第五章 『精霊の森』

「・・・」


「ふふっ

 無理しなくていいよ・・・」


温かい視線を感じたせいだろうか、

優しく呼び起こされたと

錯覚する感覚で目が覚めた。

5時間程眠っただろうか

目覚めは爽快だった。


「おはよう、カムイ」


遠くも無く、近くもなく、

気負わない距離でボクを見ている。

なんとも柔らかい笑顔と優しい声だ・・・


「お・・・おはよう・・・アル・・・

 早いね・・・」


「満足できたかい?」


「ん?」


「ふっ

 覚えてないかい?」


「全然・・・」


「もう食べられないよって言ってたよ」


「ははっ・・・寝言か

 どんな夢だったんだろっ」


「夢か・・・聞いてはいたけど・・・

 人間様は不思議だね・・・」


「なんで?

 ノア族は夢見ないの?」


「あぁ

 見ないよ」


「寝てる時ってどんな感じ?」


「無・・・かな・・・」


「無か・・・なんとなくわかる・・・

 ボクら人間も

 そういう状態の時があるから」


「そうなんだ・・・」


「ところで、アルは良く寝れた?」


「あぁ

 ゆっくり眠れたよ

 因みに、

 ボクらノア族は寝溜めができるから

 寝不足というのはあまりないかな

 睡眠は1日に2時間取れれば充分

 眠れない状況の時は

 寝溜めしてる分を消化するから

 睡眠時間をそこまで

 気にしなくても平気なんだよ」


「えっそうなの?

 ボクら人間は

 毎日平均8時間睡眠が良いと

 一般的に言われてるんだよ

 寝溜めか、便利だなぁ~」


「8時間かぁ

 もったいないね」


「そうだね

 でも、そのくらい睡眠とらないと

 体が悲鳴をあげちゃうから」


「!!!っ」


あっ固まった。


「おいおいっ大丈夫?」


「悲鳴を・・・上げるのかい?

 体が・・・」


「どっ・・・どんなの想像したの?

 ・・・例えだよ例え

 体のあちこちに不調が出てきちゃうんだ

 若いうちは平気なんだけどね、

 年取ってからその反動がきちゃうんだ

 病気って形でね」


「へぇ~~~」


「ははっ」


「どうしたんだい?」


「いや

 アルも『へぇ~』って言うんだと思って

 ははっ」


「ふっ

 普通に言うよ」


「だよ・・・ね

 さてっと、顔でも洗って・・・

 って、洗面所とかも無いんだっけ・・・」


「センメンジョ?」


「うん

 水を使って顔洗ったり、

 歯を磨いたりするところ」


「あぁ~

 ないね・・・

 ノア族には水をそういう風に使う

 習慣が無いからね

 人間様は起きる度に

 そんなことしてるのかい?」


「えっノア族はしないの?」


「しないよ

 どうして汚れても無いのに

 わざわざそんなことをするんだい?」


「えっ・・・

 起きたら口の中が気持ち悪くない?

 目やにとか付いてたりとか・・・」


「ボクらにはそういった常識は無いなぁ」


「そうなんだぁ・・・

 なんか・・・便利だね」


「人間様も大変なんだね」


「そう考えると・・・そうだね

 でも・・・言われて見ると

 この状態なら平気かも・・・

 不快感がないなぁ・・・」


ノア族の体な今なら

アルの言ってることが理解できる。

本当に寝る前と変わりが無い。


「でも、

 まだ慣れないだろうから・・・

 はいっ」


とアルがまた

胸からカプセルを取り出した。


「カムイ・・・手を・・・」


そう言われたとき、

ボクははっとした。


「アル・・・あの・・・さ・・・

 アクアリンはアルが契約した妖精だから

 良く考えたら気が引けるよ・・・

 ボクが契約したわけじゃないし

 それにアクアリンにも

 相手を選ぶ権利があるだろ・・・」


アルはきょとんとして

ボクをまじまじと見つめた。


「えっ・・・?」


というアルの反応に


「えっ・・・?」


と思わずオウム返しになった。


「やっぱり人間様って

 気を遣うのが美学なんだね

 確か『遠慮』って言うんだよね、

そういうの」


「えっ?・・・

 この程度は皆普通にするよ・・・

 美学とかじゃなくて

 当たり前というか・・・

常識というか・・・」


「へぇ~~~そうなんだ・・・

 なんだか面白いね

 ここ魂魄界では、誰かが困ってたら

 普通に手を貸したり

手を借りたりってのが当たり前で

 そういう部分で『遠慮する』という

文化が無いんだ・・・

 面白いねお互いの文化の違いって・・・

 今のとこお互いの文化と常識に従って

行動したり接したりしてるから、

 気付かずに

 相手を不愉快にしてる可能性も

 あるわけだ・・・」


アルの目が

少し戸惑いにも似た感情を帯びた。


「確かに・・・」


「今まで、そういうこと無かったかい?

 あったのなら教えてくれないかな」


「ううん

 無かったよ

 アルこそ無かった?」


「あぁ

 ボクも無かったよ

 でも、今後それを気にして

 何も出来なくなるのは残念だから

 今まで通りでいこうか

 もし、そういう場面が来たら

 気付いた方が

 声を掛けたら良いよね?」


「そうだねっそうしよう

 お互い自分ららしくいこう」


「あぁ

 そうしよう

 これまで通りね・・・」


恐らくというか、

必ずこの先もいろんな事が起こる。

いろんな想定をするのもボクの癖だ。

良くも悪くも。

そうすることで、

ストレスを軽減出来てると

自分では思ってるが、

もしかしたら、

これ自体がストレスの元凶かもしれない。

しかし、そうせずにはいられない以上、

そうしていくという『流れ』に

身を任せるのが自然なのだろう。

先のことはわからない。

分からないなりに、

自分らしく抗ってみるのも

自分らしいということなのかもしれない。

いきなりは無理だから、

とりあえず意識的に気楽にいこう。

答えが出たところで、

いつも通り魂魄界にフェードインすると


「自分会議は終わったかい?」


と邪魔せずに

大人しく見守ってくれていたアルが

出迎えてくれた。


「あっ、ごっごめんっ」


「ふっ・・・

 謝ることじゃないよ・・・」


「まぁ~ね・・・

 まっこれも癖かな」


「ふっ

 本当に面白いよ人間様・・・

 というかカムイが・・・かな・・・」


「褒め言葉として聞いておこうっ」


「ふっ

 もちろんそのつもりで言っているよ」


「本当かなぁ~」


「本当だよっ」


ここ魂魄界に来て以来、

本音を言ったり思った通り行動したり

できることが増えてきたような気がする。

今のこの異常な境遇のせいなのか、

ノア族の成せる技なのか

そのどちらもなのか・・・

いずれにせよ、今は心地がいい。

少しずつ何かの歯車が

噛み合ってきている気がしていた。


「じゃ~手を・・・」


「あっありがとっ・・・

 あっアル

 アクアリンと話出来るのかなボクも?」


「出来るよ、普通に話しかけてごらん」


「アルはいいのかい?」


「ふっ

 勿論だよ」


アルがそうなのか、

ノア族がそうなのか、

ここでの『鼻で笑う』という行為からは

今のところ、何の嫌悪も感じない。


「ありがとう」


「じゃ~改めて・・・

 カムイ・・・手を・・・」


「三回目だね・・・ごめんよっ」


「ふっ・・・またっ・・・

 しばらくは慣れそうに無いね・・・」


「ははっ・・・確かに・・・」


昨日と同じように目を閉じると


「アクアリン・・・

 今日はカムイがキミと

話もしたいそうだよ」


アルがアクアリンにそう語りかけた後、

閉じた瞼の向こうで

温かく優しい光が広がった。


「カムイ・・・目を・・・」


そう彼女が声を掛けてきた瞬間、

明るさと共に、

温かさが優しく流れ込んできた。


「うわぁ~

 何回見ても・・・綺麗だ・・・」


「ふっ」


と笑うアルに


「お世辞じゃないぞっ」


と小声で返した。


「ありがとうカムイ・・・

 嬉しいわ・・・」


「あのぉ・・・」


「なぁに、カムイ・・・」


「キミはアルの・・・

 アルフのパートナーだよね・・・」


「えぇ・・・そうよ・・・」


「契約者でもないボクにまでしてくれるのは

 アルの顔をたてているのかい?」


「ふっ」


相変わらずだ・・・

とでも思ったのか

アルがいつもの調子で笑った。


「違うわ、カムイ・・・

 私がそうしたいと思ったからよ・・・」


「えっ」


ボクは告白されたかのような感覚を覚え

顔が真っ赤になるのを感じた。

何しろ、告白されることに

全く免疫が出来てないんだから

しょうがない。

勿論、告白されてないのは重々承知だが

照れるものは照れる。


「ふふっ・・・

 かわいいのね・・・

あなた・・・」


と容赦ない笑顔でボクの顔を覗き込んだ。


「うわっ・・・」


久しぶりに心臓ごと吐きそうになった。


「ふっ・・・

 カムイこういうのは苦手みたいだね」


「ふっ普通、

 こんな美人がどアップになったら

 ほとんどこんなリアクションだよっ」


「へぇ~人間様ってかわいいね・・・」


「まぁ~皆が皆じゃないけど・・・」


アルがさりげなく出してくれた

助け舟に少しほっとした。


「アルフ

 明日カムイを、

ヒラリアに連れて行くのでしょう」


「あぁ

 そのつもりだけど

 何かあるのかい?」


「いいえ・・・

 ワタシもその方がいいと思うわ」


「どうして?」


「そうした方がいいからよ」


「そうした・・・方が・・・?」


「えぇ」


「カムイ、

 明日は何か

良いことがあるかもしれないよ」


「えっ?

