第六章 『センゴク』

「ラフレシアっ」


「嬉しそうだねっカムイ

 そんなに気になるなら

 呼び出してみるといいよ・・・

 それに、

聞こえてるから

きっと喜んでるよっ

ふっ」


「げっ・・・まぢ・・・」


顔から火柱が出た。


「ふっ」


「今は・・・止めとこうかな・・・

 さっきの今だし・・・」


「そうかい?」


「うん」


ボクらは、シラスールから元来た道に戻り

再びジャッジメンタリアを目指した。

暫く歩くと50m程先の道沿いの右手側に

上半身だけのような人影らしきものが

うっすらと見えてきた。


「ん?」


「ん?」


「あっ・・・あれ・・・」


「あぁ

 格好いいだろ」


「鎧・・・武者?」


近づくにつれ

次第に輪郭が鮮明になってきた。

鎧武者の

下半身が地面に埋まっているような

上半身が地面から生えてるような

どっちも同じだがそんな感じだ。


「あぁ

 あそこのオーナーが日本贔屓でね」


「そうなんだ」


「あぁ

 でも、オーナーだけじゃなくて

 ここ魂魄界でも人気が凄いよ

 人間界の・・・というより

日本の鎧武者

 勇ましいもんね・・・」


「そうだね

 人間界の日本に留まらず

 海外でも人気あるよ

 ボクも大好きなんだっ」


「それは良かった

 ボクも鎧武者が大好きなんだっ」


次第に近づくにつれ、

ソレは想像以上の存在感を放ってきた。


「なんか、とんでもなく大きいね・・・」


アルを見ると

何気にワクワクしているようだ。


「もっとびっくりするよ

 ほらっ」


嬉しそうなアルの言葉に

視線をアルから前へ移した次の瞬間、


「おうわっっっ

 少々びびったっ」


ボクはたぶん

アルの想像以上にびっくりした。

立ちはだかっていた・・・

鎧武者の上半身が。


「なっ・・・

 なんで目の前にいんの?」


「ふっ・・・

 やっぱりびっくりしちゃうよね・・・」


「反則だよこれ・・・

 びっくりしない人はいないでしょ・・・」


「あぁ

 ふっ」


「でも、どうなってんのこれ?」


後ろを振り返ると

今まで歩いてきた道が確かにある。

あるにはあるが、また正面を見ると

やっぱり道は途絶え

鎧武者が立ちはだかっている。

正確には立っているかどうかはわからない。

何せ、見えるのはバストアップな鎧武者。

上半身だけだが5~6mはある。

重く渋い光沢を纏った黒鉄色の甲冑に

深紅と深紫の組紐が

重厚感を際立たせている。

見上げると顔の部分は

赤い模様の入った面頬を着けているようだ。

兜の鍬形は右上がりの三日月を模っている。

伊達政宗を連想させる。

人間界で見てきたであろうものを

自分好みにアレンジしているようだ。


「ふっ・・・

 ここは癒し処/センゴクって言って

 人間界で言う食堂のような処だよ」


「へぇ~

 食・・・堂・・・

 じゃなくてっ

 答えになってないよアル・・・」


「ここ入ってみる気ない?」


「アル、聞いてる?」


「嫌かい?」


聞いてないようだ。

たぶん意図的に・・・


「いや・・・勿論、いいよ・・・

 ってか立ちはだかってるから

入らざるを得なくない?」


前向きな苦笑いをしてるボクの反応に


「まぁボクが望んだから

 立ちはだかってるんだけどね」


表情を見る限りさっきのは、

からかってたわけじゃなさそうだ。


「そこが聞きたかったんだよ~」


「ふっ

 ごめんよっ」


そう少し嬉しそうに言ったアルが

少年のように見えた。


「まぁ全然いいんだけどさっ」


「ふっ

 ここはね、

入りたいと望むと、こうやって

出迎えてくれるんだよ

 勿論、強制ではないから、

気が変わればすぐ避けてくれるよ」


「なるほど・・・

 便利というか・・・

面白いねこの世界は・・・

 まるでびっくり箱だ・・・」


「ストレスに感じてないかい?」


「いや・・・こういうのは平気かな

 ただ制約が無ければ

もっと心から楽しめるんだろうけどね・・・」


「そうだね・・・」


「あっでも、大丈夫。

 ちゃんと気持ちの切り替えは出来たから、

 今はそれなりに楽しんでいるよ

 あっ、それなりには余計だな

 ちゃんと楽しんでるよ」


「それなら良かった」


「それより、

 どんなのが出てくるのか

早く入ってみたいよ」


「ふっ・・・

 じゃぁ~入ろうっ」


少しテンションの高いアル。


「うんっ

 入ろっ」


ボクも普通にテンションが上がってきた。


「ありがとうっ」


「ありがとう?

 ありがとうはこっちだよアル」


アルがいろんな意味で

気を遣ってくれているのが伝わってきた。


「じゃ~行くよ」


そう言うと、

アルがその鎧武者に向かって


「かいも~んっ」

「うわっ少々びびったっ」


と、いかにもな物言いで入店を申し込んだ。

真横に居たボクは、

普通にびっくりした。

すると予想以上の轟音を轟かせながら

胸の甲冑部分がゆっくりと上へ開き

その奥から重厚感たっぷりの

木製の城門のようなものが姿を現した。

地響きこそしないが、

空震が起こるほどの低い音を立てながら

ゆっくりゆっくりとその門が開き始めた。


「何だか物々しいね」


「嫌いかい?

 こういうの」


「いやいやっ

 大好きだよ」


「良かったっ」


少しずつ見えてくる中の様子。

完全に違和感のある

懐かしの異世界『人間界らしきもの』

が姿を現した。

なんとも、

想像していたまんまの

日本庭園を模した庭が出迎えた。

敷石に池、

池には『らしい』橋が架かっており、

この庭に全く違和感のない

この世界の樹木が

ちゃんと日本庭園を模していた。

それでも違和感を払拭できない『何か』

があったが、そこに大した意味はない。

人間界のそれではないと

割り切ればいいだけのことだ。


「ここのオーナーが

 人間界を訪れてからというもの、

 日本贔屓だって言っただろ

 ある意味パンダミオさんより

 人間界の日本という国については

 博識らしいよ

 逢ったことも見たこともないけどね

 ふっ」


「そうなんだ・・・

 なんだか嬉しいな・・・」


他人事のように客観的にそう感じた。


「それにしても、

 開門って叫ばないといけないの?」


「そんなことないよ

 入りたい意思を告げるだけでいいんだ」


「なんだ・・・そうなんだ・・・

 アルはいつも開門なの?」


「あぁ

 ボクはいつもこれだよ」


「お気に入り?」


「ビンゴッ

 開門って言葉・・・

 響きが好きでね」


「そっか」


相変わらずビンゴも気に入っているようだ。

門を潜ると、

実際の食堂らしき建物が

思いのほか遠くに見えた。

目測で10m位はありそうだ。

この庭が自慢で

意図的に距離を置いたのだろうか。

足元を見ると、

透けているのに、

どこか和の趣のある不思議な敷石が

入り口まで導いてくれている。

あまりの美しさに、

敷石なのに踏みずらいという

踏み絵状態に感じたのは

もちろんボクだけのようだった。

店の前まで来るとすぐ笑いが込み上げた。

大きな木造平屋の屋敷で

入り口に暖簾が垂れている。

藤色の大きな暖簾の真ん中にちゃんと、

らしく筆で書いたように

『○』の中に『珍』と書いてある。

素直に『珍しいもの』

ととれない自分が恥ずかしい。

それにしても、

これじゃまるで銭湯の佇まいだ。

やはり、どこかが微妙にずれてるような・・・


「カムイ、この暖簾で

 わかっちゃうかもしれないけど、

 ここには本当に珍しいものが

たくさんあるんだ

 もちろん、

全て体内に取り入れられるものだよ

 あくまで『珍しいもの』だからね

 ふっ」


と、笑いながら念を押してきた。

だった・・・筒抜けだった・・・


「わ・・・わかってるよ・・・

 ははっ」


顔が若干ひきつっているのが

自分でもわかる。

暖簾を潜って風情のある引き戸を開けると

中から賑やかな空気と

見たことがあるような風景が

華々しく眼下に広がった。

ゆったりと広い階段が

下へ扇状に伸びている。

その10段程の階段を下りた所に

それはあった。


「回転寿司?」


思わず口を突いて出た。

前に居たアルには聞こえなかったらしく

それが何なのかは聞いてはこなかった。


「おじゃったもんせぇ~~~

 しばらく~~~

お待ち~~~~なっせ~~~」


と奥の方から聞こえた。


「おじゃったもんせ?」


「いらっしゃいって意味だよ」


「あっ・・・うん」


懐かしい言葉だ。

あっちでも、ほぼ聞かなくなった言葉に

少しだけ後ろ髪を引かれた。


「今日も大繁盛だ・・・

 カムイ、待つのは平気かい?」


すでに、20人以上の客が順番待ちをしていた。

「うん大丈夫・・・

 それにしてもかなり大きい食堂だね」


「あぁ

 ここはパンダミオでも

7番目までに入る広さなんだよっ」


「7番?

