんに聞いてきたゼルクが言うには

『戒律の刻印』を無くす事で

無意識に『一番強い煩悩』に従い

行動に移すようになるらしく、

ゼルクの・・・と言うより

都市伝説通りだった。

そのままだと転生どころか

永遠にそのままの状態で

同じ界期を

満たされることの無い煩悩を

満たすためだけに彷徨い続ける事に

なってしまうところだったようだ。

解決法としては、

過去の経験からすると、

もう一度、

神樹にて審判の刻にかければ

大丈夫であろうとのことだった。

ゼルクの話を聞く限り、

結果ほぼその流れになっている。

あとは信じて待つしかないようだ。


「そういえば、さっき集まってくれた

 アクア達を見てて思ったんだけど

 アクアは何でノア族に仕えるんだい?

 皆マスター・・・だっけ?

いるんだよね」


「仕えるって表現はちょっと違うかな・・・」


とアルがアクアリンに視線を投げた。


「私たちアクアとノア族の関係は

 どちらかと言うと、

主にアクアの性格によるかしら。

 基本、ノア族は温厚な種族だから・・・

 例外もいるけど・・・

ふふっ」


そう言ってパルポルンを見て微笑んだ。


「聞こえたぞ~アクアリン」


意識しないと聞こえないであろう距離で

他所を向いていたパルポルンが言った。


「あ~らっ失礼・・・

 ふふっ」


聞こえてるのわかってて言ったようだ。


「ふっ・・・

 ボクらに主従関係とかはなくて

共存共栄なんだよ。

 常に同じ立場なんだ」


アクアリンと

パルポルンのやり取りを見つつも

アルが続けた。


「まだ良くはわからないけど、

 アクアがノア族に尽くしてくれてる感じが するんだよね・・・

 アルと違ってにボクなんかは、

ラフレシアになんにもしてあげてないし」


「それはアナタが気付いていないだけよ。

 あの子が、アナタを選んだのには

ちゃんとした理由があるの。

 ただ、それは

あの子にしかわからないことだけど。

 損とか得とかという次元の話ではないのよ。」


「そっかぁ・・・」


「それにね

 理由はわからなくてもいいのよ。

 意識してない方が

色々上手くいくことのほうが多いの。

 意識してギクシャクするより

ありのままのアナタでいいのよ」


「ありのままか・・・」


「そうだよ、カムイ。

 キミは今のキミのままで

いいんじゃないかな。

 ボクは好きだな・・・」


「それはきっと

 ノア族やアクアが

人間より優しい心を

根本に持っているからだと思う」


「そんなことは無いよ」


「そうよ

 人間様という括りをしてしまうと

断言できなくなるけど

 アナタに関して言えば、

あなたも違和感無く優しいわよ」


「そういう見方をできるとこが

 人間と違うんだよきっと」


「お前も素直じゃね~な~

 そういうのを屁理屈っつ~んだよっ」


いきなり

パルポルンが割って入ってきた。

首を突っ込まずにはいられなかったようだ。

目が輝いてる。


「屁理屈なのかな・・・今の」


「ふっ気にしなくていいよ、カムイ。

 構って欲しかったんだよパルポルンは」


そう言ってパルポルンに視線を移した。


「はあ?