 どうして?」


「アクアリンの助言は吉報だから・・・」


「そうなの?」


「素敵な何かが待っているわ・・・

 きっと・・・」


ふたりのこの言葉に

勝手な信憑性を作り上げた。


「わかった

 楽しみにしておくよっ」


「えぇ」


「楽しみだね、カムイ」


「うんっ

 すっごく楽しみっ」


ヒラリア。

アクアリンのような女性?が

生まれ育つ聖域。

否が応にも高校生らしい妄想が膨らんだ。

いろんな好奇心が湧き出て、

たぶん顔はだらしなく

綻んでいたに違いない。


「ふふっ

 相当楽しみなようねっ」


「そのようだね」


・・・ボクの予想は当たったようだ。


「んっ・・・んんっ」


「ふっ」


「ふふっ」


取り繕いの咳払いも

空しい悪あがきになるのは

この世界でも同じのようだ。


「あっ・・・ありがとう・・・

 話が出来て嬉しかったよっ」


「もういいのかい?」


「うん

 またいつでも逢える・・・よね?」


「あぁ」


「私もまた

 お話出来るのを楽しみにしているわ」


「ありがとう」


「ふふっ・・・こちらこそ」


そう言うと

アクアリンはボクの頬にキスをして

カプセルの中へと消えた。


「キス・・・された・・・」


ボクは超瞬間湯沸かし器状態だった。


「キスって・・・何だい?」


「えっ・・・今の・・・

 ちゅっ・・・て・・・」


「あ~あれをキスって言うんだ

 彼女が機嫌が良い時は

ああやってリセットしてくれるんだ」


「リセット?」


「キミが望んだだろ」


「あっ・・・そっか・・・

 そうだった・・・

でも、ちゃんと覚えててくれてたんだ」


「ふっ

 カムイ、それより、

お腹空かないかい?」


とアルが小瓶をボクにかざした。


「あっ・・・そう言えば・・・

 でも、空いてないな・・・

 大丈夫・・・ありがとう」


「そうか・・・」


と取り出したきらりあんを

ウエストポーチにしまった。


「アルはいいのかい?」


「ボクらは

 寝る前に取り込むだけでいいんだ

 寝てる間に

体がしっかり吸収してくれるから

 概ね2日に1回位でいいんだよ」


「じゃ~ボクのために・・・

 優しいねキミは・・・」


「ふっ

 キミ程じゃないよ」


まったく、どっちが気遣いだ・・・

キミこそしっかり気遣いしてくれてるじゃん、

そう心でつっこんだ。


「ふっ」


「ん?」


「なんでもないよ

 じゃ~行こうか・・・」


「あぁ・・・行こう」


色んな体験をした短い一泊。

そんなお世話になった部屋に


「ありがとう」


と小声でアルが言ってるのが聞こえた。


「ありがとう」


とボクも言わずにはいられなかった。


「ふっ」


相変わらずとでも言いたげなアルが

優しく微笑みながらドアを閉めた。

木漏れ日が差し込む窓辺の廊下を抜け

階段を降り玄関に通じるフロアへ辿り着いた。

マーニャ爺は掃除をしている最中だった。


「お世話になりました」


きりの良さそうなところで

マーニャ爺に声をかけると


「ゆっくりできましたかな」


と笑顔で答えてくれた。


「えぇ勿論です

 最高に寛げました」


「それはよかった」


「マーニャ爺、ありがとう」


「いやいや

 私も楽しみなんじゃよ

 お前さん達や他の皆さんと

こうやって逢えるのがの」


「ボクもです

 また来ますっ」


ボクは来れるという確約がなかったため

アルと同じ台詞は言えなかった。


「アルフや、

 またいつでもおいでなさい

 カムイどのもまた機会があれば

いっでんおじゃったもんせ」


察してくれたのか、

マーニャ爺が優しくそう言ってくれた。

最後の方のボクに向けた言葉が、

また聞き覚えのある

方言になった気がしてはっとした。

聞き間違いだったんだろうか・・・


「はいっ

 ありがとうございます」


「ところで、今日は二人とも

 どちらに行かれるのかな?」


と社交辞令じゃない口調で尋ねてきた。


「ジャッジメンタリアに

 向かうんですが、

 途中ヒラリアにも寄るつもりです」


「ほぉ~それはそれは・・・

 ヒラリアということは

アクアリンのメンテナンスじゃな」


「えぇ

 ちょっと待ってくださいっ」


そう言うとアルが胸に手を近づけたとき


「よかよかアルフ

 ゆっくり寝かせてあげやんせ

また今度でよかよ」


「いいんですか?」


「よかよか」


「わかりました

 では、また次の機会に」


「んっ

 楽しみにしていますよ」


「はいっ

 では、行ってきますっ」


「行ってきますっ」


「んっ

 気をつけていっきゃんせ」


優しい笑顔でそう返してくれた。

マーニャ爺も所々いろんな方言が混ざり、

話の内容よりそっちの方が気になるが、

ちょっと耳障りがいい。

聞き覚えがあるからだろうか。

一緒に玄関まで出てきてくれたマーニャ爺は、

そのままボクらの姿が見えなくなるまで、

時折手を振りながら見送ってくれた。

もう来れないだろうという

哀愁にも似た感情と、

また来たいという感情が

普通に入り混じった。


「ねぇアルっ

 もしかして、

 お世話になりましたって言葉は

 いらなかったのかな・・・」


「ふっ

 いいんじゃない

 マーニャ爺も嬉しそうだったし・・・

 ボクもなんだか嬉しくなったよ、

 キミのそういうとこ・・・

 ボクは好きだよ」


こんなにしっかりはっきりと

意思表示が出来るアルのことを、

ボクも好きだし尊敬もできる。

もう逢えないかもしれないマーニャ爺と

その宿を目に焼き付けて

ボクはアルと

ヒューラリアンを後にした。


「アルっ

 ヒラリアまでは

 どれくらいかかるの?」


「ヒラリアには

 歩いて3時間程で着くよ

 大丈夫かい?」


「全然いいよ」


「良かった」


人間界での徒歩3時間はドン引きだが、

ここでは苦痛ではなかった。

何せ、目新しいものばかりだし、

体は軽いし。

時間が過ぎるのがあっという間なうえに、

疲れない。

人間界とはえらい違いだ。

ボクらが歩いているこの道、

今まで多くの人々が通ったんだろう、

しっかり整備された感じではなく

獣道を少しばかり整理したような道が続く。

この世界にもいるんだ・・・

街と離れたとこに住む人・・・

街外れなのに建物があちこちに見える。

決して密集しているわけじゃないが

嫌って離れているという感じでもない

程よい距離感で家が建ち並んでいる。

もしかして・・・

テリトリーみたいなのがあるのだろうか・・・

いやっ

今までのノア族の人々の温厚さをみれば、

それはなさそうだ・・・


「自分会議中かい?」


とアルが少しばかり退屈そうに覗き込んだ。


「あっ・・・ごめんごめんっ

 ビンゴッ」


「ビンゴ?」


「あ~当たりってこと」


「ふっ・・・次からは差し支えなければ

 ボクも混ぜてくれないかい?

 その自分会議に」


とアルが本気の眼差しでボクに笑いかけた。


「あっ・・・そう・・・だねっ

 なるべくそう心がけるよ」


「ありがとう」


「こちらこそっ」


ボクの話を、考えを

聞きたがってくれる人は

おふくろさまとエリに次いで3人目だ。

初男子だ。

そういう『友達』という存在が

ボクは素直に嬉しかった。

あちらでも、

友達がいないわけじゃないが

深い付き合いではないし

何よりボクの自分会議に興味を持ったり、

ましてや、

参加しようと試みてくれた友達は

居なかった。

だから、余計に嬉しかった。

この話はまだ照れくさくて

アルには内緒にしとこう。

アル、次の自分会議には

招かせてもらうよ・・・

と心で思った矢先


「絶対だよ・・・」


と不意にアルが言った。


「えっ・・・ボク言っちゃってた?」


「いや・・・なんとなく・・・ね・・・

 ふふっ

 ビンゴかい?」


「ははっ・・・ビンゴビンゴッ」


アルフとの距離が

だんだん近づいていくのを感じた。

親友ってこんな感覚なんだろうか・・・

決して、

自分に都合のいい相手じゃないことだけは

自覚していたかった。

小一時間ほど歩くと

わりかし大きな十字路が出てきた。

交差点ではなく十字路・・・

まさしくそんな感じだ。

何せ、まず信号が無い。

横断歩道やガードレールも無い。

そもそも、

歩道や車道という区切りも無い。

ただの大きな十字路だ。

よくよく思い起こせば、

今までの道のりで、

それらと遭遇した記憶が無いことに

今更ながら気付いた。

不思議なのかそうでもないのか

そんなことすら分からなくなるくらい

感覚が麻痺してきてるのだろうか。

そんなことを考えていると

視界の上の方に、

何かが動いているのに気付いた。

見ると、手作り感抜群の矢印が

くるくると回りながら

浮いているが見えた。

これが、ここ魂魄界での

そういう類のもののようだ。


「アルっあの矢印は何?」


「あぁ~あれかい

 あれに向かって

ヒラリアって叫んでご覧」


この時点で、

行く先を示してくれるのだろうと

容易に想像できたが

折角のアルの好意に

全力でのっかることにした。


「ヒラリアっ」

「ミギッ」

「うわっ」


「ふっ

 びっくりしたかい」


「少々・・・」


ヒラリアと叫んだ途端、

耳元で聞こえたその言葉に

心底びっくりした。

アルの反応を見る限り

アルのおちゃめだったようだ。


「ふっ

 ごめんよ

 あの印は導きの矢といって

 今みたいに聞くと答えてくれるんだ

 ただ、今カムイが経験した通り

 いきなり耳元で教えてくれるから

 最初は皆びっくりするよ

 しかも、聞かれた声の大きさに合わせて

 同じ声の大きさで答えてくれるんだ

 だから、経験者は

 みな声を調整するんだ

 結構、あちこちの

 要所要所には浮いてるから

 これからも良く見かけると思うよ」


「どうせなら重低音の男性の声じゃなくて

 明るくて優しい女性の声の方がいいなぁ」


「ふっ」


そんな会話のまま右折して歩いていると

先のほうが白く輝いていた。


「あれは何?

 あの白く輝いてる場所・・・」


「あそこがヒラリアへ向かうための

 白の大地/シラス~ルだよ」


「あそこが目的地じゃないんだ・・・」


「あぁ

 仮の入り口みたいなとこ」


「そっか・・・」


近づけば近づくほど

輝きは増すが眩しくはなかった。

3本に分かれる道を、

アルに従い

一番右の道を選んで進んでいくと

真っ白く透き通った

ガラスの砂漠が姿を現した。

光の粒子がさらさらと流れ動きながら、

ゆっくりとゆっくりとカタチを変えている。

まるで生き物のように、

何かを生み出すかのように

絶えず流動していた・・・


「ずっと見てても飽きないね」


「あぁ

 ここは人気の場所でもあるよ」


「うん

 それ、なんとなく分かる」


「さぁ~行こうか、カムイ」


「うん」


この、何処から見ても

延々と続きそうな砂漠に立ち入る事に

何の躊躇もなかったのは、

アルに対する全幅の信頼に他ならない。

と言えればいいのだが、

実際はやはり不安半分だ。

白い砂丘をいくつ超えただろう、

1時間程歩いただろうか、

いくつめかの小高い砂丘を登りきると、

眼下にいきなりフラットな砂面が現れた。

よく見ると、

大きな白砂の渦潮のようだ。

ゆったりと円を描きながら

中心へと収束しているようだが、

あり地獄のようなものではない。

あくまで平面だ。

さしずめ、

馬の居ないメリーゴーランド

と言ったところだ。

ただ、あまりにも美しく、

明確な立体こそ帯びていないが

舞踊る光の粒子が

そこに無限の空間を

織りなしているように感じた。

その場所に寄り添うように、

砂のこすれ流れる音が

歌っているようだった。


「着いたよカムイ

 ここだよ」


アルの言葉にはっと我に還った。

改めて目の前に広がる世界をみた瞬間、

ふと思い出した。


「そっか・・・

 どこか懐かしい感じがするのは

 銀河みたいだからだ・・・」


小さい頃にどっかで見た絵本に載ってた

『銀河』がそこにはあった。


「そうだね・・・」


「アル、銀河知ってるの?」


「あぁ

 ここにも人間界で言う

 宇宙という観念はあるんだ

 勿論、そのものはないけど

 そんな感じのものはあるよ」


「キラリアンとか?」


「あぁ

 あれはそんな感じだね」


何だか思いきり

親近感にも似た安堵を覚えた。


「それじゃ~行こうか、カムイ」


「うん」


そう言うとアルは、

何のためらいも無く

円の中心へ向け足を踏み出した。


「えっ?」


てっきり、

流れに乗るのかと思い込んでいたボクは、

ちょっと意表をつかれた。


「大丈夫

 流されないよ

 まっすぐ中心へ向かえばいいんだ」


そう言うとアルは歩を進めた。

アルを信用していても、

体が感じ取る感覚はなかなか払拭できない。

恐る恐る足を伸ばした瞬間、

例の金属音が聞こえると同時に

刻印が動いた。

見るとパラスが48へと減算していた。

パラスを消費すると

あまり良いことはないだけに

ちょっと身構えてしまう。

嫌な予感を払拭できないまま

覚悟を決めて1歩目を踏み出した。

大きく円を描く光の流れに

つま先が触れた瞬間、

小さな波紋が生まれ広がった。

確かに全く『流れ』を感じない、

体感としては。

しかし、目と脳が追いつかない。

一瞬大きな目眩と吐き気を感じて

しゃがみ込んでしまった。

その瞬間、

パラスの減算が頭をよぎった。


「やっぱね・・・」


「大丈夫かい?・・・」


「う・・・うん

 たぶん・・・」


「そっか・・・

 人間様には、

 この感覚は厄介なのかな・・・」


「どういうこと?」


「人間様は目で見た物を

 脳と体が予測するから、

 想定外の事には慣れるまでに

 時間がかかるんだろうね

 ボクらノア族は心で感じるから

 見た目に惑わされにくいんだよ」


「あぁ~なるほど・・・」


「じゃぁ~手をっ」


とアルが手を伸ばして来た。


「ボクが手を引くから、

 目を瞑るか、

 上を見て

 足下を見ないようにするといいよ」


『心で感じる』か・・・

人間界にも『心眼』ってあるにはあるが、

あれって誰でも習得できるもんじゃない。

ノア族はそれが普通なのだとしたら・・・

人間の方が

いろんな意味で諸いのかもしれない。

ちょっと悲観してしまう。


「ふっ

 それを続けとくといいよ」


完全に自分会議を読まれている。


「はは・・・

 そうしようかな・・・」


「ふっ」


アルのこの笑い方がボクは好きだ。

人間で言えば

『鼻で笑う』的な感覚に近いが、

意味合いはまったくの逆だ。

『優しい相づち』といった感じに聞こえる。

ま~人間にも

そんな感じの人はいたにはいたけど、

アルに逢うまで意識したことは無かった・・・


「会議中、邪魔して悪いけど・・・

 着いたよカムイ」


ゆっくりと目を開き、

次第に視界がはっきりしてくると、

目の前に光の固まりが

音も無く回っているのが見えた。

明らかに中心だ。


「さぁ・・・

 ここに手をかざして・・・」


と繋いでいた手を一緒に差し出した。

アルがもう片方の手もかざしたのを見て

ボクも見よう見まねで両手をかざした。

すると、

ゆっくりと温かい光の粒が

両の手から流れ込んで来て

二人の体を個々に包んでいった。


「温かい・・・」


全身に光を感じた次の瞬間、


「見えるかい?」


とアルの声がした。

いつのまにか瞑っていた目を

ゆっくり開くと

幾つもの緑が幾重にも折り重なった

エメラルド色の森の前に二人立っていた。


「うわぁ~~~~~~」


何回目の驚嘆だろう・・・

この感覚は、

いつも最終的には

幸福感を連れて来てくれる。

荘厳な聖域に、神聖な息吹。

神々しくもあり、

優しさに満ち溢れてもいる。

そんな相対する雰囲気を兼ね備えている。

ジュカイ~ンとは明らかに違う

存在感を放っている。

見ると、

アルが目を閉じて

何やらこの森に呟いている。

話しかけちゃいけない気がしたボクは

アルの口元に釘付けになった。


「・・・・・・・・・・・」


口パクか・・・

何も聞こえない。

しかし『何か』は言っている。

言い終わるのを待つ事にしたが


「経過報告をしたんだよ」


とアルフがいきなり口を開いた。


「しょっ・・・

 少々びっくりした・・・」


勝手にもう少しかかるだろうと

高をくくっていたため

普通にびっくりした。


「ふっ

 ごめんよ、驚かせたかい?」


「い・・・いや・・・

 ボクが勝手に驚いただけだから・・・」


それにしても、

この心地よさは癖になる。

ボクはアルにぞっこんだなと

軽い笑いがこみ上げた。


「・・・?」


アルが少しだけ不思議そうに

ボクを見つめたが

勿論、ボクは気付かぬ振りをした。


「で・・・

 報告?

