第七章 『動きを停めた生命の秤 前編』

「だいぶ近づいたね・・・」


「あっ?

 そうでもね~ぞっ」


「ふっ」


「えっ・・・」


「こっからだと、まだ・・・」


「あ~~~あ~~~あ~~~」


「なっなんだよっ

 うるせぇ~な~」


「聞きたくないってさ」


「ちぇっつまんね~なぁ」


「なっ」

「ふっ」


全貌がおおよそ見えてはいるが

なかなか辿り着かないジャッジメンタリア。

癒し処/センゴクを出てから

かれこれ3時間以上は歩いている気がする。

疲れないとは言え、

全く疲れないわけではないため

少々足取りも口数も自然とペースが落ちる。

目の前の現実に

退屈を感じて始まる自分会議。

これはもう癖だ。

何とも安上がりな暇つぶしだ。

心地の良い自問自答の

答え探し的な現実逃避。

しようと思えば、

議題はどこにでもいくらでもある。

時折、答えの出ない

無限ループに陥ることもあるが、

そんな時は強制終了する術も身に付けた。

たまには、現実逃避のまま

夢の世界に旅立つこともある。

今は、体を動かしつつの会議につき

どちらも集中力に欠ける。

危険と言えば危険だが

それなりの経験のなか

怪我をしたことがない分、

答えもさっぱり出ない。

一体何のための会議だ・・・

なんて考えなくもなった。

慣れとは凄いものだ。

と、こんな感じで

途中で議題を変えることもしばしば。

結局、集中力があるのか無いのか・・・

ノア族は

『生きることは、贖罪の輪廻である』

とアルに聞いてから、

時折、

ボクの中で繰り広げられてきた自分会議。

ノア族は、

生き続ける上で、罪を犯さない事はなく、

またそれは免れられない事実と認識し

直視し向き合っている。

故に、それをいかに最小限に留め償い

自分をより高めて行くかを探求するノア族は

魂を昇華(浄化)し

『生の理を悟り重ねること』で

エリシオンへの道が開かれると信じている。


人間界の先の世界・・・

『エリシオン』


日本で言う極楽浄土のようなものだろうか。

そんなノア族の世界の

中核の一端を担う重要拠点とでも言うべき

誠の深さと罪の重さを量る

裁決の街/ジャッジメンタリア。

年に1度、各々定められた日に、

ここジャッジメンタリアに出向き

裁決の塔/キヤンセにある

生命の秤/ハ~カルンで

犯した罪と重ねた善行を秤に掛ける。

善悪を司る魂の一部、

戒律の刻印を

ハ~カルンの誠の深さを量る真命の左と

罪の重さを量る断罪の右で量り

判決を受ける。

その後、償わせし者/ハラクク~レという

司祭のような役割の4人が

結果に見合った

償いの儀/ザンゲ~ルを行い

魂の浄化を行うという。

浄化と言っても

強制的に消したり刷り込んだりとかではなく

過去を顧みながらの反省を促し

手助けをするというものらしい。

この日が、

人間界で言う誕生日にあたるらしいが、

祝うという習慣はなく、

単に1年に1回、

自分と向き合い

『心機一転』生まれ変わり

歳を重ねるだけとのことだ。

しかし、

ノア族自体が温和な種族な為

その判決により

重大な償いの儀を受けることはごく稀で

この日自体、イベントの一環のようなものに

なってはいるが、

重要な日には違いないようだ。

その日を迎えたノア族は、

その秤に入ってから

判決が出るまでの15分ほど、

戒律の刻印を抜かれることにより

その間は、善悪の判断が付かなくなる上に、

煩悩が覚醒し拡張てしまうため、

その秤にて幽閉され

結果が出るのを待つ事となる。

結果が出ると

償いの儀/ザンゲ~ルにより

転生した戒律の刻印を胸に

気持ち新たに帰途につくという。

と、ジャッジメンタリアに向かう道すがら

一応の説明を受けた。

アルが明瞭簡潔に説明してくれたお陰で

おおまかなことはわかった。

途中、パルポルンのちゃちゃが冗談なのか

本当なのかは、アルの反応を見て

判断しようとしたが、結局のとこ、

あー見えて、パルポルンは

嘘は言わないんだとわかった。

明らかにわかる冗談とリアクション。

だんだんと、

パルポルンのことが分かってきた気がした。

生命の秤/ハ~カルンは

一度に100の魂まで量ることが可能で、

毎日100人前後の受審者があるとのことだ。

今日はその中に、

アルとパルポルンの共通の友、

エリアルという女の子もいるらしい。

パルポルンによると、

そのエリアルって子は

アルに気があるらしく、

アルにそのことを振ったら、

まんざらでもない反応が返ってきた。

ちょっと意外だった。

てっきりアクアリンのことを・・・

と思っていたからだ。

そう言えば、ここ魂魄界で、

恋愛とか普通にあるんだろうか。

人間界で普通なことが、

この世界で常識的とは限らない。

だから、どんな些細で稚拙なことでも、

聞くしかない。

ボクのここでの経験則は

まだ赤子同然であり

尚且つ異端者なのだから。


「へぇ~

 自分会議しながら普通に歩けるのなっ

 でも、

 なんかブツブツ言ってるぜこいつっ」


「ふっ

 ある意味凄いよね、人間様って」


「いや、人間様ってより、

 カムイだけだぜ、きっと」


「ふっ

 かもね・・・」


どこからともなく聞こえてくる会話。

乱入?


「あっ」


「おっ

 気付いたみたいだぜアルッ」


「ふっ

 おかえり、カムイ」


ぼやけた視界が徐々に定まると同時に、

覗き込む二人にもピントが合った。


「あっ・・・

 ただいまっ」


「お前、良くこけね~な~

 ある意味すげ~ぜっ」


少し感心した風にパルポルンが言った。


「確かに

 ふっ」


アルはいつもな反応だった。


「えっ?

 あっあ~長年やってるからかも・・・」


「不器用なのか器用なのかわかんね~な~」


頭を掻きながらパルポルンが言うと


「いや、凄い特技だよ」


とアルは少し真顔で答えた。


「ははっ」


「まっ、カムイが自分会議してる時、

 オレらは放置だけどなっ」


何気に嬉しそうにパルポルンが言うと


「確かに

 ふっ」


アルは、言葉は同じだったが、

先ほどとは少し違うニュアンスだった。


「き・・・

 気をつけるよ・・・」


「はははっ

 そう深刻に考えんなよっ。

 ただ、思ったことを言ってるだけだっ」


「そうだよ、カムイ

 深く考えなくていいんだよ」


「ありがとっ」


とは言え、

あまり良い癖じゃないことは明白で・・・

思わず反省会という

自分会議を始めようとしたその瞬間に

二人が同時につっこんできた。


「それ出席していいかっ」

「ボクも同席いいかな?」


このあまりにも見事なタイミングに

少しばかりびっくりした。


「うわっ少々びっくりしたっ

 えっ?

 何でわかったの?」


「たぶん、

 お前以外はみんな分かるぜ」


「ふっ」


二人のこの軽い反応に多少の不安を覚えた。

つまり、視覚的にどこかが変化するか

もしくは行動というか動きに出るんだと

思ったからだ。

そう考えると、

なんだか無性に知りたくなった。


「なになに?

 なんで?

 何でわかんの?」


「何でって・・・

 瞳孔が開いて、

 瞬きが減る上に無表情になるからな~

 あれじゃ~パッと見、人形だぜ

 ある意味こえ~ぞっ」


と意外にもあっさり教えてくれたので、

若干拍子抜けした。

自分的には、もっとじらされると

思っていたからだ。

しかも、またしてもアルより先に

パルポルンの口からだった。

考えるより先に口に出るんだと

改めてわかった。

その分、こちらも気を遣わないし

本音を言ってるんだと思えた。

決してアルがそうじゃないと

言ってるワケじゃない。

アルも常に真摯だし、

その雰囲気や口調が

相手に気を遣わせることはしない。

そのくせ全てに気を遣っているし

嘘は言わない。

本能のパルポルンに、

思慮のアルといった感じだろうか。

タイプが違うだけでその本質は同じだ。

これまで出会ってきたノア族にも

共通して言えることだが

温和というか温厚というか、

そういうのが根底にある。

素晴らしい種族だ。


「なっ今もそうだったろ

 言ってる傍からこれだ

 分かりやすいんだよっ」


「ふっ

 確かに・・・」


「あっ・・・

 ははっ・・・」


まったく、

恥ずかしいを通り越して

苦笑いしかでてこない。


「て言うか・・・

 カムイ、後ろ」


そういうパルポルンの言葉に振り返ると

100m位先に、

目的地、裁決の街/ジャッジメンタリアが

聳え立っていた。


「うわっ」


まだこんなに離れているのに

荘厳なオーラのせいか

覆いかぶさるような高さを感じる。

高貴な威厳を纏っているのが

ここからでも感じられた。

思わず見上げると

平衡感覚を失い

立ちくらみしそうなくらいの存在感だ。

吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。


「どうだっ、

 想像以上だろっ」


「うん

 遥かに超えてる」


「だろ~ははっ

 そん中でもいっちゃんでけぇ~のが

 裁決の塔/キヤンセだっ」 


得意げなパルポルンが

鼻につかないほどの存在感だ。


「すご・・・

 でもいつのまに・・・」


「お前が前に集中してなかったからだよっ

 自分会議に夢中で

 見て無かったろ、

 前・・・」


「ははっ・・・」


「まったく

 面白いヤツだぜ」


「ふっ」


自分会議をしてるときは、

こんなにもアンテナが畳まれてるのかと

少しだけ気をつけないとと反省した。


「あとちょいだ」


「うん」


気付けば、

さっきまでは民家らしき建物の間を

歩いていたような気がしたが

ここには建物はまったくない。

光り輝く平坦な砂原のような

平地が広がっている。

道らしき道も無い。


「ん?」


「気付いたか?カムイ」


「あれっ?

 あそこまでは舟で行くの?」


さっきまで気付かなかったが、

よく見ると目の前に広がっているのは

砂原ではなく湖だった。

風が無い為、波が立っていない。

まさに鏡面状態だ。


「うわ~~~」


「やっと気付いたか」


「綺麗だろっ」


逆さ富士状態だ・・・

左右対称ならぬ上下対象だ・・・

あまりの美しさなのに

『状態』の表現しかできてない

自分のボキャブラリーが残念だ。

気を取り直すのにも慣れてきて、

改めてこの湖をどうやって渡るんだろうかと

周りを見回すと一瞬どきっとした。


「あれっ?

 歩いてる・・・」


湖面を歩いてる人影がある。

しかもひとつやふたつじゃない。


「ここは舟なんかいらないぜ」


「ここは歩けるんだよ、カムイ」


よく見ると湖という以前に水じゃない・・・

鏡?鏡面の地面・・・


「ここはね、

 ジャッジメンタリアに入るまでに

 自分で自分を省みるために造られた

 自戒の庭/カエリミだよ」


「自戒の庭/カエリミ・・・」


「あぁ~人に指摘される前に

 自分で認識して

 心構えできるようにってな

 どうだっ面倒臭いだろっ」


「おいおいパルポルン」


「冗談だアルフッ」


「まったく・・・」


「な~にっ

 カムイにも冗談だってわかるさ

 このくらいっ」


「そうじゃなくて、

 そもそも冗談に聞こえないよそれ」


「やっぱそうか?