 3番とか5番とかじゃなくて?

 なんだか微妙だね・・・」


「そうかい?」


「ま~

 同じ奇数といえば奇数か・・・

価値観の違いなのかな・・・

 3番以内でも5番以内でもないとすると

 6番か7番ということなのかな?」


「違うよ

 常に1番か2番だよ」


「・・・」


そういうものなのだと

価値観の違いなんだと

割り切ろうとしたが、

やっぱり微妙にモヤモヤする。


「ふっ

 品揃えも豊富なんだ

 きっと、カムイも気に入ると思うよ」


「外観から相当のお気に入りだけどね」


「それは良かった

 ここは是非連れて来たかったんだっ」


「嬉しいよっ

 ありがとっ」


「あぁ

 一緒に楽しもう!」


「楽しむ?」


「ん?

 何かおかしいかい?」


「いや・・・

 微妙なニュアンスの違いなだけ・・・

 ごめんっごめんっ、楽しもう!

 きっとびっくりするようなものが

沢山あるんだろうねっ」


「ビンゴッ」


本当に思いっきり気に入ってるようだ。

それとも、

ボクに合わせてくれているんだろうか・・・


「ここではキラリアン以外で

体内に取り入れられるものを

 かなりの数、取り扱ってるんだ

 取り入れた分、

 キラリアンと交換なんだよ」


「へぇ~」


あくまで食べるという表現ではないようだ。


「お待ち~~~どぉ~~~~さま~~~

 こちらに~~~ど~~~ぞぉ~~~」

「うわっ

 少々びっくらこいた」


「ふっ」


あれだけ待ちの客がいたのにも拘らず

5分程で呼ばれた。

いろんな意味でびっくらこいた・・・

その上、

非常にタイミングがとりずらい話し方だ。

女性っぽい雰囲気からすると、

言うところのウェイトレスだろうか、

前掛けをして頭巾をかぶり、

襷がけした茶屋の娘的ななりで

歌ってるかのようにボクらに促した。

席に着くと

メニュー表らしきものが置いてある。

普通に読めたことに

違和感はもう感じなかった。

慣れとは便利な感覚だ。

まぁ読めてはいても

それが何なのかは全くわからないわけで・・・

そういうことでアルに全権を委ねた。


「カムイ・・・

 お任せでいいよね・・・」


「もちろん任せるよっ

 あっそうだ

 ラフレシアやアクアリンも

呼び出そうよっ」


「彼女らは、基本

 水以外は必要としないんだ

それに、

彼女らに一番必要なのは睡眠だから

 そっとしといてあげよう」


「そっか・・・わかった

 ってかさ、

 ボク、アクアとの接し方とか

今みたいな注意点とか聞いてないけど

大丈夫かな?

そういう情報はどこでわかるの?」


「あぁ

 これは、お互いに教えあったり

こうやって誰かに聞いたりで

いつの間にか身に付くよ」


「これは絶対にダメとか

 何だか色々ありそうだけどなぁ」


「彼女らはモノじゃないから

 自分でちゃんと言うし、

一緒に居るノアも

ちゃんと知ろうとするから

本当に、いつの間にかって感じだよ」


「そっかぁ

 この感覚も人間特有の思考なのかな

失敗したくないというか、

用心深いというか、

マニュアルありきというか・・・

要は、臆病なのかな・・・」


「ふっ

 そういうことじゃないと思うけど

少なくとも、

ここでは全てを自分で抱えようとする

必要は無いよ」


「そんな感じだよね、ここは・・・」


「あぁ」  


そんな話をしていると、

小さい妖精みたいなのが

ボクらの席へとハタハタと飛んできた。

アルが何やら小声で告げると


「しょ~~~ちぃ~~~

 お待ち~~~なっせ~~~~~~」


と、あの形(なり)からは

想像もつかいない大きい声で

たっぷり余韻を残して戻っていった。


「ここでのものも

 キラリアンと同じ取り入れ方をするの?」


「いや、いろいろあるよ

 確かに

 口から取り込むのが多いは多いけど

 感じたり、観たり、聞いたり、触れたり」


「もう、何でもありだね・・・」


「ふっ

 直、慣れるさ」


アルが何気に楽しそうだ。


「アル、ここ好きなんだね」


「あぁ

 大好きだよ

 不思議なものがたくさんあるしね

 来るたびに新しいものが増えてるから

 何回来ても制覇できないんだ」


好奇心のようだ・・・

このテンションの出所は・・・


「ボクも楽しみだ・・・」


ま~多少の不安はあったが

今までの経験上、

不快に感じたことはなかった為、

楽しみの方が勝っていた。

程なくして通路と反対側の壁が開いた。


「おなぁ~~~~~りぃ~~~~~~」


殿様かってツッコミはいいとして、

ちょうどボクらの腰の高さくらいの

男性的な足軽ポムポムが

頭の上に人間界で言う『料理』を乗せて

運んできた。

あ~

これが回転寿司に見えたんだ・・・

ベルトに商品が並んで流れていたのではなく

彼らが規則正しく動き回っていたんだ・・・

レールの上を動いてるかのように、

正確に、機械的にテキパキ動いている。

強制的ではなく

自発的にまじめに就労してる感じがした。

その足軽ポムポムが

テーブルに料理を乗せた時

テーブルがうっすらと緑色に変わった。


「あっテーブルの色が変わった

 このテーブル色が変わるんだ・・・

 ん?

 これ・・・木製だよね・・・

 あっそうか木製って言っても

 透明だし、

 何でもありなんだっけ」


独りボケ突っ込みのように自己完結した。

が、失礼なことを口走ったと慌てた。


「あっごめんっ

 何でもありは言いすぎだ・・・」


「ふっ

 大丈夫だよ

 この色でキラリアンの数がわかるんだよ

 もちろん

 キラリアン以外でも対応してくれるけど

 一般的にはキラリアンでやり取りするんだ

 色は7段階あって

 ひとつ上がるごとにキラリアン5つ

 だから今はキラリアン5つになるんだ」


キラリアンが夢に出そうだ。


「へぇ~何となく想定内というか・・・

 ん?

 アルっ

 キラリアンて固体だったっけ?

 液体のような気がしたんだけど・・・」


「キラリアンは固体だよ

 ただ、体内に取り入れる時は

 融解するんだ」


「融解・・・

 ここにもそんな言葉あるんだ・・・」


「あぁ、あるよ

 言葉も行動も

 誰かしらが人間界から影響を受けて

 それが広がって浸透して・・・みたいな」

「それでも人間界っぽくなってないのは

 ノア族の凄いとこだよね」


「そうかい?