 この森に?」


「あぁ」


「中の誰かにじゃなくて、ここで?

 誰もいないのに・・・」


と言ったと同時に

『もしかしているのか?』という思いが

頭をよぎり、辺りを見回した。

すると、

それは辺りどころではなく目の前にいた。

しかも、おそらく最初からここにいる。

認識した瞬間、

急に存在感という気配に気圧された。

びっくりはしたが、

畏怖や嫌悪を感じるプレッシャーはない。

ただ、見た目同様、

徒者ではないオーラを纏っていた。


「見えたかい?」


「うん・・・見えた・・・」


下半身は地中に埋まっているのだろうか

上身だけだ。

この時、センゴクの鎧武者が頭を過ぎった。

上半身だけで3メートル程ある。

ゴーレム?

サイクロプス?・・・

紛れも無くゲームや漫画からの発想だ。

・・・あ~この想像力・・・

どうにかならないものか・・・

自分のキャパが可哀相になる。


「彼はこの森の守護者なんだよ」


「守護者・・・名前は?」


「名前?・・・

 そういえば、

 聞いてなかったな・・・」


アルが珍しく

いぶかしげな表情を浮かべていたが。


「あの・・・

 あなたの名前は・・・」


と、どこかぎこちなく

少しだけ恥ずかしそうに

アルがその守護者に尋ねると


「ワレ ナヲトワレルハ

 200ト15ネンブリナリ・・・

 ワレハ『ウロボロス』

 コノモリデ 

 サイセイヲ 

 ツカサドルモノ」


「ウロボロスか・・・

 ウロボロス、毎回ありがとう

 そして、ごめんよ

 いつも、当たり前のように行き来してて

 肝心な事忘れてたよ

 それに、カムイも・・・

 ありがとう」


先ほどとは違い、

いつもの落ち着き払ったアルが

そこにはいた。


「コレ ワレノ ヤクメ

 アタリマエノコト シテル」


「それでも、ありがとう」


「オマエ イイヤツ」


ウロボロスが

無表情のまま微笑んだように感じた。


「ウロボロスか・・・

 名前もかっこいいね」


次の瞬間、

いつもの刻印の音が響いて

アテナが50に戻ったかと思った矢先に、

また音がして49に減算した。


「アル・・・

 今、アテナが50に戻ったと思ったら

すぐに49に減ったよ」


「あぁ

 なんとなくわかる・・・」


「えっ?

 そうなの?」


「あぁ」


なんでって聞こうと思ったが

思い直して聞くのをやめた。

自分でこれからの出来事を意識して

確かめてみたくなった。


「カッコイイ・・・

 ナマエモ

 ナマエモ

 ・・・モ・・・

 ナマエモカッコイイ・・・

 ワレ オマエ キニイッタ

 オマエモ コノモリ イレル・・・」


「えっ・・・もしかしてボク、

 普通に入れないとこだった?」


「そんなことはないはずだけど・・・」


とアルが不思議そうに軽く頭をかしげた。


「オマエ ニンゲンサマ 

 ニンゲンサマハ コノモリ ハイレナイ

 ダケド ワレ オマエ キニイッタ 

ダカラ イレル」


「そうなんだ~

 人間様は入れないんだ・・・

 知らなかった」


アルにも知らない事があるんだと

ちょっと不思議に思えた。


「ニンゲンサマハ 

 カンシャヲワスレテシマウ イキモノ

 オモウニ ニンゲンサマ 

アクアヲ ソマツニスル

 ダカラ ニンゲンサマ イレナイ 

ワレ キメタ」


「前にそういうことがあったのかい?」

「ナイッ」


アルが興味深げに聞き終わる前に、

喰い気味に即答されていた。

それはそれで面白かった。


「え~~~

 ないの?」


と思わず

アルより先にツッこんでしまった。


「ハハッ・・・」


とアルが失笑したが、

どちらへの失笑だったのかは聞かなかった。


「フタリ ハイル ワレ イレル」


すると、

大きな両の手を自分の胸に当てがい、

ゆっくりと左右に開くと

胸の部分だけではなく

ウロボロスそのものが

まっぷたつに開いた。

そのウロボロスの

先なのか奥なのかに

ジュカイーンより明るい

緑の世界が広がっていた。


「ありがとう

 ウロボロスっ

 行こうっ

 カムイっ」


何の躊躇もなく潜るアル。

ボクはアルと違い

慎重と言うよりは恐る恐る

ウロボロスの胸の辺りに足を進め

紫色のオーロラのようなものを

ゆっくりと潜った。


「フタリ イレタ ワレ シメル」


そう言うと、

扉なウロボロスがゆっくりと閉まって

森に溶け込んで消えた。

思った以上にすんなりと

あっさりと入れたことに

若干、拍子抜けした。


「あれっ・・・

 ウロボロスは?」


「いるよここに

 彼はこの森そのものなんだ」


「相変わらず凄いね・・・

 この世界はびっくり箱だよ・・・」


「今日はカムイのお陰で

 ボクは余計楽しいよ」


「それ・・・

 喜んでいいの?」


「もちろんっ」


アルがテンション高いと

ボクまでテンションが上がる。

心地よい相乗効果だ。

外の世界と同じく

透明感あふれる世界。

違いといえば、

外の世界より明るい。

それぞれが同じ系統の色合いだが

こちらはパステル調だ。

そういう意味で明るい。

避ける草達、

透き通る木々。

そのどれもが

外の世界では見かけないものばかりだ。

小一時間ほど歩いただろうか

不意にアルが立ち止まった。


「カムイっ

 あれ見てごらん」


アルの指差した方を見ると

歩いてる・・・

ネギが・・・


「ん?・・・」


ざっと見10本以上のネギの行進だ・・・


「あっ・・・」


「ふっ・・・

 見えたかい?」


草陰から見えたのは

何とも小さいアクア達だった。

アクアだから・・・

小アクア・・・

子アクア・・・

のいずれかだろう。

小悪魔みたいな響きだ・・・

いや、そんなことはどうでもいい。

それにしても小さくてかわいい・・・

個性的で透明感のある

パステルカラーを纏った

人型うさぎの子供達の行列だ。

向かってる先を見ると

先頭に大人なアクアがいる。

先生だろうか・・・

紫水晶のようなアメジストカラーの肢体。

限りなく際どいがちゃんと服を着ている。

セクシーの限界に

挑戦でもしてるかのような

挑発的な服を・・・

体のラインがはっきりわかる

ぴたっとした純白の生地に

金色の装飾を施した

シンプルにド派手な服だ。

見られることを明らかに意識してるが、

アクアリンとは別物の艶気を発している。

すこぶるテンションが上がった。


「ふっ

 気に入ったみたいだね」


「あっ・・・」


アルが笑っているところを見ると

ボクの視線も妄想もばれてるようだ。


「もっ・・・

 もちろん・・・」


自分のこてこてのリアクションに

少し赤面した。

改めて子アクアに目をやると

先ほどから見えていたネギは

造り物だとわかった。

どうやら先頭を歩く先生の

日傘的なきのこを真似ているようだ。

何でネギなんだろうか。

まだ、えのき茸の方が

近い気がするんだが・・・

あればの話だが。

それにしても先生の艶っぽい歩き方まで、

全身全霊まんま真似して歩いている。

先生のあれはわざとだろうか・・・

ある意味、挑発だ。

目の毒ならぬ、目の得だ。

もしかしたら

目の徳になるかもしれない光景に見とれた。

子アクアも楽しそうに、

しかも全力で模写している感じに、

双方の意気揚々が伝わってきた。

軽快に揃った足音に合わせるように、

そよぐ風が草木を従え

心地よい音楽を奏でてるようで

なんとも癒される光景だ。

子供らしくてかわいい・・・

先生は艶っぽい・・・

あっ・・・

ん?

そういえば、

ここ魂魄界に来てから

子供というか

子供なノア族を見たことがない・・・

形跡や痕跡のようなものにも

気付かなかった。

ただ単に、

ボクの注意力がなかっただけなのか、

タイミング的に

遭遇しなかっただけなのか、

それともボクが気付かない位小さいのか・・・

そう考えると

余計『子供』という感覚を新鮮に感じた。


「イ・・・ムイ・・・カムイ~~~~~」


とアルの声で自分会議が幕を閉じた。


「おかえりカムイっ

 次はボクも招待してくれるんじゃ

 なかったのかい?」


とアルが笑いながらつっこんできた。


「あっ・・・だったね・・・

 ごめんごめんっ」


「ふっ

 冗談だよ

 でっ今回は何の会議だったんだい?」


「あぁ・・・

 あの花を抱えてるのはアクアの子供

 なのかな?って・・・」


「あぁ

 あの子達は、

 正真正銘アクアの子供だよ

 あ~やって

 日々色んなことを学んでるんだ」


「学校・・・みたいなもの?」


「あぁ

 人間界でいうそれに当たるね」


「へぇ~

 この世界に来て

 初めて子供を見た気がしたから、

 何だか新鮮というか・・・」


「あぁ・・・

 そうか・・・

 ノア族の子供は

 普通には見ることは出来ないんだよ

 生まれてすぐ育成される場所で

 ある程度大きくなるまで育てられるから

 そこから出る頃には

 見栄えはみんなほぼ青年なんだ

 それは、また今度、詳しく教えるよ」


「うん

 楽しみにしとく・・・

 にしてもアクアの子ってかわいいね

 ちっちゃ~いっ」


「あぁ

 でもあ~見えて

 意外としっかりもしてるんだよ」


「へぇ~そうなんだ~

 教育がしっかり出来てるんだね」


「アクアは特にね・・・」


「強制?」


「キョウセイ?」


「あっ・・・

 無理やりってこと」


「あぁ・・・

 半ばね

 でも絶対ではないよ

 ただ、アクアも外に出るには

 身だしなみと躾が必要だから

 外に出たいなら必須かな、一応」


「そっかぁ・・・

 で、これは何の授業なの?

 挑発とかそんな感じ?」


「ふっ

 カムイ、キミは面白いね」


「えっ?

 どこが・・・」


とその時、

視線を感じて振り向くと

アクア先生と子アクアみんなが

こちらを見ていた。


「うわっ

 少々びっくりした」


普通にびっくりした。


「アルフ

 お久しぶりね

 アクアリンのメンテナンスね?」


「あぁ

 久しぶりアルテイシア」


「元気そうで良かったわ・・・」


「ありがとう

 キミも変わりなさそうだね」


「えぇ

 今日もパーフェクトよ

 ところで、

 今日は変わったお客様と一緒なのね」


「あぁ

 こちらはカムイ

 ボクの友人だよ」


「あっ・・・

 初めましてっ

 カムイと言います」


「初めまして、カムイ

 私はアルテイシア

 ここは気に入ってもらえたかしら?」


まるで、

全てを見透かしてるかのような質問に

ドキッとした。


「はい・・・

 物凄く・・・」


「ふふっ

 それにしても、

 よく入れたわね」


「えっ?