 んな訳ね~だろっ」


「はいはいっ

 話を続けてもいいかしら?」


「何でオレを見て言うんだよ」


心外だと言わんばかりに

パルポルンは声を張った。


「カムイ。

 私たちアクアはマスターを得ないと

あの森を出ることはできないの」


アクアリンがいきなり真剣な表情で続けた。


「森を出る?」


「えぇ」


「アクアは

 探究心と好奇心のかたまりだからね。

 それも博識の所以のひとつなんだけどね」


「ふふっ・・・

 それで、マスターに連れ出してもらうの。

 外の世界へ」


「それと引き換えに尽くしてるのかい?」


「結果そう見えてるのね。

 でも、私達アクアも、

ノア族もそういう考えではないわ。

 してもらったからしてあげる

とかじゃないのよ・・・

 自分がそうしたくてしてるの。

 お互いを思いやってるのよ。

 って・・・自分で言うのも照れくさいわね。

 実際、外の世界に出てはみたいけど

 それの手段として

マスターを利用してるわけじゃないの。

 マスターは選ぶんじゃなくて、

現れるのよ。

 或る日突然にね・・・

 ラフレシアにとって

アナタがそうであったように・・・」


「にゃ~のっ」


ラフレシアが

軽くボクの腕にしがみついてきた。


「ラフレシア・・・」


この心地よさに少しは慣れてきたが

それに比例して、

当たり前だと

感じるようになってしまいそうな自分が

少々怖かった。


「カムイの言いたいこともわかるよ。

 確かにボクらがそうして欲しいことを

してくれたり

 ボクらの気持ちを

汲み取ってしてくれるからね。

 でも、前にも言ったように

お互いにそうしたいらからしてるだけで

 決して強制ではないんだよ」


「そうね。

 それに、私達アクアもノア族も

温厚とはいえ

 喧嘩もするし、

気分が乗らないときもあるから

 その辺はお互いに

自分の気持ちに従ってるの」


「う~んっ・・・

 人間には少し理解しがたいかも・・・

 確かに人間界にもそういう

似たものはあるけど

 主従関係とお金が絡むことが多いから・・・

 無償の・・・みたいなのは理想だけど・・・

 なかなかそこまで昇華できないんだよね」


「人間様って難しいのね」


「損得を考えてしまうからかな・・・

 もちろん

皆がみんなそうじゃないんだけどね・・・

 そういう意味では、単純なんだよきっと・・・

 それに、人間の一生って

長くて100年ちょいだから・・・

 生き急いでたり、死に急いでたり・・・

 この世界みたいに、

転生することが当たり前だとは

思ってないからね。

 そう願う人、信じる人と、

全く信じない人とが混在して

情報が錯乱してるから」


「そうみたいね。

 私たちアクアはノア族と違って

人間界には転生はしないの。

 また、ここ魂魄界で

アクアとして生まれるのよ。

 ただ、人間様と違うのは、

年齢という概念ではなくて

 『想い』が消える時にその瞬間を迎えるの。

 基本、アクアは生涯一人のマスターしか

持たないの。

 マスターであるノア族は人間界へ転生する。

 ほとんどのアクアはそのとき

一緒に想いを閉じるの。

 人間様と違って転生があることを

本能で知ってはいるけど

 だからと言って、

無駄に過ごしたりしないわ。

 今の自分は今だけだから・・・

 次に生まれた時は

今の自分じゃなくなっているから・・・

 逆に今の自分が愛おしくてしょうがないの」


「・・・そっか・・・」


自分が愛おしい・・・

今まで感じたことなかったと

少し寂しく感じた。


「カムイ、

 アクアリンを休ませたいんだけど

構わないかい?」