 まぁ、ダーカー達のお陰でもあるかな」


「ダーカー?」


「あぁ

 人間界で言う

 取締り執行官みたいな立場かな」


「警察とか裁判官みたいな

 そんな感じかな・・・」


「ボクも詳しくはないんだけどね」


「そっかぁ」


「まぁ、おおよそは人間界と

 そう変わってるとこはないと思うけど

 微妙なニュアンスの違いと

 認識の違いがあるくらいじゃないかな」


「そこが大きいような気もするけど・・・

 まっいっか・・・」


「ふっ

 細かいことはわからないけど

 今は楽しもうっ

 はいっカムイ」


決して細かくはないと思うが、

上げ足取りはやめた。

アルを見ると、

かわいいハート型のピンク色した

さくらんぼみたいな物体を手に取り、

手渡してきた。

こんな可愛いもの食べるのか・・・

思いっきり気が引ける。

この世界に来てからというもの、

全てが生命体に見える。

しかも命を大切にしてる感じで。

そう考えると、

食べ物として何かを食べようものなら、

断末魔の叫びとか聞こえてきそうで

ちょっとびびる。


「これ・・・」


「これはルルの実って言ってね、

 ルルの木に成る実なんだよ

 1本の木に

 ちょうど500個の実を付けるんだ

 ルルの実は、

 最初は小さくて白くて丸いんだけど

 千の風を受けて熟すと

 その実に宿したたったひとつの種を

 風に託すんだ

 その後、こんなかわいい形になって

 待つんだよ・・・」


「薬みたいな名前だね・・・

 で?待つって・・・

 何を?」


「クスリ?」


「いや・・・ごめんっ何でもない・・・

 で何を待つの?」


「輪廻の刻を待つんだ・・・」


「輪廻の刻?」


「あぁ・・・

 誰かの記憶に残ることで

 昇華するんだけど

 その瞬間に新しいルルの実に

 生まれ変わるんだよ」


「ここで食べられちゃうのに?」


「た・・・食べないよ・・・」


「えっ?

 食べないの?」


さっきの今で、ちょっと安心した。


「あぁ

 見ててっ

 こ~やるんだよ」


とアルが手のひらにそれを乗せて

目の前にかざした。

すると、その物体に

ちょこんっと羽が生えて

5cmほど浮いたかと思うと

くるくる回りながら

アルの眉間あたりにす~っと近づいて


「・・・・・・・ねっ」


と何か言って

眉間の辺りにす~っと溶け込んでいった。


「うわっ・・・

 なんじゃそりゃっ・・・

 何ソレ?

 消えたよ・・・

 生まれ変わるんじゃないのっ?」


そう尋ねると


「真似してごらん

 聞くより試したほうが分かりやすいから

 ・・・さぁ」


とボクに促した。


「わかった・・・」


とボクもアルの真似をすると、

その物体は先ほどと同じ動きをして

ボクの眉間辺りに近づいてきた。

なんと目も無いのにウインクした・・・

そう感じた・・・

そして


「・・・・・・ねっ」


と何か囁いて溶け込んできた。


「えっ?何?

 何て言った?」


気になる・・・

あまりにも気になる・・・

そう気にしていたが

一瞬にして眉間の味覚?に

思考ごと奪われた。


「うわぁ~~~~~甘~~~~~~~い

 それに食べてもないのに食感がある・・・

 この食感・・・

 柔らかいのにシャキシャキしてる・・・

 やわシャキだぁ~~~~」


「天上天下唯我独尊・・・」


そう眉間の奥から声が聞こえた気がした。

と同時に、

ルルの実が転生したのがわかった。

味覚って口だけじゃないんだ・・・

ん?

それともこの世界だから何でもありなのか?

ってか何て言ったんださっき・・・

やっぱそっちのが気になる・・・

といつもの自分会議がヒートアップする前に

アルが口を開いた。


「へぇ~

 キミは甘いのが好きなんだ・・・」


「えっ・・・

 皆、甘いんじゃないの?」


「ふっ・・・

 このルルの実はね、

 取り入れる人の

 好みの味覚と感覚を察知して

 瞬時に熟してくれるから

 人それぞれに違うんだよ

 一度味わうと皆病みつきになるよ」


「へぇ~不思議と言うか、

 便利と言うか・・・

 ははっ」


「便利?

 人間界には無いのかい?」


「うん、無いよ

 人間界は同じ食材を使った同じ料理でも

 作る人によって味も食感も違ってくるんだ。

 食べる人によって味の感じ方は違っても

 味そのものや食感が変わったりしないから、

 当たり外れがあるんだよ

 必ずしも自分にとって

 美味しいとは限らないんだ・・・」


「へぇ~~~そうなんだぁ~

 って言うか・・・

 リョウリって・・・?」


『って言うか』もお気に入りのようだ。

いつの間にか使ってる。

そう考えると

言葉遣いに気をつけなくてはと

少々身が引き締まった。

変な日本語を覚えさせては可哀想だ。


「あっ・・・

 そういえば、

 ここは料理してる気配はないね~

 料理っていうのは、

 元々の素材を加工する・・・

 と言うかアレンジするんだ

 その素材を

 もっと美味しく食べるためにね」


「へぇ~~~

 凄い技術があるんだね~~~」


「いや・・・

 凄いのは一部の人・・・かな・・・

 ははっ」


そんな話をしてる中、

左から視線を感じて振り向くと

足軽ポムポムが2品目を持ってきていた。


「おなぁ~~~りぃ~~~」

「うわっ

 少々びっくらこいたっ」

「!!!っ」


「ふっ」


「あ~~~ごめんごめんっ

 驚かせちゃったね

ごめんよっ」


「い~~~え~~~・・・

 ごゆるりとぉ~~~」


「ありがとう」


「ふっ

 これも直慣れるよ・・・」


「そう・・・だね・・・

 ははっ

 でっこれは何だい?」


「あ~

 これはやーの涙だよ」


「やーの涙?」


今度は派手なパステルカラーの

まだら模様を散りばめた・・・

何かの花びらだろうか・・・

皿いっぱいに盛ってある・・・

カラフルなポテチといった感じだ。


「やーの涙は湖底の都/フカイ~ゾ

 ってとこに住むミネラ~ルの鱗なんだ」


「ミネラール?

 それって魚?」


「そんな感じ」


「そんな感じ?」


「人間界で言えばそんな感じとしか

 説明できないかな・・・」


「それもそっか・・・

 でっ

 その鱗を・・・こさぐの?」


と一瞬、眉間に皺がよったボクに


「コサグ?」


「あぁ~毟り取るというか

 引き剥がすというか・・・」


「ま・・・まさか・・・」


とアルがおもいっきり苦笑いした。


「だよ・・・ねぇ・・・」


とボクも苦笑いで返した。


「ミネラールは成長過程で

 3度鱗が生まれ変わるんだ

 その生まれ変わる瞬間があまりにも綺麗で

 ひと目見ようと多くの人々が集まるんだ

 人間界で桜が散る美しい光景があるだろ

 あれと同じように

 ハラハラと鱗が舞い散るんだ」


「へぇ~・・・」


とは言ったものの、

想像する限り美しいかどうか微妙だ。

ボクの想像力が稚拙なんだろうか。

『ハラハラと鱗が舞い散る』・・・

恐ろしい光景しか思い浮かばない。


「大丈夫かい、カムイ?」


「あっ・・・あぁ・・・

 大丈夫・・・」


「実際、見ればわかるよ」


「はは・・・」


だった・・・筒抜けなんだった。

アルの言葉を信じないわけじゃないが

人間界の・・・いや、ボク自身の

想像力の限界が邪魔をする。

しかし、幸いにして、

存在感抜群の目の前の美しさが

ボクのある意味恐ろしい空想を

かき消してくれた。


「こっ・・・

 これはどうやるんだい?」


食べ物なのに、

どうやる?って聞いてる時点で

ここに慣れてきてるのか?

自分にも『順応性』があるんだと

ほんの些細な認識が芽生えた。


「これはね・・・」


とアルが言いかけたとき


「いっただき~~~~~っ」


とアルより二周り程大きいポムポムな熊?