 あぁ

 ウロボロスが入れてくれたんだ」


「そう

 相当気に入られたみたいね」


「そうなのかなぁ」


「ふふっ

 ゆっくりしていってね」


「ありがと・・・」


「邪魔してごめんよ、アルテイシア

 続けておくれ・・・」


「ふふっ

 ありがとう

 また、逢いましょうアルフ、カムイ」


そう言うと、

投げキッスにウインクという

美人の代名詞が飛んできた。


「ふっ

 あぁ

 また逢おう」


「はい・・・ぜひ・・・」


「ふふっ」


「ふっ」


完全に照れて舞い上がったボクに

子アクア達が追い討ちをかけるように

一斉にアルテイシアの真似をしてよこした。


「うわっ

 あっ・・・ありがとっ」


「ふふっ」


「ふっ」


「うふふふっ」


皆に笑われたが、

悪い気はしなかった。

子アクア達の模写の完成度の高さに、

末恐ろしさすら感じた。


「では・・・」


「あぁ」


「じゃぁ」


「でわっ」


セクシー真神アルテイシア率いる

セクシー予備軍に、

心底付いて行きたかった気持ちを

理性と根性で押さえ込んで見送った。


小径を10分程歩いただろうか、

空腹のせいなのか

少し足取りが重くなった。

注意力が散漫になり

辺りをキョロキョロしていると

美味しそうな果物を見つけた。

見た目スモモみたいだ・・・

ぷりっぷりにたわわに実っていて、

それはそれは美味しそうだ。


「話しかけてごらん」


凝視していたボクに気付き

アルが声を掛けて来た。


「話し・・・かける・・・?」


「あぁ」


何かが起こるのは明白で、

不快なことではないのも

今までの経験上想像できたため、

声を掛けてみることにした。


「・・・やぁ」


次の瞬間、

一斉にそのスモモ達が振り向いた。


「やぁ~」

「やぁ~」

「やぁ~」


鈴生りな輪唱だ。


「うわっ

 少々びっくりした」


実ひとつひとつが個体だ。

って言うか生き物だ。

流石にこうくるとは・・・


「声を掛けると、

 喜んで返事してくれるんだ」


「しょ・・・

 少々びびったよ・・・」


「ふっ」


「木が返事することは想定できたけど

 実が全部返事してくるなんて・・・

 ははっ」


「彼女らはちゅもも」


「ちゅもも?

 なんだか強制的にかわいいね・・・」


すももっぽいちゅもも・・・

なんだろうこの安易なネーミングは・・・

彼女と表現するだけあって、

見た目かわいい。


「気に入られると

 付いて来ちゃうから気をつけて」


「これが・・・?」


「これじゃないよ・・・」


「あっごめん・・・

 この子達・・・」


「あぁ」


「それにしても、かわいいねっ」


「きゃ~~~」


ちゅもも達が一斉に照れた。


「あっ・・・」


「えっ・・・

 もしかして・・・」


「ビンゴっ」


「えぇ~~~

 今のでもう気に入られちゃったの~」


「あぁ」


「ハードル低いね・・・」


「ハードル?」


「あっ簡単というか・・・」


「あぁそうだよ

 だから皆あまり声を掛けないよ

 ふっ」


「えっ・・・」


これはアルの悪戯じゃなく

ボクへ体験させてくれたに違いない。

最後、笑ったけど

きっとそうに違いない・・・


笑ったけど・・・


「で、

 なんで付いてこられると大変なんだい?」


「直にわかるよ」


歩き出すと、想像通り、

まんま木が歩いて付いてくる。

のっさのっさと・・・

当たり前だが、

足元の草達は避けてくれている。

歩いてる側のちゅももの木も

他の木の枝に当たらないように

器用に避けながら付いてきている。

互いに避けあっているせいか、

ちゅももの木の歩き方は

ある意味怖い。

そんな光景とは裏腹に、

実のちゅもも達は

楽しげに歌いながら

葉も実もひとつも落ちることなく

右に左に揺れている。

暫く歩くとそれは起きた。


「あぁ~~~

 たちゅけてぇ~

 ひっかかっちゃったぁ~~~

 ひっかかっちゃったぁ~~~」


と後ろで輪唱している。

いろんな意味でハッとした。

なんとも嬉しそうに困っている。

初体験のボクもまんざらでもなかった。


「はは・・・

 もうわかったよアル・・・」


「かわいいだろ

 この先しばらくこんな感じに

 頼られちゃうよ」


「あれ、わざとだよね・・・

 だってここの草木は

 避けるはずだもんね・・・」


「ふっ」


暫くという単語が気にならない程

いろんな想像が膨らんだ・・・

枝がひっかかってるのをアルと解くと


「ありがとぉ~」


と、ちゅもも達が輪唱のように答えた。

その後、転んだり、ひっかかったりと

想像通りのお茶目っぷりで

助けを求めてきてたが

ようやく飽きてくれたのか、

それとも制約でもあるのか

立ち止まってくれた。


「ここが気に入ったようだね」


「気に入った?」


「あぁ

 彼女らは移動するのが好きなんだけど

 ああやって声を掛けてもらって

 気に入る相手じゃないと

 付いて行けないんだよ」


「気に入る相手と言っても

 ハードル低いけどねっ」


「ふっ

 あぁ

 そしてお気に入りの場所が見つかると

 こうやって、また定着するんだ」


「そっか・・・」


声をかけると、

また気に入られるといけないと思い、

手だけ振った。


「きゃ~」


と輪唱が聞こえ


「あっ」


と、思ったことが口を突いて出たが、

時既に遅し・・・


「ふっ」


「ほんっとハードル低いな・・・

 ってか、

 ここが気に入ったんじゃないの?」


「ここより、

 キミの行動の方が

 気に入っちゃったんだろうね」


「ははっ・・・」


こうしてまた、

しばらく賑やかなハイキング状態となった。

デジャブのような時間を楽しみながら

いよいよお別れの時がきた。


「気に入ったようだね」


「らしいね」


ボクらは、

彼女らが定着したのを見届け

その場を離れた。

気に入られないように

細心の注意を払いながら・・・


暫く何事も無く歩いていると、

今度は足元が何やら賑やかなのに気付いた。

足元を見るも何も無い。


「・・・」


ところが、アルが急に立ち止まって


「そのまま動かないで

 そっと足元を見てごらん」


と小声で囁いた。

そっと見ると、

足下をそそくさと這い回る・・・

卵・・・?


「うわっ・・・」


「ふっ」


体長にして5cm程だろうか・・・

白い卵型だが、何か描いてある。

ただ早過ぎて読めない。


「足だけ・・・はえちょる・・・

 しかも何か書いてある?」


「・・・」


アルの意図的な沈黙と同時に、

その卵が立ち止まった。


ボクの前に・・・


「ん?・・・

 蹴ってもいいよ・・・?」


今度は読めた。


「ふっ」


アルが笑った次の瞬間、

足下に20個くらいの卵達が

茂みからわさささ~っと出てきて

ボクの足を

けしけしけしけしっと蹴ってきた。

痛みは全くないが、


踏みつぶしそうで動けない。


「ねっ暫く動けなくなっちゃうんだ

 ふっ」


また笑った・・・

やっぱ確信犯か・・・

最近アルのお茶目な性格が

微かに見え隠れする。

仲良くなれた証拠だろうか・・・

ただ、今度は『暫く』が

ちゃんと把握できた。

今回も彼らか彼女らかはわからないが、

どちらにしろ飽きるまで待つ事にした。

蹴っては蹴り疲れて

体全体で息をしながら休憩。

蹴っては蹴り疲れて

体全体で息をしながら休憩。

また蹴る・・・

また休憩する。

次第に休憩の方が長くなってきた。


「明らかに疲れてきてるよね・・・」


「ふっ」


微笑ましい光景が3分ほど続いたが

暫くにしてはえらく長く感じた。

飽きたのか、疲れたのか、

何かのリミットなのか

一斉に、しかも明らかに疲れた様子で

ゆっくりと散って各々隠れたが

残念なのか意図的なのか

先っちょが見えてる。


「頭隠して・・・ってか

 頭が隠れてないな・・・」


「基本1回だけだよ」


「1回?」


「あぁ」


「基本ってことは・・・」


「あぁ

 呼べば喜んで出て来るよ」


「かまってちゃんなのかな・・・」


「あぁ」


「名前は?」


「・・・またんご」


アルが小声で言った。


「えっ?

 何?

 またんごっ?」


ネーミング云々を気にする前に、

聞き取りの復唱の声が大きくなった。


「あっ」


「あっ」


「ふっ」


いつの間にか

もう一人がそそくさと這い回ってる。

気付いてもらうのありきで・・・

しかも今度は何気に嬉しそうだ。


「今度はなんだか嬉しそうだね・・・」


「アンコールだからね・・・」


「意図的ではないけどね・・・

 ははっ・・・」


「ふっ」


「でっ・・・

 止まってくれないかな・・・

 読めないよっ」


その言葉に、

ぴたっと立ち止まるとくるりとまわった。

一応裏表があるようで、

裏、つまり背中に文字が書いてあるようだ。


「かん・・・

 いやいやいや・・・

それは辞めとくよっ」


「ふっ」


『噛んでも良いよっ』

と書いてあったが

流石に得体が知れないだけに

噛まれるのは怖い。

するとまた走り出して

茂みに隠れているつもりの仲間と

大袈裟にハイタッチのように

頭らしき部分をごっつんこして交代した。

割れるんじゃないかといらぬ心配をした。

まったく・・・

隠れたいのか目立ちたいのか、

行動がちぐはぐだ。

選手交代してきたまたんごは

今度は意図的にボクの前に止まった。

自分から・・・

明らかに意識して期待している。


「それならいいよ・・・

 すりすりしていいよ」


また、

一斉にわさわさと出て来て

ボクとアルの足にすりすりしている。

同行者も連帯責任なんだと今気付いた。

ちゃんと距離感がわかってるようで

上手にすりすりしている。

しかも何気に誠心誠意、一生懸命だ。

暫く二人で、この微笑ましい光景を

傍観していた。

良く見てみると、

みんなの大きさは

ほぼ均一で色も統一されて真っ白、

足が生えててかわいくがに股だ。

この子達は、

彼らだろうか、彼女らだろうか。

何気に気にはなるが

この際どちらでもいいか・・・

あと、文字は自分で操作できるようだが、

皆がみんなできるんだろうか。

だとしたら、

当番制なんだろうか・・・

そんな自分会議をしていると

また3分程でさらら~とはけた。

後姿が何とも疲労感抜群だが満足げだ。

アルはどちらかというと

ボクに満足げなようだった。

皆が一応に隠れたのを二人で見届け

その場をゆっくりと後にした。


気を取り直して歩いていると、

辺りが薄く紅色がかってきたように感じて

木々の合間から見える空を見上げると

空も紅色がかっていた。


「夕方?」


「ユウガタ?」


「あ~人間界じゃ太陽ってのがあってね

 大雑把に言うと

 それが昇ってる間は朝、昼、夕方、

 それが沈むと夜って言うんだ

 夕方ってのがその太陽が沈む頃でさ

 人間界じゃ夕焼けって言って

 朱色に一帯が染まることがあるんだ

 逢魔の刻とか、

 マジックアワーとか言われたりもして

 幻想的で神秘的な瞬間なんだよ」


「あぁ

 夕焼けって聞いたことあるよ

 綺麗らしいね」


「うん

 綺麗だよ

 だから

 ここもそんな感じかなと思ってさ」


「なるほど

 でも、

 ここのはちょっとそれとは違うよ

 直わかるから行こうっ」


「そうなんだ・・・

 わかった行こうっ」


そう言って、1分も歩かないうちに

いきなり視界が大きく拓けた。


「うわぁ~~~

 これかぁ・・・」


「あぁ」


目の前が一瞬でピンク色に染まった。

しっとりと薄紅色に輝く大きな湖が

辺り一面を桜色に染めているようだ。

畔には、見たこともない樹木や草花が

華を添えるように咲き乱れている。

ありとあらゆる桜色が織り成す景色が

百花繚乱を思わせる絢爛ぶりだ。

薄い紅色で描かれた水墨画を見ているような

優しい迫力と力強い生命力を感じた。


「凄いね・・・」


「あぁ

 何回来ても見飽きないよ」


「だろうね・・・」


「この湖はサクライア

 神聖な場所だから、

 この湖にはアクア以外は入れないんだ」


「だからか・・・」


「ん?」


「いや・・・

 景色が桜色に変わるちょっと前くらいに

 少し空気が変わったから・・・」


「あぁ~

 ちょっとした警告だよ」


湖に近づくにつれ、

威圧感を感じたとまではいかないが

本能的に足取りが重くなったのは、

そのためだったようだ・・・


「あれっ・・・

 あんな大きな樹・・・

ん?

樹・・・だよね・・・

最初からあったっけ?