「あっごめん・・・気遣えなくて・・・」


「ふふっ気にしないのっ

 大丈夫よっ」


「ご苦労様アクアリン。

 キミも戻ってゆっくりとしておくれ・・・

 ありがとう」


「えぇそうさせてもらうわ。

 ラフレシアもそうさせてもらいなさいな。

 オルマリア、またね」


「えぇ

 ゆっくりしやがって」


「えぇ

 あなたもねっ」


「私は、アクアリンお姉様のお膝で

 ねむねむしたのぉ」


「私の膝じゃ疲れは癒えないわ」


「そぉ~んなことないのにゃっ」


なんだかアクアリンが困るんじゃないかとラフレシアに声を掛けた。


「ラフレシアっ

 お疲れさま。

ゆっくり休んで

 また出てきてくれるかい?」


「わかったのにゃっ」


「じゃ~

 改めてっ

 おかえりっ」


「たっだいま~のっ

 おやすみのぉ、ダーリンっ」


「おやすみラフレシア」


「優しいのね・・・

 おやすみなさい、カムイ・・・」


「こちらこそ・・・ごめんとありがとう」


「ふふっ・・・またね・・・」


アクアリンの『優しい』という言葉が

アクアリンに対してなのか

ラフレシアに対してなのか

自分会議をはじめようとしたその瞬間


「お前らよく真顔でそんな

 こっぱずかしいやりとりできるな~

 ある意味尊敬するぜっ」


とパルポルンがちゃちゃを入れてきた。


「まったくだっ」


「なぁ~・・・はぁっ」


共感を共有しようと視線を向けた先に

ゼルクを見て思わずはっとしたパルポルン。

パルポルンとゼルクの意見がだぶるのは

珍しいようだ。

人間界でもよくあるパターンに

少しほっとした。

皆も一応に疲れてるようで

小一時間ほどの心地よい沈黙に身を任せた。

暫くすると、

部屋が朝日を受け入れるかのように

音も立てずに次第に明るみを帯びはじめた。

それとは対照的に落ち着きを取り戻す神樹。

永い審判の刻に終わりが近づいていた。

するとどこからともなく鳴り響く

音と言うより・・・『声』・・・

言葉ではなく

『何か』の声が

終わりを告げるかのように心地よく響いた。


「終わったなぁ~~~」


パルポルンが伸びをしながら立ち上がった。


「終わったね」


「あっ・・・あそこっ」


フレンが指差したのは

ダーカーがいたケースだった。

先ほどと同じ位の早さで開き始める扉。

わかってはいたが、

気持ち緊張感が生まれた。

しかしそこには

先ほどのような禍々しさは微塵もなかった。

ボクをはじめ、

皆一応に安堵した雰囲気が広がった。

てっきり審判の刻が済んだら

一斉に出て来るのかと思ったら、

個別に各々のタイミングで扉が開き始めた。

ダーカーのそこは、

完全に開くか開かないかのうちに

あのローブが飛び出してきて

一瞬ひやっとしたが

そのローブの奥に見えた

穏やかな目に安心した。

彼女は他には目もくれずに

オルマリアの・・・と言うより、

ゆりかごの中の魂の息吹へと駆け寄った。


「ありがとう。

 待たせたわね」


「いいのよ。

 いい子にしていやがったわよ」


「そのようね・・・」


その二人のやり取りに『母性』を感じた。


「今からこの子を還しに行きやがるのね」


「えぇ・・・」


「あのぉ

 私たちもついて行きやがったら・・・

 だめかしら?」


「一緒に?」


「えぇ」


「もちろん・・・構わないわよ」


「やりぃ~」


子供のように一番はしゃぐパルポルン。

するといきなり

パルポルンの後ろの扉が勢い良く開いた。


「あでっっっ」


絵に描いたような擬音の後、

そこにいたみんなの期待通り

頭を抱えてしゃがみこむパルポルン。


「ふっ」


ゼルクが鼻で笑った。


「大丈夫かい?