・・・いや猫・・・だ。

熊に限りなく近いが、猫だ。

そいつが、

が~~~っとそれを口に放り込んで

ひと飲みにした。


「パルポルンッ!!!」


「んっぐっ・・・

 はぁ~~~

 よぉ~~~アル!!!」


「キミも来てたのかいっ」


とアルがいきなりテンションマックスだ。

アルのこんなとこ初めて見た。

とは言っても、

そんなに長い付き合いでもないが・・・


そのパルポルンと呼ばれる青年は

ダークブラウンの体に

深い緑色の瞳が印象的な

小柄な熊といった風体の猫だ。

こだわりなのか、

ショッキングピンクの

テンガロンハットらしきものを

背中側にひっさげ、

手作り感抜群の首飾りを

首に複数本掛けている。

細長い暖簾のようなひらひらが沢山ついた

ガンマンが着てそうなベスト・・・

ただし、色はハットに合わせてるのか

ショッキングピンクだ。

本当にショッキングだ。

足元は・・・てっきり、

かかとに鉄の丸いぎざぎざがついた

ブーツを履いてるかと思いきや

そこに拘りがあるのか裸足だ。

腰には、これまたピンク色の

ガンマン風のベルトを5本も巻いている。

もう疑いようが無いくらいガンマンだっ。

ド派手を通り越してるその出で立ちに、

というよりそのセンスと度胸に脱帽だ。

この西部劇かぶれ・・・いや、

崇拝してるっぽい

リトルベアー的ガンマン猫は、

いきなりボクらの『や~の涙』を

半分近く丸呑みしたあと


「おうっ!

 ちょっち腹ごしらえだ。

 お前らもかアル」


と、悪びれる様子も無く、

得意げに答えた。

こいつ、ボクらのを食べた・・・


「まぁ、そんなとこだよっ

 まさかここで会えるなんてっ」


食べられたのを気にしてるのは

ボクだけのようだ。

さすがノア族なのか、

ボクの器が小さいのか、

微妙に考えさせられた。

アルもこんなに楽しそうに話するんだ。

ちょっと寂しいような、

嬉しいような・・・

複雑な心境で二人のやりとりを見つめた。


「オレとお前の仲だからなっ・・・」


「ほんと、腐れ縁みたいなもんだね

 この必然のような偶然は・・・」


「でっ

 こいつは?」


こいつ?

パンさんとは違う意味で随分口が悪い。

見た目から想像した通りの態度だ。

だが、パンさんと同じで

悪態ではない上にボク自身不愉快でもない。


「あ~

 こちらカムイ

 カムイっ

 彼はパルポルン、ボクの親友だ」


「パルポルン・・・」


「おうっ

 パルポルンだっ

 よろしくなっ!カムイ」


その性格がまるごと欲しい・・・

きっと怖いもんなんて無いんだろうな~

なんとも羨ましい・・・


「あっ・・・うん

 よろしく・・・

えっと・・・パルポ・・・ルン・・・」


「あ~~~呼び捨てでいいぜっ

 気楽に行こうぜっ」


意外と気持ちのいいヤツだと

短いやりとりでそう感じた。

姿は見慣れるまで

目がシパシパしそうだが

色んな意味で独特の存在感だ。

アルとは違う意味で興味を覚えた。


「ありがとう・・・パルポルン・・・」


「おうっ・・・

 でっ・・・人間様のカムイが

こんなとこで何してんだ?」


「えっ?

 分かるの?」

「えっ

 分かるのかいパルポルン?」


完全にアルとハモッた。

たぶん

二人の表情も瓜二つだったに違いない。


「分かるも何も・・・

 まんまじゃね~かっ」


「でも、パンダミオさんのローブを

 纏ってるんだよ」


「そんなこと言ったって、

 分かるもんは分っちまうんだから

 しょ~がね~だろっ」


「ふっ相変わらずだね

 キミは」


「だろっ

 これがオレだ

 それよりココいいか?

 アル、カムイ?」


「カムイ、いいかい・・・」


「遠慮すんなっ

 本音でいいぜっ」


そう振られて

断れる人に会ってみたいもんだ。


「全然いいよっ

 歓迎するよっ」


「サンキュッ」


と言って

ボクの隣にドカッと腰を下ろした。


「ありがとう、カムイっ」


「ボクが興味あるんだ・・・」


「オレもお前に興味津々だぜっカムイっ」


「ははっ」


「パルポルン、

 そう言えばキミ一人かい?」


「あったぼ~よっ

 オレがつるむとしたら、

 お前とだけだっ」


「ふっ

 良く言うよっ」


「ほんとだぜっ」


普通に友達同士の会話だ。

微笑ましくも羨ましい、

しかもちょっとジェラシーすら感じる。

友達っていいものだと初めて心から思った。


「実はなミテミ~ヨに行ってたんだよ」


「鏡の街の?

 どうしてだい?」


「見てみたくなったんだよ、

 自分の真実ってやつをなっ」


「へぇ~

 で?

 どうだった?」


「まんまだったぜっ

 でも楽しかったからよ

 今度一緒に行ってみっか?三人でっ

 いいだろっカムイっ」


「えっ?」


「あぁ、それいいねぇ~

 行こうっ」


「あっ・・・あぁ

 行こうっ・・・」


こうも簡単に受け入れてくれるのは

ノア族の本能だろうか、

それともこの二人だからだろうか。

二人の心地よいやり取りを傍観していたが

自分も当事者の一人なんだと気付かされた。


「で?

 ワケありか?

 カムイは?」


と、いきなり矛先を変えてきた。

なんとも目まぐるしい展開だ。


「うん、そうなんだ」


「そっか・・・」


「聞かないの?」


「聞いて欲しいんなら言いな

 聞いてやっから

 でも、そうじゃないなら

 無理に言わなくていいぜ」


「ふっキミらしいね、パルポルン」


ふたりの、

さも日常的なやり取りを見てたら

自然と口が開いた。


「ボクは・・・

 なんでここにいるのかわからないんだ・・・

 ボクが人間界に帰るには、

 ボクがここで失くした物を

 見つけないといけないらしくて・・・

 それが何なのかは解からない上に

 どこにあるのかさえも解からなくてさ

 ただ、パンさんが調べてくれて、

 裁決の街/ジャッジメンタリア

 ってとこにに行けば

 何かが解るだろうって・・・」


「そっかそっか

 それでアル、

 お前がいつものお人好しぶりを

 発揮中なんだなっ」


「ふっ

 ビンゴっ」


「ビンゴ?」


「あぁ

 正解って意味だよ」


「なぁんだ、

 人間様の言葉かっ」


「ビンゴっ

 ふっ」


「お前も気に入ったらすぐだからな~

 しかもそのハードル意外に低いしなっ

 ははっ」


「ふっ」


「あの・・・

 ボクがお願いしたんだ」


「どっちでもい~じゃね~かっ

 オレも加わるぜっ

 面白そうだ

 だめかっ?

 カムイ?」


「えっ・・・

 全然いいけど・・・

 パルポルンは大丈夫なの?

 何か用事とかないの?」


「あ~もちろんだっ

 用事もな~んもないっ

 わり~かっ」


「うわっ

 何で逆切れっ?」


「ふっ」


「それに、ここに来たのも偶然だっ

 たぶんっ

 だから気にすんなっ」

 

「マイペースだな~

 羨ましい・・・」


ってか、何か余計気になる。

そこは必然の方が・・・


「必然っ」


「えっ?」


だった・・・未だに慣れないまま、

たまにびっくりする・・・


「よし決まった

 じゃ~腹ごしらえの続きといくかっ」


「ふっ・・・

 そうしよう」


テンポの良い会話と勢いに

心地よさを感じつつも

急に異世界にいる自分に孤立感を覚えた。

ボクは猫の世界で猫と話をしている。

ごく普通に・・・

これは、本当は夢なんじゃないだろうかと

こっそり足をつまんでみた。


「っ!!!」


やっぱり現実のようだ。


「ここはリアルだぜっカムイっ」


「えっ?」


「現実だよ、カムイ

 キミのね・・・」


まただ、心というか、行動というか・・・

読まれてると言うと聞こえが悪いが

何か通じるものがあるらしい。

不思議と嫌悪感や畏怖は感じない。

これも、

この世界のいいところなんだろうか・・・

これも、直わかるのだろうか・・・

成るようになる・・・と・・・

そう身を任せることにした。


「さっ二人とも食えよっ・・・」


「カムイっ、

 や~の涙・・・どうぞ」


「あ・・・あぁ

 これ確か口に入れてたよね・・・」


「おうっ

 そのままがばっと

 それいけカムイっ」


相変わらず強引なヤツだが、

何やらボク自身楽しんでる。


「おっし!

