⑫-憑依騎士ユキト 上-

 耳をつんざく爆音が戦場に轟いた。あまりの強烈な音に馬が驚き急停止する。

 戦場では振動の余韻が広がっていた。何が起こったのかユキトもライラも掴めていない。負傷して後方に下がっていたゼスペリア兵達は、音の正体を確かめようと前線に目を向けていた。


『あれは……!』


 ルゥナが声を上げた。視線の先で黒煙が上がっている。

 目を凝らして確認したユキトは、異様な光景に絶句した。

 戦場の只中に巨大な木箱が鎮座している。荷車の荷台部分を木枠で囲った代物だ。木壁には数カ所の穴が開き、そこから円筒が飛び出している。

 閃光。轟音と共に地面が爆発し、土砂が舞う。巻き込まれた馬や兵士が吹き飛び、粉塵の中で悲鳴が沸き起こった。

 円筒の先端からは煙が上がり、火薬を使ったような匂いが漂ってくる。


「な、んだありゃあ……」


 さしものライラも唖然としていた。

 だが止まっている間にもライゼルス歩兵の人波が押し寄せてくる。


「ライラさん!」


 急接近した敵兵達が槍を突き出す。全ての刺突は直撃の寸前、ライラが振り放った戦斧に切断された。返す刃で裂傷を刻まれた兵士達は地面に倒れ伏す。

 しかし次々と敵兵、敵騎兵が二人の元へ押し寄せた。

 迎撃態勢に入るライラだが、それをユキトは引き留める。


「ライラさん! あの荷車に向かってくれ!」


「はぁ!? 標的はどうすんだよ!」


「いいから!」


 ライラは眉根を寄せたが、有無を言わさぬ迫力に押されて騎馬を走らせる。後方からはライゼルス騎兵が追いかけてくるが、遊撃隊として同行していた四騎が防いでくれた。

 前線では今も轟音と共に地面が爆発し、ゼスペリア歩兵が混乱の渦中に陥っている。ライゼルス兵は荷車につかず離れずの距離で固まって被害を避けつつ、攻撃の合間にゼスペリア歩兵へと襲いかかっていた。

 彼方で爆音が響く。右翼でも土砂と黒煙が舞い上がっている。左翼も同様の状況で、ゼスペリアの歩兵部隊は陣形を崩されていた。


「複数あるのか……!?」


『確認できた限りで五台はある!』


 移動する箱は、計五つ。全て壁の四方から円筒を突き出し、稲光に似た発火と共に巨大な爆発を引き起こしている。

 二人の乗る騎馬が最前線に近づくに連れ、荷台の全容も浮き彫りになった。

 木枠で覆った荷車は馬に牽引されている。鞍部分までも木枠で覆い、御者がすっぽりと隠されていた。かなりの重量があるのか移動速度は遅いが、ゼスペリア兵は戦慄のあまり誰も近づけない。


獣砲レイヴァンを設置して、内部から弾を装填して打ち出しているのか……!』


 獣砲という単語に聞き覚えのないユキトだが、あの円筒を示していることは理解できた。おそらく元の世界でいう大砲と類似する兵器に違いない。

 巨大な大砲を搭載した荷馬車は、移動砲台の役割を担っている。荷台を木壁で囲むことで露出する砲台や砲撃手を防護し、次弾装填の時間を稼いでいた。

 迂闊に近寄ることのできないゼスペリア兵達は遠距離から弓矢を放っているが、頑丈な木壁を貫通することができない。それならと、弾込めを終えた騎兵が獣射を発砲するが、命中精度が著しく悪いので命中すらしない。

 砲撃の合間に接近する他ないが、その動きすらもライゼルス軍の想定内だ。ゼスペリア兵は砲撃が止むとすぐに突進するが、射程外で待ち構えていた敵兵にあえなく絡め取られる。蜘蛛の巣へ自ら飛び込むようなものだった。

 移動砲台がある限り、ゼスペリアに勝ち目はない。

 悪寒と共に直感したユキトは、即座に決断した。


「ルゥナ、ライラさん! あれを止めるしかない!」


「と、止めるったって……!」『無茶だ! 危険すぎる!』


「接近すれば可能性はある!」


 両者の声を振り切るようにユキトは檄を飛ばす。

 普段の彼らしからぬ猛々しさに面食らうライラだが、やがて不敵な笑みを浮かべた。


「いい面構えじゃねぇか……付き合ってやるよ!」


 ライラは更に馬を加速させ、単騎で特攻をかける。


『っ……! 万が一の場合は私も動くぞ!』


 それは、場合によっては強制憑依も辞さない、という宣言だった。

 彼女が憑依すればユキトが助かる確率は上がる。だが、隊長格を仕留めるだけの余力と引き換えだ。ルゥナとしても苦渋の決断を下していた。

 ユキトは小さく頷く。どのみち、移動砲台を止めなければゼスペリアの敗北は濃厚だった。猛威を振るう移動砲台を無力化すること以外に、生き残る術はない。


 平原には、まるで人払いをしたかのようにぽっかりと空いた空間がある。巻き添えを食わないためにライゼルス兵達は軍車から距離を取っていた。そのため正面はがら空きで、騎馬での接近は容易い。ぐんぐんと距離が縮まる。