 パルポルンっ」


アルは普通に心配していたが、

うっすらと笑いを堪えている。

他の皆はボクも含め遠慮なく笑った。

相当痛かったようだ。

あのパルポルンが噛み付いてこない。


「おいおい大丈夫かパルポルン?」


「いちっちっちっち~~~」


頭をわしわしと撫でながら立ち上がると

扉の向こうから

かわいい女の子がそっと顔を覗かせた。


「だい・・・じょうぶか?」


心配しているようだが何やら怯えている。


「おまえかっエリアルっ

 勢い良く開けんじゃね~よっ」


「み~~~~っ

 びっくらこくじゃないかっ

あんぽんたんっ」


ちっちゃ・・・

この言動の声量じゃない。


「おいっ貴様。

 エリアルに八つ当たりはよせっ。

 そこにいたお前が悪い」


「なにぃ~~~」


「おいおいおいっ

 エリアルが怯えてるじゃないか

 やめろよ二人とも」


フレンが言うと二人ともぴたっとやめた。


「出ておいでエリアル」


フレンが優しく促した。


「み~~~っ・・・

 一応謝るっ

すまんっパルポルンっ」


このエリアルって子は極度の臆病のようだ。

普通に声をかけてもいちいちびっくりする。

ま~かわいいけど・・・


「一応ってなんだっ・・・

 ってか大丈夫だっ

 なんともね~」


ガサツと言うか露骨というか・・・

そのくせ優しい。

全く憎めないヤツだ。


「大丈夫に決まってる。

 こいつの頭はからっぽだから

音が大きく響いただけだ。

 気にするな」


ゼルクがエリアルに耳打ちしたが

およそ耳打ちらしからぬ声の大きさだ・・・


「こいつっ」


案の定、

パルポルンの顔は真っ赤になったが

ソレを見て怯えているエリアルを見て

必死に堪えている。


「えらいっパルポルンっ」


アルがすかさずつっこんだ。


「覚えてやがれゼルクっ」


「断る」


「なっ・・・」


「はいはいっ、きりが無い。

 見物客も増えてきたことだし

場所を変えようか」


フレンは常に冷静沈着だ。

アルも似ているが、

フレンのそれは

経験のなせるオーラというか

場数を踏んできてるせいだろうか

絶対感を感じる。

次々に開放されるノア族。

何事も無かったように

部屋を出て行くところを見ると

皆、徘徊していた記憶は残ってないようだ。

もっと不思議だったのが

出迎えてるノア族達だ。

誰一人、あの事件のことを口にしない。

もしかして、

ボクら以外は中に居たノア族同様、

記憶が残って無いのか、

もしくは、人間にはわからない

『想い』でもあるのか。

『聞きたい』と『言いたい』で

悶々としてるのはボクだけのようだ。

しかし、この和んだ雰囲気の中、

行動を起こす度胸などありはしない。

いつも通り長いものに巻かれながら、

ただ目で追っていた。

ボクらは、

全員がこの部屋を後にするのを見送った後

それぞれの顔を見合わせた。


「みんな、変わりなかったようだね。

 ボクらも行こうか」


フレンの言葉に皆が頷いた。

皆ボクと違う理由で、

この部屋に留まっていたようだ。

その瞬間、

『異端者』というレッテルを

自分で貼ってることに気付き

ふと孤独感に晒された。


「考えすぎだよ」


そっとフレンが耳元で囁いて

ボクの横をすり抜けた。


「・・・ありがとう。フレン」


小さく独り言をつぶやいた。

いつもなら、

直ぐに前向きに方向転換できるのだが、

今回ばかりは、

この優しさがさらに孤独感に輪を掛けた。

人間とノア族・・・

いや、ボクとノア族か・・・

とても身近で遥か遠い存在。

上手く言えないがそう感じた。

廊下へと向かう皆の後姿を

最後尾から漠然と眺めながら

追従していると


「もう、2000年になるかの・・・」


と、最後尾にいるはずの

ボクの背中越しに声が聞こえた。

びっくりして振り返るより先に

飛び上がった。

前を歩いている誰も気付いていないのか

そのまま廊下へと出て行った。

改めて振り返ると

ボクの腰ほどの身長の

長老を絵に描いたような老人が

そっと佇んでいた。