 アル!

 半分ずっこしよう!」


「あぁ

 いいよ!」


「さぁ~二人とも

 一気に行けよぉ~~~

 一気にっ!!!」


パルポルンがまくし立てるせいで

何気に緊張してきた・・・

まるで運動会の徒競走の順番待ち並だ・・・


「さぁ

 行くよアルっ」


「いつでもいいよっ」


「せ~~~~のっ」


ガ~~~ッ・・・ゴックンッ

ガ~~~ッ・・・ゴックンッ


「ん・・・

 ん・・・

 うおっ・・・」


口に含んだ瞬間、違和感を覚えた。

人間界の鱗のそれとは違い

スッと溶ける様に

のどをすり抜け胃に落ちたのがわかった。

胃に入って暫くすると

心地よくパチパチしながら動き回り始めた。


「お腹で・・・動く・・・」


「はっはっはっ!

 これ腹の中で生き還るんだぜ~

 へそを押さえないと出てくるぜっ

へそからっ」


「え~~~~~~~~」


「ふっ

 冗談だよ、カムイ・・・」


「冗談だっカムイっ

 びびったか?」


「や・・・やめてよ・・・

 心臓に悪い・・・」


「わりぃわりぃ・・・

 でも面白いだろっ」


「や~の涙?

 それともパルポルン?」


「何でオレなんだよっ」


「ふっ

 こういうのは苦手かい?

 カムイ」


「いやっ大丈夫っ

 なんとなくコツを掴んできたよ」


「コツ?」


「あ~なんでもないよ」


食べ物のではなく

パルポルンに対する『コツ』が・・・


「さ~てとっ

 次、何にする?

 またカムイが

びっくりするやつにしようぜっ」


余韻に浸る間も与えず

なんと、

公開びっくりをしかける気だ。

まぁ~ドッキリじゃないから

的は得てるか・・・


「もう頼んであるよ」


「そうかっ何を頼んだんだっ」


「ふっ

 来てのお楽しみだよ・・・」


「もったいぶるなよ~アル~」


「ふっ・・・まあまあ」


「ちぇ~~~~っ」


ここはボクにとって食事処と言うより

ビックリハウスだ・・・

ま~楽しむか・・・

そうこう考えていると


「おなぁ~~~~~りぃ~~~~~~」


と『能』的店員さんが

注文の品を頭に乗せて現れた。


「おっ

 どれどれっ」


とパルポルンが身を乗り出して覗き込んだ。

なにやら小さい壺のようだ。

きれいな紫色のまだら模様をしている。


「おぉ~~~

 センスあんな~アルっ

 こりゃ~いいぜ~~~」


パルポルンはご満悦のようだ・・・

さてっ・・・鬼が出るか蛇が出るか・・・


「カムイ、ほら、覗いてごらん」


とアルに促されるままボクは右目を当てた。

きれ~~~な草原が見える。

よく見ると何かが動いて見えた。


「ん?

 ・・・何か・・・いる・・・」


小さい小さい小さ~い生命体が

壺の中を飛び回っている。

整然と右回りで螺旋を描くように。

だんだん入り口に近づいてくるのが

分かった為、目を離した。

すると、

最初の一人が

ひょこっと壺口から顔を出した。

その子はキョロキョロと

辺りを伺っていたが、

アルやパルポルンそしてボク、

三人とそれぞれ目が合うと

下を振り返り何かを話してる風だった。


「・・・・・・・・・・はいさっ」


何かこしょこしょと話しかけてきたが

最後の『はいさっ』しか聞こえなかった。

すると恥ずかしそうに

まず一人目がゆっくりと這い出て

立ち上ってふわりと浮いた。

続いて二人目、三人目・・・と、

一人ひとりが明滅しながら

螺旋を描いて溢れ出てきた。


「うわっ・・・」


「カムイ~

 離れろ~

 噛まれるぞっ」


「えっ」


「くっくっくっ・・・」


真顔でパルポルンが言ったが

自分で我慢できなかったのか

思いっきり肩が震えていた。


「ふっ

 冗談だよ、カムイ

 見ててごらん」


次々に溢れ出てくるその生物たちは

規則正しく明滅しながら

螺旋を描いてくるくると立ち昇っていく。

最後の一人が出てきたところで

また何か言った。


「いくよぉ~~~~・・・・・・・・・」


今度は最初の『いくよぉ~』しか

聞き取れなかったが、

次の瞬間、

螺旋に規則正しく並んでいた生物たちが

一斉に歌いだした。

言葉はわからなかったが、

心を完全に連れ去られた。

いや・・・

言葉じゃない・・・

声・・・

というより音色・・・だ・・・

いくつもの音階を

心地よく並べたかのような『音色』。

ボクは二人と、

その生物達との光景に見入った。

共鳴しているかのようだ。


「カムイも、目を閉じてごらん・・・」


それに便乗したくなったボクは

アルに言われるがままそっと目を閉じた。


「うわっ」


目を閉じた瞬間、

初めて目を開けたかのような

錯覚を覚えるほどの眩しさを感じた。

次第に目が慣れ

視野が広がってくると

一人の妖精がボクに向かって歌っていた。

先ほどと違って今度はちゃんと歌だ。

しかし、言葉として認識はできない。

言葉として認識は出来ないが

なんとなく理解は出来た。


『あなたはあなた

 そのままでいい

そのままがいい』


そんな感じの歌だ。

全身全霊で

ボクのためだけに歌ってくれてるのが

伝わってくる分、

ストレートに心に染み込んできた。

まるで走馬灯のように、

ここ魂魄界ではなく、

人間界での記憶がフラッシュバックした。

色んな感情の自分のビジュアルに

その生物の歌が寄り添っていた。

わざとらしくなく、

ごく自然にボクを肯定してくれている。

屁理屈や言い訳じゃない

説得力のある徒然なる言霊の流れ。

全身全霊とはこういうのだろうか、

心と体の全てで感じる愉悦の時間に

身を委ねた。

どれくらいの時間が経ったのか、

心地よく聞き入っていたが

いつの間にか夢見の余韻へと変わっていた。


「イ・・・ムイ・・・

 カムイ・・・カムイっ」


「おぉ~~~~~~いっ

 カムイ~~~

還ってこ~~~~いっ」


と夢心地からの帰還を手伝う

二人の声がフェードインしてきた。


「あっ・・・

 あ~アル、パルポルン・・・」


「おかえり・・・」


いつもの雰囲気を纏ったアルとは対照的に


「ど~~~だっ

 良かったろっ」


と、どことなく得意げなパルポルンが

出迎えてくれた。


「なんだか・・・

 根本的に前向きになれるね・・・

 これ・・・」


「だろっ!

 さっすがアルだぜ

 センスがいいじゃね~かっ」


「ふっ

 不動の人気メニューだよ」


「それでもっ

 いいもんはいいんだよっ

 素直じゃね~な~アルっ」


この二人の絡みは何度見ても心地いい。

ボクらの世界でも

普通に見かけるやりとりなのに

懐かしさじゃない心地よさがある。

『言いたいことを思うがまま伝え合ってる』そんな感じだ。

しかし、簡単なようで難しい。

人間には特に・・・


「アル、ありがとう

 凄く良かったよ」


「そうかい

 気に入ってくれたなら良かった」


この時、ふと気付いた。

こういうやりとりに

パルポルンは入り込まないことに。

恐ろしく空気が読めるというか

気が利くというか・・・

そっか、だからか・・・

一見ガサツに見えても

一緒に居て心地いいのは・・・


「ありがとう

 パルポルン」


ボクのこのお礼の意味を

分かってるかのように


「おうっ」


と一言だけ笑顔と共に返してよこした。


「さてと・・・出ようか・・・」


「おうっ」

「うん」


アルが店員さんを呼んで

人間界で言う会計を済ませて店を出た。

その際、

パルポルンもちゃんと

きらりあんを出していた。

意外と言うと失礼だが、

まめというか・・・

やっぱりちょっと意外だった。


「あのっ」


と二人に声を掛けるや否や


「オレが出さない気がしてただろっ

 カムイっ」


と少し意地悪な笑顔で

パルポルンがボクの言葉尻を制止した。


「変な気を遣うとパルポルンが怒るよっ」


とアルが笑顔で促した。

おごり・・・か・・・

完全に見透かされている。


「当たり前のことをしてるだけだ

 だから気にするなっ

それにっ

 きらりあん持ってね~だろっ」


「あっ・・・うん」


「そうだよっ

 余計な気は遣わなくて良いよっ」


と言われても、

こればかりは少々心苦しかった。


「ねぇ・・・きらりあんて

 どこで手に入るの?」


「お前じゃ無理だ

 カムイっ」


「えっ?