 はははっ」


ボクのことを話題にしてるのに、

ボクは蚊帳の外だ。


「それより、カムイ

 ラフレシアを呼び出してくれないか

 この庭に入る時は、

 アクア連れは

 アクアも一緒に歩かないといけないんだ」


「そうなんだ・・・

 わかった」


言われてみれば、

先を歩くノア族も、

何人かはアクアらしき者と

一緒に歩いているのが見て取れた。


「・・・ふぅ」


「どうしたんだい?」


「あっいや・・・

 別に・・・」


「ふっ

 普通に胸に手を当てるように

 ゆっくりと優しく

 自分に手のひらを沈めるといいよ」


「あっ・・・ありがとっ」


言われた通り、

ボクは慣れない手つきで

ゆっくりと手のひらを自分の胸に沈ませた。


「あっ」


「いたかい?」


「うん」


指先に温かいものを感じた瞬間、

ラフレシアがボクの手を引き寄せて

導いてくれた気がした。

自然と握られた手の中に

ラフレシアを感じながら

ボクは彼女を外の世界に導いた。


「ラフレシア、

 出てきてくれるかな」


そう言った次の瞬間、


「はぁ~いっカムイ~

 おひさぁ~ですのぉ~」


と、なんともかわいく

大袈裟なくらいにセクシーに出てきた。

さっきまでのシリアスな雰囲気を

いとも簡単に塗り替え、

良くも悪くもびっくりした。


「ノリノリだね・・・

 ははっ」


照れ笑いに近い苦笑いのなか


「ふっ」


アルはいつも通り静観していた。


「おぉ~ラフレシア~

 い~じゃね~か~」


パルポルンもキャラの通り大喜びだ。


「カムイっ

 こ~ゆ~の、好きですのぉ~?」


「大好き」


ストレートな質問に、

勢いで本音を口走ってしまった。


「きゃ~

 かわいいぃですのぉ~~

 正直さんですのぉ~」


本気で喜んでくれているようだ。

からかわれてる感が無い分何気に気持ちいい。


「アクアリン出てきておくれっ」


アルがいつもの感じで呼び出すと


「サービスよぉ~」


と色気たっぷりな声と共に

フェロモン全開で妖艶に登場した。

思いっきり、

ラフレシアを意識しての登場のようだ。


「おいおい・・・」


あのアルが苦笑いしている。

それはそれで面白い。


「あ~らっ

 刺激が強かったかしらぁ~

 ご主人様ぁ~ん」


「アクアリンお姉さまかっこいぃ~」


「あ~らっ

 そぉ~おぉ~」


そう言いながら、

あ~でもないこ~でもないと

二人でセクシーポーズを楽しんでいる。

今現在ノア族のボクは堂々と見放題だ。

しかし、興奮という感情が

人間の時とはちょっと違う。

あるのはきれいとかかっこいいとか

性の対象としての評価じゃなく

見たままの素直な反応、

人間界のそれも素直な反応と言えばそうだ

がそこにはときたま・・・

いや、ほとんどにおいて

邪な感情も生まれる。

しかし、ここではそれがない。

ノア族には、こういう発想すら

ないんだろうが、

長年人間界を覗いて来た歴史で

どういうものかは

マニュアル的に理解はされている。

されてはいるはずなのに、

そうならないのは

身体的な機能のせいだけとは

言えないような気がする。

まぁ、邪とは言ったが、

本来の種の存続に繋げる為の感情

と理解すれば、

全然、邪ではなくかえって

神聖な感情なんだろう。

人間界の歴史と繁栄、

文明の進化、想像力と探究心・・・

いろんな進化が良くも悪くも

カタチを成したのが

今の人類の姿に他ならない。

という横道に逸れた自分会議は後回しにして、

ここは静観して目の保養と洒落込もう。

アルは照れ苦笑いしている。

さっきのボク状態だ。


「カムイのムッチリスケベっ」


またいきなりパルポルンだっ。

状況が状況だけにかなり静かにびっくりした。

言いたかっただけなのか、

びっくりさせたかっただけなのか

いろんな意味で満足げなパルポルンは

また素敵なダンスショーに見入っていた。


「ムッツリね・・・」


もちろん、

独り言になったボクの言霊を他所に

パルポルンは高速拍手しまくっている。

本能のままのパルポルンだけに

想像通りのリアクションだ。

次第に周りに人だかりが出来始めたのを見て


「アクアリンっ行くよっ」


と誰も期待してない台詞を

アルが平然と言い放った。

周囲からため息交じりの

悪意の無いブーイングの後、

ダンサー二人に

賞賛にも似た感謝の拍手が起こり

素敵なダンスショーは幕を閉じた。


「はぁ~いっカムイ~

 お久しぶり~元気そうねっ」


「うん

 久しぶりっ元気だよんっ」


ついさっきまで一緒だったんだが、

呼び出されたら『久しぶり』

という感覚なんだろうと、

敢えて突っ込まなかった。


「あれっ

 そう言えば、

 パルポルンは連れてないの?」


「あ~

 オレは、独りのほうが気楽だからな~」


「らしいよ」


とアルがボクに促した。


「パルポちゃんも頑固だものね~」


とアクアリンが言うと


「パルポちゃん言うなっ」


とあのパルポルンが照れてる。


「ラフレシアっ

 ここはね・・・」


と説明しようとしたが


「カ~ムイっ、

 ぜ~んぶ見えてるし聞こえてるから

 大丈夫ですのぉ~」


とにっこにこの笑顔で

ラフレシアが腕にすがり付いてきた。


「そうなんだ~」


それは楽だな~と思ったが、

瞬時にして身が引き締まる思いがした。


「全て筒抜け・・・

 隠し事は出来ないってことね~」


「そぉ~ですのぉ~」


「そ・・・そっか」


「ふっ」


嘘やら隠し事とかより、

男独特の話には気を配らないといけないと

そっちの方に頭がいった。

それがアルにはなんとなくわかったようで

軽く笑われた。


「じゃ~行こうか」


アルの合図に


「おうっ」

「行っちゃおぉですのぉ~~~」

「行きましょ~」

「うんっ行こう」


ほぼ、皆まるかぶりで

それぞれの個性で返事した。

この鏡面はボクの見聞の域で言うと

『乗ったら割れる』

というイメージしか沸かない。

勢いよく返事はしたが、

ほんの少しの躊躇がある。

しかし、今までもそうだったが、

人間界の常識は

ここではあまり意味をなさない場合が多い。

恐らく、今回のこれもそのひとつだ。


「カ~ム~イっ」


ラフレシアの声にはっとすると

皆が優しくボクを見守っていた。


「済んだか自分会議?」


「大丈夫かい?カムイ」


とパルポルンもアルもいつもの調子だが、

ちゃんとボクをたててくれている。


「あっごめん

 大丈夫っ

 行こう」


そう言うと


「せ~のっで入ろうぜっ」


とパルポルンがさらに気を遣ってくれた。


「さ~んせ~いっ」


皆もノリノリで賛同した。

道がないため、横一列になり

パルポルンの『せ~のっ』の合図で

同時に踏み入った。

予想外に軽く弾力がある・・・

鏡面のまま。

固く冷たい感じじゃなく、

人間界で言うなら低反発素材・・・

そんな感じだ。

それにしても表現が美しくない・・・


「ふっ」


自分のボキャブラリーのなさに

つい鼻で笑ってしまう。

今までもあったが、

見た目と体が受ける感触のギャップに

脳がついていけないことがある。

なんとも不思議な感覚だ。

人間界でもあるにはあるが、

ここほど明確な予想外はそうそうない。

軽い不快感から常識と認識するまでに

努力を要する。

それにしても、

皆ノリがいいのがなんとも楽しい。

普段というか人間界では

ボクはこういうことは率先して遠ざかる。

本来、団体行動は思いきり苦手だからだ。

かなり気を遣ってしまう為、

出来る限り避けてきた。

それが友人同士でもだ・・・

とは言え友人と呼べる友人は

ほとんどいないが・・・

だが、ここに来てから、

少しばかり変わった。

環境の変化というのは凄い。

それに順応しようとする。

いや、だいぶ順応出来つつある

自分という人間の可能性にも感心した。

そういうボクも、

歩いているといろんな事が思い出された。

しかし不思議なことに、

それは全てここ魂魄界の記憶だけだった。

パンさんとの衝撃の出会いに始まって、

アルとの運命を感じるような出会い、

そしてボクの為に始めてくれた旅。

マーニャ爺にウロボロス、

アクアリンやラフレシア、

マザーにアルテミス。

そして、存在感抜群のパルポルン。

ここ魂魄界に来て出逢えた人の顔が

次々に浮かんでは消え、消えては浮かんだ。

自分がしたことと、出来たこと。

してもらったことや、されたこと。

そのどれもが新鮮だった。

周りを見回すと、

皆、無言でゆっくりと歩いている。

回想しながらだからか、

歩幅も小さく、速度も遅い。

まっすぐ向かいながらも、

ちゃんと自分と向き合っているようだ。

ガタイによる歩幅のせいもあるが、

せっかちなせいだろう、

パルポルンが先頭にいる。

続いてアル、その左隣にアクアリン。

そして、慎重に歩くボクの左隣には

合わせるように歩いてくれている

ラフレシアがいる。

そのラフレシアに視線を向けると

ラフレシアもこちらを見ていた。


「えへっ」


「やぁ」


照れるその笑顔に

思わずボクの方が赤面した。


「おいっ

 あれ・・・」


パルポルンが静かに口を開いた。

見ると、白く柔らかそうな壁に

ボーダーの模様のような

城門のようなものが見える。

その上に、

大きな真っ白いハートが乗っかっている。


「ん?」


「ここが入り口だよ」


アルに言われて、

近づいてよくよく見ると、

壁は高さが5メートル程あり、

入り口は、

歯車が噛み合わさったような

カタチになっている。

その上部に白いハートが聳えている。

そのハートは、

2枚の羽が

折りたたまれている状態のようだ。

その羽の下にある入り口前に、

ざっと20人程の人だかりがあり、

何やらざわついている。

入場を待つ行列かとも思ったが、

どうも違うようだ。


「おいっ

 どした?」


先頭に居たパルポルンが

その集団の中の一人に話しかけた。


「開かないんだ、門が」


「何で?」


「さっぱり・・・

 何が何だか・・・」


どうやら、原因はわからないが

入場できないらしい。


「この門は

 常に受け入れるはずなんだけど・・・」


アルも怪訝そうに言った。


「ね~アル

 門ってこの羽の下の

シャッターみたいなこれのこと?」


「あぁそうだよ

 受け入れの門/エンジェリア

って言うんだ」


「へ~門にも名前があるんだ・・・」


「門じゃないよ

 彼女はこのジャッジメンタリアの

番人なんだ」


「えっ?

 門が人?」


「あぁ」


一瞬、ウロボロスが頭を過ぎったが、

門の上にハート型の羽が浮いてるだけだ。

あの羽に包まれているのか・・・


「おいっ

 エンジェリアは何て言ってんだ?」


「それが、

 エンジェリアも反応しないんだ」


「なんだそりゃっ

 お手上げかよっ」


パルポルンはその場に腰を下ろし

左手で顔を支えた。

それにつられるかのように、

皆、次々にその場に腰を下ろし始めた。

パルポルンを始め、

皆一応に不思議がってはいるが、

イライラやまして怒ってる者など

一人もいなかった。

およそ2時間以上経っただろうか、

皆の様子が一変していた。

ここにいる皆が家族のように

和気藹々と和んでいる。

まるで仲の良い

親戚の集まりの宴会のようだ。

パルポルンも、

当然の如くそこら中に友達が出来ていた。

あの社交性はぜひ欲しいもんだ。

アルは『らしく』まじめに

情報集めをしているのか姿が見えない。

もちろんアクアリンも一緒だろう。

恐らく、アルもパルポルンも

ボクが自分会議に

スリップしてるのに気付いて、

優しい放置をしてくれているんだろう。

きっとそうだ。

忘れられてるとかじゃない

と・・・思う。

ラフレシアはというと、

いつのまにか

ボクの右肩に頭をちょこんと

遠慮気味に乗っけて眠っている。

心地良い重さと柔らかい寝息に

ボクのほうが癒される。

自分会議の途中休憩で現実に戻ると、

未だにさやさやと訪れるノア族。

さらに数が増していた。

ざっと見るだけで

・・・50人位はいるようだ。

それにしても、

見てると来る人はいても

帰る人は一人も居ない。

忍耐強いというか、

温厚というか、

のんびりしてるというか・・・

あきれるとかじゃなくて感心する。

いや、もしかしたら、

今日じゃないとだめな人たちだろうか。

でも、もしそうなら、

一人や二人はそわそわしてても

よさそうなもんだが

なんとも和やかな雰囲気だ。

談笑すら聞こえる。

実際いつまで続くかわからないこの状況に

皆不安や憤りは生まれないのか。

そっちのほうがボクには興味があった。

しかし、

一向にそういう気配すら生まれなかった。

その場その場の状況で

気持ちの切り替えができ

その時その時を楽しめるといった感じだ。

凄いと感じたのは、

意識してそうしようとしているのではなく

そういう選択肢しかないと思わせる

雰囲気というか思考回路だ。

きっと戦争なんて発想もないんだろうな・・・

恨み、妬み、嫉妬、後悔・・・

そういったマイナスな思考の数々が

凄く少ないか全く無いかって言うくらいの

プラス思考だ。

羨ましい限りだ。

出来すぎな気もしないでもないが、

全然悪くない。

むしろ、

そういう考えが浮かぶ自分に軽く失望する。

こういう世界に

異世界のボクが負の波紋を落とさないよう

細心の注意を払わないといけないと

決意にも似た感情が生まれた。

これが人間とノア族の違いなんだろうか

という妄想と想像の自分会議で

人間界特有の感情を紛らわしながら

『その時』を待っていた。

さらに1時間程して、

アルとアクアリンが

左側から歩いてくるのが見えた。

アルがボクとパルポルンに気付き

手招きをした。

アルの元に着くと


「ついて来てっ」


と群集からボクらを引き離した。

人ごみを離れるように

5人で壁沿いを歩いた。

先ほどの群集が見えはするが

聞こえない距離までくると

アルが立ち止まった。


「ごめんよ

 こんなとこまで・・・

 実は、中は一大事みたいなんだ」


「一大事っ?」


パルポルンが嬉しそうだ。

しっぽが見えてたらきっと大振りだ・・・


「何でわかったの?」


「今、左門のエンジェリア

 を見てきたんだけど・・・」


「なに~っ左門まで行ったのか?」


「なんで?

 何かあんの?」


「いやっ

 暇だなと思ってよっ」


「なっ・・・」


そっち?と言うのは止めた。

絶対にボクの反応待ちの顔をしてたからだ。


「ちぇ~

 つまんね~な~」


本気でボク待ちだったようだ。


「でっ?