 砲門が開き、弾丸が発射された。二人のすぐ横で爆発が起こり地面が抉れる。爆風と破片を受けつつもライラの騎馬は何とか耐え凌いだ。

 次弾装填という隙が生まれる。騎馬は矢のように突き進む。

 だが待ち構えていたライゼルス歩兵が、わらわらと軍車の周囲に集まった。進行方向を塞がれて騎馬が急停止する。

 敵歩兵達は馬上のライラに飛びかかった。


「邪魔だぁ!」


 ライラは迫る凶刃を戦斧で弾き飛ばしていく。

 その隙に、数人の歩兵がユキトへと迫った。


「ユキト殿!」


 ライラの呼び声を風切り音が打ち消す。

 空中に、切断された槍の穂先が舞っていた。

 ユキトの放った斬撃は敵の武器をことごとく一刀両断する。

 驚く敵兵達だが、間髪入れずに剣を抜いて追撃した。

 彼はその全てを宝剣で弾き、がら空きとなった男達の上半身へ剣閃を刻む。

 苦悶の声が重なった。放射状に倒れ込んでいく敵兵達は、しかし誰一人として死んでいない。あくまで腕や肩が使い物にならなくなっただけで、命は無事だった。

 憑依状態でないことを雰囲気から察知しているライラは、彼の予想外の動きに口笛を吹く。


「っ! ライラさん!」


 ユキトはライラの体を抱えて横っ飛びした。

 二人のいた地点が吹き飛ぶ。

 衝撃をまともに受けた騎馬は後方に弾き出されていた。四肢が折れ、内臓が飛び出した姿で絶命する。

 間一髪のところで直撃を回避した二人は、抉れた大地のすぐ横に倒れていた。

 しかし爆風と衝撃をまともに受けたダメージが大きく、ユキトの全身はがくがくと震える。脳みそをかき混ぜられたかのような激痛に顔をしかめていると、背筋を殺気が撫でた。


『ユキト!』


 ルゥナの叫び声に引っ張られるようにユキトは地面を転がる。

 直後、敵歩兵の槍が地面に突き刺さった。


「ぐうう……!」


 痛みと吐き気を堪えてユキトは膝立ちになる。だがそれ以上動けない。

 硬直するユキトめがけて敵の歩兵達が群がった。


「っだらぁ!」


 刺突が繰り出される寸前、立ち上がったライラが戦斧を振り回す。豪快な横薙ぎに怯んだ敵兵達は彼女から距離を取った。ライラはすぐに反撃しようとするが、一歩踏み出したところで膝をついた。


「ライラさん……!」


 支えに入ると、彼女は手で額を押さえる。指の間から血が垂れていた。破片を受けて怪我をしている。


「くそが……これじゃ手が出せねぇ」


 さざ波が引くように後退するライゼルス兵を睨みつけながら、ライラは忌々しげに唇を噛みしめる。兵士が距離を開けたということは、即ち弾丸発射前の兆候を示していた。

 今なら移動砲台の正面はがら空きだが、正面から突っ込めば獣砲をまともに食らう。回避しようにも弾丸の速度やタイミングを感知できるはずがなく、また広範囲に衝撃が分散するため無傷では済まない。

 荷車はまだ遠い。遠距離攻撃<飛閃>も間に合わない。

 発射を食い止めなければ、ここで死ぬ。


 死ねばジルナとの約束を、ルゥナとの誓いを果たせなくなる。

 そんなのは絶対に嫌だ。


 ズキズキと痛む頭で思考をフル展開させ、あらゆる可能性を限界まで追求する。

 過ぎったのは、ジルナの声だった。


 ――私が狙うのは、馬です。


 ユキトは目を見開いて吠える。


「ルゥナ! 今から俺の言うとおりに動いてくれ!」


 ユキトから端的な説明を受けたルゥナは驚愕を示す。

 だが、覚悟を決めた彼の眼差しに感化された彼女は、表情を引き締めて頷くと即座に行動に移った。

 ルゥナの気配が去ったところでユキトは立ち上がり、ライラに伝える。


「俺が獣砲の発射を止める。成功したら、ライラさんは他の人たちと一斉に攻撃をしかけてくれ」


「ちょ、本気かよ!?」


 戸惑う彼女を置いて、ユキトは単身獣砲へと走った。

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