 何で気付かなかったんだろう」


明らかに、

樹木ではない大樹が聳えている。

脈々と流れ動く桜色のそれは、

生命の鼓動を無防備に露にしながらも、

力強くそれでいて優しく

何かに呼応するかのように

軽く明滅している。

目を凝らすと、

桜の花びらが舞い散るように

ハラハラと降り注いでいる。

本物の花びらかと錯覚するほど

柔らかく温かくゆっくりと舞いながら

何かを護っているようだ。

その樹の幹の中に

何かのシルエットが微かに見えた。


「えっ?」


ボクのほうを向いていたアルが、

ちょっとびっくりした様子で

湖に向き直った。


「うわっ」


そう声を上げると、

慌ててその樹から目を逸らした。

アルの焦ったところを初めて見た。


「何なにっ?」


「カムイっ

 見ちゃだめだっ」


「えっ?」


そう言われて、

ボクも咄嗟に目を逸らした。


「なに?

 どうしたの?」


「アクアの誰かが

 『祈りの儀』をしてるんだよ」


「祈りの儀?」


「あぁ

 ボクも初めて見た

 いやっ見てはいないけど」


「どっちじゃ

 でも、何で見たらいけないの?」


「祈りの儀は

 身に何も纏わずに行うらしいから・・・」


「え?

 裸?」


「あぁ」


「ノア族も裸とか恥ずかしいの?」


「普通に恥ずかしいよ・・・」


「アルも恥ずかしい?

 自分のも?

 他人のも?」


「も・・・もちろん・・・」


そう言ってアルが苦笑いした。


「ちょっと意外・・・」


「どうしてだい?」


「隠し事とかしなさそうだし

 他人を笑ったりしなさそうだから

 そういうことは平気なのかな~って」


「ふっ

 そういうことはしないと思うけど

 ただ単に恥ずかしいんだ」


「そうなんだ・・・」


新たな距離感と親近感が生まれた。


「音が消えた・・・

 終わったようだよ」


「音?

 何か音が聞こえてた?」


「あぁ

 微かにだけど、水の音がね」


「全然わかんなかった」


「ふっ」


二人ほぼ同時に湖へと目を移した。

そこには先ほどの大きな樹は無く

静寂な湖がただ広がっていた。


「ありっ

 樹が無くなってる」


「ふっ

 無くなったんじゃないよ

 あれは水源樹/ウルオスって言って

 ここサクライアの水が

 祈りの儀の際に創り出す

 神聖な神樹

 祈りの儀が終わると

 また水に戻るんだ」


「へぇ・・・

 で、祈りの儀って何?」


「アクアがここヒラリアを

 出る準備ができたら

祈りの儀で身を清めるんだよ

もっと盛大にしてるのかと思ったけど

独りでひっそりとするようだね・・・」


「あれ、ひっそりじゃなくない?」


「それもそうだねっ

 ふっ」


「人間界で言う

 『成人式』みたいなものかな

 アル、

 アクアリンに聞いたことなかったの?」

「あぁ

 そういうことをすることは

 前に聞いてはいたけど

詳しくは・・・」


「そうなんだ・・・」


「それはそうと、

 ここ魂魄界の水は

全てこの湖から生まれるんだよ」


「なんか・・・なんとなく

 そんな気がしたよ」


ヒューラリアンのこともあり

『もしかしたら』

と頭のどこかで想定をしていた分、

びっくりはしなかったが、

少しだけ

感じの悪い返事になったような気がして、

心の隙間に自己嫌悪の風が吹いた。


「ふっ

 そんなことないよ」


「えっ?」


「それよりほらっ見てごらん

 対岸にアクアがいるよ

 でも祈りの儀をしてたのは

 彼女じゃないなぁ」


一瞬の自分会議で

謝るタイミングを逃した。


「ふっ」


「ん?

 どうしたの?」


「何でもないよっ」


「・・・

 で、何でわかんの?」


「彼女はサクライアの様子を

 見に来てるからだよ

 彼女が連れてるあれは

 マタンカって言って

 ここヒラリアにしかいないんだけど

 キミたちの言う

 鳥というものに似てるかな

 マタンカがサクライアの上空を舞って

 その様子をあのアクアに伝えるんだ

 ああやって毎日

 サクライアの状態を管理してるんだよ」


「へぇ~

 ボクらで言う鷹匠みたいな出で立ちだね

 狩りでもするみたいだ」


「タカジョウ?

 カリ?」


「あっそうか・・・

 そういう概念じゃないんだっけ

 鷹匠っていうのは

 鷹とか鷲という鳥を飼いならして

 主に食料になる他の動物を

 捕まえてこさせる人のことだよ」


「人間界ではやはりそうなんだね・・・

 他の生き物を食べる・・・

 ボクらには想像もできないよ・・・」


「ボクらの世界は弱肉強食なんだ

 現場を見ないだけで、

それは常にどこかで行われているんだ

 何かと複雑な思いになるよ

暗黙の了解みたいな世界だから

 でも絶対に今の世の中では、

まだ必要なことなんだ・・・」


「そうなんだ・・・」


少しだけ、アルの表情が曇った。


「ん?

 あれ、会話してるの?」


「ん?

 あぁ

勿論話せるよ

 人間界の鳥は話せないのかい?」


「うん・・・

 人間と鳥・・・と言うより

 人間は動物とはほとんど話せないよ

 鳥も含めて動物の中には

人間の言葉を真似る事ができるのは

 たまにいるけどね

 ここは話せるのか・・・

 じゃ~食べられる心配はないね・・・」


「話せると食べられないのかい?」


「意思の疎通が難しいから

 平気なんじゃないかな・・・

 だから

 ああやって意思の疎通が出来ると

 お互い普通に敬えるから

 食べられないと思うよ」


「ウヤマウ?」


「あ~お互いに尊敬というか

 対等に見れるというか・・・

 ま~こういう考え方が

人間臭いのかな・・・

 上とか下とか・・・」


「よくわからないけど、

 難しいんだね、

人間様の世界は・・・」


「格差やら差別やらは無くならないし

 それに人間には様々な欲求があって、

ある程度はそれに従順だからね」


「そうなんだ・・・」


「見習いたいよ、ここを」


「ふっ

 あっそうそう

 ここの水には触れてはいけないよっ」


「どうして?」


「ここサクライアの水は特別でね

 アクア達は免疫が出来てるからいいけど

 アクア以外が触れるとかぶれちゃうんだ」


「そうなんだ・・・

 分かった

 気をつけるよ

 それにしても綺麗な色・・・」


と、次の瞬間、

刻印の音と共に

アテナが50へと格上げされた。


「んっ・・・」


アテナが増えたということは・・・

と考えていると

右の茂みから人影が現れた。


「うわっ・・・なにっ・・・」


こちらを気にする様子も無く、

一人のアクアが

ゆっくりと湖に近づこうとしていた。


「あの・・・」


思わず声を掛けたが反応が無かった。

ボクもアルも

そのアクアの美しさに

目が釘付けになっていたが

どうも様子がおかしい。

怪我をしているのか、

病気なのか、

足取りがおぼつかないまま

ふらふらと湖に近づいていたが

力尽きて倒れこんだ。


「あっ」


二人して全力で駆け寄ってみると

ピクリとも動かない。


「ねぇっ

 大丈夫っ?」


声に反応しない。

呼吸はしている。

気を失っているようだ。


「カムイ、彼女を見ててくれるかい?

 ボクは助けを呼んでくる」


「うん

 頼むよアル

 ここはボクが見とくよ」


「あぁ

 じゃ~頼むよ

 あっ、くれぐれもこの湖の水に

 触れないようにね」


「わかった

 アルも気をつけてっ」


「あぁ

 じゃ~行ってくる」


そう言うと、

アルは今来た小径には戻らず、

向かうべき方向の藪に飛び込んで

まっすぐ走って行った。


「うわ・・・」


『至急』を知ってか、

足元の草も先読みしているかのように

俊敏に避けてくれているようだ。

傍から見ると

ちょっとばかり不自然で

怖い光景だった。

それもだが、

アルの身軽さと速さに

おもいっきりびっくりした。


「う・・・ん・・・ん・・・」


アルについての自分会議が

始まろうとした矢先

微かなうめき声と供に

そのアクアが意識を取り戻した。


「み・・・ず・・・」


そのアクアがか細い声で

そうつぶやいたのが聞こえた。


「ちょっと待って」


アルとの約束が

ほんの一瞬頭をよぎったが、

その時には既に、

その湖の桜色の水を両手ですくって

そのアクアの口元へと運んでいた。

すると彼女は口からではなく

耳・・・いや耳じゃない・・・

触覚?

ほぼウサギの耳の形をした

触覚らしきものでその水を吸収した。

すると、

見る見る彼女にピンク味が増してきて

ほんのりと輝き始めた。


「うわぁ~~~~」


たったこれだけの水で、

こんなにもピンクに輝くなんて・・・

それにしても綺麗だ・・・

あれ・・・?

そういえば、さっきまで

ただのピンクじゃなかったっけ?

光に目が慣れてきたせいか

彼女の肢体が浮き彫りになってきた。

ピンクはピンクだが、豹柄だ・・・

ウサギっぽいなりに、ピンクの豹柄・・・

見る分にはさほど戸惑わないが

言葉で表現すると何ともややこしい・・・


「ん?」


良く見ると、

模様の一つ一つがハート型を意識したような形をしている。


「へぇ~~~お洒落だな~」


と凝視していると、

ボクははっとして

顔が充血するのを感じた・・・

言えば、

成人女性の恐らく裸体をまじまじと

見てることに気付いたからだ。

少しきょどってしまったが、

何かを掛けようと辺りを見渡すと

急に影が差し、

丁度いい大きさの葉が二枚、

上から舞い降りてきた。


「えっ?」


見上げると

大きな木がボクの行動を察してか

自分の一部を

ボクのために落としてくれたようだった。


「ありが・・・とう・・・」


ボクは早速、まだ朦朧としてる彼女に

その葉をかぶせた。

美しく透き通ったその葉を・・・

想像通り完全に透けてる・・・

でも、何も無いよりはましだ。

きっと光の屈折が・・・

という何の気休めにもならない言い訳の中、

気持ちの問題だと自分に言い聞かせた。

そんな中、聞き慣れた刻印の音がした。

アテナがなんと53へと

一気に3も格上げされた。


「えっ?」


自分会議の準備を始めようとした瞬間、


「ふふっ」


と彼女が小さく笑った。


「あっ・・・

 み・・・見てないよ・・・

 はっ・・・

 いやっ・・・ちがっ・・・

あのっ・・・

だっ・・・大丈夫かい?」


おもいっきり、

絵に描いたようにきょどった。

自分でも笑えて

複雑な感情が入り乱れた。


「ふふっ・・・

 大丈夫?・・・

ありがとうですの・・・」


そう言うと

彼女はふっと上半身を起こした。

やはり耳?触覚?のせいか

やたらと大きく感じる。

威圧感はないが存在感は抜群だ。


「手を見せて欲しいですのっ」


「えっ?

 あ・・はいっ」


「かぶれてないですの・・・

 どうして・・・」


そう言えば、

アルもそんなこと言ってたっけ・・・

人間のボクには害はないのか・・・


「不思議・・・

 痛みとかないですの?」


「あ・・・うんっ

 大丈夫っ」


「そう

 なら良かったですの

 私はラフレシア

 助けてくれてありがとうですの・・・」


「あっ・・・いやっ・・・

 もう一人いるんだけど、

助けを呼びに行ってて・・・

 あっ・・・ボクはカムイ・・・

ここでは・・・」


「ここでは?」


「あっ何でもないよ、ごめん。

 あとそのもう一人は

アルフって言うんだ・・・」


「カムイ・・・に・・・アルフ・・・

 素敵なお名前ですのっ・・・」


「キミの名前も素敵だよ・・・

 ラフレシア・・・

確か花の名前だよね?」


「えっ?

