⑥-故郷 ゼスペリア-

 この異世界には西と東に巨大な大陸がある。

 そのうち東大陸では二つの巨大国家が覇権を争っていた。

 一つはダイアロン連合国。七つの小国が同盟を結んで誕生した複合国家であり、現在は「州」という七つの区分を一纏めにした全領土を国として扱っている。

 七州はそれぞれ「州長」と呼ばれる代表為政者によって統治されており、ゼスペリア州は「ロド公爵家」によって治世が執り行われている。


 ロド家の長女ルゥナは代理という肩書ではあるが、巨大国家の一翼を担う人物だった。


 そのダイアロン連合国と長年領土争いを続けているのが、聖ライゼルス帝国と呼ばれる君主制国家だ。

 両国は大陸を真横に横断するピレトー山脈を挟んで向かい合うように存在している。この山脈は登坂するには厳しい環境で、冬には山頂付近が雪に覆われる。そのため山脈は二つの国の武力侵攻を防止する天然要塞のような役割を持っていた。


 積年の仇敵である国家同士だが、地理的に大規模衝突は起こりにくい。ここ十数年は小規模な会戦しか起こらなかった。それも決まって、山々を通る数本の街道上での正面衝突になる。

 そんな状況が長引いたことで、各街道を七州がそれぞれ管轄するようになった。戦争のたびに国の軍事力全てを動員するのでは負担が大きいため、敵が侵攻に使う街道ごとに各州が対応するよう最適化される。

 そしてドルニア平原は、ゼスペリア州が管理していた街道沿いにあった。

 

 ある日、帝国からの侵攻を察知したゼスペリア州は一万の兵を出し、隣接する二州からそれぞれ三千の兵を借り受けて一万六千の軍で迎え撃った。

 敵側の兵力は二万だが、ゼスペリア側の士気は高く決して劣勢ではなかった。

 兵士達の活力が高かった理由は幾つかあるが、そのうち一つはルゥナが初陣だったことも関与している。ロド家先代当主、つまりルゥナの父親は三年前に病死し、止む無く家督を継いだ彼女が大軍を率いて出陣することになった。

 忠義に厚い家臣達と兵士は、何とか彼女を勝たせようと奮闘した。そのおかげでゼスペリアは善戦し、一進一退の攻防が続いて三日が経過する。その頃には何とか辛勝、もしくは引き分けに持ち込めそうだと誰もが予測していた。

 だが、希望的観測は打ち砕かれる。

 

 三日目の夜、幕営地に何者かが侵入し奇襲を仕掛けてきた。

 暗闇の中でルゥナは家臣達と散り散りになり、一人で逃亡した。自力で味方部隊との合流を目指したが、敵から逃げられず胸に致命傷を負った。

 それでもルゥナは倒れなかった。家臣や民を残して無様に死ぬことは出来ない。何より生き残らなければいけない理由が、彼女にはあった。

 必死に逃げて国を目指すうちに方向感覚を失い、気づけばニルベルングの森をさ迷っていた。深い森の中で傷の手当もままならず、とうとう彼女は力尽きて倒れる。

 そして誰にも看取られることなくその命は潰えた。


******


 話を聞いたユキトは絶句していた。異世界の話とはいえ、まるで映画の物語のようだ。


『私の願いは二つ。おそらく指揮系統を乱されたゼスペリア側が敗北したのだと予測しているが、戦争の結果を確かめたい。そしてもう一つは、私の妹に会いたい、ということだ』


「妹さんに……?」


『家督を継いだ私が死亡したことで、州長の役目は自動的に妹が引き継ぐことになる。だが問題も多くてな。できれば彼女の決断を見届けたいんだ。そして願わくば、このような形で重圧を渡すことになってしまったことを……謝りたい』