 何があった?」


「向こうでゼルクに会ったんだ

 偶然」


「なに~

 アイツもいんのかっ」


「うん

 エリアルが心配で

 着いて来てたんだと思う。

 たぶん」


「思う?」


「あぁ

 ゼルクはそういうこと言わないから

 ボクの想像だけどね」


「まぁ~

 当たってっだろうけどなっ」


「ゼルクって友達?」


「そうだよ」


と言うアルより、ちょっと間を置いて


「一応なっ」


とパルポルンが言い放った。


「アルっ

 パルポルンは

 そのゼルクって人のこと

 良く思ってなさそうだね・・・」


小声でアルに耳打ちすると


「常に上から目線なんだよっ」


とパルポルンが答えたが、

本気で嫌そうな顔はしてなかった。

パルポルンと同じじゃんっと思ったが

パルポルンが言うくらいだから

相当なのかもしれない。


「ふっ」


アルが笑った。

そうだった・・・

ここ魂魄界では

耳打ちは何の意味も持たないんだった。

要所要所筒抜けになる・・・

パンさんが言っていたが、

心がリンクした瞬間や相性があるらしいが、

もしかしたら単純に耳が凄く良い上に、

勘も鋭いとしたら納得できなくもない。

しかし、ノア族な今のボクには

それは備わっていないことを考えると

誰でもそうではないのか、

真正なノア族だけの能力なのか・・・

謎は深まるばかりだ。

それにしても、

本当の意味でのひそひそ話は

どうやってするんだろう。

軽く、しかし真剣に疑問に思った。


「ちょうど

 ゼルクが助言を乞いに向かおうと

 エンジェリアに頼んで、

人影の無い左門から

出てくるとこだったんだ

 そこにボクとアクアリンが鉢合わせして

事情を聞けたんだよ」


「でっ

 ど~なってんだここ?

 アイツが素直にお前に話すくらいだから

 ちょっとは大変なことか?」


「ゼルクが言うには、

 最初に入った100人が

 原因はわからないけど

秤の儀式の途中で目覚めて

暴れてるらしいんだ」


「なっ?

 秤の儀式の間は仮眠状態のはずだろっ」


「30分のリミットを

 超えたらしいんだっ」


「はぁっ?

 じゃあ、もしかして・・・」


「うん

 リミットが造られる前に

たった一度だけ起こった

 煩悩の覚醒が起きたんだと思う」


知識のないボクは

二人の会話に入れずに

ただ傍聴しているだけだった。

アクアリンもラフレシアも

神妙な面持ちで聞き入っていた。

いつもの楽天的な雰囲気がそこにはなかった。


「前って・・・

 オレらが生まれるずっと前だぜ

 そんときの詳しい状況も

解決策もわかんね~じゃね~かっ

ってか解決策自体あんのかよ?

 どうすんだよっ」


「それを聞くために

 ゼルクが一人で街を出たんだ」


「どこに?」


「パンダミオさんのところ・・・

 急いでたから

 ゆっくり話せなくて」


「おいおいっ

 どんなに飛ばしても

 丸2日かかるぜ」


「それは大丈夫

 エンジェリアの息吹の力を借りたから

 帰りもパンダミオさんが

 手を貸してくれるはずだよ」


「そっか・・・

 オレとしたことが・・・

 でっ

 これからオレたちは

 どうすりゃい~んだっ」


「街に入って覚醒した人たちを、

 他の人たちと何とかしといてくれって・・・」


「なんとか?

 なんとかって何だよっ」


「わからない・・・」


「おいおいおいっ・・・

 そいつら噛み付いたりしね~だろ~な~」


噛む?・・・

もしかしてパルポルンは

噛まれるのが怖いのか?

いつか噛み付いてやろう・・・


「たぶん・・・」


「嘘でもいいから

 自信たっぷりに否定しろっ

 それにカムイっ別に怖かね~ぞっ

 しかも返り討ちにしてやるっ」


「はは・・・」


やっぱ聞こえてる・・・

流石に、アルも無責任な発言は避けた。


「ってか、

 プライドの高いアイツが頼み事?

 いつもの腰巾着共はどした?」


「初めてだね・・・頼み事なんて

 それだけ切羽詰ってる状況なんだよきっと。

 フルブルもポーもいなかったよ

 きっとエリアルをこっそり一人で

見守りに来てたからだと思う」


「ムッチリスケベめっ」


「そういうことじゃないと思うけど・・・」


だからムッツリだよと

突っ込む雰囲気じゃなかったため

静観して聞いていた。


「まぁ~そんなこたぁ~ど~でもいいか・・・

 アイツの話からすると、

正常な連中も居るってことだよな

 とりあえず街に入るか

 左門から入れるんだろ?」


「ボクらが着いたら、

 エンジェリアが開けてくれるよ」


「じゃ~行こうぜっ・・・っとと

 カムイはどうする?

 オレらも初めてのことだから

何があるかわかんね~ぞっ」


「そうだね

 今回はカムイは

表で他の人達と待ってた方がいいよ」


その言葉に、

安堵など微塵も無く

逆に寂しさがこみ上げた。


「いやっ

 ボクも行くよ

 邪魔はしないし、

何より力になりたいんだ」


次の瞬間、

アテナが減算したが

不思議と気にはならなかった。


「へぇ~怖くねぇ~のかっ?」


「怖いとか以前に、

 想像できないと言うか・・・

 それに、ボクら友達だよね

仲間はずれはイヤだよ」


「ふっ」


「だなっ

 もうお前は

 大切なオレらの仲間だもんなっ

 よしっ行こうカムイ

 アルもそれでいいなっ?」


「もちろんっ

 カムイがそうしたいって言うなら」


「ラフレシアとアクアリンは

 戻った方が良くないかな」


「バカ言えっ

 一番頼りになる仲間だぜっ」


「えっ?

 そうなの?」


「アクア達はキミも見てきた通り

 特殊な能力を持つ種族なんだ

 魂魄界の中でも身体能力は勿論、

頭脳も優れてるんだよ」


「確かに・・・

 でも女の子だし・・・」


「あぁそっか・・・

 人間様は男が女性を守るって

本能があるんだっけ・・・」


「そんな大袈裟なもんじゃないかな・・・

 意地というか見栄というか・・・

 でもこれも差別や偏見になるのかな・・・」


「今は

 そんな難しいことは置いとけっカムイ

 とにかく急がね~とっ」


「あっそうだねっごめん

 行こう」


「ありがとっカムイっ」


「ありがとぉですのぉ~カムイっ」


アクアリンとラフレシアの笑顔を見ると

二人とも不快には感じてなかったようで

ほっとした。

ボクが無くした

『何か』を探すために向かった

裁決の街/ジャッジメンタリアだったが、

この世界で言う『過去の悪夢』が

再び起こっているようだ。

生命の秤/ハ~カルンの

誠の深さを量る真命の左と

罪の重さを量る断罪の右に

異変が起こり

常に均衡することで判決を下していた

この秤がいきなりの不調和で

その機能を停止したらしい。

今は、ボクの『何か』どころではない。

話を聞くにつれ、

部外者のボクでも容易に想像できる

『異例の事態』だということはわかった。

心配より先に、

気をかけてくれているアルやパルポルン、

パンさんにアクア達、

ここで関わった全てのノア族にも

少しでもの恩返しが出来ればと

気が引き締まった。

それに、人間のボクにとって

楽園にすら感じるここ魂魄界が

平穏で温厚な世界として

存在し続けて欲しいという

ボクのエゴのような望みを

叶えたいとも思った。

そうこう考えながら

壁沿いに歩くこと約1時間。

ようやく左門らしきとこが見えてきた。


「!」


この街を取り囲む壁・・・

正面の入り口から延びる白く柔らかそうな

この壁は腕だったんだと、

その時初めてわかった。

その左門は手そのものだった。

なぜ、正面の門で気付かなかったのだろうか。

上を見ると、

先ほどと同じハート型の羽が浮いていた。

ここジャッジメンタリアの外壁は

四方それぞれに

エンジェリアと呼ばれる守人がいて、

出入りの管理をしていると

アルが教えてくれた。

先ほどから気になっていたハート型の羽は、エンジェリアが入場を制限する際に

あのようなカタチで全身を包み

施錠の役割をしているとのことだった。

交互に指を絡ませるように

しっかりと閉じられた手。

10本の指が折り重なったその門は、

ボクの背丈のおよそ3倍程ある。

近づくと組んだ指がゆっくりと

ほつれるように広がり

ボクらを迎え入れてくれた。

アクアリンが入ろうとすると


「オレが先だっ」


とアクアリンの肩に手をやり制止した。

そのままパルポルンが

レディファーストをお預けにして

先陣をきった。

せっかちなのか負けず嫌いなのか

パルポルンらしいと思ったが

中に入って周りを確認した後

ボクらに入るように促した。


「大丈夫だっ

 入ってもいいぜっ」


その行動と言葉に

ボクはまだパルポルンのことを

理解出来てないことを思い知った。


「ありがとっ」


とアクアリンがパルポルンに

ウインクして見せた。


「ばっばかやろっ

 そ~ゆ~のはアルだけにしろっ」


と思いっきり照れたパルポルンに皆和んだ。

5人皆が通り抜けると、

またその指はゆっくりと

上の方から固く閉じた。

振り返ると

当たり前だが表から見えていた

裁決の塔/キヤンセの横顔が見えた。

中に入るとまだ距離があるとはいえ

その荘厳なオーラと

塔自体の大きさは想像以上だった。

視線を落とすと規則正しく並んだ民家。

恐らくだが、

あの大きなキヤンセの周りを

取り囲むように建っているのだろう。

まるで壮大な魔方陣のような、

結界のような・・・

そう連想させる並びだ。

ただ、想像と違って

人っ子一人いない閑古鳥状態だったことに

若干、拍子抜けした。

騒然とした街中を想像していただけに、

この静けさは余計、

不気味さを際立たせていた。

導かれるように歩くアクアリンを先頭に

あの大きな建造物キヤンセに向かった。

街中を歩くこと十数分、

住人がちらほら確認できた。

家の中で寛いでいる者、

お構いなしに外で作業をしている者、

恐らく日常とまではいかないと思うが、

なんとも緊張感がない平和な感じだ。

こんなのどかな風景に、

最初感じた不気味さは

一瞬にして消え去った。

というか、さっきのあそこがただ、

ひと気がないだけだったのかもしれない。


「おいっおっちゃんっ

 避難しね~のか?」


と、家庭菜園みたいなことをしている

初老の紳士にパルポルンが声を掛けた。

相変わらずパルポルンの辞書に

人見知りという言葉はないようだ。

老若男女問わず

『会った瞬間フレンドリー』状態だ。

顔を上げたその初老の紳士は


「な~にっ大丈夫じゃろっ

 なるようになるわい」


と笑顔で応えた。

その笑顔に、

諦めでも開き直りでもない

確信みたいなものを感じた。

パルポルンは、

その言葉に説得力を感じたのか


「一応、注意はしなよっ」


と一言だけ言って

その初老の紳士の肩を

優しくポンポンッと叩いた。


「ありがとよ、お若いのっ」


と初老の紳士は柔らかい笑顔で応えると、

また作業を始めた。

気付くとパルポルンは

次の老婦人に声を掛けていた。

それも、

ゆったりとゆらゆら揺れる椅子で

気持ち良さそうにうたた寝してたとこに

容赦なく。


「ご婦人っ

 寝るなら、

今日は家に入ってた方がよくね~かっ」


老紳士はおっちゃんで、

老婦人はご夫人・・・

パルポルンの拘りだろうか。

しかも、さっきから何でため口なんだ

とツッコミたいところだが

その言い方に親しみと優しさを感じるせいで

言葉を知らない礼儀知らずとは

ボクも感じなくなっていた。

まぁ、ボクにはできないが・・・


「あいがとうよっ、お若いのっ

 もういっとしたら入るから心配いらんが

 そいに、ここにゃ

心から悪かとはおらんから大丈夫じゃが

 おまんさぁたちは、

あん塔へ行っとかい?」


「おうっ。

 何だか大変なことに

なってるらしいからなっ

 大切な友達もいるから

何とかしてやんね~となっ」


パルポルンがそう言うと


「じゃっとやぁ

 なら気~つけていっきゃんせよっ」


おもいっきり聞き覚えのある方言に

心が和んだ。


「アルっ

 今の人間界の方言だよ・・・

 しかもボクが住んでる街の・・・」


「そうなんだ

 年を重ねてるってことは

大抵それなりに人間界

を垣間見る経験があるからね

 ノア族は気に入ると

染み付いちゃうんだよ

言葉や仕草が、自然とね

 中には習慣も

身についたりすることもあるよ

きっとカムイの街が

気に入ったんだろうね」


聞きなれた方言に

懐かしさを覚えたが、

ホームシックのような感情は芽生えなかった。

それより、アルの話の途中、

パンさんが頭をよぎった。

あの出鱈目に構築された文言や文法は、

どこをどう気に入って

出来上がったものなのか・・・

そっちの方が気になった。


「ふっ」


笑うアル。


「何考えてるかわかっちゃった?」


「パンダミオさん」


「おぉ~ビンゴッ」


お見通しだ。

ちょっと気になって、

もう一度周りを見回してみると、

ざっと10人ほど

外に出ているノア族がいるが、

そのほとんどが性別関係なく、

年配の方だ。

長生きしてると

大抵のことには動じなくなるのだろうか。

ただ鈍感になってる

とかじゃなければいいのだが。

そういえば、

ここ魂魄界は今まで見てきた限り、

結構年配の方が多い。

人間界を知った上で、

敢えて転生せずに

ここに残る選択をしたノア族だろうか・・・

それはそれで正解のような気がした。

それくらい、

ここは人間界と比べると心地良い。

そんな自分会議をしている中、

ちょんちょんっと背中を突かれ我に還った。


「なんだい?

