⑥-最強に打ち勝つもの-

 突撃したルゥナは、宝剣を逆手に持ち構えるとガルディーンの左脇めがけて横薙ぎに振るった。左の刀で防御するガルディーンだが、つんのめったように体勢を崩す。剣を交わした瞬間に左腕に巻き付けた鎖を、ルゥナが勢いよく引き寄せたのだ。

 男の顎に蹴りが入る。一時的にガルディーンの手が止まった。

 ルゥナは裂帛の声を上げて腕を振りかぶる。かつて棒術使いロダンを制したときの技――五の型「浄破」の一、「斬雷」を発動させようとした。

 しかし、足がかりとなる斬撃は、ガルディーンの手前で停止する。


「っ!?」


 宝剣は、ハサミのように十字に交差させた刃と刃の間でせき止められていた。ガルディーンの凄まじい膂力によってガチリと咥えられ、押し切ることもできない。


「つまらんな」


 交差させた二刀に宝剣が弾かれる。一歩下がったルゥナめがけてガルディーンが踏み込み、彼女の首を二刀で挟みこんだ。

 刀が交わる。首は切断されて、いない。

 直前までそこにあったルゥナの体は、やや離れた場所にあった。寸前のところで飛び退り回避したのだ。

 しかし膝をつく彼女は苦悶の表情を浮かべていた。首筋の両側からは血が垂れ、手で隠しても流れ出た血で肩口が赤く染まっている。


「貴様がルゥナ-ルなら、俺の二つ名を忘れたわけではあるまい」


「……断首侯、ガルディーン」


 睥睨するガルディーンを見返しながら、ルゥナは忌々しげに呟く。

 首を切断する侯爵。読んで字の如くだが、生半可な呼び名でないことをユキトは痛感していた。あと一歩でも遅ければ、自分の首は地面の上に転がっていただろう。


「ところで、さっきのが全力とか言うんじゃねぇよな?」


 ルゥナの口元が歪に曲がると、ガルディーンは失笑した。


「それなりに期待してたんだが……まぁ少しは愉しめたか。ここまで剣を振るわせたことは褒めてやる。だが時間切れだ」


 ガルディーンがそう告げた瞬間。

 遙か遠方で爆発音が響いた。


「なっ……!」『えっ!?』


 虚を突かれたユキトとルゥナは唖然となる。

 レミュオルム城から離れた地点、中央州の目抜き通りで黒煙が上がっていた。更に爆発音は立て続けに起こり、あちこちで黒煙が舞い上がる。

 程なくして街中から叫び声が沸き起こった。騒然と混乱が、爆発地点からさざ波のように周囲へと伝染していく。


「まぁ震天雷ならこの程度だろうな」


 驚愕する二人とは異なり、ガルディーンに動揺はない。その訳知り顔で呟かれた言葉に対し、ユキトは知らず呻き声を漏らす。

 謎の爆発は、十中八九ガルディーンの仕掛けた混乱だ。

 しかしなぜこのタイミングで、と考えたユキトは一つの仮説に行き当たる。


『まさか、内地に閉じ込めるために……!』


 彼の声を聞いたルゥナはハッとした。そして、涼しい顔のガルディーンを睨みつける。


「そういうことか……この騒ぎで、兵達は真っ先に内地の壁門を封鎖する。しかし別の視点からすれば、外地への脱出経路を自ら断ったとも言い換えられる。陛下を外に出さないのが狙いですか、ガルディーン卿……!」


「ほう」と感心したようにガルディーンが呟いたとき、爆発音とは違う重苦しい音が聞こえてきた。

 内地を囲む外壁では、今まさに巨大な門扉が閉じられようとしている。ユキトの予想通り、緊急事態ということで外地との出入り口を封鎖していた。


「さて、事態が落ち着くまで門扉は閉じられているだろうな。それだけの時間があれば、奴を仕留めるのは造作もない」


「ふざけるな……! こんな真似をして何になる!? たとえ陛下を失っても家臣と他の州長が貴方を許すはずがない! 内乱を起こして民と国を傷つけるだけだ!」


「歴史を学んだとは思えん台詞だなルゥナール。いつの世も王は争いによってその首がすげ替えられてきた。今回も同じだ。血が必要ならばアルメロイという飾りもある。それに、ヴラドの娘にも種を仕込み終えたところだしな。他の王位継承者を排除すれば、次代の王は俺の手の内だ」


