幕間-思惑-

 第四次ドルニア戦役の戦後処理について紛糾した全王円卓会議は、当事者であるロド家の当主代行ジルナールの退席で収まりどころが見えなくなった。結論は持ち越しとなり、ロド家の判断を待つという形で会議は終了する。


 既に日が暮れるほどまで時間が経過し、出席者の面々には少なからぬ疲労が見て取れた。中でも当主不在の中で参加し続けたロド家の家臣、クザンの疲弊が人一倍大きかった。

 席を立ったクザンはそれぞれの州長に一礼すると、よろけた足取りで部屋を出て行く。ニーヘイロやカルマンといった州長らも、ヴラドに一言挨拶して出ていった。


「では俺も失礼する。近いうちに酒でも」


 タングドラムは、ガルディーンに言葉数少なく告げて退席した。ディレイに至ってはガルディーンに何も言わずに部屋を出て行く。

 州長同士が表立って懇意にする様を見せるのは得にならないと、二人の州長は理解しているのだ。話し合いなど他者を使えばいくらでもできる。


 対照的にアルメロイ辺境伯の方は人目もはばからずヴラドと密談を交わしていた。ポメロという男を熱心に勧めているのだろう。その様は偏執的ですらある。

 ガルディーンは何も言わず立ち上がりドアへと向かう。その途中にアルメロイと目が合ったが、ガルディーンはすぐに視線を外した。


「いかがいたしますか、ガルディーン様」


 同行していた傍らの家臣が問うた。


「計画に支障はない。多少の誤差は目をつむってやろう」


 家臣と衛兵、そして実の息子に向けて静かに告げ、ガルディーンは廊下を進む。


「しかし、あの衛士の話が妄言でなければ、ロド家はいくらか無理筋な要求を突きつけてくる可能性があります。わざと時間をかけて焦らされる恐れも」


「なに、財政的な要求であれば御するのは容易い。まぁ十中八九、軍に関しての権限移譲拒否ってところだろう。だがそんな戯言は、余程の手土産を持ってこない限りは通らんな。かといって時間をかければ名案が生まれるわけもなし。ロド家は苦渋の末に折れるだけだ」


 家臣は納得したように頷くが、まだ気がかりなことがある様子だった。ガルディーンは忠臣の懸念を悟り答える。


「もしこちらの思惑に気づきヴラドに与したとて問題ない。仕掛けは二重だ。どちらにせよ捕獲は時間の問題だろう」


 そう、ロド家はとうに詰んでいる。

 宝庫が尽き貴族への借金に悩まされるロド家には軍備を整える余裕はない。そして兵を教育し指揮を取る将官の数も圧倒的に足りていない。数年という時間を費やせば形にはなるだろうが、ライゼルスがそれを待つとは思えない。


 一番の問題点は、総大将を務めるべき人間が単なる小娘であることだ。剣を握ったこともない少女が軍を率いてライゼルスを討てるはずがない。それは会議を退席した貧弱さからも明らかだった。

 ロド家では軍をまとめることができないと、遅かれ早かれ気づくことになる。解決の方法は一つ、実権を他州長に委ねることだ。それが生き残る道だと悟るだろう。

 あるいは合併軍の裏に潜む真相に感づいてヴラドを頼るかもしれないが、それすらも罠の網の中だ。ロド家は、アルメロイが横入りすることで混乱の泥沼に引きずり込まれる。


 ――だが、妙なのはあの兵士だな。


 ジルナールの退席は想定していたが、その後の兵士の行動までは読めなかった。しかも兵士の指摘は的確で、ロド家にも選択権があることを明確化させている。


 ――ジルナールが仕組んだ演出、にしては突発的な印象だ。やはりあのユキトとかいう小僧の独断か……?


 そうなると兵の狼藉を許すほどロド家は緩み、混乱しているのか。いや、家臣のクザンが黙っているはずがない。ユキトという男が特殊な存在だと考えた方がよほど得心がいく。

 気になる点はもう一つある。ユキトが腰に装着していた剣の束には鎖が付属していた。

 ロド家秘伝の円燐剣は、鎖と一体化した剣を扱うものだ。しかし一子相伝ゆえにロド家の継承者しか習得が許されていない。現在は死亡したルゥナールだけが扱える剣技で、よもやあの細い兵士が会得しているとは思えない。ならばあの鎖は単なる装飾の類いだろうか。

 些細な点ではあるが、荒々しい政争の場をくぐり抜けてきたガルディーンの勘が、見過ごすべきではないと訴えていた。


「一つ指令だ。ジルナール、そしてあの場にいたユキトという衛兵の動きを監視しろ」


 はっ、と答えた家臣は、すぐに別の方向へと向かう。

 その様子を黙って眺めるだけのヘルメスは、薄気味の悪い笑みを浮かべていた。

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