 ラフレ・・・」


そこにはラフレシアではなく、

輝きを体の内に閉じ込めたような

真っ白なアクアが立っていた。


「あっ・・・

 え~っと・・・」


「オルマリアと申す・・

 貴様はどちらさまだ?」


思わずパンさんがデジャブした。

これまた突飛な言い回しだ。

と言うより遣い方を知らないか

間違ってるんだろうか。

物腰は穏やかな分、

その言動のギャップに戸惑う。

何とも濃いキャラの登場だ。


「ボクはカムイ

 どうし・・・」

「あっオルマリアっ」


とアルが小走りに駆け寄ってきた。


「アルフっ丁度良かったわっ

 ちょっと手伝えっ」


命令形だ・・・

使い方が違うのか、

本当に命令してるのかいまいち分からない。


「知り合い?」


「エリアルのアクアだよ」


「あぁ~友達の・・・

 はじめまして」


「はじめまして・・・

 カムイってヤツでしたわね」


微妙に棘を感じる・・・


「おっ?

 オルマリアっどしたっ

 こんなとこでっ

 エリアルから離れちゃだめだろっ」


「パルポルンっ・・・

 貴様もお元気そうで・・・

 エリアルは

 ちょっとの間だから大丈夫・・・」


「オルマリアっ」


「アクアリンっ

 久しぶりっ」


「オルちゃんっ」


「ラフレシアっ?

 貴様・・・どうして・・・」


あっち見たりこっち見たり・・・

超高速のテニスラリーを見てるようで、

目の前が真っ暗になり、

一瞬膝が落ちた。


「私にも見つかったんですのぉ

 こちらがカムイ

 私のマスターですのっ」


嬉しそうにそう言いながら、

ボクの腕にラフレシアがしがみついてきた。凄まじいタイミングに倒れずに済んだ。


「良かったな・・・ラフレシア

 私も嬉しいわ。

 カムイ、ラフレシアをよろしくなっ」


「うん」


「よろしくですのっ

 マスターっ」


まただ・・・


「マスター?」


ボクが聞き慣れない風にしていると


「ふっ

 呼び方は決まってないんだ・・・

 ご主人様とか、マスターとか・・・

 名前で呼ぶことも多いね

 アクアが呼びたいように呼ぶから・・・

 気に入らなければ変えてもらえばいいのさ」


とアルが教えてくれた。


「そうなんだ・・・

 まぁラフレシアの呼びたいように

 呼んでいいよ・・・」


「ありがとうですのっ

 カ~ム~イっ」


と小悪魔な笑顔でボクを覗き込んだ。

好きに呼んでいいと言った手前、

今度は名前かいっと突っ込むのはやめた。


「本当に気に入りやがったのね

 ラフレシア・・・

 幸せそう」


「んっ

 すっごく幸せのっ」


そうはっきり言い切るラフレシアに

きゅんっとしたと同時に、

護ってあげたいという感情が、

護るという決意に変わった。

人間のというか

男の煩悩に近い雄としての本能の

成せる技なのだろうか。

随分安っぽい気もするが、

理屈じゃない感情が一瞬で炎上した。


「それにしてもよっ

 お前がここにいるってことは、

 相当大変な状況らしいな・・・」


事の重大さが

少々わかってきたパルポルンも

いつになく真剣な表情だった。


「えぇ

 本当はエリアルから離れやがっては

 いけないのだけれども、

 あいつは煩悩がないみたいですので

 大人しかったから、

 私が秤に戻しやがったの

 他にも、キヤンセの外で

 順番を待っていたヤツらも

 逃げ回ったりしてる方もいれば、

 捕まえたりしてる輩もいたわ

 ただ、結局どうしたらいいか

 わかりやがらなくて

 ゼルクのヤツが

 パンダミオさんに聞いてくるからって

 何人かに指示を出して街を出やがったの

 それで人手が足りなくなりやがって・・・」


「それで助けを呼びに?」


「えぇ・・・

 いくつか街を抜けてきやがったんだけど、

 どいつにも出逢えなくて、 

 そしたら人間様がいたから、

 つい惹かれて声を掛けやがったの

 あっラフレシア、

 変な意味じゃないからなっ」


受動、他動が所々違うのも

気になってしょうがない。

つっこみどころ満載なのに

つっこめないこの状況に

お約束のようにひとりムヤムヤした。


「わかってるですのっ」


と長い耳をピクピクンッとさせながら

微笑んだラフレシアも他の皆同様、

全く気にならないようだ。

て言うか、

この口調は気にならないのか?

他の人たちとは明らかに違うから

そこに気付いてないはずはないんだが・・・

もう慣れたんだろうか?

それとも個性と割り切っているんだろうか?

色々考えても

ボクの想像に過ぎないから

きりのいいとこで聞いてみよう。

と、気持ちを切り替えようとしたとき、


「慣~れっア~ンド個性っ」


とアクアリンがぼそっ教えてくれた。

やっぱり筒抜けだ・・・

しかも、やっぱり、おかしいんだ、

オルマリアの言葉遣い・・・

それを個性で片付けるくらい

面倒なのか壮大な心の持ち主なのかの

どちらかだろうが

・・・きっと後者だ。


「人間様野郎に声を掛けた直後に

 アルフが出てきやがって、

 そして貴様らが次々に・・・」


もうこれは喧嘩の謝恩セールだ。

買ってくれと言わんばかりだ。

お陰で話が半分も入ってこない。


「ちょうど良かったよ

 ゼルクに頼まれて来たんだ」


「あやつに?」


「なっ

 意外だろっ」


「パルポルン、

 彼は気難しいだけで、素敵なひとよ」


アクアリンも良く知ってるようだ。

この話題に入れない以上、

会話から情報収集をするしかない。


「見方によっちゃ~なっ」


「まったく・・・

 素直じゃないんだからパルちゃんはっ」


「だから、ちゃん付けはやめれっ」


「まあまあ

 で?

どうなんだい状況は?」


アルが話を戻した。


「ほとんどが

 大人しくしてやがるんですけど、

 手に負えそうにないヤツらが

ざっと見だけで

 30人以上はいやがるのっ

 今のとこ、他人を襲ってる輩は

いやがらないけど、

 食い物を漁ってやがったり、

モノを壊してやがったり、

 水を飲んでるヤツも

 おいでになってたけど

 面白そうだったから

そのままにしてきやがったの

 襲われやがる危険はね~けど、

 破損物で怪我をしやがるヤツが出るかも。

 だから急げよっ」


遣い方も違うしわざとかとも考えたが、

なんだかどっかの方言のような感覚に

陥ってきた。

まだ決して慣れはしないが・・・


「手に負えなさそうなのが30人以上か・・・ 骨が折れそうだぜ・・・」


台詞とは裏腹に

パルポルンの目は爛々と輝いている。

やる気満々だ。


「じゃ~

 向かいながら役割分担を決めよう」


「おうっ」


秤が止まった原因を探るのは

頭脳派のアルとアクアリン。

魂のカケラを無くした

ノア族を連れ戻すのは

体力バ・・・いや

体力に絶対的自信がありそうなパルポルンと

俊敏そうなオルマリア。

そして機転がききそうなラフレシアと・・・余ったボク。

荘厳なオーラを放つキヤンセに向け、

一歩また一歩と歩を進めながら

すべきことの確認とシミュレーションを

個々にイメージしていた。

途中、規則正しく並んだ

ひと気の無い民家群を抜けると、

大きな円形の広場が目の前に広がった。

パッと見、直径15メートル程あろうか。

ギリシャを連想させる

石造りの大きな明るい広場だ。

一番に目に入ったのは

中央の大きな噴水だった。

ざっと10m以上吹き上がっている。

なんともスケールの大きい噴水だ。

しかし、

その噴水の吹き上がった水は

す~っと空に溶け込んだかのように

落ちてはこない。

恐らく霧状になって

散布されているんだろうと

勝手に都合よく自己解決した。

無数の虹が乱立していて目を奪われた。

その噴水は近くに居ても濡れないせいか、

噴水の周りの縁石には何人かが寛いでいた。


「この辺りを見てると、

 どこかで大変なことが起きてるなんて

想像もつかないね・・・」


「確かに・・・

 ここにはこうやって

日常が普通に存在してるものね」


アルに話しかけたつもりが

立ち位置を変えたアクアリンが返事をした。


「あっ・・・アクアリンか・・・

 アルかと思ってたよ」


「ふふっ」


とアクアリンが軽く微笑んだ。


「ここで少し休んで行くかい?」


後ろでアルの声が聞こえた。


「いやっ大丈夫っ」


と返事したボクに


「お前じゃね~よっカムイっ」


とパルポルンがつっこんできた。


「行っといで3人とも。

 待ってるから」


とアルが優しく促した。


「今は急いでるでしょ。

 大丈夫よ」


アクアリンがラフレシアとオルマリアに

アイコンタクトをとった後、そう応えた。


「向こうに着いたら忙しくなるよきっと

 この先こういう水場は少ないから

今のうちに行っといでっ」


「そ~だよっ

 お前らがバテたら

 オレらが大変なんだよっ

 だから強制だっ

 行ってこいっ」


「そんな言い方・・・

 もっと優しく言えばいいのに・・・」


そう言ってアクア達の方を振り向くと、

皆パルポルンの真意をわかってる風な笑顔で


「わかったわ

 ありがとっ

 すぐ澄ませてくるわっ

 カムイも優しいのね・・・」


「ありがちゅっ」


「あいがとさげもすっ」


とアクアの3人は

嬉しそうに噴水まで走って行った。

さっきからボクだけ的はずれな気がして

軽い自己嫌悪にも似た

恥ずかしさが首をもたげた。

お陰で、

オルマリアのお礼にツッコムのを忘れた。

あいがとさげもす・・・

また聞き覚えのある言葉だ・・・


「心が通じてるっていいな・・・

 ボクはまだ全然だ・・・」


誰に言うでもなく独り言のように呟いた。


「気にすんなっ

 お前は知らなかっただけだ」


とまたしても

超絶地獄耳のパルポルンが

ボクの肩をポンッと叩いた。


「そうだよ、カムイ

 気にしすぎだよっ

 アクアはね、森から出た後は、

 この保水カプセルで移動する

 保水しなければこの外気の中では

 6時間が限界だから

 このカプセルは必需品なんだ

 アクアの同行者としてね

 カプセルに1時間入れば、

 再び出てこれるから

 お互いそんなに不都合はないんだけど、

 こういう開放感のある水場は出来るだけ

 利用させてあげたいんだ」


アルも・・・

と言うか皆耳がいいんだった。


「そうなんだ・・・」


「みんな、ゆっくりでいいよっ」


優しい笑顔で送り出すアル。


「どれくらいかかるの?」


と聞いてみると


「5分もかからないよ、きっと」


「あぁ~

 普通ならゆっくりと

 1時間くらい掛けて補給するけどなっ

 でも、

 アクアは恐ろしく空気が読めるから

 今回は速攻済ませてくるぜきっと」


空気が読める・・・

アルは勿論、

何気にキミもねっとパルポルンに

つっこみたくなった。

見るとアクア3人が噴水の傍で戯れている。


「水はアクアにとって

 命みたいなものだからね

 ああやって生命エネルギーを

 蓄えることが出来るんだよ」


「人間界で言う、

 カムイっお前も知ってる

 熊の冬眠みたいなもんだっ」


と得意げなパルポルンに


「全然違うよっ」


とアルが真顔で静かに否定した。


「ふっ」


しかし、

直ぐに笑みを浮かべたアルに向かって


「みたいって言ったろ

 ちゃんと」


「いやっ根本的に違うからっ」


とアルが真剣な苦笑いを浮かべたが、

引かないとこを見ると

アルも何気に頑固なようだ。


「まったく

 アルは変なとこで

 頑固というか律儀だよな~」


「パルポルンがざっくりすぎるんだよ・・・」


やっぱり頑固なようだ。

パルポルンのざっくり加減は

否定のしようがない。

お互い言ってる事は何気にキツメだが、

目はちゃんと笑っていた。


「まっそ~ゆ~こったカムイっ」


「そ~ゆ~って・・・どういう・・・」


ボクまで苦笑いがこみ上げた。

3人は本当に5分経たずに戻ってきた。


「えっ?

 何かした?

 あれで、もういいの?」


ラフレシアに聞くと


「んっ

 ありがとぉですのっマスターっ

 元気スパイラルっですのっ」


と笑顔で応えた。

で・・・スパイラルって何だ。


「試してみるですの?

 マスターっ」


「た・・・試すって・・・

 どうやってっ」


言葉とは裏腹に

あらぬ想像をしたボクに向かって


「そんなこっちゃね~よっ」


とパルポルンがつっこんできた。


「ふっ」


とアルもスルーしないでくれた。


「ど~やってのぉ・・・

 むむむ~~~~」


勢いで言ってはみたものの、

頭を傾げて真剣に悩んでるラフレシアに


「得意のポーズを見せてあげるのっ」


と皆に聞こえるように

アクアリンがラフレシアに耳打ちした。


「そっかぁ~

 じゃぁ~~~

マスター見ててですのっ」


そう言うとラフレシアが、

言ったアクアリンも赤面するくらい

妖艶でかわいい振り付けでポーズを決めた。

ある意味、

ボクの想像に近い結果となって

ボク的には大満足だった。

後のパルポルン意外は

完全に照れ笑いしていた。

そんな素直に喜んでいたパルポルンだったが、

急に真顔で


「あとの二人も大丈夫か?」


と二人に振った。

こういうとこに根の優しさが

見え隠れするパルポルン。

普段の軽いがさつさが

かえってこういう意外と普通のことも

際立たせているのかもしれないが、

それでも余りある内なる優しさを感じる。


「じゃ~行こうか」


こういう時、アルはクールだ。

言葉も態度も・・・

ただ、人は人という

冷めたようなクールさではなく、

全部とまではいかないだろうが、

場を理解したようなクールさが出る。

いや、理解というより把握している

と言った方が分かり易いか。

その場その場で、

必要最低限の言葉と想いで

先へと導いてくれる。

だからアルの言葉には、

パルポルンとは違うカタチの

説得力があるのかもしれない。

この二人と接してきて、

今までのボクなら・・・

というより人間界の頃のボクなら

『どうせ・・・』

という卑屈な言葉と行動で

あきらめる以前に、

無関心だったろう・・・

でも、今は違う。

二人を見てきて、

二人と行動してきて、

自分の可能性を探すだけの

『関心』が芽生えている。

これは、絶対に大きな一歩になる。

他人とは違う

自分という存在を認識することで、

初めて向き合える未来の自画像。

『どうせ』が、

『もしかしたら』へと変わる瞬間。

主導権はないが

『ひきずる』過去の自分と向き合うことで、今現在の自分が、未来の自分を切り拓く。

ここにいること自体が

未来への礎なんだと気付く。

今は、これだけわかればいい。

やるべきこと、やりたいこと、

するという選択、しないという選択、

全て自分で決められる。

結果は後からついて来る。

なるようになる・・・

流れに身を任せるのも、

自分で切り拓くのすらも好きに選べる・・・ボクはボクだ・・・

まだ、心から思い込めないがそう、

自分に言い聞かせた。

久しぶりに自己解決でき

満足と納得していると


「もういいかっカムイっ?