 彼女の生への執着は、大切なものを想う気持ちの強さに起因している。それは幽霊達を見てきたユキトにとっても理解しやすい感情だった。

 ただ、それとは別に疑問に思うことがあった。


「……敵の国をどうにかしたいとか、復讐したいとかいう気持ちは、ないんだ」


『そんなことはない。少しはある。単純に悔しいしな。だけど敵も味方も命を賭して戦っていることに違いはない。敬意を払いこそすれ、死してなおも恨みを晴らす真似はしたくない。私はいつでも死ぬことへの覚悟はできていたし……いや、そう思っていた』


 ルゥナは、雨音にかき消されそうなほど小さなため息を吐く。


『死への恐怖はなかった。だから死んだときも素直に受け入れることができた。でも君の話を聞いて、覚悟などできていなかったと思い知ったよ。私は、私が思うよりよっぽど生に執着していたようだ。そこは正直驚いている』


「それが普通じゃないかな。むしろルゥナさんの態度のほうが違和感あった」


 ルゥナがキョトンとしたので、ユキトは死人の特徴と彼女の態度の違いを教えた。彼女は今まで見てきた幽霊と違って自己中心的な部分が薄く、どこか飄々としているのだ。


『はは、なるほど……たぶん、我を通すことを我慢するように生きてきたせいでもあるんだろう。私はあまり己のことに執着がない。もう少し自分のために過ごしていたら違ったかもしれないな。たとえば、もっと恋でも嗜むべきだったとか』


 冗談めかした台詞だがユキトは何と反応すればいいかわからなかった。

 察したルゥナは慌てて手を振る。


『す、すまない。そんなつもりじゃなくて……』


 気まずさに慌てた彼女は、雰囲気を変えようと殊更に明るく言った。


『そうだユキト。私のことはルゥナと呼んでくれ。どうせ死んでいるんだから身分なんて関係ないしな。気にせず打ち解けよう!』


「いや逆に痛々しいっす」


『あ、あうう……』


 場を和ませようとして完全に裏目に出ていた。

 そんな不器用さが面白くてユキトはつい笑ってしまう。


「ごめん、冗談だから。じゃあ……ル、ルゥナ」


 女性を呼び捨てにする経験などほとんどなかったから、少し吃ってしまった。

 ユキトは誤魔化すように咳払いを一つする。


「一緒にゼスペリアを目指すってことで、いいかな」


『ああ……! 私も、責任を持って君を導く。危害が及ぶのであれば全力で守ろう』


 その言葉が何を指し示しているか、ユキトはすぐに理解した。


「憑依で……ってことね」


『現状、戦う術を持たない君が生き残る唯一の方法だと思うが』


「うー、だよなぁ」


 ユキトは渋い顔になる。既に苦手意識が芽生えていた。身体を勝手に動かされるのは気持ち悪く、憑依が解けたあとの不調も避けたい。原因がわからないのが特に不安だった。

 するとルゥナは気遣うように声をかける。


『思うにユキト、君の力は導師様のそれと似ている。導師様の中には超常的な力を持つお方もいるというし、憑依に近い能力もあるかもしれない。気休めかもしれないが、高名な導師様に合えば力になってくれる可能性はある』


「超常的な力……」


 口の中で転がしながらなんとなくイメージしたのは、魔法みたいに自然を操るとか精霊を使役するというファンタジー色の強いものだ。異世界だったらあり得る気はする。


『あいにくと私の知り合いにはいないが、旅の宣教師がゼスペリア州に寄ることも多い。ダイアロン中央州には導師様が所属されるラオクリア総主教庁もある。そこまで足を運ぶのは大変だろうけど、まずは州内で機会を待ってみてはどうかな』


「そっか……うん、そうだな……」


 異世界転移の謎もあるが、とにかく憑依の謎くらいは解決しておきたい。その取っ掛かりとなる具体的な方針ができた。

 全てルゥナとの出会いに助けられている。大袈裟でもなんでもなく、ユキトもまた彼女との出会いを神に感謝したい気持ちだった。


「俺も、頑張るよ」


 ルゥナの笑顔に合わせて、ユキトも覚悟を決めた。

 いつしか雨脚は止み始め、二人は出発に向けて動き出す。

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