 初めて聞きましたですの・・・

花の名前・・・

嬉しいですの・・・」


「あ~この世界には無いのかな

 ラフレシアって花は・・・」


「この世界?」


「あっいやっ何でもないよ・・・」


「・・・誰か・・・

 近づいてくるですの・・・」


藪に目を向けると、

姿は見えないが

確かに音と気配が近づいてくる。

走って近づいてくる

いくつかの足音に

アルだと確信していたためか

恐怖感は無かった。


「カムイっ」


と息せき切ったアルが飛び出てきた。

そう言えば、

アルが慌ててるとこも初めて見た。

その後に続いて二人のアクアが姿を現した。

黄緑のアクアと水色のアクアだ。


「あれっ・・・

 彼女・・・

 大丈夫なのかい?」


とアルが言い終わらないうちに

二人のアクアは

ラフレシアに寄り添っていた。

ラフレシアの両脇に、

向かって左に黄緑のアクア、

右に水色のアクアが

それぞれ座している。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


何かを唱えているようだ・・・


「アル、彼女はラフレシア

 詳しくは後で・・・」


「あぁ、わかった

 でも無事で良かったよ・・・」


程なくして三人とも立ち上がった。

そのラフレシアの立ち姿に、

もう何も心配がいらないことを悟った。

と同時に

その三人の艶っぽさに釘付けになった。

アクアは何故、

こうもみんな艶っぽいんだろうか・・・

美人とかかわいいとかじゃなく、

醸し出すオーラというか艶気。

中でもラフレシアには

特別なものを感じた。


「カムイ、アルフ・・・

 二人ともありがとうですのっ」


「良かったわね・・・

 ラフレシア・・・」

「良かったわね・・・

 ラフレシア・・・」


双子かってくらいにまるかぶりした。


「ふっ」

「ははっ」

「ふふっ」

「ふふっ」

「ふふっ」


そういう些細なことで皆が和んだ。

そんな心地よい余韻に浸る間もなく

黄緑のアクアが口を開いた。


「さぁ、行きましょう」


「行く?」


「あぁ・・・

 彼女らの暮らす場所アクアリース。

 アクアリンのメンテをするとこだよ」


「あっ、そっか・・・

 それが目的だったもんね・・・」


ボクらは5人で

美しい桜色の湖サクライアを後にした。

それにしてもここはなんとも美しい。

パステルカラーな景色のせいで

ラフレシアって子もそうだが

黄緑色と水色のアクアも

見失ってしまいそうだ。

そんな森を5分程歩くと

恐らくそれであろう建物が

木々の間に見え隠れしてきた。

考えると、

道は違えど

この距離をアルは走って

彼女らを呼んできてくれたんだと思うと、

その気持ちと行動に

心からアルという『友達』の存在に

感謝した。


「ありがとうアル・・・」


前を歩くアルに聞こえぬよう、

声に出さずに口元だけで伝えた。


「さ~

 もう、そこだよ」


アルに促されて視線を移すと、

先ほどまで見え隠れしていた

白い建物がようやくその全貌を現した。

真っ白い壁を纏った大きな教会らしき建物。すぐさま目に飛び込んだのが、

銀色に輝くとんがり頭の5本の塔だった。

中央の塔を最長に左右に二本ずつ。

左右どちらも端の塔が中央の塔の次に高い。5本の塔にはそれぞれ窓が見えた。

中央の塔には5つ、

左右の端の塔にはそれぞれ4つ、

残りの2つの塔にはそれぞれ3つあり、

そのうちの中央の塔の真ん中の窓だけ

大きなステンドグラスのようになっている。その塔の天辺には

『らしく』金色の鐘が見てとれた。

建物自体は3階建てのようで、

その5本の塔と融合している。

5本の各塔の中央付近を

アーチ上の渡り廊下のようなものが

繋いでいて、

ぱっと見、ティアラのようだ・・・

そんなカタチとオーラを放っている。

その入り口付近に

一人の白銀のアクアが佇んでいるのを見て

ボクらの前を歩いていた3人のアクアが

いきなり立ち止まり片ひざをついて

頭を垂れた。

佇んでいたアクアは

ゆっくりと三人に近づき声を掛けた。


「ご苦労様ふたりとも・・・

 ラフレシアも大丈夫ですか?」


「はいですのマザー」


「初めてのことで緊張したのかしらね・・・

 ゆっくりお休みなさいな・・・」


「はいですのマザー」


「あなたがたもありがとう

 お客様も無事連れてきてくれたのね」


「はい、マザー」

「はい、マザー」


3人を優しく気遣った

マザーと呼ばれるアクアのオーラに

安らぎを覚えた。

そのマザーと3人のアクア達は

二言三言交わし

一緒に来た3人のアクアは

マザーにお辞儀をした後、

ボクらにかわいく小さく手を振って

建物へと入っていった。

3人を見送ったマザーと呼ばれる

白銀のアクアは

今度はこちらに向き直って

我が子を迎えるように

愛に満ちた表情で

優しくボクらに微笑みかけてきた。


「アルフ、お帰りなさい

 早々お世話をかけましたね

 ありがとう

 心から感謝します」


「ただいま戻りました、マザー

 こちらこそお役に立てて光栄です

 それに、彼女を介抱してくれたのは

 カムイです

 こちらが、カムイ

 ボクの友人です

 カムイ、こちらはマザー、

 ここの守護者だよ」


「あなたがカムイ 

 ようこそ、アクアリースへ

 あなたにも大変お世話をかけましたね

 ありがとう

 心から感謝します」


と直ぐにボクにも視線を投げかけてくれた。


「はじめまして

 カムイと言います」


と会釈したボクを

マザーはまじまじと見つめながら


「あなた・・・」


と何か言いかけて、

言葉を飲み込んだが直ぐに続けた。

アルもそこに触れることは無かった。


「よくいらっしゃったわね

 ようこそ・・・

 歓迎します」


「あっ・・・あの・・・

 ボクはさっきサクライアの

水に触れてしまいました

 アルからは触れないように

念押しされていたんですが・・・

 すいません・・・」


「そうなのかいカムイっ?

 体に異変はないかいっ?」


「うん

 なんともない・・・」


恐る恐る視線をマザーに向けると

先ほどの笑顔のまま


「あの水に触って何ともなかったのなら

 何も心配はいりません

 ここにもアナタにも

 何の波紋も見受けられませんから

 心配なさらなくて結構よ

 さぁどうぞ・・・

 お入りなさいな・・・」


とマザーが建物内へと

ゆっくりとした口調で招き入れてくれた。


「行こう、カムイ

 でも、本当に何とも無いかい?」


「あっ・・・あぁ

 大丈夫っ

 ごめんよ」


「キミが謝ることじゃないよ

 何ともないのなら良かった」


マザーに続いてアル、ボクの順で

15段程ある階段を上って

白く輝くその建物に融合した

真ん中の塔の入り口に着いた。

今まで気付かなかったが

この塔への入り口はドアではなく

細かい模様を施されたレース状の

真っ白なカーテンになっていて

らしく、左右に吊り上げられるようにして

ボクらを迎え入れてくれた。

建物に入ると、まっすぐ伸びる

清潔感漂う廊下が出迎えた。

横一列で5人程並んで歩けるくらいの幅、

天井までは7~8メートル位あり

廊下の天井全てが

天窓になっているようで

柔らかい明るさに満たされている。

その白い廊下に木漏れ日が

影模様を落としていて、

風に揺れる木々が

絶えず模様替えをしている。

音も無く変化し続ける模様に、

目を奪われた。


「カムイ?」


「あっ

 ごめんっ」


「大丈夫かい?」


「うんっ

 見とれてた」


「ふっ

 綺麗だものね」


「うんっ」


堅苦しくない規律感と

静寂ではない静けさに包まれていて

自然とリラックスできた。

そんな廊下の左右に、

それぞれ3つずつの扉が

ほぼ等間隔に、

しかも左右対称に並んでいる。

10m程先にある廊下の突き当たりには

他の扉と違い、いかにも重要そうな

両開きの扉になっている。

そのひと際目を引く扉に

パンさんの屋敷の

装飾された扉を思い出した。


「さぁどうぞ」


ボクらは左の一番手前の部屋へと通された。マザーの部屋らしく

パンさんの部屋と同じくらい大きく

装飾品もずらり並べられていたが、

パンさんのそれとまた違った趣で

『奥ゆかしい優雅さを纏った質素な美』

という感じのものばかりだった。

マザーが、机の上にあった

ゆりの花のようなオブジェを軽く振ると

なんとも心地よい

鈴の音のような風が響き渡り

どこからともなく

例の椅子らしき物体が

二つふわふわと現れて

ボクとアルの目の前で待機した。


「あ・・・」


「どうかしたかい?」


「いや・・・

 これなら大丈夫」


「ふっ」


こちらの椅子もどきには

しっぽが生えていなかったため

ほっとした。


「どうぞ、お掛けになって

 お疲れでしょう」


その言葉に甘えて、

ボクはパンさんのときと同じ要領で

それに飛び乗った。


「マザー、

 早速ですがアクアリンを・・・」


「えぇ」


マザーの返事と同時に、

アルがアクアリンを呼び出した。

何回見ても見飽きることの無いその姿に

ボクはまた釘付けになった。


「マザーっ

 お久しぶりですっ」


と大人の妖艶なオーラを発していた

あのアクアリンが

まるで母親に甘えるかのように

無邪気にマザーへと駆け寄って

抱きついた。


「お帰りなさい、アクアリン

 幸せのようね

 安心したわ」


とアクアリンの頭を撫でるマザー、

どこから見ても母娘の対面だ。


「アルフ、

 いつもこの子を大切にしてくれて

 ありがとう」


「いえ

 こちらこそ、

 心から感謝してます」


そう言って

アクアリンに優しい視線を向けた。

アクアリンもいつもの凛としつつも

優しい表情でアルを見つめていた。

愛情にも似た

『深い信頼という絆』

への若干のジェラシーを感じたが

心から二人の関係と幸せが

永遠に続くことを願った。


「ではアクアリン

 早速いってらっしゃい」


「はいっ、マザー

 じゃ~行ってくるわね

 アルフ、カムイ・・・

 また明日ね」


そう言うと足取り軽く部屋を出た。

アクアリンを見送って

アルも例の椅子に飛び乗った。


「メンテ・・・かい?」


と小声でアルに聞くと

アルが頷くより先に


「私達アクアは1年に1回、

 心身ともにメンテナンスを行うのです

 主を得たアクアはその時、

 主との現時点での相性がどうなのかも

 確認できるの

 いわば、二人の意思確認も兼ねた

 相性診断のようなもので

 更新するかどうかの意思表示も

 確認させてもらうのよ

 とは言っても

 今まで一度も解消された方は

 いらっしゃらないですけどね・・・」


とマザーが教えてくれた。


「お互いが幸せじゃないとね・・・」


と独り言のつもりだったが


「あぁ

 これは主従関係じゃないから・・・」


とアルが応えた。


「そう・・・お互いの為・・・」


とマザーが満ち溢れた笑顔で

微笑みかけてくれた。


「疲れたでしょう

 お部屋に案内するわ

 明日までそこで寛いでください」


そう言うと、

先ほどのゆりの花のようなオブジェを

軽く振った。

先ほどとは

音色が違って聞こえたような気がした。

すると、

10秒もしないうちに

ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ、お入りなさい」


とマザーが優しく促すと、

先ほどの黄緑のアクアが

部屋へと入ってきた。


「お二人をそれぞれお部屋に

 ご案内してあげて」


それぞれ?

別々の部屋?

別に怖くはないのだが、

初めて独りになる不安が頭をよぎった。

そうこう考えていると


「マザー、ボクらは同じ部屋で・・・

 かまわないかい?カムイ」


と見透かしてるかのようにボクへと振った。

相変わらずの洞察力だ。

これに何度救われたことか。


「うん

 ボクはその方が・・・いいかな」


と苦笑いするボクに


「ごめんなさい、気が利かなくて

 では、折角だから天空の間へお通しして」


とマザーが

ボクらから黄緑のアクアに

視線を移しそう伝えた。


「わかりましたマザー」


「お二人ともごゆっくりね」


「ありがとうございますマザー」


「わがまま言ってすいません」


ボクがそう言うと、


「私の方こそ気が付かなくて

 ゆっくりなさってね」


と優しい笑顔で返してくれた。


「おやすみなさい」

「おやすみなさい」


「おやすみなさいお二人とも」


挨拶を交わして部屋を出た時、

小さい頃感じたお袋様の温もりにも似た

温かさを感じた。

マザーというのが

名前なのか単なる呼び名なのか

いずれにしてもぴったりだと思った。

案内されたのは右側の一番奥の部屋だった。ドアの前に来ると、


「二人とも今日はありがとう

 私はアルテミス

 私からもお礼を言うわ」


「誰でもあ~するよ、きっと」


「そうね

 それでも、ありがとう」


「どう・・・いたしまして」


と照れるボクを見て

アルが小さく笑ったのが見えた。


「ここよ

 ゆっくり楽しんでね」


とドアを開けてくれた。

楽しむ?