 出発するぞっ」


と、パルポルンが

思いっきりボクを覗き込んだ。


「うわっ・・・

 パッパルポルンっ・・・

ごめんっ」


アルとパルポルンの二人はもちろん、

アクア達3人からも笑い声が漏れた。


「まとまったかい?」


アルが軽い笑顔のまま聞いてきた。


「おかげさまで・・・」


またしても苦笑いするしかなかった。


「どんな妄想してんだか・・・」


パルポルンが

嫌味の無いあきれ笑いを浮かべた。


「パルポルン、会議だよ」


パルポルンが本当のとこ

『妄想』とは違うと

わかってるであろうこと踏まえて

敢えてアルが訂正してくれた。


「お~だったなっ」


パルポルンもそれを分かってるかのように

反論せず素直に返事した。

というより、

ボクが考えていた内容も

きっとわかってて

誰もつっこまいでいてくれたんだろう。

人間界でも

変な計算や思惑を

ここでは感じない分

居心地も気分も良かった。


「じゃ~先を急ごうっ」


「おうっ」

「そうねっ」

「急ぐですのぉ~」

「いきもんそっ」


このやりとりを

大人しく静観していたアクア達も

アルの言葉に率先して応えた。

皆で顔を合わせ、

気持ちも新たに

キヤンセへと意識を向けた。


暫く歩くと、

次第に人影が無くなって来た。

周りを見ると、

赤褐色のレンガ造りの蔵群と

ランダムな形の石が敷き詰められた

石畳の道。

この辺は民家はまばらで

倉庫というか蔵が建ち並んでいる。

それを縫うように

堀が張り巡らされている・・・

趣のある橋が

所々に架かっているのが見えた。

ざっと見だが人影は無い。

さすがに、

この辺は警告や警報のたぐいが

あったのかもしれない。

そう思わせる雰囲気と

息を潜め気配を殺そうとまではしていない

存在が感じられた。

隠れているというより待機している、

そんな感じだ。

キヤンセまで目測で

直線500mといったとこだ・・・

たぶん。

ただ、どう見ても直線で向かえないが・・・道なりに行ったとして1kmくらいだろうか、予想外の遠回りがなければ・・・


「そうだな・・・

 ここからならあと10分位だな」


とボクに聞こえるように

パルポルンが独り言を言ってくれた。


「もう少しで彼らに遭遇しそうだね」


「皆、一応気を抜くなよっ

 ど~なってるかわかんね~からなっ」


「わかったっ」


いよいよ彼らとのご対面が

近くなってきたのかと思うと、

身が引き締まった。


4つ目の石橋に差し掛かったとき、

とうとう一人目と思わしき人影に遭遇した。

ノア族なのは間違いない、たぶん。

若いこぎれいな男性で

モスグリーンの尖がり帽子を被り

ベージュ色の薄手のマントで

全身を覆っている。

この人気の無い街中で

何か楽器を奏でながら

こちらへと歩いてくる。

ボクらは橋の手前で立ち止まって

彼が来るのを待っていると

その彼はボクらに気付いた様子もないまま

橋の中央辺りで演奏を止め、

くるりと身を翻し

目の前の欄干にゆっくりと足を掛けた。


「あっ」


嫌な予感がして駆け寄ろうとすると


「大丈夫っ

 見てごらん」


とアルがボクを制止した。

改めて彼に目を向けると

欄干をゆっくりと跨ぎ、

流れる水面の方を向いて座った。

そしてそのまま

何事もなかったかのように

また手にした楽器を奏で始めた。

転がるような音色を

皆で沈黙のまま聞き入っていた。

自然と流れ込んでくる

その軽く深い音色に

自然の大いなる息吹的なものを感じた。


「綺麗な音・・・

 るりるりの羽で

こんないい音色を奏でやがるなんて・・・」


とオルマリアが長い耳を彼の方へと靡かせながら呟いた。


「んっ

 綺麗ですのぉ・・・

でも少し物悲しいですのぉ・・・」


ラフレシアは音色としてではなく

曲調として受け止めたようだ。

綺麗な音色だが、

確かに軽い哀愁みたいなものを

ボクも感じた。


「なんだかしんみりする曲だね

 皆が知ってる曲なの?」


「いや・・・あれは自作だよきっと

 たぶん、思いのまま奏でてるんだよ」


「そっか・・・

 じゃ~彼は今あ~ゆう心境なのかな・・・」


「だろうね・・・」


物悲しい曲調と

それを強調するかのような音色。

彼の息吹とあの長い羽とが造り出す音色。

絵的にも間違いなく絵になる。

彼と長く横に伸びた羽のバランスが

とても美しかった。

それにしても、

改めて見てみると羽にしては長い。

長さは恐らく30cm以上ある。

形状は人間界の鳥の羽と大して差はない。

もし鳥の羽だとしたら相当大きな鳥だ。


「るりるりの羽・・・

 言いにくいなぁ

 実際に羽なのあれ?」


「あぁ

 羽だよ

 るりるりは湖底の都/フカイ~ゾ

ってとこに住んでいる羽を纏った竜で

 彼らが脱皮するときに

羽も生え変わるんだけど、

その抜け殻の羽は

 ああやって綺麗な音色を出すから

採取して持ち歩く人がいるんだ

 でも、音を出すのは相当難しいから

あんなに奏でられるのはかなり珍しいよ

こんな音色、ボクも初めてだ」


「そうなんだ・・・って

 るりるりって竜なの?

ってか、竜とかいるんだ

 ボクの想像からすると

ぽくない名前だな~」


「どうしてだい?」


「人間界・・・て言うかボクの想像では

 竜って神聖で気高いイメージなんだよねっ

 孤高というか・・・

 あくまで架空の生物なんだけど、

人間らしい想像力の産物なんだ。

 地域や国によっては神格化されてるしね」


「へぇ~そうなんだ」


「竜か・・・

 湖底って言うからには水中でしょ?

 人間界にも

タツノオトシゴってのがいるんだよね・・・

 そんなに大きくない魚なんだけど

種類もたくさんいてね

 確かヒレが羽のようなのもいたような・・・」


「そうなんだ・・・見てみたいな~

 るりるりは身長で言えば

パルポルンくらいかな

 でもホッソリしてて

ボクらで言う手足が羽になってるんだ

 見た目はシャープだけど

温厚な生き物で

 それこそ種類は1種類しか

いないと思うけど、

 体色と羽の形がそれぞれ違うんだ」


「想像しずらいね・・・」


「だろうね・・・

 お互いに

 例える基準の根本が違うからね」


「うん」


「機会があったら見に行けるといいね」


「うん

 是非見たいし、見せたいよ」


アルとそんな話をしていると


「おいっそうしてたいのはわかるけどよ、

 一緒に帰ろうぜっ

 本来のアンタじゃなくて

本当のアンタに戻んなきゃな。

 したいことだけを出来るってだけが

『生きてる』ってことでもね~し

 アンタにもしがらみがあんだろ、

いろいろとよ・・・

 今のアンタとその前のアンタ・・・

どっちがアンタにとって

幸せかわかんね~けど

 戻らないとだめだってことは言えるぜっ

 だから一緒に帰ろうぜっ・・・」


いつのまにか

パルポルンが欄干上の彼の隣に腰掛けて

話しかけていた。

言葉遣いと違い

口調はまるで昔からの友人のように

語り掛けていた。


「相変わらず簡単に

 他人に干渉できるね・・・

いや、干渉は言葉が悪いな・・・

瞬時に打ち解けられる

がいいかな・・・」


「それは質問かい?

 それとも独り言かい?」


「ははっ

 ごめんごめんっ

独り言っ」


「そうか・・・

 パルポルンはノア族の中でも

ちょっと特別かな・・・

よりストレートな上に

深いんだよね」


「羨ましいな・・・」


「なりたいのかい?」


「ん~~~

 見てて悪い気はしないね

 明らかに

 今のボクには欠けているというか、

 無いものだから

 だから憧れるのか、

ただ純粋に魅力的だからなのかは

わからないけど」


「考えすぎだよ、カムイ

 キミはキミでいいじゃないか

 ボクらには十分魅力的だよ、キミは」


「そう?