 ルゥナは限界まで目を見開いた。制御できない怒りによって体が震えている。


「そもそも、内乱など起こりはしねぇよ。ディレイとタングドラムはもちろん、カルマンとニーヘイロも敵軍を退けた勝利の余韻を忘れることはできん。身内で争って利益を逃すより、恭順して領土を得るほうが得策だと考えるだろう。先が見えていないのは貴様らの方だ。青臭い義憤に駆られ大局を理解できぬ低脳など、ここで消えろ」


 ガルディーンが二刀を構える。放出される殺気と威圧感は先ほどまの比ではない。この一撃で仕留めるつもりだと、ユキトは直感する。

 だが、不安はなかった。ルゥナも、心は同じだと信じている。


「……確かに貴方にとって、私たちのような人間は未熟に映るのでしょう」


 静かに息を吐いたルゥナは、鞘に剣を収めて腰を低く落とした。


「それでも私は、貴方を否定する。どれほどの理念があろうと、貴方が辿る道に民は存在しない。在るのは、覇権のために利用する道具だけだ」


 左手は鞘を持ち、右手は柄の手前に固定する。まるで抜刀術のような態勢は、一つの技の発動を示していた。

 即ち、円燐剣五の型「浄破」の二、「解月」。


「国とは、そこに住まう民人によって作られるものです。彼らが尽くしてくれるからこそ今の平穏がある。州長は民を守り導く立場にあるのであって、神の如き存在ではない」


「見解の相違ってやつだな」


「そう、でしょうね。でも私はこの道を貫く。そして、受け継ごうとしてくれている妹のために、切り開いてく」


 言葉は止んだ。両者の覇気が極限にまで膨れあがる。


「――参る」


 最初に動いたのはルゥナだ。

 ガルディーンへと一瞬にして肉薄し、宝剣を横薙ぎに振り放つ。

 対するガルディーンは二刀を交差させ、斬撃を待ち構えた。

 直撃の瞬間、二刀がルゥナの剣を受け止めガチリと挟み込む。


「っ!?」


 瞠目したのはガルディーンのほうだ。

 男の目に映るのは、自身の二刀が挟み込む物体。

 それは宝剣ではなく、

 ルゥナは、わざと剣を鞘に入れたまま斬撃を放っていた。たとえ二刀に挟み込まれても、鞘を犠牲にすることで剣は使える。

 握りしめた鎖を引いて抜剣。鞘走りで加速した剣は、ルゥナが軸足を中心に回転したことで更に勢いを増幅。鞘を弾き飛ばしていたガルディーンめがけて、渾身の回転斬りを放つ。


「はぁあああっ!」


 ガルディーンは咄嗟に二刀を重ねて防御した。

 男の腕に衝撃が走り、刀が震える。


「ちぃっ!」


 舌打ちと共にガルディーンが剣を逸らす。

 だがルゥナは遠心力を利用し、半円を描き戻ってきた剣を逆手で握りしめる。

 ガルディーンが二刀を突き出すと同時に、ルゥナもまた横薙ぎの一撃を放った。

 剣と刀がぶつかり合う。だが二刀は宝剣を捕獲することはできず、両者は技を放ちながらすれ違った。

 背を向け合うのも一瞬、ガルディーンはすぐさま反転してルゥナの背後へと強襲する。がら空きとなった彼女の背中にむけて、刀が振り下ろされる。

 二刀の切っ先は、ルゥナの肩甲骨に直撃する寸前で、停止した。


「……マルスの野郎、ふざけたものを」


 男が皮肉げに呟いた瞬間。

 纏う鎧の胸部が、甲高い音を立てて真一文字に陥没した。ガルディーンは口から血反吐を吐きながら数歩下がり、膝をつく。

 男の手に握られた二刀はそれぞれ刃がボロボロに欠け、半ばで亀裂が入っていた。そのまま切りつけても、ユキトの身体を覆う鎧に阻まれて肉体に到達しなかっただろう。

 息を吐いたルゥナはゆっくりと振り返る。彼女の剣は刃こぼれ一つない。

 ロド家に伝わる宝剣は、二刀の強靱さを上回り破壊した。それ故に彼女の斬撃だけがガルディーンに届いたのだ。

 鎧の切断にこそ至らなかったものの、ガルディーンは胸部に確実なダメージを受けている。なにより武器が破壊された今、為す術はない。

 荒い息を吐くガルディーンを、ルゥナは静かに見据える。


「……おそらく貴方は、ダイアロン連合国の中でも最強の名に相応しいお方だ。武力も知力も、右に出る者はいない……でも、一人の力には限界もある」


 激情の残滓と共に、僅かな憐憫を込めて彼女は言った。そして宝剣を胸元に掲げる。


「宝剣<暁の王>が今この手にあるのは、連綿と受け継いできた歴代当主や家臣の努力、そして何より、ジルナの想いとユキトの覚悟があったからこそです。様々な人の交わりがなければ、きっと貴方には敗北していた」