 なんで?」


「人間様には無理なんだ

 だから気にしなくていいよ」


そんなに気になる

『気にしなくていい』なんて久しぶりだ。

気になってしょうがない。


「ふっ

 ノア族は

自身できらりあんを作り出せるんだ

人間様には無理だろ?」


「たぶん・・・

 無理かな・・・」


「だからっ

 い~っつってんだろっ」


「わかった

 ありがとっ」


「それよりよっ

後で人間界のこと色々教えてくれっ」


小声でパルポルンが耳打ちしてきた。


「ふっ」


アルが笑うとこを見ると

耳打ちの意味があるのかと改めて思った。

それに、

やはりボクは顔に出やすいんだろうか、

パルポルンが

それでおあいこって

気を遣ってくれたのがわかった。

きらりあん・・・

そもそも、ノア族なら誰にでも作れるなら、

物々交換の対象になるんだろうか・・・

今聞くのはタイミングが悪い気がして

また今度聞くことにした。


「もちろんいいよっ」


「よしっ

 じゃ~行こうぜっ」


と暖簾をくぐった。


「ま~~~た~~~

 おじゃった~~~もんせ~~~~~~~」


そんな店員の決まり文句に


「ごちそうさまっ」


と人間界でのいつもの癖で

返事をしたボクを見て

二人は顔を見合わせて

ニコッと微笑んでいた。

さらにボクの照れ笑いを見たアルは

ボクにも笑顔を見せた。

パルポルンは

ボクの両肩をポンポンッと叩いて

先に店を出た。

先ほどの庭園を経て

門を潜ると

外は店に入る前となんら変わった様子もなく

ボクらを出迎えた。

見ると、普通に道が左右に延びている。

てっきり、

進む道だけがまっすぐ伸びている

と思いきやそうではなかった。

鎧武者の後姿でも

見れたりするのかと期待したが

普通に入り口が出口だった。


「左から来たんだよね?

 最初は店が右に見えたから・・・」


とちょっと自信がなかったボクに


「あぁ~そうだよ

 だから向かうのは右だよ」


「だよね~」


「てか、カムイ、ほらっ

 かろうじて見えてるぜ、

ジャッジメンタリア」


パルポルンが指差した先に

荘厳な雰囲気を纏った街の片鱗が

微かに見えた。


「うわぁ~

 まだ遠目なのに

なんか身が引き締まるな~」


「だろぉ~

 あれがお前ら

 じゃね~なっもう

 オレらの目的地、

 ジャッジメンタリアだぜっ」


「それに、

 何気にノア族の人たちが

 増えてきてない?」


「あぁ~

 審判の日の連中だろっ」


とパルポルンが足取り軽く

意気揚々と楽しげに話した。


「なんか、パルポルン楽しそうだね」


「あったぼ~よ~

 世の中楽しいことだらけだからなっ

 どこに行こうが、何をしようが、

楽しみでしょ~がね~」


満面の笑みを浮かべるパルポルンに

ボクらまでテンションが上がる。

本当に羨ましい性格だ。

きっと頭の中には

壮大なお花畑があるに違いない。


「あそこはちょっと厳格な街だけど、

 ノア族の片鱗が見れるとこでもあるよ」


「おぉそうだなっ

 オレ達ノア族のことを知るには

いい街だなっ

 あそこにはオレ達の根本があるからなっ

ちなみに、

オレの中には草一本生えちゃいね~ぞっ」


だった・・・


「へぇ~そっかぁ・・・

 ちょっとびびるけど・・・

それはそれで楽しみっ」


とは言ったものの、

ノア族の根本・・・

そういえば、

考えないようにしてたんだっけ・・・

非現実からの現実逃避。

もう訳がわからなくなるから後回し・・・

いや、絵空事として仮想現実として

受け入れてたのかもしれない。

それと向き合うだけのキャパが

今のボクにあるだろうか・・・

そういう意味で

大きな恐怖が小さく芽生えた。


「考えすぎだよ、カムイ」


アルがそう言いながら

ボクの右肩に手を添えた。


「へっ?