 ありがとっ」


お世辞や慰めじゃないのは

容易にわかったが

その時ふと気付いた。

それをよしとできない

素直になれない

自信のない自分がいることに。

たぶん、

アルもそこまで分かってて

言ってくれてる。

だから尚更

自分と向き合う必要性と

覚悟と勇気が欲しかった。


「よしっ行こうぜっ」


意を決して

パルポルンが先に下り

彼にゆっくりと手を差し出すと、

何のためらいも疑いも無く

その手を掴んで橋へと戻ってきた。


「じゃぁ~帰ろうぜっ」


と軽く彼の肩を

ポンポンッと叩いたパルポルンが

やっぱり羨ましかった。

彼は意思表示はしなかったが

そのまま曲を奏でながら

静かにパルポルンに付き従った。

ソレを見て、

急に我に返った。


「あれっ・・・

 もしかして

 意外と楽勝なんじゃない?」


「まぁ

 皆が皆ああならいいんだけどね・・・」


「そっか・・・

 だよね・・・」


彼の奏でる音色は

心地の良い添い曲のように

景色と共に流れ続け、

ボクらは時間と距離感を

忘れることが出来た。


ほどなくして

石畳が敷き詰められた

蔵のエリアの終わりが見えた。

目の前に、

蔵のエリアに入る前の民家の

集落らしきものが広がった。

今までに無い

大きな堀に

大きな石橋が軽いアーチ状に掛かっている。ゆっくりとその橋を渡ると

さきほどまでの趣のある石畳の道から

落ち着いた黄土色の土の道へと変わった。


「いよいよ、近いね」


「あ~この街の中心にキヤンセがある

 気を引き締めていくぞっみんなっ」


「うんっ」

「あぁ」


アクア達も無言のまま頷いた。

あの明るいアクア達が

緊張まではいかないまでも

軽い警戒態勢に入ったのが

雰囲気でわかった。

ただ一人、奏でる彼には変化はなかった。

キヤンセが今まで以上に

覆いかぶさるように聳えている。

悪い意味での威圧感はないが

見上げると立ちくらみするので

伏目がちに前を見ながら進んだ。

この街にもやはり住民の人影は無い。

ちゃんと警告を聞いて

家の中で待機しているかどこかしらに

非難しているんだろう。

先ほどの街と違い

気配という『存在感』を

感じられなかった。

もし、人影があるとしたら

おそらく『彼ら』に違いない。

そう思うと、

ちょっとした物音や風景の動きに

敏感になった。

辺りを警戒しつつ、

先頭をパルポルン、殿にアル、

ボクは彼女らの右側を歩き、

奏でる彼はなんとなく彼女らの左側を

思いのままに、

皆でアクア達を囲むように進んだ。

奏でる彼のお陰で

緊張感がいい具合に薄らぎ

変な力みが消えていた。

この陣形のまま

人影の無い街中を歩くこと20分、


「皆、あそこ、居るぞ

 気をつけろ」


パルポルンの足が止まった。

10m程先のベンチに、

この街で二人目の人影が見えた。

腰掛けて足をぷらぷらさせながら

本を手にしている。

読書中のようだ・・・

それも楽しそうに嬉しそうに読んでいる。

その横にもう1冊

本が置いてあるのも見えた。


「本がひたすら読みたいのか・・・

 なんとも平和な欲望だね

 しかも2冊

 相当なお気に入りなんだろうね、

 あの本」


「欲望自体はなっ

 ただあの本をどうやって

 手に入れたかによるけどなっ」


「あっ・・・そっか・・・」


ゆっくりと近づくと、

その人影は大人しそうな少女だった。

見た目もそうだが

仕草も雰囲気も軽く幼さを感じる。

ただ、そんな雰囲気とはかけ離れた

挑発的な身なりをしている。

蒼紫色の光沢のある素材で

あまりにも体に密着した服装だ。

一瞬、レースクイーンが頭を過ぎった。

過ぎった瞬間、

いろんな意味で恥ずかしくなった。


「ふっ」


絶妙なアルの反応で少し救われた。


「むっ」


救われたと思ったが、

左腕に寄り添う

気持ちご立腹のラフレシアに

思いっきりドキッとした。


「ははっ

 すいません・・・」


「許してあげますのっ」


「ありがとうございます・・・」


「ふっ」

「もう尻に敷かれてやがるっ」


「お尻には敷かないですのっ」


「お~っと

 わりぃわりぃ」


「ふっ」


パルポルンのお陰で

矛先が反れてホッとした。

改めて少女に目をやると

違和感を感じたが

その違和感が何なのかわからなかった。

少しだけ大人びた目元に

幼さの残る口元、

螺旋を描く角の様なものが

顔の左右を飾り立てている。

明らかにノア族ではない。

と思う。


「彼女はアルベリオにいる種族

 ラーンだよ

 ああやって

肌の色を自在に変えられるんだ

彼女らは水を護る精霊で

アクアとも関係が深いんだ

ああ見えて、

成長すると今以上にカムイ好みになるよ

もっと言えば、

あ~見えて彼女は

ボクらより少し年上だと思うよ

ふっ」


「えっ」


ボク好みになるというところしか

頭に残らなかった。


「み・・・みんな本が好きなの?」


「それは聞いたことはないなぁ」


「じゃあ、たまたまか・・・」


「たぶんね

 ふっ」


誤魔化しが全く効かない分、

恥ずかしさが増す。

ただ、これも慣れてきたせいか

気持ちの切り替えも

早くなってきたおかげで、

後を引かなくなってきた。

ラフレシアの視線を除いては・・・

皆で近づいていくと、

ちらっと一度こちらに視線を向けたが

何の反応も無くそのまま

また読書の世界へと入り込んだ。

ボクらは申し合わせた訳でもないのに

一斉に立ち止まった。

体が自然とそう働いた。

ボクは怖がらせないようにと

そうしたのだが

皆もたぶん同じだった。

そこで違う行動に出たのが彼だった。

曲調をポップな感じに変えた。

自分の好きなことをしてても

空気は読めるようだ。

そして、

何かに選ばれたかのように

アクアリンが一人で

彼女の元へと近づいた。


「本が、好きなのね」


アクアリンが優しく話しかけた。

彼女は本を読んだまま静かに頷いた。


「お話・・・いいかしら」


アクアリンの言葉に

ベンチの左側を見て

座る余裕が無いことを確認すると

そっと、

右に置いていた本をひざの上に抱えて

アクアリンのためにスペースを作った。


「あら・・・いいの?」


その言葉に、

こくんっと頷いた。


「その本・・・素敵な本ね」


彼女はまた、こくんっと頷いた。


「私にも好きな本が沢山あるわ」


その言葉に、その少女は

興味深げにアクアリンを見つめた。


「あなたにも、これからもっと

 素敵な本との出会いがあるわよ。

楽しみね」


そう微笑むアクアリンに、

少女は何度も頷いて見せた。


「ところで、

 今のあなたは本当のあなた?」


アクアリンの言葉に

一瞬からだがぴくんっと揺れた。


「心の奥では

 本当はあなたもわかっているのよね、

 このままじゃ良くないって

 だから、どうかしら

私達と一緒に帰りましょ」


そう言って彼女を覗き込むと

彼女は読んでいた本を抱きしめ

顔を横に振った。


「大丈夫

 誰も取り上げたりしないわ

 ただ、

あなたをあなたに戻したいだけ」


その言葉に

彼女はアクアリンの方を

ゆっくりと向き直った。

すると

彼女の目が

次第にうるるとしてきた。


「あなたにとって、

 とても大切なものなのね

 大丈夫

きっとまた読めるわよ

私を信じて」


優しく諭すように肩に手を置き

そのままゆっくりと包むように抱きしめた。彼女は抱きしめられたまま暫く、

ひざの上の本の表紙を眺めると

アクアリンに向き直って、

こくんっとゆっくりと頷いて見せた。


「ありがとう」


とアクアリンが柔らかく応えた。


「あの本って珍しいの?」


アルに聞くと


「珍しいと言うより

 ここ魂魄界には同じ本は無いんだ

 きっと彼女自身

思い入れがある本なんだろうね」


物の価値なんてのは

本人じゃないとわからない・・・

当たり前のことのように感じるが

それを瞬時に理解して応対できるか・・・

考えさせられる場面だった。

すると、

いつのまにか彼女の目の前に

腰を下ろしていたパルポルンが


「持ってやろうか?

 その本」


と彼女に優しく声を掛けた。

すると彼女はふるふると顔を横に振って

2冊とも大事そうにきゅっと胸に抱えた。


「そっか

 じゃ~本はあんたにまかせっか

そんかわり転ぶなよっ」


パルポルンが優しく続けた。

彼女は勢いよく頭を何回も縦に振った。


「よしっ

 じゃ~行くかっ」


いつもな感じのパルポルンはいいとして、

アクアリンのあの接し方からして、

アクアリンはあの子よりさらに年上・・・

ということは・・・と考えていると


「ふっ

 それ以上考えると

アクアリンに怒られちゃうよ

ふっ」


「・・・だった

 気をつけるよ」


「別に~

 気にしてないわよぉ~~~~~~~~~」

思いっきり語尾と流し目が

余韻を残しながら

うっすらと笑うアクアリンに

『時既に遅し』の相乗効果が贈られて来た。

真剣白刃取り失敗のビジョンが

鮮明に浮かんだ。


「ちっちがっ」


「ふふっ

 冗談よぉカムイ」


「申し訳ございませんでした」


「ふっ」

「ふふっ

 ほんと面白いのね、アナタ」


「許してあげるですのぉ」


「何でお前が許すんだラフレシア」


「のっ」

「ふふっ」


「意味わかんね~

 さっ行こうぜっ」


結果、ぱっと見、

良いとこ取りに見えるが

考える前に思ったとおりに

自然と動けるパルポルンに

尊敬と嫉妬が入り混じった。


「ありがと

 パルちゃんっ」


素直にお礼を言えるアクアリンを見たとき

自分の小ささを思い知ったが

卑屈にならずに笑って自分を窘められた。


「だから・・・ちゃんは・・・

 ちぇっま~いっか・・・」


「ふふっ私の勝っち~」


「かっちぃ~ですのぉ~~」


ラフレシアが嬉しそうに便乗した。


「へいへいっ」


「ふっ」


さすがに二人相手にするのは

パルポルンでもきついようだ。

そんな、飾らないストレートなやり取りに

和やかな空気が流れた。

これで8人。

何気に大所帯になってきた。

彼の音色と静かな賑やかさが

緊張感をさらに解きほぐしてくれたお陰で

この先に待つ『由々しき事態』を

何の根拠も無く前向きに構えることができた。それに、すでに二人と遭遇したが

想像を裏切る程の

拍子抜けな対面だったこともあり

『未知なる遭遇』に向け、

気を引き締めないといけないと

わかっていても気が緩む。

大所帯で緊張感を保てるのは

訓練された軍人くらいなものだと実感した。

陣形はと言うと、

ただ、彼女が中に増えただけで

他は先ほどと同じだ。

周りを警戒するのは勿論、

煩悩を行使し続ける彼と彼女が

転ばないようにと

そちらの方にも気を配りつつ

先を急いでいたら

ボクだけ2回も転んだ。

何ともドンくさいと言うか

トロいと言うか・・・

一回目の爆笑が二回目では苦笑に変わった。勿論、ボク自身は二回とも失笑だったが・・・そんな平和な道のりを進むこと30分、

『おじゃったもんせ』という文字が

大きなアーチ状に並んで

柔らかく明滅している。

人間界で言う

田舎の方の温泉街の入り口に

良くあるようなあれだ。

意外とアナログが

散りばめられているせいで

親近感を感じる。

余計に緊張感が削がれて和んでしまった。

そう、一人何気に黄昏ているなか


「いよいよだ

 慎重に行くよ」


アルが皆に静かに諭した。

ここは、人間界と違って信号は勿論、

明確な標識もない。

人間界のように煩雑さや車といった

生身以外の乗り物がほぼ無いせいだろうか。

時折、看板というか

掲示板らしきものはあるにはあるが

行動を制約する規則じみたものではなく、

案内の役目を担っている。

そのアーチを潜ると、

景色は全く変わらないのに空気が一変した。大気が騒がしい・・・そんな感じだ。

胸騒ぎというか・・・

忘れかけていた焦燥感にも似た感覚だ。

ついでにパラスが減算したのがわかった。

うわぁ~~~

やっぱりすんなりはいかないか・・・

頭の中で落胆していたが

ラフレシアには伝わったようで、

そっと手を繋いできてくれた。

お陰で、す~っと気持ちが楽になった。


「ありがとう

 ラフレシアっ」


「のっ」


ラフレシアのはにかんだような笑顔に

癒された次の瞬間、


「ほらっいるぜっ」


パルポルンの指差した先に

数えたくも無い人影が見えた。

胸騒ぎが的中した瞬間だった。

パラスが減った時点で

何かが起こることは覚悟していたが

その今から関わらないといけない

目の前の光景に、思わず


「やっぱり~~~」


と叫んでしまった。

彼らと言うか彼女らと言うか、

入り混じった集団が

思い思いに蹂躙していた。

一見、普通の行動を、

明らかに

普通ではないテンションでしていた。


「あ・・・あれ?

 あれを鎮めるの?

 骨が折れそうだね・・・

 って言うか

 する前に骨折だよ」


「何?

 カムイっ怪我したのかっ

 心置きなく見せてみろっ

 さあっ」


何となく微妙に気になる言い回しだ。


「いやいや・・・例えだよ」


「ふっ

 パルポルンは分かってて言ってるんだよ」


「また?

 その優しさに感謝するよ~」


憔悴の前払い状態だ。


「でも面白かったけどな~ボクも

 カムイ、センスいいよ」


「いやいやっ

 うけは狙ってないからっ」


大所帯の他の連れの表情や行動を見る限り、

さほど変わってはいなかったが、

ボクだけが前向きにげっそりしてた。


「じゃ~キヤンセに入るまでは

 連れを増やすかっ」


本当にパルポルンは楽しそうだ。


「そうだね

 幸い手が掛かりそうな人は

ここにはいなさそうだし」


アルも別に面倒とか迷惑といった

仕草や言動は微塵も無い。


「みんなで手分けしましょっ」


アクアリンもごく当たり前のように

前向きで、皆に指示を出した。

彼と彼女には近くのベンチに座って

煩悩を楽しんでもらいつつ

ボクらは皆で手分けして

連れ増やしに取り掛かった。

ざっと見て10人以上はいた。

既に多くのノア族が

ゼルクの指示で

『彼ら』を秤へと運んでいるようだ。

そんな光景の中、

パルポルンは何も言わず

一番体が大きい男性の元に向かった。

アルも男性へ、

アクア達はそれぞれ女性の元へと向かった。

何の示し合わせもしてないのに

自分達の役割をちゃんと認識できていた。

ボクはと言うと、

杖を持って立ったまま

じっと天を仰いでいるおじいさん

に声を掛けた。


「あの・・・何見てるんですか?」


聞くと、

ちらっとボクに目を走らせたが、

すぐにまた天を仰いだ。


「隣、いいですか?」


聞いても返事がなかったため

そのおじいさんの隣に立って

空を見上げてみた。


「うわぁ~~~」


と思わず感嘆の声を上げたボクに


「わかるかね?」


とそのおじいさんが声を掛けてきた。


「いいえ

 良くはわからないですけど、

 感動します」


「そうですか」


そう言って

そのおじいさんは少し微笑んだ。

よくわからなかったが

ボクはそのおじいさんに

義務とは違う意味で興味が湧いた。


「確かに、

 ボクもずっとこうしてたいかも・・・」


話しかけるでもなく、

独り言のように呟いた。


「今、この瞬間

 私達はひとつなんですよ」


「ひとつ・・・ですか?」


「はい」


「ひとつ・・・か・・・

 なんだか素敵ですね」


「そう思いますか?」


そのおじいさんの

丁寧な言葉が心地良く流れ込んだ。


「はい

 理由は言葉にするのは難しいですけど・・・」


自然と口を突いて出た。


「時としてそういう言霊が

 必要な場面もありますが、

 こういう場合、その必要はないです」


とまた柔らかく笑った。


「心で感じたことを、

 飾らずにそのまま口にすればいいんです

 それが言葉という言霊に変わりますから

 本質は上手く表現できること

 が全てではありません」


空を仰いだままそう続けた。


「簡単なようで難しいです

 いろいろ考えてしまって・・・」


「そうですね

 確かに難しい・・・

 しかし、

 不意に出る言葉はどんな言葉でも

 自分の中で生まれた言霊です

 それは少なからず本音なんです

だから良くも悪くも心に響くんです

 先ほどのアナタの『感動』や

『素敵』という言葉は正にそうでした

 自然と口を突いて出たでしょう

 理由はいらないと言ったのは

そういうことです

 ただ、勘違いしないでもらいたいのは、

今回のことは

 私がアナタに無関心だから

説明が必要ないと言ったのではない

ということです

 アナタが理由を説明したいなら

私は喜んで聞きましょう」


なんだか

わかったようなわからないような・・・

おまけに、

空とおじいさんの横顔を往復してたせいで

立ちくらみしてきて

目の前が一瞬ブラックアウトしたため

座り込んでしまった。


「大丈夫ですか?」


おじいさんは

心配そうに声をかけてくれたが

視線は見上げたままだった。


「はい

 ちょっと立ちくらみがしただけです」


「そうですか

 無理なさらないでくださいね」


「あっありがとうございます」


おじいさんは、

杖で支えてるとは言え、

微動だにせず見上げている。


「おじいさんは大丈夫ですか?」


「フォルクスです」


「フォルクス?」


「はい

 フォルクスと申します」


とまたボクに視線を一瞬落として微笑んだ。


「あっそっか・・・ごめんなさい

 ボク名乗りもせずに・・・

 すいませんでした

今はカムイと呼ばれています」


即座に立ち上がり頭を下げた。


「カムイさん

 良い名だ」


「ありがとうございます

 フォルクスさんって響き、

カッコイイですね」


「そうですか?

