②-蘇る死者と、繋がる点-

「……メディウス教とラウアーロという男、そしてロダンという棒術使いについての調査結果が出そろいました」


「っ! 本当ですか……!」


 驚くユキトは、同時に若干戸惑う。クザンは感情が読み取れない男ではあるが、ユキトにもわかるほど控えめな態度だった。調査結果が出揃ったというが、あまり良い感触ではない。


「……まず件のメディウス教ですが、いわゆる邪神崇拝の過激宗教集団、と言えるでしょう。死と再生の神アマツガルムを崇める彼らは、死を超越することを教義としていたようです」


「死を超越……?」


 クザンの説明によれば、メディウス教は生と死という概念を自ら操ることを渇望し、魂を肉体に戻す術を模索していたという。

 早い話が不老不死や生き返りを探求するオカルト集団だ。元の世界にも荒唐無稽な嘘を餌にして信者を増やす宗教組織があったが、それとまったく同じようにユキトは感じた。

 しかしメディウス教の異常さは度を超えており、死者蘇生のためにあらゆる非道な儀式を施したという。死を理解するという名目で罪のない人々も大勢犠牲になった。ファビルの両親も被害にあったことを思い出し、ユキトは自然としかめ面になる。


『死者の蘇生か。自然の摂理を尊重するラオクリア教とは真反対の教義だな。しかしメディウス教は、その過激さ故に討伐されたと聞くが』


「……仰るとおりです。メディウス教は数年前、聖ライゼルス帝国が派遣した軍によって完全に壊滅しました」


 ユキトの通訳に答えたクザンは、そこで更に声を潜める。


「……調査の結果、討伐対象者の記録にラウアーロという人間の名を確認いたしました。その男はメディウス教の司教の一人です」


「待った。討伐対象って、まさか」


「……ご想像どおりです。ラウアーロは、既に死亡していました」


 ぞわりと、背筋を冷たいものが通り過ぎた。


「な、何かの間違いじゃないんですか? 本当は死んでないとか」


「……いえ、信者は全て問答無用で処刑されております。司教も例外ではありません。遺体は、見せしめのため野外に晒され続けました。目撃証言も残っておりますので、確かかと」


 ユキトは思わずルゥナの方を向く。彼女も瞠目し、ユキトを見返していた。

 ラウアーロは既に死んでいる。

 では、あのとき戦った相手は誰だ?

 畳みかけるように、クザンは続ける。


「……ロダンという棒術使いも、メディウス教に関与する人間でした。極東諸島出身の武術家で、こちらに流れてきたようです。メディウス教に雇われた傭兵として活動していました」


「じゃあ、その人も?」


「……組織壊滅時に処刑されています」


 喉から唸り声が出てくる。

 調査した二人は既に死亡済みだった。にも関わらず、本人と思しき存在が現れ、ユキトに襲いかかっている。胸の中になんとも言えない気持ち悪さが溜まった。

 ユキトが口元を手で押さえていると、クザンが頭を下げる。


「……申し訳ございません、ユキト殿。そしてルゥナール様。このような重大な局面で不確定な情報をお伝えすれば、混乱を招くものとわかっておりました」


 男は閉じきった目を微かに広げて「ですが」と続ける。


「……なにか嫌な予感がいたしました。留保すべきか迷いましたが、お伝えすべきと判断した次第です。私の独断をお許しください」


 頭を下げ続ける家臣に対し、ルゥナは柔和な笑みを浮かべる。

 彼女が労いの言葉をかけたので、ユキトはすぐに通訳した。


『お前が激務の中で調べてくれた情報だ。ありがたく頂戴するよ。いい仕事をしてくれたな、クザン。これからもジルナのためによく尽くしてやってほしい』


「……勿体なきお言葉にございます、ルゥナール様。このような些事など何の負担もございません。私はずっと、貴女様へのご奉仕に人生を捧げるつもりでしたから」


 ルゥナはハッとする。顔を上げたクザンは、本当に微かだが、寂しげな微笑を浮かべていた。


「……今こうしてルゥナール様のお役に立てていることを、心から嬉しく思います。またご用があればなんなりとお申し付けください」


 寡黙な家臣は一度会釈をして部屋を出て行く。二人きりになったあと、ユキトはぽつりと呟いた。


「いい人だな、クザンさん」


『ああ……本当、私にはもったいない人材だった』


 哀愁を滲ませ、ルゥナが頷く。断ち切れてしまった関係性の残滓が、彼女の胸を切なさで一杯にしていた。

 ルゥナはしばし黙っていたが、ため息を吐くと真剣な表情に戻る。


『……しかし結局、奴らの正体はわからず、か』


「死んだ人間が生き返ったって言われてもなぁ……正直、予想外すぎるよ」


 ユキトは天井を見上げた。だが言葉とは裏腹に、彼の中である考えが浮上する。

 もし自分が出会った男が、既にこの世にいないはずの人間だとしたら。


 ライオットの手を借りて倒したはずのラウアーロも、まだ生きているのではないか?