 あっ・・・あぁ・・・へへっ・・・

また顔に書いてあった?」


「カムイは分かりやすすぎだぜっ

 まっそ~ゆ~とこも

気に入ってるんだけどなっ

オレはっ」


「いてっ」


左肩を少しだけ強めに叩いた

パルポルンのそれは

悪意や暴力ではないのが

手の温かさから伝わってきた。


「ボクらノア族はね、

 『生きることは、贖罪の輪廻である』と

教えられるんだよ

 生きることは少なからず

罪を背負ってしまう

 その背負った罪を償って

また新たな罪を背負う

 そしてまた償う・・・

そうしていくことで

 生きていることを実感しながら

感謝して生きていくんだ

 自分を許す術をもっているから

他人も許すことができるんだよ」


今までに見せたこと無い真顔で

アルが口を開いた。


「とは言っても、

 オレらノア族は

そんなに罪は犯さないけどなっ

 人間様と違って

 あっわりぃカムイっ

お前がどうこうじゃなくて

 人間様を客観的に見ての

一般論としてだぜっ」


「うんっわかってる

 大丈夫だよっ

 それに、今まで見てきたけど、

 今のとこ人間界より

ノア族も魂魄界の世界観も

桁違いに温厚だよ

 楽しい反面、

考えさせられることばかりだよ」


「頭で考えたって

 自分のキャパ以外の答えなんて

出ねぇ~だろっ

 感じればいいんだよっ

お前のハートでよっ」


「言いたいことはわかるけどさ~

 でも考えちゃうんだよな~」


「まっ直慣れるさっ

 気にするなっカムイっ」


「そう

 理屈じゃなくてどう感じたかを

心に刻むといいよ」


なんだか、知り合ったばかりなのに、

昔からの友人のように感じる。

二人して真剣に向き合ってくれてるのが

伝わってくる。

本当に温厚な種族・・・

いや、種族云々ではなく、

既に友達か・・・

人間界にはよしゆきがいる。

未だに顔は思い出せないが・・・

確かにあいつは親友かもしれない。

ただ、アルやパルポルンは

よしゆきとは違う心地よさを感じる。

理屈じゃなく、心がそう感じている。

初めて『心友』と言える相手と

出会えてる気がする。

ここにいると、

そんなことが

凄く些細なことのようにも感じる。

あたかも、

そういう感覚すら

当たり前であるかのように・・・

人間とノア族。

共通点が多い分、違いが目に付く。

その差の大きさも・・・

ボクも人間界にしがらみさえなければ

ここにずっと居たいとさえ思った。


「妄想はすんだか?」


「うわっ

 少々びびった」


パルポルンがどアップでボクを出迎えた。


「脅かしたらだめだよ

 それに妄想じゃないよっ

自分会議だよ、パルポルン」


「どっちでもい~さっ

 カムイはす~ぐ一人旅しちまうからな~」


「ごっごめんっ」


「それに、そうやってす~ぐ謝る

 気を遣い過ぎだぜっ」


「まぁ、直ぐには変われないさ」


「わかってっけどよ~」


口調は少々荒いが、

パルポルンのそれからは

イライラした感じではなく

親身というか・・・

温かさを感じる。


「がんばるよ・・・」


「だ~か~ら~そうじゃなくてよ~

 まんまでいいんだよ

 まんまでっ」


「カムイ、気にすること無いよ

 焦らず楽しもう」


「しゃ~ね~なっ」


「ありがとっ・・・

 で、こっからどれくらいかかるの?」


「歩いて4時間くらいか」


「よっ・・・」


「ふっ」


聞かなきゃ良かった。


「な~にっすぐ着くさっ」


ま~4時間後にはねっ

と突っ込むのはやめた。

視線を感じて振り向くと、

パルポルンが

ちょっとがっかりした感じだった。


「ちぇ~っ」


パルポルンは待っていたようだ。

何て反すつもりだったんだろう・・・

逆に気になった。

会話もそこそこに歩くこと2時間。

道の右側に木製の看板が見えてきた。

その看板には、手書きで


『ここ右?』


とおよそ看板らしからぬ言葉が

記されていた。


「ん?」


と反応するボクを見て


「あぁでも

 おうっでも

はいっでもいいから

 言ってみなっ」


とパルポルンが小声で

ボクの右耳に囁いてきた。

いきなりの重低音が利いた小声に、

全身に鳥肌が走った。

このパルポルンの笑顔は要注意だ。

ボクはアルの方へ目を向けると


「大丈夫だよっ」


とこちらも怪しい笑顔。

ええ~いっひっかかってやれと

腹をくくって


「もっちろんっ!」


と大声で叫んで振り返ると


「!!!っ」

「!!!っ」


と予想通りな

見覚えのあるノア族独特の反応に

優越感を覚えた。


「へっへ~~~

 びっくらこいたかっ」


としてやったり顔で前に向き直ると


「うわぁ~~~~~~~~~」


ボクは断崖絶壁の切っ先に立っていた。


「なっなっ・・・

 なんじゃこりゃ~~~~」


結局、自分が一番びっくりした。

久しぶりに目が飛び出た。

あまりの絶壁に立ちくらみがして

その奈落へと堕ちそうになったとき


「おいおいっ

 来たばっかだろ~がっ」


とパルポルンに、

引き寄せられた。

もう暫く経ってからならいいんかいっ

と突っ込もうとしたが

倍返しされそうだった為やめた。

もしかしたら、

この掴んだ手を離すかもしれない・・・

十分考えられるだけに

大人しく安全地帯までは

導いてもらうことにした。


「結局こうなるのかぁ」


「ふっ

 大丈夫かい?カムイ」


「走馬灯が始まりそうだったよ」


「ソウマトウ?」


「あ~死ぬ前に

 自分の過去をフラッシュバックで

振り返ることだよ」


「へぇ~何で死ぬんだ?」


「いやっ落ちたら死ぬでしょ。

 普通に」


「あぁ・・・

 この絶壁かい?

 ここは・・・」


「まぁい~じゃね~かっ

 ちと休んでこうぜっ」


とアルが何か説明しようとしたのを

またパルポルンがわざとらしく制止した。

この絶壁に何かあることは

絶対に忘れないようにしとこう。

さっき『来たばっかだ』とか

何とか言ってたし・・・


「ここはよ、ただの休める丘だ

 な~んも無いけど、景色は抜群だぜ~」


あるじゃんっ

とつっこもうとしたが

これまた倍返しにあいそうな気がして

思い留まった。


「こっちだ、カムイっ」


とパルポルンとアルが手招きした。

澄んだ草原の中に

砂利の道が不規則に走っている。

その砂利道を誘われるまま

丘の頂まで行ってみると

眼下に世界が広がっていた。

街じゃない、

世界そのものが広がっていた。


「なっ・・・すっご・・・」


「な~すげ~だろっ

 あそこはファライエって階層だ

 オレらもまだ行けね~んだわっ

 早く行ってみて~よな~アルっ」


「そう・・・だね・・・」


と少しだけアルの顔が曇った。


「どしたっアルっ」


「いやっなんでもないよっ」


何でもあることくらい

パルポルンはもちろん

ボクにもわかったが

お互いに触れることはなかった。

本人が『何でもない』って言ったからには

触れて欲しくないんだろう、

そう思ったからだ。

それにしても眼下に壮大に広がる世界は

綺麗は綺麗だがそういうことより、

圧倒される何かを感じた。

威圧ではない・・・

貫禄とでもいうのか・・・

威風堂々、そんな感じを受けた。

ボクも純粋に行ってみたいと感じたが

ボクには無理だろう・・・

ボクら三人は、

それぞれの思いのなか

ファライエに思いを馳せた。

どれだけの時間が流れただろうか、

結構、長い沈黙のあと


「そろそろ、行こうか」


と珍しく、アルが一番に口を開いた。


「おうっ

 カムイはどうだっ?

もう歩けそうか?」


やはり、

パルポルンも気を遣ってくれていたようだ。


「うん

 全然平気

 ありがとう」


「おうっ

 おっしゃ~

じゃ~行くかっ」


「あぁ

 行こう」


「あっちょっと待てっ

 カムイ見てろっ」


そう言うと草原の方に向かった。


「ほりゃっほりゃっほりゃっほりゃっ

 と~りゃぁ~」


と草原をランダムにあちこち・・・

とは言っても

パルポルンの可愛い長さの足が届く

射程圏内の近隣を踏みまくったあと、

優越感にも似た雄叫びと共に

勢い良く大の字に倒れた。

経験上、想像通り草達は全て避け、

避難している。

恐らくこれ以上無いくらいの

ドヤ顔がくるだろうと構えていたが

立ち上がったパルポルンに目をやると・・・ん?・・・

涙目?

戻りつつある草原を良く見ると

どうやら、

後頭部の部分に石があったようだ。

まさにそれは想定外だったようだ。

きっとこんなことをするから

仄かな罰が当たったんだろう。

仰向けじゃなかったのが

不幸中の幸いだ。


「大丈夫?」


「何がだっ

 それよりどうだっ

 この世界の草達は完璧に避けるんだぜっ

 人間界にはね~だろっ

すげ~だろっ」


後頭部事件は無かったことにしたいようだ。

可哀想だから

そういうことにしておいてあげよう。


「うん

 無いよ

確かに凄いね・・・

 この運動神経というか反射神経・・・」


「だろっだろっ」


そう言いつつも、

右手が後頭部から離れないとこを見ると

相当痛かったんだろう。

ボクのために、

こんなに体を張ったパルポルンに

今更知ってるなんて言えなかった。

それにしても、

パルポルンは

後悔とかすることはないんだろうか。

反省とかはしなさそうだけど・・・

このやりとりを静観していたアルも

きっとボクと同感だったんだろう。

軽い苦笑いを浮かべていた。

パルポルンのやせ我慢ありきの

ご満悦ワンマンショーが無事終幕を迎え、

そのまま、

何事も無かったかのように歩き出した。

途中、

何回か後頭部をさするパルポルンに

笑いに加え郷愁にも似た感情が湧きあがった。

丘の頂からさきほどの絶壁まで

ワンマンショー込みで約5分程で着いた。


「さてっ、カムイ・・・・・

 飛べっ」


相変わらず唐突だ。


「はぁ?

 どこに?」


「ここだよ、ここっ」


と眼下の断崖絶壁を指差した。


「ここへ飛べと?」


「ふっ」


アルが笑うと安心できるが

ボクがそうはしないだろうという笑いなのか

しても全然大丈夫という笑いなのか

がわからない為、こういう場合、

リアクションに困る。


「おうっ

 オレらもすぐ後を追うからよっ」


「このシチュエーションでの

 後を追うとかいう表現はやめてよ~

 嫌な想像しかできないじゃん・・・」


「ふっ」


「なんだそりゃっ

 気にしすぎだっ

 先行けよっ」


「いやいや、遠慮なくっ

 お先にど~ぞっ」


今までの経験上、

こういう展開時に

危険は全くと言って良いほどない。

あるのは、と言うか、いるのは勇気。

ここで得る自分の経験と

アルとパルポルンのことも信用してる分、

もしかしたら

勇気すら必要ないのかもしれない。

『経験』を『楽しむ心』・・・

これがあれば十分なん・・・


「ごちゃごちゃ考えるなっ」


声がしたと同時に背中を押された。


「どぅうわぁ~~~~~~」


また、いきなりパルポルンだ。

が、叫んだのも束の間、

次の瞬間ボクは道端でジタバタしていた。


「わぁ~~~~・・・

 ん?・・・

 ありっ?