「……」


「一人一人の力は弱くとも、皆ができることを結集することで運命すら覆すことができる。連合国を作り上げた者たちの理念とは、そのような形であったはずです、ガルディーン卿」


 ルゥナを凝視していたガルディーンは一瞬だけ自虐的な笑みを覗かせると、握っていた刀を放り投げた。


「気の済むまで戯れ言を吐いて満足したか? 勝負はお前の勝ち、それだけだ……暗殺した人間に敗北するってのも気色の悪い感覚だな」


 ガルディーンは嘆息する。不快感を滲ませたユキトは、ルゥナの口を通してでも何か言ってやらないと気が済まなくなった。

 しかし言葉を発する寸前で、馬蹄の音に意識が逸れる。複数の馬の足音が徐々に接近していた。


「だが、最後に勝つのは俺だ」


「父上!」


 ガルディーンの背後、城郭へと至る道から複数の騎馬が現れた。騎士達を率いるのは貴族服の青年――ヘルメスだ。騎馬から降り立ったガルディーンの息子は、血相を変えながら父親の元へ駆け寄った。


「ち、父上……! このようなお怪我を!」


「無駄口などいらん。早急に、レミュオルム城に火をつけろ。ヴラドを逃すな」


「っ……! まだ諦めていないのですか!」


「諦め? そんなもの、俺が全て満たされたときにしか来ない」


 ヘルメスに肩を借りるガルディーンは、血の気の失せた顔で断言する。野望に取り憑かれた男の濁った瞳に、ユキトは根源的な恐怖を感じた。死者以上とも言える執着は、理解を超えている。

 ルゥナは奥歯を噛みしめ剣を構える。付き従っていた騎士達も剣を抜き、臨戦態勢に入った。


「……ご立派です、父上」


 鈍い音と共に、ガルディーンの胸部から黒い刃が突き出る。

 目を見開いたガルディーンは、喉からせり上がった血を吐き出し、ゆっくりと振り向いた。

 恍惚の笑みを浮かべるヘルメスが、背中に突き刺した黒い刃をぐっと押し込める。更に血反吐を吐いたガルディーンの歪んだ顔に、驚愕が浮かぶ。


「き、さまは……誰、だ……っ!」


「おっと。気づいちゃいましたか。でももう手遅れ」


 刃が無造作に引き抜かれる。ガルディーンの体は痙攣し、白目を剥いて俯せに倒れ伏す。


 ギュオレイン州長は、絶命した。


 理解不能の事態にユキトもルゥナも時間が停止したかのように硬直する。揃っている騎士達も凍り付いていた。

 ただ一人、ヘルメスだけが薄笑いを浮かべながら動いている。やれやれと首を振る青年の右手は赤い血でぬらぬらと光っていた。そこに健全な五指はない。手首から先が真っ黒な刃に変質し、ガルディーンの命を奪った凶器と化している。


「今までご苦労様でしたガルディーン卿。あなたは実によく働いてくれました。おかげで計画はうまくいった。でもね、ダイアロン連合国が大陸の覇者になるとつまらないんです。帝国もこの国も十分に弱って貰わないと。そうすれば泥沼の戦争がずっとずっと続くでしょうから」


 くすくすと笑うヘルメスの右手が更に変化する。黒い刃が砂塵のように崩れ粒子状となり、ガルディーンの遺体を覆い始める。粒子は瞬く間に男の全身を包むと、まるで黒い繭のような形状に固定された。

 ユキトは叫びそうになった。

 この光景は見たことがある。ライオットを憑依してヘレーネに勝利した際、同じように遺体が黒い繭に包まれた。

 その現象を起こした者の名は――


「おっとそうだ。この姿じゃわからないですよね、ユキトくん?」


 瞬間、ヘルメスの顔がぐにゃりと崩れる。肌も髪も服も全てが黒い粒子に変化し、そこには黒一色の人型の物体が立っていた。

 だがすぐに輪郭が明確化し、肌の質感や色合いを取り戻していく。

 そこにいるのはヘルメスではない。


「あのとき殺されて以来、ですかね。元気でしたか?」


 麻布を纏いフードを被った男――ラウアーロが、歪な笑みを携えていた。

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