その姿に、マーニャ爺がだぶった。


「あの・・・」


と言い掛けてそのご老体の目を見た瞬間、

この部屋には、

ボクとそのご老体二人の影しか

なくなっていた。


「あれっ・・・神樹は・・・」


辺りを見渡すが姿が見えない。


「落ち着きなされ」


その言葉で、

自分が狼狽していたことを気付かされた。


「ちょっと付き合ってくれるかの」


その物腰の柔らかい物言いと声のトーンに

いとも容易く冷静さを取り戻させられた。


「ボク・・・ですか?」


「そうじゃよ」


ご老体が笑顔でそう言うと、

真上からゆっくりと

陽の光が差し込んできて

ボクらを温かく包んだ。

ほんの一瞬、

目の前と頭の中が真っ白くなったが

柔らかい風が

ボクの頬を撫でる感覚にふっと我に返った。


「・・・外?・・・ここは・・・」


びっくりはしたが

意外と冷静さを保てている。

次第に目が慣れてくる中、

小高い丘にいることがわかった。


「2000年程前の、

 ここジャッジメンタリアに

一人の男が現れての・・・

 左肩に大きな傷を抱えた大柄の男じゃった」


そのご老体が、

ボクの隣でゆっくりと語り始めた。


「名をマルクスと言ったその男は、

 この街に塔を建てさせて欲しいと

 当時のここの住人達に頼んだんじゃ。

 勿論、皆、何を聞くでも言うでもなく

快く受け入れてくれた。

 マルクスは早速、

湖の畔に質素な居を構え、

 たった一人で黙々と

塔を造り始めたんじゃ・・・

 あの頃は、ここ魂魄界も

人間界と大差なかったんじゃよ。

 普通に善悪が転がっておったし、

 荒んだ光景も多々あった

 しかし、根が温厚な種族なため

大事は起きなかった」


ふと見下ろすと

大きな湖が眼下に広がっていた。

ボクはそのまま、

そのご老体の声に耳を預けた。


「寡黙で孤高な男じゃったが、

 同じ街の住人として、

皆、普通に接しておった。

 そしてついに50年の後、

立派な塔が出来上がったんじゃ。

 しかし、マルクスは

今までと変わることなく、

 今度は塔の中で何かを作り始めた。

 まるで何かにとり憑かれているかのように 一心不乱にの・・・

 そしてそのさらに1年後、

マルクスの望みが叶ったんじゃよ。

 完成したんじゃ、塔が。

 しばらくして、

無口だったマルクスが

街の1軒1軒を回り、

 必要最低限の言葉で、

皆をその塔に招待した。

 街の者皆、

誰一人欠けることなく集まった。

 その塔の中の奥の広間に通されると

皆がため息をついた。

 それはそれは神々しく荘厳な樹が

部屋の中心に聳えておっての、

 しかも

その大きな樹の周りを取り囲むように

 ちょうど100の小部屋のようなベッドが 円形に並んでいたんじゃ。

 皆、それが何かわからなかったが、

取りあえず完成を祝ってくれたんじゃよ。

 大きくもささやかな宴が

華やかになってきたころ、

 意を決したかのような表情で

マルクスが口を開いた。

 まず、何も言わず

受け入れてくれたことに対しての

礼を伝えた。

 そして、この樹は、

この土地に息吹いた神樹だということ。

 その周りにある小部屋は秤だということ。

 そして、この秤は、

人々の善行と悪行を計り、

 悪行を償える秤だと告げた。

 心の平穏を保てる秤だと言ってのぉ。

 生きとし生けるものはそのほとんどが

必然的に悪行を重ねる。

 その頃はここ魂魄界も

人間界と指して変わらぬ世界だったからの。

 ノア族は人間様と違って

親という存在が無い。

 よって育生機関/ハグク~ム内の

大いなるゆりかご/ユ~ラリで

 生誕から人間界で言う幼少期、

少年期という多感な時期を

 守られた籠の中で

たった数年で成長を遂げる。

 一番無垢な時期を終えて

この世界に降り立つが故に、

 ほぼ全員が無意識に罪を重ねる。

 無意識とはいえ、

それもやはり悪行に変わりはない。

 しかも、その悪行は重ねるばかりで

心の救済が行われることはなかった。

 成長するにつれ、

