④-憑依-
ユキトの身体に接触した彼女は、その接触面から眩い光を放つと一瞬にして消え失せる。
同時にユキトの瞳から光が消え――すぐに戻った。
だが、その目に宿る雰囲気はまったく別人のそれに変化している。
そして迫りくる剣の切っ先は、彼の肉体を貫く寸前で停止していた。
ユキトの片手が男の腕を掴んで攻撃を中断させたのだ。
驚愕する男に対して、ユキトはその鳩尾に蹴りを叩き込む。ぐぅえ、と呻いた男が地面を転がった。
「兄貴っ!」
もう一人のスカベンジャーが接近していた。刃の欠けた手斧をユキトめがけて振りかぶる。
ユキトは瞬時に振り向き剣を抜き放った。
男が手斧を落とす。切断された五指から赤い血液が吹き出た。
斧を振り下ろした瞬間を狙って指だけを切り飛ばすという離れ業だった。
男は呻き声を上げて転がる。その様子を冷徹な目で見下ろしていたユキトは、兄貴分の接近に気づいて剣を振るった。相手の攻撃を受け止め両者は鍔迫り合いとなる。
「ぐ、てめっ……! まさか騎士だったのか!?」
「いいや、普通の子供だよ。今は中身が違うがな」
答えたユキトは不敵に笑う。冷静であれば、少年の口調も顔つきも身のこなしも先程とまったく違うことに気づくだろう。だがスカベンジャーの男は困惑するだけで、言葉の意味をまるで理解できなかった。
ユキトは短く息を吐いて相手の剣を左下に逸らす。男がバランスを崩した隙に回転しながら背後へ回り込み、遠心力を加えた一撃を男の背中に叩きつけた。
男が背負っていた何本もの武器がひしゃげる。弾きとばされた兄貴分はうずくまっていた子分に激突する。
その様子を眺め、愕然とする者がいた。
『……何なんだよ、これは』
ユキトは呟く。だが彼の口は一ミリとも動いていない。それどころか男達をなぎ倒した一連の動きは全てユキトがやった仕業ではない。
現実に動いているのはユキトの肉体なのだが、指令を出しているのは彼以外の存在だった。
「私にもよくわからないが、どうやら私という存在が君の身体を操っているようだ」
ユキトの口が動く。それはルゥナの意思によるものだ。当の本人といえば、意識だけはっきりしているものの一切身体を動かすことができない。
『お、俺の身体に何した!?』
「そう言われても、意図してやったわけではないんだ。気づいたらこうなっていた……しかし身体を動かすのがこんなにも楽しいとは。剣の重みも懐かしい」
ふふふ、と笑いながらルゥナが剣を振るう。呑気な彼女とは逆にユキトが青ざめていると、倒れていた二人組が動いた。すかさずルゥナは剣の切っ先を向ける。
「ここで遺体を置いて逃げるのなら命までは取らない。わかったらさっさと失せろ」
スカベンジャーの男達は慌てふためきながら森の奥へと逃げていった。完全に姿が見えなくなった時点でルゥナは剣を鞘に収める。
「よし、無事に終わったな」
『無事じゃねぇよ!』
「そうは言うがな少年。原理はわからないにしても、私が入り込んだおかげで奴らに殺されずに済んだんだ。まさかあんな無謀な真似をするとは思わなかったぞ」
『いや、それは……』
ユキトは口ごもる。なぜあそこで助けに入ったのか、ユキト自身も不思議だった。ルゥナの言うとおり死んだ人間を助ける意味などなかったはずなのに。
しかし考え込んでいるユキトを放置して、ルゥナはぺたぺたと身体を触り始める。
「これが男の身体か。骨ばっているな。でも君は筋力不足だ鍛えた方がいい。あと股下に変な感覚がある。そうかこれが……思ったほど大きくないが――」
『おいいいい! やめろおおお!』
「ちょっと、怒鳴らないでくれ。頭の中で響く」
頭を手で抑えたルゥナだが、視線は下半身に注がれたままだ。
「別に減るものじゃないだろう? 天に召される前に一目見ておきたい」
『重要イベントみたいに言うな! ていうかこれどうにかしないと困るだろ!』
「私は別に困らないけども」
『なっ……!? まさか乗っ取るとか言うんじゃ……』
ユキトが焦ると、ルゥナはくすりと笑う。
「安心してくれ。君を困らせるつもりはないんだ。そんな悪鬼のような真似をするのは私の騎士道に悖るしな。出ていくとしよう」
『方法がわかるのか?』
「いや。しかし入り込んだときと逆に、意識的に外へ向かおうとしたら変わるかもしれない。こんな風に――」
カクン、と頭が前に倒れる。意識が一瞬だけ途切れたが、すぐにユキトは姿勢を直した。
視界に半透明のルゥナが映っている。体の感覚も元通りで不自由なく動かせる。
ルゥナも不思議そうに自分とユキトの身体を見比べていた。
「で、出た!」
『存外に簡単だったな』
「ああ良かっ――」
膝が折れた。体がぐらつくが踏ん張りが効かない。
『少年!?』
ユキトはそのまま前のめりに倒れ込み、動けなくなった。
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