その表現に微妙に引っかかったが、

次第に慣れてきたのか、

自己解決できるようになってきた。


「ありがとうアルテミス」

「ありが・・・と・・・う・・・」


礼を言い終わらないうちに、

ボクは部屋に目を奪われた。

そこには不思議な空間が広がっていた。


「うわぁ~~~」


このボクの反応を見て

二人が笑ったのがわかったが

ボクはその光景から目を離せずにいた。


「おふたりさん、おやすみなさい

 また明日ね・・・」


「ありがとうアルテミス

 また明日・・・」


それを聞き遂げたアルテミスが

ドアを閉めた。


「あっ・・・アルテミス、

 ありがとう・・・」


ボクのそれはもう届いていなかった。

扉から漏れていた廊下の光が

完全に消えたことで

完全に空中浮遊している錯覚に

また平衡感覚を失った。


「凄い・・・

 足元に空がある・・・

 うわっ」


「大丈夫かい?」


「微妙・・・

 まだ感覚と思考がリンクできてないよ」


「大丈夫、ここはちゃんと部屋だから

 下は床だし周りは壁、上は天井だと

 認識した上で浮遊感を楽しめばいいよ

 一回、目を瞑って部屋を意識してごらん」


「わかった」


アルの言う通り、

目を瞑って四角い部屋をイメージした。

足元が床、頭上が天井、周りは壁。

呪文のように何回も繰り返し唱えながら

ゆっくりと目を開いた。


「はいっ

 まだ無理ですっ」


「ふっ

 手を繋ごうか?」


「大丈夫・・・

 なんとなくコツがつかめてきたような

 気のせいのような

 あっ・・・

 いけるかもっ」


「良かった

 歩けそうかい?」


「うん」


とは言え、

そんなにすぐに体が慣れてはくれない。

踏みしめる一歩一歩に勇気と覚悟を要した。


「凄いね・・・

 大気圏ってこんな感じなのかな・・・」


「タイキケン?」


「うん

 地球と宇宙の狭間のこと」


「地球ってキミ達、

 人間様が住んでる惑星だよね

 宇宙はその外にある

未だ未知の世界」


「良く知ってるね」


「あぁ

 昔、マーニャ爺に聞いたことがあるんだ

 タイキケンってのは

 聞いたことないけど・・・

 マーニャ爺は宇宙とか星座とか

いろいろ詳しいから

 話を聞くのがとても楽しいんだ」


「へぇ~

 ボクも聞いてみたいな」


「今度一緒に聞こう

 ワクワクするよ」


「うん

 聞きたい」


心からそう思った。


「あっ

 ほうき星っ」


「流れ星・・・

 ここで見れるなんてな~」


「ほうき星なら、

 もっと凄いとこがあるよ

 今度、行こうっ」


「うんっ

 行きたいっ」


「カムイっ見てごらん

 オーロラだよ」


その言葉にアルを見ると、

うつ伏せになって

両手の平をあごの下に重ねて

遥か奥で靡くオーロラを

目を輝かせて見ていた。

オーロラと言う

言葉と存在があることに対する疑問が

頭から飛ぶくらい、

アルの意外な一面と

その眼下の光景に見入った。


「ははっ

 オーロラが足元にあるなんて・・・

 まるで宇宙飛行士にでもなった気分だ」


「・・・」


アルは何も反応せずにただ見入っていた。

二人で無言のまま見入っていたが


「今日はいろいろあって疲れたろ

 もう寝ようか」


とアルが切り出した。


「そうしようか・・・」


ボクもアルと同じ体勢でいたため

手が痺れていたが

アルはそうでもなさげだった。


「そうだ

 今日は一緒に床に

大の字で寝るってのはどうだい?」


おもむろなアルの言葉に

手の痺れが消えた。


「あっそれいいね~」


そう言って、

お互いに隣同士で仰向けに直って

大の字に寝転んだ。

広げた手が床に着いた瞬間に

痺れが消えたのが勘違いだったとわかった。

空と宇宙の狭間を漂ってる気分・・・

体中の力が抜け、

この上なくリラックスできた。


「これ・・・癖になるね」


「本当だね・・・」


オーロラのベッドに天の川の布団、

これ以上贅沢なベッドはない。

いつまで見てても飽きる気がしなかった。

気付くとアルは寝息を立てていた。

それに安心したのか

ボクもゆっくりと

その天空へと溶け込むように

深く眠りについた。


遠くからフェードインしてくる、

聞き覚えのある音。


ノックだ。


アルが起き上がりドアを開けると

そこには、

昨日ボクらを部屋へ案内してくれた

アルテミスがいた。


「おはよう

 楽しめたかしら?」


「あぁ

 素晴らしい体験ができたよ

 ありがとう」


「それは良かった

 カムイ、あなたは大丈夫?

 起きれる?」


「うん・・・

 おはようアルテミス

 大丈夫

 起きれるよ」


「支度が済んだら

 マザーが部屋に来てくださいって」


「わかった」

「わかった」


ボクらの返事を聞き遂げると

笑顔のままドアを閉めた。

周りを見渡すと

上品な丸太小屋のような部屋だった。

よく見ると半透明だ。

これが夜になると透けるんだろうか・・・

結局、仕掛けは分からずじまいで

聞くのも野暮だと思い聞かないことにした。

『夢のような不思議な部屋』

それでいいと思った。

アルと支度を終え、

確認してから部屋を出た。

明るい廊下をマザーの部屋へと向かう中、

誰とも出会わなかった。

マザーの部屋の前に着くと

少しの緊張感が芽生えた。


「カムイ?」


「あっ・・・

 何でもないよ

 大丈夫っ」


アルはボクを気にしながらも

マザーの部屋のドアをノックした。


「どうぞ

 お入りなさいな」


と相変わらずの優しい声に

安堵を覚えつつ部屋へと入った。


「眠れたかしら?」


「溶けました」


思わず口を突いて出たボクの言葉に

アルもマザーもクスクスと笑った。

しばらくすると、

アルテミスがマザーの元へと尋ねてきて

ボクを見て何かを話している。

耳打ちしてるわけではないが

ボクには聞き取れなかった。

するとマザーが嬉しそうに


「そうっ

 それが叶えば

 それは喜ばしいことね」


と言いながらボクらの方に向き直った。

改まったマザーの雰囲気に

ボクもアルフも失礼の無いように

座りなおした。


「実は、

 あなた方が助けてくれたラフレシアが

 カムイ、あなたと契りを結びたいと

 申し出てるようなのです

 よろしければ検討していただけるかしら」


ある程度のことには

免疫が付いてきてはいたが、

こればかりは完全に想定外だった。


「えっ」


とボクが

ありきたりな反応をするのと同時に


「カムイっ

 凄いことだよこれはっ」


とアルがテンションマックスで

ボクの手を握ってきた。


「すごいの?」


と何もわからないボクに


「普通はアクアにお願いするカタチなのに、

 アクアからの申し出なんて

聞いたことないよ

 マザー滅多に無いですよね、

こんなことっ」


と先ほどのテンションのまま

アルがマザーに話を振ると


「三人目かしら・・・

 私達アクアから指名するなんて・・・

ふふっ」


と、ちょっと嬉しそうに

マザーが笑った。


「どうかしら、カムイ・・・

 前向きに考えてもらえないかしら」


そんな

マザーからのお願いに高揚したが、

同時に冷静な自分も降りてきた。


「でも、ボクは・・・」


と言い掛けると


「分かっています

 あなたは人間様

 しかも、直、人間界へと戻る運命

 それも分かってて言っているのよ

 それに、彼女もそれを承知したうえでの

申し出よ」


と全てを見透かすような

美しい瞳と優しい口調で

ボクを飲み込んだ。


「カムイ・・・

 自分の心に従えばいいんだよ

素直に・・・正直にね」


いつものアルがボクに静かに促した。


「いいんですか・・・

 ボクなんか・・・」


卑屈に言ったわけではなく

いろんな感情が迷走して出た言葉だった。


「あなたがいいそうよ

 直接聞いてみてくださるかしら?」


「・・・はいっ」


とは言ったものの、

どういう顔をすればいいのかわからず

体が硬直した。

そのやり取りを見届けた

黄緑のアクアが

嬉しそうに呼びに行った。

なんだろう・・・

動悸がする、

吐き気も出てきた。

久しぶりの感覚だ。

完璧に緊張してる・・・

そんなときいつも助け舟が出る。

ポンポンッとボクの背中を神が叩く。

こんな時、

アルはボクにとっての神になる。

絶対的な存在感・・・

絶大の信頼がそこにはある。

まさに、落ち着くその瞬間、

心持ち不安げなノック音が

静まり返った部屋に鳴り響いた。


「どうぞ、

 お入りなさいな」


とマザーが促すと、

ゆっくりと扉が開いた。

そこには、

彼女を先頭に

廊下いっぱいに色とりどりのアクアが

集まっていた。


「扉も皆もそのままでいいわよ、

 ラフレシアはお入りなさい・・・

 ふふっ」


とマザーが笑った。

その笑いのタイミングに

違和感を感じたが、

マザーの視線を辿った先に

その答えがあった。

廊下いっぱいのアクアの視線の中、

その興味本位の眼差しとは

明らかに異質な

まっすぐな眼差しを向けていた彼女と

視線が繋がった。

恐らく、

マザーが話しかけたときには

既にこちらを直視していたのだろう。

だから、

思わずマザーが

笑ってしまったのではなかろうか。

と、またいつもの現実逃避に

片足を突っ込みかけたが

あまりの視線に半ば強制的に

現実に引き戻された。

彼女が部屋に招きいれられた時の

和やかな雰囲気から一転、

張り詰めた空気が部屋を覆っていた。

彼女の揺るがない真剣さが

そこにいた皆に伝染したかのように

しんと静まり返っていた。

本人以上に、

ボクを含めた皆が

緊張しているのがわかった。


「ラフレシア」


その空気を察したかのように

マザーが優しく口を開いた。

その言葉に、

彼女の肩の力が抜けた。

周りからも

ため息が聞こえそうなくらい

空気が軽くなったが

ボクは逆に緊張が増した。


「ゆっくりでいいわラフレシア

 カムイ、あなたも

 あなたのままでいいのよ

 いつものあなたで」


この言葉でボクも幾分軽くなった。

優しく続けたマザーに目を向け

両手を胸の前で握り締めた彼女の仕草に

ボクは釘付けになった。

そう、

他人事のように彼女に見とれていると

急に彼女が振り返って

ボクはびっくりした。

その様子を見た彼女は、

ほんのりと笑みを浮かべた。

その笑顔に

ボクも自然と笑みがこぼれた。

嬉しいのか、緊張してるのか

彼女の耳がぴくぴくっと跳ねるのが

余計にかわいく愛おしく感じた。

必然のように視線が逢う。

勿論、照れ隠しなど出来ないままだったが

自然と向き合えてる気がした。

すると、意を決したかのように

彼女の眼差しが風を宿し

ゆっくりと口が開かれた。


「昨日は

 気にかけてくれてありがとぉですの」


明らかに照れているのがわかったが、

勿論、

それ以上にボクの方が照れていた。

その瞬間、

また違った緊張感が芽生えた。


「もう・・・

 大丈夫なの?」


「はいですの・・・」


「良かった」


「ありがとうですの」


と初デートのような

緊張感とぎこちなさが

初々しく新鮮だった。

しかし、

そんな雰囲気を楽しめる余裕などない。

彼女の緊張感が

ボクの緊張感に拍車をかける。

俯いてるボクの視線の先に

服の裾を握り締めた

彼女の小さな手があった。

その手がさらにぎゅっと

握り締められた。

その変化にボクは彼女の表情を伺った。

すると、ついに意を決したかのように、

伏し目がちだった彼女も顔を上げた。

必然的に視線が繋がった。


「・・・・・・・」


2分か1分か・・・

いやもっと短いであろう

緊張と恥ずかしさ全開のまま

互いに目を離せないでいると


「あの・・・ですの・・・」


「はい・・・」


「あのぉ・・・」


「はい・・・」


「あのっ・・・

 私を連れて行ってくださいですのっ」


その言葉に

急にシンッとその場の空気が止った。

同時に、

そこにいた皆の呼吸も

一瞬で止まったのが分かった。

そして続けざまに


「断らないでっ」


と小声で

『祈り』のように呟いたのが聞こえた。

何処か聞き慣れた感じの声と口調に

安堵感がこみ上げてきた。

まるで走馬灯のように

色んな感情と情景が入り乱れる中、

つんつんっと

肩を軽く突かれて我に返ると

アルが視線でボクをせっついた。

彼女が目の前で

大人しくボクの返事を待ってくれている。

先ほどと同じく

耳がぴくぴくっと跳ねていた。


「あっ・・・ごめんっ・・・

 本当にいいの?