知識も教養も善悪の判断もつくようになる。

 弱いものは、

その罪悪感に押しつぶされてしまうものも おっての。

 だからその、犯した悪行を省みることで

改心し浄化されることで

 残りの余生を

豊かに送れることができるようにとの

願いをこめて造ったのが

 この秤なんじゃそうじゃ。

 不思議と、

今でもその仕組みは解明できてはおらぬ。

 どうやって造ったのか、

どうやって動いとるのか・・・

 当時、マルクスも明かさんかったし、

誰も解明しようともせなんだ。

 そこが問題ではないことを

皆がわかっとったからじゃ。

 と・・・ずっとそう思っとったが、

実はそれだけじゃなかったんじゃよ。

 ずっと先のことになるが、

ある男があることをきっかけに、

 この秤には

元々そういう仕掛けは無いことが

わかったんじゃ。

 皆にそう信じ込ませることが

目的だったんじゃよ。

 マルクスは、意思ある者は自分で反省し

改心できる力があると信じておった。

 しかし、それにはきっかけが必要だと

悟ったんじゃろ。

 そのきっかけがこの秤だったんじゃよ。

 そこに行き着くまでに

どれだけの時間と想いを要したことか・・・

 わしらには想像もできぬが、

容易ではなかったことは確かじゃ。

 この秤が用を成し、

目的を果たせるようになったのを

見届けること1年、

 マルクスが忽然と姿を消したんじゃ。

 誰にも何も言わずにの。

 また別の街へ行ったのか、

 はたまた、本来自分のいるべき場所へと

帰ったのか、

 ついに、そのまま

行方が知れることはなかった。

 残された住人達も

マルクスを悪く言う者は一人も居なかった。

 それどころか、

マルクスの意思に共感を覚え

 この秤を永劫、

守り続けることを誓い合ったんじゃ。

 マルクスの想いを絶やさぬよう、

己の心から消えぬようにの・・・

 この地で、この創造物を守り、

より多くの者達に

 マルクスの想いを伝え広めることで、

 今までこうやって

受け継がれてきたんじゃよ。

 そして、2000年経った今も、

これからも、絶えることなく

続いていくんじゃ・・・

 未来永劫にの・・・」


静かに語り終えたそのご老体は

嬉しそうに微笑んでいるようだった。


「きっかけ・・・」


視線を上げると、

薄ら淡く静かに蒼色を帯びた神樹が

ボクを見下ろしていた。


「神・・・樹・・・」


胸に温かいものが灯ったような感覚に

安らぎのようなものを感じた。


「おいっ

 カムイ、自分会議終わったか?」


とパルポルンがすぐ後ろから

自分会議をしていたようにみえたボクを

ここに連れ戻した。


「だ~りんっ」


真横に寄り添うラフレシアに

ボク自身気付いては居なかったが

驚きはしなかった。

なんとなくだが、

今ラフレシアと

想いを共有しているように

感じたからだろうか。


「ラフレシア・・・今・・・」


「はいのっ」


ラフレシアの目を見た瞬間、

それ以上言わなくても良い様な気がした。

確認という人間らしい作業がいらないことが

心地よかった。


「犯した罪と、重ねてきた徳、

 生まれ変わるきっかけか・・・

 ここも、根本は同じなんだね」


「なんだよ今更。

 こうやって生きてる以上、

良くも悪くも結果は出るさっ

 細かいことまで気にしてたら

きりがないぜっ

 前向きに楽しく生きなきゃ~よっ」


パルポルンの言うことも一理ある。

そうできれば皆そうしたいに決まってる。

出来ないから悩むし、もがき苦しむ。

どこかに・・・何かに・・・誰かに・・・

救済を求めてしまう。

自分自身で乗り越えるための

きっかけという救済を・・・

中には自暴自棄になる者だっている。

皆が皆強いわけじゃないから・・・

この体になってみてわかったことがある。

体は入れ物だということ。

この感覚は、

人間からノア族の体になったことと、

ノア族の転生の話を聞いたことで

初めて朧げではあるが実感できたものだ。

魂と体、

自分という存在と

そこに存在してる証となる体。