 ありがとうございます」


思い切り

社交辞令な流れになってしまったが

雰囲気は温かいまま保てた。


「フォルクスさん、

 ずっと見上げてると

クラクラしちゃいますよ」


「そうですね

 それにアナタを困らせるのは

私の本意ではありませんからね

 戻りましょうか」


そう言ってボクを見て微笑んだ。


「わかるんですか?

 ボクのしようとしてたことが」


「なんとなくですがね

 私は今したいことを

私のためだけにしている

 それが出来ることは

素晴らしいはずなんですが

 最初から心の片隅にある

ほんのわずかな疑問符が

消えないことを考えると

 きっとこのままではいけない

ということなんでしょう」


「そうですか

 正直、ボクには正解がわかりません

 でも、その方が良い様な気はします

 ボクの大切な友達も、

自分達のしていることを

信じて疑っていないから

 ボクは彼らを信じたい

 本能というか、直感というか・・・

 なんだか曖昧ですいません」


「いえいえ

 見ず知らずの私に

寄り添ってくださったアナタを、

 カムイさんを信じますよ

 それに何より、

私の直感もそう言ってるようですしね」


と温かく笑ってくれた。

フォルクスさんを連れて

どこにいてもらおうかと見回すと

既に、

ボクとフォルクスさん以外は

ベンチの周りに集められていた。

にもかかわらず、

ボクらのやりとりを急かすことなく、

口を挟まずその一部始終を

ただただ温かく見守ってくれていた。

本当に温かい種族なんだと

心がほんわりと温まった反面、

ボク自身その種族の一員ではないことに

さみしさも感じた。


「ごめんっ・・・

 ありがとうみんな」


自然と口を突いて出ると

フォルクスさんがボクの肩を

ぽんぽんっと優しく叩いて微笑んだ。


「やるじゃね~かっカムイ」


パルポルンの笑顔とその言葉を

そのままの意味で心地よく受け入れられた。

皆に合流すると

アルとアクアリンが率先して

何かをしていた。

どうやら名前の確認のようだ。

秤に戻すためと

コミュニケーションを図っているようだった。

この時点で、

ボクら8人を除くと

女性が6人、男性が8人が加わり

全部ひっくるめて女性10人、男性12人の

大所帯となっていた。

その統制のとれてない集団で

わらわらと歩き進みつつ

途中、ぽつぽつと現れる『彼ら』を

集団に加えながら

とうとう、

きやんせ前に広がる

巨大な円形の広場に到着した。


「おいおいおいっ・・・

 すげ~なこりゃっ」


と笑顔のパルポルン。


「毎回多いけど、

 こんな煩雑なのは初めてだ・・・」


とアルは普通に驚いていた。

良く見ると、ボクらと同じく

その『彼ら』を連れ戻そうと

理性的に動いている人影が

10人ほど目に入った。

そっちの『彼ら』のお陰で

残りは、見える範囲で言えば

30~40人のようだ。

アルが見渡したあと

一人の男性の元へと走っていった。

恐らく、ここを仕切って

動いていた人物だろう。

こちらをちらちらと伺いながら、

暫く話したあと、アルが戻ってきた。


「正確な人数は

 把握出来ていないみたいだけど、

 おそらくこの広場に見える人影で

終わりみたいだよ

 ボクらも

彼らをキヤンセ内の秤に連れて行ったら

 ここに戻って手伝おう」


「アル、手分けしようぜっ

 アルとアクアリン、

オルマリア、ラフレシアが

皆を秤まで連れてってくれ

 オレとカムイは残る

いいか?カムイ?」


「もちろんっ」


「それで、

 アルとアクアリンはそのまま残って

原因を探ってみてくれ」


「わかった」

「わかったわ」


「オルマリアはエリアルに付いててくれ」


「ガッテン承知っ」


ガッテンて・・・

何でもありだが

使い方は要所要所間違っていないのが

余計困惑する。


「ラフレシアは戻っきて

 カムイといちゃいちゃしててい~ぞっ」


「わかったですのぉ~」


ラフレシアが普通に返事したせいで

パルポルンのが冗談なのか本気なのか

皆目見当がつかない。


「じゃ~急ごうぜっ」


そのパルポルンの一声で、

皆がそれぞれの役割を果たすべく散った。

ボクだけが、どうしたらいいのか

正直わからなかったが

それを分かってか、

パルポルンから指示が飛んできた。


「カムイっ

 あいつを頼むっ」


と体育座りで

じっと何かを見つめる女の子を指差した。

パルポルンは走り回ってる男性に向かった。

ボクは、その少女に近づいて

視線の先を追ってみた。

何やら、人間観察・・・違った、

ノア観察をしているふうだった。


「はじめまして

 ボクはカムイっていうんだ

名前教えてくれる?」


さっきの失礼な経験が頭を過ぎって

少々緊張しつつ話しかけた。

冷静に考えれば、

何とも下手なナンパだ。


「ルリア」


「ルリアか・・・素敵な響きだね

 ところで、ルリアは

人を観察するのが好きなの?」


と聞くと無言で頷いた。


「横、座ってもいいかな?」


そう言うと


「お好きにどうぞっ」


と視線を合わせずに答えた。


「ありがとっ」


そう言って

ルリアの横に同じように腰を下ろした。


「ボクも、人間観察が好きなんだ」


「人間様?」


「あっ・・・

 他人を観察というか、

 人の行動や格好を眺めるのがね・・・」


と言いなおした。


「ふ~ん」


その返事っぷりからすると、

ボクの推論ははずれたようだ。


「キミは何を見ているの?」


普通に興味が湧いて聞いてみた。

すると振り向いて

ボクをじっと見つめながら


「過去と未来」


そう言ってまた視線を戻した。


「過去と未来?」


「うん」


「見えるの?」


「うううん

 想像するの

 格好、顔かたち、表情、仕草、口調

そのうちのもらえる情報と

私の経験、知識から

 どういう生き方をしてきて、

これからどう生きていくのかを

 勝手に想像するの

想像するだけで楽しいから、

本当の答えはいらないの」


淡々と答えてるが、

不思議と確かに楽しんでるように聞こえた。しかも、

言ってることがあまりにも大人びていて

感心を通り越して唖然とした。


「面白そうだね・・・

 そんなこと考えたこともなかったよ」


そう言うと、嬉しそうに


「だって想像も妄想も自由だもの」


と答えた。


「確かに・・・自由だね」


その時、

このルリアを連れ戻す理由を

見失いそうになったため


「ところでルリア、

 キミの帰りを待ってる人はいないの?」


とベタな質問をしてみた。

すると表情をひとつも変えずに


「わかんないっ」


とだけ答えた。


「ボクの勝手な思い込みだけど、

 きっといると思うんだ

 ここ魂魄界のノア族は

 他人との関わりを

 大切にしてる人が多いから・・・」


「アナタここのひとじゃないみたいな

 言い方をするのね・・・」


その言葉にはっとした。

一応隠してることを思い出した。


「聞いたことあるんだ

 人間界を覗いてきた友達にね」


と苦し紛れの嘘をついてしまった。

しかしルリアは、興味なさげに


「ふ~ん・・・」


とそれ以上つっこまなかった。

少々の罪悪感と安堵が入り混じった。


「戻りたくない?

 今の自分じゃない自分に・・・」


「これも私、あれも私・・・

 私が私である以上、そのどれもが私

 なら、私はどの私でもいい

 アナタはそうは思わない?」


この答えに、この質問。

正直、見かけとのギャップに唖然とした。

どんだけ、どういう生き方をしてくれば

こういう思考回路になるんだろうか・・・

尚更、ルリアに対する興味が深まった。


「拘りと言うか、執着がないんだ・・・

 いや・・・ごめん違うね

 そういう次元じゃないってことか・・・

 はっきりとは理解できないけど、

 うっすらとわかるような・・・

 因みに、ボクはどう感じるんだろう・・・

 意図しない、予想できない

 喜怒哀楽も多いけど・・・

 やっぱり今の自分がいいかな

 自分じゃない他の自分を想像できないよ

 想像力が乏しいんだろうね・・・」


思わず少女相手に失笑した。


「ふ~ん・・・」


笑いも軽蔑もない無関心に近い返事だった。


「待ってる人がきっといると思うよ

 もしルリア、

 キミがどの自分でもいいんならさ、

 今までのキミを待ってるだろうから

 今までのキミに戻らないか?」


お節介以外のなにものでもない

この説得力の無い誘いに

自分でため息が出た。


「それも一理あるわね・・・

 いいわ

 戻りましょ」


おもいっきり、

あっさりと承諾してくれた。

煩悩が覚醒したからといって

コミュニケーションがとれないわけでは

ないようだ。

今までの『彼らや彼女ら』と接してきて

確信が持てた。

ルリアをキヤンセに連れ込んだ瞬間、

オルマリアが走り寄ってきた。


「どうしたの?」


「エリアルがいやがらないの

 どこを探しても

 このフロアには見当たりやがらないの

 外で見かけやがらなかった?」


と慌てた様子で答えた。


「ごめん

 ボクはエリアルさんを

 見たことがないから・・・」


「あっそうなのね

 私ちょっと外探してきやがるわ」


「わかったボクもこの子を連れて行ったら

 すぐ戻って手伝うよ」


「ありがとう

 じゃ~先行きやがるわね」


そう言ってオルマリアは外へと出た。

相変わらず壮絶な言葉遣いだ。

ボクは秤の間へと急いだ。

吹き抜けのエントランスには

20人ほどのノア族が

疲労困憊状態で休んでいた。

そこを抜け廊下を急ぎ足で進んでいると

ふと気付いて足を止めた。


「あれっ

 そう言えば、

秤の間ってどこなんだっけ・・・」


とまぬけな独り言を言うと、


「なんだ、

 知ってて立ち止まったんじゃないんだ

 そのドアよ」


とボクの横の扉を指差した。


「えっ・・・ここ?」


「うん」


「ははっ・・・ありがとっ・・・」


「うん」


なんともお安いコントみたいだった。

ドアを開けると

学校の体育館を思わせる

高さと広さのある部屋の中央に

これまた大きな木が

天井を突き抜けて聳えていた。


「ん?・・・

 木?」


そう困惑していると


「カムイ、ここですのぉ~」


とラフレシアがボクを見つけてくれた。


「あっラフレシアっ」


ルリアと二人で駆け寄ると

アクアリンとアルフも

木の根っこから出てきた。


「うわっ・・・

 どっから出て来んのっ」


「えっ?

 一人ずつ秤の中に戻してるんだよ」


「えっ?