 あまりにも突飛な想像だが、そもそも異世界に転移した事からしてあり得ない現象の筆頭だ。それに黒い粒子によって人間を形作る力も、捉えようによっては人を復活させていると言い換えられる。ロダンという男が死亡済みなら、黒い粒子でその人間を復元したと考えられはしないか。

 ふと、ユキトは思う。ラウアーロの力は不気味で得体が知れないが、自分に宿った力と性質が似ている気がした。


 片や死者をその身に宿し、宿主がその力まで模倣し始める能力。

 片や死者そのものを形作り、存在を復元してしまう能力。


 媒体がユキトか黒の粒子かの違いだけで、死者を起原とする形は同じだ。

 そして、憑依の力が宿ったのは異世界転移の直後だった。


 ――俺がこの世界に来たことが、関係している……?


 脳裏をよぎるのは、小さな女の子の幽霊が発した言葉。

 世界を、救って。

 現実味のない空言のような響きだったはずが、ここにきて急に、足元に迫ってきているような気配があった。


******


 ジルナと同じく休憩に入ることにしたユキトだが、結局小一時間ほどしか睡眠を取れなかった。興奮状態が続いているのか目は冴えたままで、疲労もそれほど辛くはない。異世界転移の理由を考え始めたせいで頭もフル回転していた。

 そんなユキトを気遣ったルゥナは、涼しい外気に当たって気持ちを落ち着かせたらどうかと提案する。確かにこのままでは休憩にもならない。ユキトは体に巻かれた包帯を取り替えてから外に出た。

 夜空の端は白み始めている。日の出はもうすぐだ。クザンの話ではそろそろ使者とやらが帰ってくるという。中庭に出たユキトは、折角なので使者が到着するのを待つことにした。


「そういえば辺境伯領って遠いのか?」


『うむ。なにせ北方ギルド同盟との国境線に位置する領土だからな。我が国の最果てといっていい。私たちがドルニア平原に遠征した日から出発したとすれば、往路を考えると今日到着は妥当な線だな』


 軽く一週間以上は経過している。この世界は通信技術が発達しておらず、道中の状況はまったくわからない。

 アルメロイ辺境伯の領地は連合国内とはいえ、黒幕の根城に足を踏み入れることになる。どうしても不安は付き纏った。

 ユキトは、無事に到着することを祈った。使者が任務に成功していれば、今後の活路が開けるといって過言ではない。

 使者が辺境伯領に向かった理由、それはルゥナの婿ライオットが残した遺言の入手だ。ガルディーンとアルメロイの陰謀を止める切り札となる代物だった。

 

 ライオットが消える前、ユキトは遺言の話を聞かされていた。死ぬ間際に、友人である鍛冶職人へ一通の手紙を送っているというのだ。

 その手紙に、全ての真相を記した、と。

 郵便物はアルメロイ側の検閲に引っ掛かるのではと危惧したが、すり抜ける自信があるとも言っていた。届いているなら、手紙は鍛冶職人の手元にあるはずだ。

 聖ライゼルス帝国侵攻という一大事に翻弄されたユキト達だが、ジルナはむしろ今の時期こそが鍛冶職人に接触する好機だと考えた。彼女はクザンに指示を出し、辺境伯領に潜入する人間を選定させる。そしてゼスペリア軍が出立する日と同時に、数名の使者が辺境伯領へと向かった。

 果たして遺言は鍛冶職人の手に渡っているのか。そして無事に入手できたのか。

 中庭の花壇に腰掛けたユキトは、無意識に貧乏揺すりをしていた。待つしかない状況に気持ちが焦れてくる。


『落ち着いてユキト。こういうときこそ精神の揺らぎを抑えるべきだ』


「うー、だけどさぁ」


『よしわかった。じゃあ修行しよう。使者が到着するまで目を瞑って精神統一だ。こういうのも実戦に役立つ』


 ええーと言いかけたユキトだが『師匠の指示は絶対』とルゥナが先を制す。微笑んだ彼女の目は凄みを帯びていて、ユキトは黙って頷くしかなかった。

 そうして精神統一という名の慣れない瞑想をしていると、空は段々と明るさを増していく。朝焼けに包まれた中庭で目を閉じていたユキトは、カッと目を見開いた。 

 耳朶が、馬蹄の音を捉えた。

 彼はすぐさま飛び出して正門へと向かう。正門前の広場では三頭ほどの馬が寄り集まっていた。遠出用の大きな荷物も括り付けられているので、使者達だろうとユキトは確信する。

 だが近寄る前に、ユキトの足は止まった。馬に乗っているのは商人姿の男一人に女が二人。

 そのうち一人は、見知った少女だった。


「あれ? ユキト様?」


 馬から下りていた少女――アルルが、ユキトに気づいて眉を上げる。

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