もちろん、

とっかえひっかえできるほど

人間界もここも都合のいい仕組みはないし、

進化もしてない

ただ、ノア族は人間界への、

人間への転生という概念を持っている。

人間にはごく少数を除いて、

それは常識的ではない。

この違いが、

ノア族の心の豊かさを

生み出しているのだろうか。

まだ見ぬ先の世界への期待と希望が

不安を凌駕しているゆえの

余裕なのだろうか。

最終的に

エリシオンという

極楽浄土のような世界があり、

そこには絶対的な幸福しかないと

信じて疑わないがゆえの自信だろうか。

それとも、

単純にそういう種族なのだろうか。

『人間なボク自身』が

通過点だとは思えないボクには

到底到達することはできそうにない・・・


「決めるのは自分自身だぜっカムイっ」


珍しく自分会議のフレーズを交えずに

パルポルンが声をかけてきた。


「そうだよ。

 キミの人生だ。

 キミが決めていいんだよ」


アルも同様、

肝心な内容の時は必ずストレートだ。

茶化しもしないし、回りくどくも無い。


「でも、皆が皆、

 自分勝手に、好き勝手に決めると

 世の中秩序がなくなるよ」


「お前はぱ~ちくりんかっ」


とまじまじと

ボクの顔を覗きこむパルポルン。


「ぱ~ちくりん?」


どう聞いても誹謗中傷のたぐいの言葉だが、

ちくりんのせいで

それが緩和されて癇に障らないのが絶妙だ。


「カムイ。

 誰しも、

自分なりの正義と道徳を持ってるし、

 たいていの場合、それは共感できる。

 カムイの・・・」


「あ~まどろっこしい。

 俺達はお前がどんなヤツか

最低限知ってるつもりだ。

 だからバカな決断をしないって

わかってるから

 お前の好きにしていいって言ってるんだ。

 一般大衆をまきこむんじゃね~よっ

 話がややこしくなんだろっ」


まだ途中のアルの言葉に

パルポルンが割り込んできた。

アルの言い方にじゃなく

ボクに言いたいことを

我慢できなかったようだ。


「一般大衆?」


「いやっだから、今はそこはいいんだよっ」


「ごめんごめんっ。

 社交辞令交じりのつっこみだよ」


「ふっ」


「ごめんよパルポルン」


「おまっ・・・こんのやろぉ~」


「ふっ」


「アルっ今は鼻で笑うのやめろっ

 妙に癇に障るっ」


「ごめんごめんっ」


結局、

人間界もここ魂魄界も

自分で決めて行動しないといけないってのは

普遍のようだ。

いや・・・

自分で決めないといけないんじゃなくて

自分で決めていいって考えれば気が楽だ。

自分で決めてするってことは、

いわば自己責任。

他人に迷惑さえかからなければ

別に問題はない。

自分で責任を取って

次へ進めば良いだけのこと。

自分の気持ちひとつで

正解にも不正解にもなる。

そういえば人間界でも、

そういう決断をする場面も

あるにはあるが

重大なことは数えるほどだった。

あくまで今のボクの年齢でのことだが・・・

人間界では年を重ねるにつれ

その経験が増えていくのが一般的だ。

しかし、ここ魂魄界では、

そういう場面が多々ある。

と言うより、

普通に当たり前に存在する。

逞しさというか、

大人びて見えるのはそれも一因に違いない。


「自分で・・・か・・・」


「そうにゃっ」


今まで

大人しく聞き入っていたラフレシアが

優しくかわいく賛同してくれた。

正直、存在を忘れるまではいかないまでも

気にしてなかった自分に自己反省を促した。


「ラフレシアっわり~なっ

 オレら三人だけにしてくんね~かっ」


パルポルンの突飛な進言に


「えぇ

 わかったわ」


と、いつもの甘えた感じではない

アクアなラフレシアがそこにはいたが

ボクの方へと振り返るなり


「だ~りんっ

 また、ちょっとねむねむするのっ

 またあとでのぉ」


そう言って

ほっぺに軽くキスをして

いつものラフレシアが眠りについた。

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