 秤ってこの木?」


「そうだけど・・・なんで?」


「ごっつい機械仕掛けの天秤を

 想像してたから・・・」


「ふっ

 そうなんだ・・・」


「生命の秤/ハ~カルンは

 特別に育てられた神樹だよ

 この根の部分が部屋状になっていて、

 それがちょうど100個あるんだ

 その中で最初から最後まで行われて

 出てくるんだけどね

 だから今、

 それぞれがいた部屋を聞きながら

 そこに戻してたんだ」


「あなたもいらっしゃい」


とアクアリンが優しく

ルリアに手を差し伸べると

ルリアは素直に従った。

アクアリンが連れて行こうとすると、

ルリアは振り向いて


「アナタも早く見つかるといいわね」


と無表情のまま

手をにぎにぎっとバイバイして

アクアリンと神樹の裏側へと消えた。


「見つかる・・・

 なんでわかったんだろう・・・」


そう考えていると


「カムイ~

 もうひとがんばりですのっ」


とラフレシアが

一瞬立ち止まりそうになったボクの背中を

押してくれた。

周りを見ると、

今まで気付かなかったが

まだ部屋に入れていないノア族が

10人ほど各々の思いのまま行動していた。

アルがそのうちの一人を連れて

また部屋探しを続けてるのを見て

こうしてる場合ではないと我に返った。


「ラフレシア、

 すぐ済ませて皆と戻ってくるよ」


「は~いですのぉ」


と耳をぴくんっと弾ませたラフレシアも

何気に笑顔が疲れているように見えた。

そのまま秤の間を後にして廊下に出ると、

3人のノア族が『彼ら』と共に戻ってきた。


「お疲れ様」


「お疲れ様」


「まだいますか?」


「えぇ

 まだ何人か・・・」


「そうですか」


疲労を抑えるために最小限の会話に留めた。

エントランスに戻ると人数が減っていた。

おそらく、少し休んで

また『彼ら』の捕獲に向かったんだろう。

ボクも続こうと勢い良く扉を開くと

目の前に大きな影が立ちはだかった。


「うわっ」


とボクだけが驚いた。

そこにはパルポルンより二周り程大きく

少しだけ強面なノア族が立っていた。

その彼は、じっとボクを見たまま

微動だにしない。

いきなり勢い良く開けたのを

怒ってると感じたボクは


「すいませんでした

 怪我はないですか?」


と一応聞いてみた。するとその彼は


「入れてもらってもいいですか?」


と聞いてきた。


「えっ?」


一瞬固まった。

そのノア族の口が動いてなかったからだ。


「あっ・・・すいません

 どうぞ」


と道を開けると、

その大きな彼は意外なほど

丁寧に頭を下げて入ってきた。

腹話術みたいだったと思っていたところ、

その後ろにボクと同じくらいの体型の

ノア族が付いて入ってきた。

大きい彼は『彼ら』側だとその時気付いた。後から入ってきた彼に


「お疲れ様」


と声を掛けると


「お疲れ様」


と先ほどの声で返事をしてくれた。

さっきのは、大きな彼ではなく

こっちの彼だった。

腹話術みたいだったと

別に可笑しくもないのに

少しだけ笑いがこみ上げた。


「勇敢ですね・・・」


と感心していると


「あぁ

 ボクはパルポルンっていう人が

宥めた人を連れて来ただけなんだ。

 宥めるのは彼がして、

連れて行くのを

周りの人にお願いしてるよ」


見ると後ろにも2組、入るのを待っていた。


「あっごめんなさい

 どうぞ」


と道をさらに譲ると

皆一応に頭を下げて横を通り抜けていった。

改めて外に視線を投げると、

視界が開けた先で

パルポルンと十数人のノア族が

奔走していた。

目的達成まで1人で2~3人のノルマ

といったところだろうか。

そう考えると俄然元気が出てきた。

なんとも現金な話だ。

結構、楽勝モードで勢い良く飛び出し、

次に連れ帰るノア族を探していると、

周りのノア族が苦戦してるのが見て取れた。

手のかかる『彼ら』が残っているようだ。

凶暴ではないが、

たががはずれた欲望のチカラは

想像以上のようで

かなりの労力を強いられているようだった。

パルポルンは、

オルマリアが連れ戻したはずの

エリアルを見つけ捕まえようとしていたが

怪我をさせないように

手加減しながらだったため手こずっていた。オルマリアは簡単に出来たようだが、

信頼関係が関与しているのだろうか。


「手伝おうか、パルポルン?」


パルポルンに声を掛けたとき


「大丈夫よっ

 私が連れ帰りやがるわぁ」


「カムイぃ~」


とオルマリアがラフレシアと駆けてきた。


「頼む、オルマリア

 女子は苦手だわ・・・オレ」


と苦笑いしながらオルマリアと変わった。


「ラフレシア、

 中は大丈夫なのかい?」


「大丈夫ですのぉ~

 皆も手伝ってくれて

 アルとアクアリンお姉さまが

 原因を探ってるですのぉ」


「そっか・・・

 じゃ~早くここを済ませて

 合流しなきゃねっ」


そんな一言二言の会話の間に

オルマリアがエリアルって子を

キヤンセへと連れて行っていた。


「はやっ」


やはり絆とかそんなのだろうか・・・

落ち込んでいるであろうパルポルンに

声を掛けようと振り向くと

既に別の『彼ら』と接触していた。

ボクとラフレシアは他の『彼ら』を探した。そんなとき、屋根に登っていた

洒落た格好をしているノア族が

天に向かって羽ばたく仕草をしているのを

ラフレシアが見つけた。


「飛びたいんだね・・・

 あの人・・・」


そう言うラフレシアの眼差しを見たとき

『お前は飛ぶんかいっ』

と先につっこまなくてよかったと思った。

滑稽に見える行動だったが、

あれが彼の欲望の表れだとしたら・・・

と考えたら全然笑えなくなった。

そう思っていた矢先、

何ともこてこてな展開だが

屋根の上の彼がバランスを崩した。

彼を助けに建物に入ろうと

入り口のドアに手を掛けようとしていたため

屋根を滑り落ちる彼に気付かないラフレシア。

幸い彼は自力で屋根を掴んで止まったが、

数枚の瓦がラフレシア目がけて落ちて来た。


「危ないっ」


咄嗟にラフレシアにおおいかぶさった。

何枚かの瓦はボクらを避けて落ちたが、

一枚がボクの左腕を掠めた。

一瞬痛みが走ったが、

気が張っていたためか

そう気にはならなかった。

そのまますぐにラフレシアと脇に寄った。


「大丈夫?

 ラフレシア?

 痛いとこはない?」


「んっ・・・あっ」


ラフレシアはボクを見るなり

見る見る涙目になった。


「うえぇぇぇ~~~~~~」


「大丈夫っ

 全然平気だからっ」


「うえぇぇぇのぉ~~~~~~

 ダーリン怪我してるですのぉ~~~」


血を見て

少しパニックになったラフレシアを

なだめようと手を引き寄せると

ラフレシアも左手に擦り傷を負っていた。


「あっラフレシアっキミもっ」


と今度はボクが

パニックになりそうになったが


「二人とも大丈夫かっ」


と影が走りよって来た為

冷静さを保てた。

幸い、ラフレシアは擦り傷だった。

ボクもかすり傷だった。


「大丈夫だっ二人ともかすり傷だ

 これでっ」


と言って彼はボクらに

胸元から取り出した粉を振りかけてくれた。

深く被ったとんがり帽子のせいで

顔が良く見えなかったが

声色と話し方のトーンからすると

アルやパルポルンより

少し年上といった感じだ。

洒落たベストを羽織っていて

先の尖った靴を履いている。

お洒落かキザかのどちらかだ。

ボクは勝手な想像をしたが

すぐに自己嫌悪に落ちた。


「このくらいの傷ならこれでじき治る」


「あ・・・ありがとう」


「ありがとぉですのっ」


お礼を告げ名を聞こうとしたとき


「フレンっ」


パルポルンが叫んだ。


「ちょうどいい、手伝ってくれっ、

 こいつらを

秤に連れ戻さなきゃなんね~んだっ」


「わかった」


そう言うと

フレンという青年は

パルポルンの指示も無しに

的確に且つ速やかに状況を把握し

行動に移した。

その姿に一騎当千という頼もしさを感じた。

ボクらは、先ほど屋根に登ってた彼に

コンタクトをとり

屋根から下りてもらうことに成功した。

ほぼラフレシアの功績だ。

周りの皆も、次第に役割分担が把握でき

各々のすべきことに最善を尽くしていた。


「よ~しっこれで全部だっ。

 連れて戻るぞっ」


とパルポルンが皆に聞こえるように叫んだ。

相当数の『彼ら』だったが、

ここで待っていたノア族が

ゼルクの指示で先に動いていたこともあり

ボクらがこの広場についてから半時程で

全てを確保できた。

全ての『彼ら』を秤に戻し、

皆エントランスでそれぞれ一息ついていた。ボクら6人は、

他の皆より疲労が少なかったこともあり、

そのまま秤の間で

原因の手がかりを探すことにした。


「そう言えば、

 秤の順番待ちをしていたって男がな、

 事件が起こる前に、

 不審な行動をする

 ゼルクの姿を見たって言ってたぜ

 ま~恐らくは、

 こそこそエリアルを見守ってたのが

 不審に見えただけだろうがな」


「あぁ

 ゼルクはこの件とは関係ないよ」


「たぶんな」


「あの方は、少し変わってやがりますが、

 悪いやつではないでございますから」


その言葉遣いに、

少し変わってるのは

ゼルクだけじゃないよって

つっこみたいのを我慢した。

アルとパルポルンの二人は勿論、

オルマリアもゼルクを擁護した。

というか、ボクを含め

ここの6人皆

ゼルクを疑ってなどいなかった。

ボクは面識がないが、

皆の信用ぶりを見れば

疑う余地はなかった。

実際、そうは言っても

今回の件とゼルクとの関わりは、

本人がいない今、

憶測の域を出ないことは確かだ。

収束の手がかりが見つからない今、

頼りはパンさんの元へ向かった

ゼルクの帰還に掛かっていた。


「それにしても、

 ノア族って根っから温厚なんだね

 煩悩に支配されててあの程度なんだから

 人間界だったら恐ろしいことになるよ

 容易に想像できる

 ほんの一部の

 ピュアな人間くらいかな、

 ノア族みたいな行動に納まるのは」


「ふ~ん・・・

 人間様も大変だなっ

 でもよっ、

 人間様も色々経験してっから

 だんだん良くなるんじゃね~かっ?」


「人間は、

 たぶん過去を繰り返すよ・・・

 文明が発達しても

 どんなに便利になって

 生活が豊かになっても

 人間が人間でいる限りは・・・」


「知識はどんどん付いてるんだろ?

 なら、解決策も

見つけられるんじゃね~のか?」


「そうだね・・・」


その後は言いたくなかった。

自分の存在が悲しく思えたからだ。

それと同時に、自分で振った話題に後悔した。


「でも、

 笑顔が無くならないのも事実だよ

 いろんな悲惨な過去も経験してるのに、

 良くも悪くも、

 乗り越えてきて今がある

 多くの犠牲になった命が

 未来をつないで

 そして紡いできたとも

 言えるんじゃないのかな」


残念なことに

アルの精一杯の慰めだと・・・わかった。

これに甘えて、

この話題に

終止符を打とうと思っていた矢先


「それでもよ、

 今もどこかで

 悲しいことが起きてるのも

 事実だぜ

 実際、乗り越えられずに

 苦しんでる人間様だって沢山いんだろ

 それを黙認してるヤツだってな・・・

 自分と違う価値観を

 受け入れられね~限りは

 変わんね~よ

 何にもな・・・」


いとも簡単にパルポルンが代弁した。

目を背けようとしたのが伝わったのか、

半ば強制的に向きあわせてくれた。


「うん

 そうだね・・・

 大勢いるよきっと、傷が癒えない人

 いろんな現実が変わらないのは、

 人間に『欲』があるからだと思う

 自分の欲に負けちゃう人が多いんだよ

 ボクも含めてね・・・

 勿論、欲が全て悪いなんて言わないけど

 時折、平常心や理性を喰っちゃうから

 自分を見失って選択を誤ることがあるし

 それにさ、

 自分自身が経験して実感できないと

 大抵の人は変われないんだ・・・

 まぁそれでも、

 時間という魔物が

 邪魔をすることさえあるし

 キミ達を見てると

 この歴然とした差が埋まることは無いと

 思い知らされるよ

 それくらい居心地がいいんだ・・・

 ここは・・・


 ごめん・・・」


「・・・」


そこにいた全ての時間が

凍りつくように止まった。

軽い話題のつもりが

核心を付く話になってしまったことに

根本の単純さと複雑さを痛感させられた。


「あ~もうっ

 辛気臭ぇ~なぁ~もぉ~

 過去も今も

 もう何も変わんね~んだよっ

 でも未来は変えられるじゃね~かっ

 なんでも、

 やってみね~とわかんね~だろっカムイ

 オレは、

 まだ人間様は捨てたもんじゃね~なって

 今思ったぜっ」


困惑の沈黙を許さなかったのは、

パルポルンだった。


「どうして?」


ボクはうつむいたまま

パルポルンだけじゃなく

誰とも目を合わせられなかった。


「キミだよ

 カムイ」


アルが優しく投げかけてきた。


「ボク?」


ほんの一瞬、

真っ暗な目の前に光の波紋が広がって

そして、消えた。


「そうよ

 カムイ

 アナタはまだ若いわ

 その若いアナタが、

 そこまで分かってるなら

 未来は捨てたものではないわ」


「そうですのぉマスター

 マスターは凄いですのぉ」


「ボクは普通だよ・・・

 どこにでもいる高校生さ」


「そこだよっ

 お前が普通で、

 その普通のヤツがそう考えてるなら、

 そこまでわかってるなら

 まだ捨てたもんじゃないってことだよっ」


「そうだよカムイ

 未来は決まってなどいないんだよっ」


「そうだぜっ

 それにな、カムイ

 これだけは覚えておけよっ

 お前は特別に選ばれたんだぜっ」


「特別?」


「あぁそうだっ

 だからよっ

 もっとこう胸を張れっ」


重い視線をパルポルンに向けると

これでもかといわんばかりに

胸を張って見せていた。


「それにね、

 これは

 キミ一人がどうこうしたところで

 大きく急速に変わるものじゃないし

 キミ一人で

 どうにかしないといけないことでもない

 もっと言えば

 キミがしなければならない

 ということでもないんだよ

 そう感じる人がいることに

 意味があるんだ

 そこから風が生まれる

 希望の風がね・・・」


笑わせようとしたパルポルンのタイミングを

なかったものにするアルの間の面白さに

救われた。


「それに、アナタの他にも沢山いるわ。

 アナタと同じように考えている人間様が

 人間様も、

 両方のチカラを兼ね備えているの

 ただ、

 バランスを崩しやすい人が多いだけ

 希望のカケラは皆の中に必ずあるわ

 それを信じるの

 アナタは・・・人間様は・・・

 アナタが思っているほど弱くはないわ」


「ったくよ~

 これくらいで泣くんじゃね~よっカムイ」


ボクの頬を無意識に伝って落ちた涙に

パルポルンが

優しい檄を飛ばしてくれたのがわかった。


「やめなよ、パルポルン

 カムイだって悔しいんだよ」


「そ~よパルちゃんっ

 そんな言い方良くないわよ」


「パルっち

 マスターをいぢめたらだめですのぉ」


今まで堪えていたものが一気に溢れ出した。


「あ~あっ

 ほら見ろっ

 こ~ゆ~とき

 優しいこと言うんじゃね~よっ

 我慢できなくなんだろっ」


「そういう・・・ことか・・・

 ボクもまだまだだ・・・

 ごめんよ、カムイ」


「そうだぜっアル

 オレたちだってまだまだだっ

 でも、今はそれでいい

 それがわかってさえいればいいんだ」


「ありがとう・・・みんな・・・」


顔を上げると皆の頬にも

輝きの雫が伝っていた。

ひとつの想いに

いくつもの思いが共感した瞬間だった。

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