 ありっ?」


「よぉ~カムイ

 またまたびびったかっ?」


「まったく・・・」


相変わらず喜ぶパルポルンに、

呆れるアルが心配そうにボクを覗き込んだ。


「ほらっ」


とアルより先に

パルポルンが手を差し伸べてきた。

その手を掴むと、

意外に優しく引き起こしてくれた。


「これは経験であり教訓だっ

 ありがたく頂戴しなっ」


得意げで

上からなパルポルンだったが、

毎回、不思議と怒りはこみ上げない。

慣れか、あきらめか・・・


「経験はわかるけど、

 何の教訓・・・」


「見た目が全てじゃないってことだよ」


アルがフォローしたとこを見ると

パルポルンは

上手く説明できないんだろうか・・・


「そういうことだっ」


この『そういうこと』とは

どっちを指しているんだろうか・・・

勝手に後者に旗を上げると

笑いが込み上げてきた。


「あ~なるほど・・・」


それにしても、

ボクが自分会議してるのをいいことに、

毎回無条件ファースト。

タイミングはいつも神がかり的だ。

今回も、

絶壁に注意を払っていたにも拘らずこれだ。


「覚えておくよ、

 経験に教訓ねっ」


と憎まれ口っぽく言ったつもりだったが


「おうっ忘れんなよっ」


と言ったパルポルンの目は

予想外に真剣だった。


「わかったよ」


ボクも自然と返事をしていた。


「ふっ

 やり方や言い方は独特だけど、

 基本、悪気は全く無いよ

 悪戯好きで、仲間思いで、

 何より笑う事と笑わせることが

 大好きなんだ」


「子供っぽくて純粋で、

 太陽みたいな存在だね・・・」


「太陽?」


「うん

 皆を温かく見守ってるというか・・・」


「人間界の太陽は

 そういう存在なのかい?」


「ん~

 雰囲気というか

 都合のいい解釈をすればそんな感じ

 実際は、いろんな問題があるけど

 あまり悪いイメージはないかな」


「そっか

 確かにボクが知る限り

 今まで誰も怒らせたことはないかな

 たぶん、恐ろしく

 その時の空気や相手の状態が

 読めるか分かるかなんだろうね

 あんなでも

 人一倍神経を遣ってるのかもしれないし

 意外と本当の自然体かもしれないし

 わからないから惹かれるのかな」


「それわかる」


アルの言い方からしても、

パルポルンの行動の根本は

明らかに善意のようだ。

良い意味での故意なのか、

計略的偶然なのか

ボクにもわからない。

ただ、今のとこボク自身も、

心底不快に感じたことはい。

ちょっと気になって笑えたのは

アルの『あんなでも』って言葉だ。


「さぁ行こうぜっ」


「あぁ」

「うわっ

 少々びっくらこいた

 いつからそこにいんの?」


「はぁ?

 ずっといたじゃね~かっ」


「えっ?

 アル知ってた?」


「あぁ

 カムイは気付いてなかったのかい?」


「全くっ」


「ふっ

 わかってて話してるのかと思ったよ」


「ははっ

 あれっ何で気付かなかったんだろう」


「ふっ」


「それより早く行こうぜっ」


「あぁ」

「うん

 行こう」


ボクらは、

再びジャッジメンタリアへと

足を踏み出した。

次第に大きくなる街並みの片鱗、

比例して威厳を増してくるのを感じる。

気がつくと

同じ方向に向かう

ノア族の姿も目立ってきた。

審判の日を迎えたノア族達だろうか・・・

足早に向かう者、

マイペースで向かう者、

足取りが重そうな者は居なかった。

一人だったり複数だったりと様々だ。

相変わらず目が合えば挨拶をしてくれる。

今まで出逢ったり、

すれ違ったりのノア族達は

親切だったり感じが良かったが

決して機械的とか規律的とかではない。

そこには、何かの強制とかではなく、

ちゃんと個々の心が存在している。

無秩序に生まれた

必然の秩序とでも言えばいいのか。

こういう考え方をしてる時点で

『人間な』自分に気付かされる。

軽くため息が出た。

ノア族には疑問にすら感じないのだろう。

いっぺんに色んな感情が湧き上がったが

『羨ましい』という思いが

他の感情を押し流した。


「そう言えばさ、

 この世界には乗り物はないの?」


「あるよ

 でも緊急時しか使わないかな」


「そうそうっ、あくまで緊急時だな~

 あんなもんに乗ったんじゃ

 景色も何もあったもんじゃないぜ」


「乗りたいのかい?

 カムイ」


「いやいや、今は別に・・・

 ただ、見かけないな~と思って

 この世界もかなり広いでしょ?

 人間界には『時は金なり』なんて

 諺があるんだけど、

 いかに時間短縮をして必要なことに

 時間を割けるかみたいなのを

 気にするというか、

 せわしないというか・・・

 ノア族の人たちを見てきて、

 少しだけわかったことがあるよ

 それは、

 物事の結果が全てじゃないって事

 勿論、人間界にも

 そういうのはあるにはあるけど、

 それを理解してるというか

 楽しめてるのはごくわずかかな・・・

 そう考えると、

 ここ魂魄界は『本当の自由』を感じるよ

 漠然とだけどね・・・」


「ほぉ~

 わかってきたじゃね~か~カムイっ」


「へへっ少しは・・・ねっ」


ここ魂魄界では、

時間はあくまで刻の目安で、

人間界ほど物事や人々を縛るものではない。

そのためだろうか、

明らかに人間界より

ストレスを感じないうえ、

開放感に満ち溢れているのは。

それぞれの流れのままに

生きている感じがする。

そういえば、

ノア族には『死』という概念はなく

『転生』か『輪廻』というカタチで

次の『生』を授かるようだが、

よくよく考えると、

ボクは本当にのこ魂魄界のことも

ノア族のことも知らない。

パンさんとは時間がなかったため、

そういう話をする機会が無かった。

アルは聞けば教えてくれる。

ただ、あれもこれもなんてことになったら

お互いにパ~ンッてなりそうだから、

今は、質問は目の前の疑問点に留めている。

だから、ボクのここ魂魄界に対する

知識や認識は、線でも面でもなく、

点の状態だ。

今現在、

ここでの経験と見識が点在している。

いずれ繋がっていくんだろうが

ボクには絶対的に時間が足りない。

パルポルンも、

彼独自のやり方で教えてくれる。

ただ、アルと違って、

少々スパルタな感じがするうえに、

『己で悟れ』的なとこがある。

良い意味で放置してくれるが、

構い方も半端ない。

まっ、

それがパルポルンの良いとこなんだけど・・・深く考えずに今に一生懸命になるしかない。

思ったままに行動しよう。

そう素直に思えた。


「それでいいんだよ」


また、アルが言葉を添えてきた。


「だよね・・・」


ボクも普通にそう答えた。


「これはお前の旅だ

 思った通りにすればいいさっ」


パルポルンが満面の笑みで

ボクの胸を軽くこづいた。


「まぁ~

 今回はカムイが主役だからねっ」


「そだなっ

 見つかると良いなカムイっ」


「うん・・・

 ありがとうアル、パルポルン」


そう言ってくれる二人の言葉に、

早くみつけなきゃと思い直した途端、

見つかったら、

この世界から『追放される』という

複雑な感情に襲われた。

開放じゃなくてそう感じたのは

自分がこの世界に思い切り

想いというか未練があるからだろう。

間違いなく、

ボクはこの世界を気に入っている。


「カムイ・・・

 さぁ~行こうか」


「あっ・・・

 うん」


「おうっ

 行こうぜっ」


二人の足取りが軽い中、

ボクの足取りは少々重かったが

先ほど決意した『自分の思うがまま』

という気持ちに、

後悔しないよう気持ちの切り替えが出来た。

ついさっきまで、

陽炎のように漂っていた街の片鱗が

確かな存在感を帯び、

次第に形を成し大きさを増してきた。

裁決の街/ジャッジメンタリアが

いよいよその全貌を現そうとしていた。


「見えるか?カムイ

 あれがジャッジメンタリアの中心塔

裁決の塔/キヤンセだ

 いよいよだぜっ」


パルポルンが真剣な面持ちで言い放った。

ボクもそのいよいよな時に

身が引き締まるのを感じた。

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