 ボクなんかで・・・」


「あなたがいいですの・・・」


「でも、長くは一緒にいれないよ・・・

 たぶん・・・」


「それでも・・・

 あなたがいいですの・・・」


なんともほのかな性格だ。

まるで陽だまりのようだ・・・

さっきまでの照れは消え、

真剣な眼差しが彼女の心の内を表していた。

それと同時に、

自分の都合しか考えていなかった自分に

自己嫌悪が芽生えた。


「?」


ラフレシアが、

と言うより、恐らくそこに居た皆が

ボクに違和感を感じてるような気がした。


「カムイ・・・」


アルの言葉にハッと我に還った。

その後押しのお陰で、

素直に気持ちを伝える勇気が宿った。


「改めて・・・

 ボクの方からお願いします

 一緒に来てください・・・

ラフレシア・・・」


「はっ

 はいですのっ」


その瞬間、

このやり取りを

周りで息を殺して静観していた

アクア達から

大きな黄色い歓声があがった。


「きゃ~~~っ」


「良かったわねラフレシア」


「おめでとうラフレシア」


「いいな~ラフレシア~」


様々な

思い想いの祝福の言葉が飛び交った。

この時、

ボク自身さっきまでの緊張感が

全く消え失せていることに気付いた。

スイッチが入ったようだ。

お陰で、

穏やかな心と自信に満ちた責任感が

心地良かった。

ラフレシアははしゃぐことなく

満面の笑みでボクをみつめてくれている。

それに反して

周りに居たアクア達は

皆笑顔で騒動している。

その輪の中には、

アルもマザーも混ざっていた。

祝福されている中、

たぶんボクが一番嬉しかった。


「良かったね、

 カムイっ、ラフレシアっ

 ボクも嬉しいよっ」


と自分のことのように喜んでくれているアル。


「あの刻印の意味もわかっただろっ」


とアルがボクにウインクした。


「あっそっか・・・

 アテナが変動したんだっけ・・・」


と考えていると、ちょこんっと横に佇み

ボクの手をきゅっと握るラフレシアに

温かい感情が芽生えた。


「これからよろしくねっ

 ラフレシア」


と自然と口を突いて出たボクに


「はいですのっ」


と心地よいテンポで返してくれた。


「良かったわねラフレシア

 しっかりね」


「はいですのっマザー」


マザーもラフレシアも

多くは語らなかったが

親子を思わせる絆で

繋がっているように感じた。


「一つだけいいですか?」


「何かしら?」


「もし、ボクが

 ここから急に消えたりしたら

 ラフレシアはどうなるんですか?」


「大丈夫ですよ

 私達アクアは

 ここ魂魄界を出ることはできないの

 もし、そういう状況になった場合は

 サクライアのウルオスに

 呼び戻されるわ

 だから、心配はいらなくてよ」


「そうなんですね

 その後はまた、

 新しい主を持つことも

 出来るんですか?」


「勿論出来ます

 そういう相手が現れれば」


「そっか・・・」


「キミは・・・

 ふっ」


アルが何か言いかけてやめた。

ラフレシアに目をやると

少しだけ物寂しそうにしていた。


「あっラフレシアっ

 変な意味じゃないからっ」


「はいですのっ」


笑顔でそう返事をしてくれたラフレシアに

色んな意味での覚悟が必要なんだと

改めて思い知った。

そこにいた皆が諸手で喜べないような

空気を作ってしまったのではないかと

後ろめたさも感じたが

そこに居たボク以外は

全てを理解してる様で

先程の雰囲気はそのままそこにあった。

そんな微妙な空気の中、

喜びやまぬアクア達の間を縫って

一段と輝きが増した

アクアリンが戻ってきた。

アクアリンはそのまま

ラフレシアにまっすぐ近づくと

満面の笑みで声を掛けた。


「良かったわね、ラフレシア

 彼、いい主よ

私が保証するわ」


「はいですのっ

 お姉さまっ」


笑顔で祝福するアクアリン。

その言葉に、

ラフレシアも嬉しそうに頷いた。


「アルフ、ただいま

 ありがとう

 今日はいろんな意味で特別な日ね」


「あぁ

 最高な日だね」


アクアリンも主の元に無事、帰還だ。

二人が、

まるで夫婦のようなオーラに包まれている。

若いがかなりお似合いの

年季の入った夫婦に見えた。

二人に見とれていると、

それに気付いたアクアリンが

ボクの顔を覗きこんで


「カムイっ

 ラフレシアをよろしくね」


と軽くウインクをした。


「うん」


ボクがラフレシアの手を引き寄せた時、

アテナが52に減算した。

ラフレシアはそれに便乗するように

軽く腕を組んできた。

経験の無いボクは

その感触に赤面しきりだった。

その様子が可笑しかったのか

祝福の笑顔で包まれていたアクア達から

一気に違う笑いが巻き起こった。

ゆっくりと幸せな時間が流れる。

これが本当の幸せなんだろうかと

想像した瞬間だった。

お祝いムードが覚めやらぬ中


「行こうか、カムイ」


とアルが振ってきた。


「えっ、折角だからゆっくりしていいよ

 アクアリンも友達とゆっくりしたいだろ」


「アクアはテレパシーみたいなもので

 繋がってるのさ、常にね

 感覚を共有することが出来るんだよ、

 どこにいてもね

 それに、ボクらも

 来ようと思えばいつでもこれるから

 今はカムイ、キミが最優先だ

 アクアリンも賛成してくれてるよ」


まただ、また、ボクのため・・・

ノア族の習性というより

完全にアルの人間性?ノア性?だ。


「アル、ありがとう

 でも、あまり自分を

 犠牲にしないでくれよっ」


「大丈夫だよ

 カムイは気にし過ぎなのさ

 前にも言った通り、

 ボクらは

 自分の想いに従って行動する

 したいからしてるだけだよ

 誰のためとかじゃなくて

 自分の為なんだよ

 だから気にする必要はないんだよ、

 カムイ」


アルの真剣で優しい顔の後ろに

アクアリンが覗いて

またウインクして見せた。


「ありがとうアル、アクアリン

 いいのかいラフレシア?

 もう出発しても」


「アナタと一緒なら

 何時でも何処でもいいですのっ」


「あっ・・・ありがとう

 じゃ~出発しよう」


そう言って4人で顔を見合わせた。


「一日でも早く

 あなたの願いが叶うといいわね」


そう言うマザーの言葉が

何を意味してるのか

少しだけひっかかった。


「ありがとうございます」


それ以上、

気の利いた言葉が出てこなかった。

それを分かってか、

アクアリンが間を取り繕ってくれた。


「ではマザー

 行ってきます」


「えぇ

 楽しんでらっしゃい

 また逢えるのを

 楽しみにしていますよ」


「私もですマザー」


いつもなアクアリンの口調だったが

少しだけ名残惜しそうに聞こえた。


「ラフレシア

 あなたも

 あなたらしくね・・・」


「はいですのっ

 マザー」


ラフレシアも明るく応えてはいたが

目は潤んでいた。

大袈裟な別れの挨拶とかが無かったことに

少々拍子抜けした。

一応、人間界で言えば

卒業とか旅立ちの節目の日だろうに

こんなにもあっさりでいいんだろうかと

思わずにはおれなかった。


「これでよろしいのですよ

 アルフの言った通り、

 いつでも通じているのです

 あなたともよ、カムイ

 だから安心してお行きなさいな」


流石に心を読まれるのにも慣れてきた。


「わかりました

 ありがとうございます

 行ってきます」


帰って来れる保障は無かったが

何故か『行ってきます』という言葉が出た。

そんな月並みな挨拶を交わし部屋を出て

先ほどの大きな廊下を出口の方へと進んだ。

途中、気配を感じて振り返ると

一番奥の左側のドアがパタリと閉まった。

そこにいた全員が振り返った。


「ん?」

「・・・」


「今日

 おいでになった方よ・・・」


とマザーが教えてくれた。

少々気になりつつも

そのまま出口へと向かった。

外に出ると、昨日と同じ

パステルな景色が広がっていた。

マザーの方に向き直るアルに気付き

ボクも慌てて向き直った。


「お世話になりましたマザー」

「お世話になりました」


危なく置いてけぼりをくらうとこだったが

アルがボクのタイミングに合わせて

一呼吸置いてくれたお陰で

変な間も出来ることなく挨拶できた。


「こちらこそ

 お世話になりました・・・

 ありがとう

 アナタ達の願いが叶うことを

 願っているわ」


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


アクアリンとラフレシアの声は

聞こえなかった。


「いつまでも護られますように・・・」


そう言って、

マザーはボクらに金色の風を纏わせた。

その金色の風は、

個々を螺旋状に包み込み

体に溶け入るようにして解けた。。


「さぁ、行ってらっしゃい

 我が子たち

 聖なる水のご加護があらんことを」


マザーが少しだけ名残惜しそうに

それでいて強い母のように

ボクらに微笑んだ。

付いてきていた他のアクア達も

名残惜しそうに胸元でかわいく手を振った。


「行ってきますですのっ」


と皆に両手を振って応えるラフレシア。

対して


「じゃ~またねっ」


と片手で応えるアクアリン。

出で立ちも仕草も対照的な二人に見えるが

感じる温かさは同じだった。

ボクらもアクア達も

お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。


「それにしてもアル、

 アクアのメンテナンスって早いんだね」


「あ~培養カプセルに

 半日程入るだけだからね」


「そうなんだ」


するとアルが


「アクアのメンテは

 ちょっと艶っぽいよ

 ふっ

 自分のパートナーのメンテなら

 見ることができるんだ」


と小声で言った。


「聞こえてるわよアルフ

 ふふっ」


とアクアリンに優しく窘められた。

興味津々、聞く気満々だったが、

お陰で、どんなだったのか聞けなかった。


「ふっ

 ごめんよアクアリン」


まるで恋人だ。


「カムイ、

 見たいんですの~

 私のメンテナンス」


「あっいやっそのっ・・・」


一瞬で赤面したのが自分でもわかった。

そのボクの挙動を見た三人がどっと笑った。


「からかうなよぉ~」


「ラフレシア、

 あなた見る目があるわよ」


とアクアリンがラフレシアにウインクした。

黄緑の森を30分程歩くと

アクアリンとラフレシアが

同時に立ち止まった。

すると二人が同時にボクらより半歩前に出て

呪文のようなものを唱え始めた。

ボクとアルは半歩下がってそれを見ていた。

すると、

今の今まで気付かなかったが

ウロボロスが目の前に立ちはだかっていた。


「あれっ・・・

 いつのまに・・・」


「今二人が呼び出したんだよ

 この森を出るにはマザーに拒否されるか

 アクアの呪文がないと

 この森を出ることはできないんだよ」


「へぇ~そうなんだ・・・」


「オオ オマエ イイヤツ 

 オレ オボエテル」


ウロボロスがボクに話し掛けてきた。


「やぁウロボロスまた逢えたね

 嬉しいよ」


「オマエ ホント イイヤツ 

 オレ オマエ ダイスキ」


「えらく気に入られたね、カムイ

 ふっ」


「ウロちゃんが気に入るなんて

 珍しいわね」


「ウロちゃんっ

 だめですのっ

 カムイは私の主なんですのっ」


思わずにやける自分に気付いて

真顔を装った。


「カムイ イイナマエ 

 カムイ ラフレシア 

 タイセツニスル」


「うん

 大切にするよ

 キミにも約束するよウロボロス」


「ラフレシア ウレシイ 

 オレモ ナマエヨバレテ

 ナオウレシイ」


「私も嬉しいっ

 ありがとですのっカムイっ

 ウロちゃんもありがとですのっ」


「オマエタチ コノモリデル 

 オレ オクリダス」


「いつも通り頼むよ、ウロボロス」


「ガッテンショウチ 

 ソノマエニ アクア 

 アルジニ カクレル」


「はぁ~いっ」


とアクアリンはアルに


「はいですのぉ~」


とラフレシアはボクに

それぞれカプセル状になり

各々の主の元へと還った。


「うわっ

 カプセルが胸にっ」


「ふっ

 大丈夫かい?」


「うん

 痛くもなんともない・・・」


「そうだろっ

 むしろ温かい」


「うんっ

 心強さも感じるよ

 でも、呼び出すとき

 自分の胸に手を突っ込めるかな・・・」


「ふっ

 大丈夫だよ

 自然と体が動くさ」


「そんなもん?」


「そんなものだよ」


「そっか」


「じゃあウロボロス

 頼むよっ」


とアルが言うと同時に


「ショ~~~~チ~~~~」


とウロボロスは、

また自分自身を

両手でまっぷたつに割って開けた。


「ありがとうウロボロス

 また来るよ」


「ありがとっウロちゃん

 またねっ」


アルが言うと、

胸元からアクアリンの声も響いた。


「ありがとうウロボロス

 また逢えるといいね・・・」


ボクが言うと、


「ウロちゃんありがとですのっ

 またですのっ」


とラフレシアも応えた。

皆、思い思いの言葉で感謝を伝えながら

ウロボロスを通り抜けると


「カナラズ マタ クル 

 オレ マッテル」


ウロボロスの声が遠くに聞こえ、

振り返るとそこには

あの光の柱が聳えていた。

ボクらは大切なパートナー『アクア』を胸に

ヒラリアを後にした。

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